16.特訓
武技の特訓か……。素人チャンバラみたいな俺の六尺棍捌きも、多少はまともになれるんだろうか?
仰向けになり、木組みの天井を見上げたまま目を閉じる。
なんだかんだ言って、メアリーの
そんな事を考えながら、ウトウトと夢の扉を開くと……扉の向こうから
……!!
そっか……寝る前に華瑠亜の様子を見てこようと思ってたんだっけ。
めんどくさいことを思い出してしまった。
しかし、万が一、ベッドで
一度眠りかけた身体を鼓舞してゆっくりと上半身を起こすと、俺の足元で横になっていた紅来と目が合う。
「ん? どうした
「うん、一応、寝る前に華瑠亜の様子を見ておこうと思って」
「え~、そんなこと言っちゃって……ほんとは、酔ってるツインテ少女に夜這いでもかけるつもりなんじゃないのぉ?」
「ツインテどうでもいいだろ。ったく
……と、そこまで話した時、左頬に
ハッ、と左下に視線を落とすと、ツタン〇ーメンのまま、目だけを薄く開いてジッと俺を見つめる
またっ? 監視委員、
「そ、そこまで言うなら……紅来が見てこいよ、華瑠亜の様子!」
「え~、そこまで、って言うほど言ってないと思うけど……めんどくさっ!」
「(立夏を起こした)責任取れよ。寝たまま
「ったく……解ったよ。
紅来の隣で、メアリーがボソっと呟く。
「班長……草生える」
「メアリーも、覚えたての言葉、無理に使わなくていいから!」
鍵は入り口横の戸棚に置いてあるから、と、渋々玄関へ向かう紅来に声を掛ける。
もう一度左隣りを見ると、相変わらず真っ直ぐ上を向いたまま寝息を立てている立夏。何かのキーワードで自動的に目が開くような魔法でも使ってるのか?
紅来が出て行ったのを見て、再び横になる。
すぐに襲ってくる睡魔。まだ夜の十時くらいのはずなんだけどな……。
今度は、他の思考に中断されることもなくするすると意識を手放した。
◇
「ん……んん……」
下腹部に感じる重みと、若干の肌寒さが目覚めを後押しする。
重い瞼を上げ、薄っすらと目を開くと、開いたままの木窓から朝の明かりが漏れ注いでいるのが見える。陰りのある薄明かりを見る限り、まだ早朝だろう。
横を見ると、俺の左肩に顔を
近っ!!
一気に意識が覚醒し、慌てて現状確認を始める。
俺の胸の上に回された立夏の左腕、そして、下腹部に乗せられた左足……。いわゆる、抱き枕代わりにされている状態だ。
おい、おい、おいっ!
首を上げ、慌てて室内を確認する。隣で寝息を立てる
紅来の姿は……ない。どこに行ったあいつ?
とにかく、こんなところを見られたらエライこっちゃ!
胸に乗せられた立夏の腕を静かに
昨夜掛けておいた毛布はいつの間にか向こう側に追いやられ、代わりに俺の毛布を引っ張りながら寄り添っている立夏。早朝の
結果、昨夜までのツタン〇ーメンからは程遠い、俺を抱き枕の代わりにするというラブコメのお約束展開が完成したらしい。
俺から奪いかけている毛布で覆っているのは立夏の上半身のみ。
絡めた左脚の付け根を隠しているいるはずのプリーツスカートは完全に捲れ上がり、幼げなヒップラインとそれを包むピンクの下着が完全に露出している。
反射的に、パンツが見えなくなる位置まで慌ててスカートの裾を引き下げる。
同時に、トゥクヴァルスで宿泊した夜のことを思い出す。
あの時も、寝惚けた立夏に後ろから抱き付かれたんだよな……。普段から抱き枕ご用達? 抱きつき癖でもあるのか?
今ならこの短いスカートをもう一度捲るだけで、立夏の華奢な太腿と、キュートな下着を誰にも悟られずに堪能できる!
……と、考えなかったと言えば嘘になる。
健康な十七歳男子の思考回路としては、むしろそれが正常と言えなくもない。
だがしかし――!
太腿に対する溢れ出るパトスを超合金の自制心で押さえ込む。
そんな破廉恥行為をした後でエスパー立夏に見つめられたら、とてもだが平静を装う自信がない……。
そっと、俺に絡みつく立夏の左脚も退けて、毛布を身体全体に掛け直す。
ゆっくりと立ち上がり、改めて窓から外を眺める。
日は出ているが、
振り向いてもう一度室内を見渡すが、やはり紅来はいない。念のためトイレもノックしてみたが、誰も使っている気配はない。
どこ行ったんだ、あいつ?
静かに、玄関から外に出てみる。
涼しくて清々しい早朝の空気が一気に肺に流れ込む。八月の下旬とは言え、温暖化著しかった元の世界とは違い、
とその時、ガチャリと隣――華瑠亜の部屋の玄関扉が開く音が聞こえた。
ふぁっと眠たげな
「あら……おはよう、紬。早いね?」
俺を見て挨拶をしてきた紅来に、こちらも「おはよう」と手を挙げて応える。
「寝たのも早いしな。……紅来は、そっちで寝てたんだ?」
「うん。華瑠亜を見てたら、なんか気持ち良さそうでさぁ。ついつい隣で横になっちゃったよ」
助かった!
「ま、こっちの部屋じゃ床で雑魚寝だしな」
「うんうん。多少散らかってても、まだこっちの方が快適。ベッド、布団、枕、おっぱい……全部揃ってるからね」
おい! 最後っ!
「いやぁ、据え膳華瑠亜だったおかげで、揉み放題でしたよ!」
両手の指をワキワキと動かしながら、むふりと微笑む紅来の表情を見て、清らかな早朝だと言うのに軽い
だめだ……何があったのか、想像するのは控えておこう……。
「華瑠亜は、まだ寝てるのか?」
「うん、さっき声かけてみたけど、なんか頭痛がするって……」
二日酔い?
一、二杯しか飲んでなかったように見えたが、下戸なのか?
そんな体質でよくシードルなんて注文したな
その時、直ぐ後ろでガチャリと玄関ドアの開く音。
続いて、ぎゅっと目を瞑りながら現れたのはメアリーだ。地底生活が長かったせいか、起きた直後の明るさに目が慣れるまで、まだ少し時間がかかるらしい。
「お……おはようございます、パパ……」
「おはよう。他のみんなは?」
「
華瑠亜以外は全員起きたってことか。
気が付けば、紅来が軽やかに石階段を下り、こちらへ向かって歩いて来る。
「使い魔ちゃん達もみんな起きたなら……ちょっと早いけど、もう行く?」
「ちょっとって……訓練は九時からだろ? さすがにまだ早過ぎないか?」
「朝市でパンでも買って、その辺で腹ごしらえでもしてれば直ぐに時間も経つよ。それに、早く行って自主練してる人も結構いるし」
そう言いながらダガー持つように両拳を握り、眼下の石畳で二刀流剣舞のような動きを披露する紅来。動きに合わせてポニーテールがくるくると回る。
元気、有り余ってるなぁ……。
まあ、こちらは初体験だし、先入観で意見するのは控えよう。とりあえず今は、この世界では先輩の紅来に合わせておくか。
◇
テラスハウスを後にしたのは三〇分後……六時頃だ。
立夏と雫は、華瑠亜の復活を待ってから一緒に朝食を取ってゆっくり帰宅すると言うので、学校へは俺と紅来、そしてメアリーとリリスだけで向かう。
途中の
近くのベンチで簡単な朝食を取りながら、もう一度紅来に武技訓練について基本的な質問をする。
「武器って言ってもいろいろ種類があるけど、特訓は、みんな一緒に?」
「ま、異種同士の模擬戦みたいなのもやることはあるけど、基本的には同系統武器の生徒同士が集まって、担当の先生の指導を受ける、って感じだね」
長剣技、短剣技、大剣技、弓技、槍技……と、紅来が指折り挙げていく。
「俺の武器は何になるんだ?」
「紬の武器はやっぱりあれじゃないか? ポーション口移し……」
すかさず紅来の頭頂部を引っぱたく。
「いったぁ~い! 紬ぃ……やっぱり私を女だと思ってないだろ!?」
「お前だって、思われようとしてないだろ、絶対」
私だってこう見えて、裏では結構人気あるんだからね? と、ぶつぶつ言いながらも、先ほどの質問に答える紅来。
「
「槍かぁ……。もしかして
「うん。武技訓練にはいつも参加してるし、いると思う」
オアラの地下空洞で見た、歩牟の流れるような槍捌きを思い出す。やはりあの動きは自己流なんかじゃなく、きちんと指導を受けたものだったんだな。
俺の膝の上でバケットの欠片にかじり付いていたリリスが、特に興味もなさそうに口を挟む。
「紬くんはテイマーなんだし、強い使い魔をテイミングすることを頑張ってれば良いんじゃないの?」
まあ、もっともな意見ではあるが……。
「とりあえず目的は、ケイブドッグに付いた謎の傷痕の正体。武技訓練の方は、みんなの様子を見ながら判断するよ」
正直、歩牟のようなカッコイイ立ち回りに憧れるというミーハーな気持ちもあるが、これ以上、よく解らない使い魔を増やしたくないというのもある。
リリス、メアリー、ブルー、マナブ……考えてみれば全て偶然や成り行きばかりで、自ら狙って契約した使い魔は皆無だ。
「いつでも使い魔を召喚できるとは限らないし、魔力が切れることだってあるかもしれない……。いざって時には自分でも戦える方がいいのは確かだろう?」
「あの
メアリーがまた、覚えたての言葉でぼそりと呟く。
マイブームが、〝まじヤバい〟から〝草生える〟に移行したようだ。
「あのさ、メアリー。それ、冗談っぽく使うならまだいいけど、真顔で言うのヤめてくれる?」
「みんな、食べ終わった? そろそろ行こっか!」
◇
学校へ着いたのは八時過ぎ。なんだかんだ言って丁度良い時間になった。
正門を抜けると、眼前にそびえる二階建ての校舎。久しぶりに見るロマネスク調の石造り建築は、この世界に来て間もない俺にとってはやはり圧巻だ。
荘厳な校舎には――しかし、今日は入らず、奥の中庭まで石壁に沿って迂回する。五分ほど歩くと、野球のグラウンドを二つ並べたような広大な中庭が見えてきた。
夏休み前にモンスターハント対抗戦でダイアーウルフと戦った、あの中庭だ。もちろん今日は、あの時のような反魔粒子結界は張られていない。
さらに近づくと、中庭の中に何人かの人影が見える。と、突然――
「ママっ!」
隣で歓声を上げるメアリー。
紅来も、日差しを遮るように額に手をかざしながら、中庭へ視線を向ける。
「ああ……ほんとだ。あれは
俺も、目を細めて紅来の視線を
可憐と立ち合っているのは、歩牟だろう。木棒の先を布で巻いた――形としてはマッチ棒のような擬似槍を持って可憐の相手をしている。
二人とも、服の上に皮製のプロテクターを付け、全力でと言うよりも、互いに一つ一つの動きを確認しながら研究をしているような動きだ。
さらに近づくと、いよいよメアリーが我慢できない、と言った様子で俺の手を振り
可憐と歩牟も、ようやくこちらに気付いて動きを止めた。
「おお、メアリー。久し振りだな。紬の家では、上手くやってるか?」
真剣だった
オアラから帰ってまだ四日しか経っていないが、地底ではずっと可憐と一緒だったせいか、ガラリと変わった環境も相まって少し懐かしく感じる。
顔を上げ、俺たちの方を見る可憐。
「紅来と……紬も来たんだな」
「うん。紅来に誘われてさ、どんなことしてるのかな、って思って……」
「紬は確か、初めてだよな? 参加するなら、怪我しないように気をつけろよ」
やはり、この世界の俺も参加経験はなかったらしい。俺との記憶の同一性が保たれるという点では、少し安心した。
その時、背後から聞き覚えのある女性の声が響く。
「おお~! まだ早いのに、結構集まってんなぁ! 感心、感心」
振り向くと、そこに立っていたのは……保険医の柴田先生だ。しかし、今日は白衣ではなく、他の生徒と同じように私服に皮製のプロテクターという出で立ち。
手には、歩牟と同じような擬似槍を持っている。
「お!?
「おはようございます、え~っと……」
下の名前、何だっけな?
外国人みたい名前だったのは覚えているんだが……。
え~っと――
「……ドロシー!?」
「エレンだよっ!」
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