17.エレンだよっ!
「エレンだよっ! ……って言うか、誰だよドロシーって?」
先日といい、わざと間違ってるだろ? と、柴田先生が持っていた擬似槍の先で俺の頭を小突く。球状に巻かれた布で保護された部分なので、別に痛くはない。
そう言えば、モンスターハント対抗戦でダイアーウルフに重症を負わされた後も、医務室で同じようなやりとりをした記憶が……。
「すみません、外国人のような名前だったのは覚えていたんですけど……」
「どこだよ外国って? 解んないなら普通に『柴田先生』でいいだろ」
言われてみれば確かにそうなんだが……灰色の瞳にコーカソイド系のような彫の深い顔が、外国人のような響きにマッチしていてなんとなく下の名前で呼びたくなる。
「絵の具の〝絵〟に恋愛の〝恋〟で、
「ええ、まあ、それは出来れば、って感じなんですけど……ちょっと先生たちに聞いてみたいことがありまして――」
オアラの地下空洞で見た、
「その時使っていた武器、今ここで見られるか?」
黙って聞いていた絵恋先生だったが、話を聞き終わると六尺棍を見たいというので召喚する。もちろん、「おれつえ~」は聞かれないよう小声で……。
「ふむふむ……なるほど、この素材は……」
何度も頷きながら六尺棍を舐めるように凝視する絵恋先生。
そう言えば……と、バクバリィで対峙した須藤の言葉を思い出す。
『この素材は……どこで手に入れたかは解らないが、とても面白い物を持ってるな』
確かあいつも、そんなことを言っていた。
素材? 単なる木の杖にしか見えないこの武器の素材が、何か特別なんだろうか?
「私も正確なことは解らないが……詳しそうな先生がいるから、訓練後にでも一緒に聞きに行ってやる」
「は、はい。お願いします」
「ところで綾瀬……その杖、ちゃんと構えてみろ」
「こ、こうですか?」
「……おまえ、利き手はどっちだ?」
俺の手元を見ながら絵恋先生が質問する。
「右ですけど……」
「じゃあ、手が逆だ。槍は利き手が後ろ、利き手じゃない方が前だ。槍の主操作で重要になるのは後ろの握りだからな」
慌てて六尺棍を握り直す俺を見て、さらに絵恋先生が質問を続ける。
「まあ、稀に逆に持つ奴もいるが……何か理由があるわけでもないんだろ?」
「え、ええ……今まではなんとなく、という感じで。持ち方を習ったのも今日が始めてなので」
「そのレベルか……」
突然、絵恋先生が持っていた擬似槍をくるんと回す。
……と同時に俺の視界が一回転し、直後、目の前に無数の星が飛ぶ。
先生に足を払われ、転倒した俺が後頭部をしこたま地面に
慌ててメアリーが駆け寄ってくる。
「ち、ちょっと! 鬼ですか!? 人のパパに何をするんですか!」
「ゴチン、って……すごい音がしたわね」
ブルーと一緒に退避していたリリスも戻ってくる。
イタタタ……と、後頭部をさすりながら身体を起こす俺の頭に、鞄から取り出したキュアーステッキをかざして詠唱を始めるメアリー。
触った感じでは、かなり大きなコブが出来ている。
しかし、そんな俺たちを特に気に止める様子もなく、話を続ける絵恋先生。
「受け身も全然だな。今のまま特訓に参加しても怪我をするだけだ」
たった今怪我をしたんですが、それは?
「とりあえず、準備室で擬似槍とプロテクターを借りてこい。念のため皮兜も付けろ。今日から三日間、みっちり基本を教えてやる」
そう言って中庭の方へ歩いて行く絵恋先生と入れ替わるように、可憐と歩牟が近づいてくる。
歩き去る先生の後姿を見ながら苦笑いを浮かべる歩牟。
「柴田先生……面倒見は良くていい先生なんだけど……ちょっとスパルタだから気をつけろよ」
「そういうことは、先に教えてくれよ」
「じゃあ紬、私も準備室行くから一緒に行こうよ」と、
気が付けばすっかり、特訓に参加する流れになっている。
もともとそのつもりでは来たのだが……元来が、生温い部活動しかやっていなかった元弓道部員だ。先ほどの絵恋先生の洗礼で、やる気を根こそぎ持っていかれそうになっているのは言うまでもない。
◇
特訓初日の午前中は、先生からの攻撃に合わせて、受け身や身
昼食後、ようやく模擬槍を持たせてはもらったが、槍の握りや握り位置、構えなど、自分に合ったものを決めた後は、突き技や払い技の反復を延々と続ける。
午前中は練習を見ながら
「おーい! なんだその、死んだ魚のような目は!」
絵恋先生が、他の生徒の指導の合間にちょくちょく訪れては発破かけてくる。
「そんなこと言われましても……同じことばかりで飽きるんですが……」
「三日でみんなに追いつきたいんだろ? それなら、とにかく今日は身体に基本の動きを覚えさせるんだ」
追いつきたいなんて、言ったかなぁ?
「おまえも訓練に参加したってことは、退魔院への進学を考えてるんだろ」
退魔院への進学? ここに集まってるのは、そう言う意識高い系の人たち?
なんと答えていいのか解らないので、首を捻りながら言葉を濁す。
「え? ああ、いや……どうなんでしょう……」
「進学希望のやつは去年から参加してるからな。十一年生のこの時期で初参加じゃ、だいぶ出遅れてるから人一倍頑張らないとな!」
そう言うと絵恋先生が持っている擬似槍をくるんと回す。
……と同時に足元が払われ、一回転する視界。
またかっ!?
しかし今度は、背中から地面に落ちるも、咄嗟に顎を引いて後頭部への衝撃を回避する。受身の反復練習のお陰で、転倒時は〝とにかく後頭部を守る〟という基本中の基本だけは身体が覚えてくれたらしい。
それを見て先生も満足そうに頷く。
「なかなか飲み込みが早いじゃないか。今やってる払い突き、百回終わったら、次はさっき教えた回転突きを百回だぞ」
そう言いながらまた、他の生徒の指導へ戻る絵恋先生。
世界線が世界線なら、懲戒免職も有り得るからね? このスパルタ。
入れ替わるように近づいてきたのは、可憐だ。どうやら大剣クラスは休憩に入ったらしい。傍まで来ると、手に持っている皮製の水筒を手渡してくれた。
「今汲んで来たばかりだから、冷えてるぞ」
「ああ、ありがとう」
一口飲むと、普通の水とは違う、少し甘じょっぱい味がする。
「これ……普通の水?」
「少量の
「普通に〝塩と砂糖を溶かした水〟でいいだろ……」
「ただの水は、血中の塩分濃度が低下してかえって熱中症になり易くなるからな」
「そうなのか……」
さすが可憐だ。意識高い系の生徒は、やはり違うな。
と、そこへもう一人やって来たのは……
「よぉ、
「
「ああ。午前中は家の手伝いがあったから、午後からだけどな」
「
「ばぁーか。ガードだって片手剣くらい持つ事はあるし、今日の特訓はコレ」
そう言いながら手に持った楯を俺の方に向けて持ち上げる。
練習用の木の楯だが、通常の物より下の部分が鋭角に加工されていて、まるで大剣のような形をしている。表面にも、スパイクのように金属製の金具が付いている。
「
ほえ~。勇哉も意外と、意識を高く持って頑張ってるんだ。
「やっぱりおまえも、退魔院への進学を考えてんの?」
俺の質問に、一瞬キョトンとした表情を見せる勇哉。
「退魔院? ……ああ、いや、全然。訓練に参加してるのはほら……学校に来た方が女の子もいっぱいいるだろ?」
「それだけかよっ!」
ったく……意識高いどころか、最低じゃねぇか!
「そういや可憐は……二十五日と二十六日は、空いてる?」
思い出したように勇哉が訊ねる。
「ああ、昨日
「そうなのかぁ~!」
悔しそうに天を仰ぐ勇哉。元の世界でも、話を聞いてる限りでは勇哉の一番のお気に入りは可憐だったはずだ。
こちらの勇哉も、オアラへ行く
「歩牟達は、どうだって?」と、勇哉に訊いてみる。
「ああ、さっき歩牟にも聞いてみたんだけど、二十四日から
キャンプ? なにそれ楽しそう!
「そんな話、聞いてないぞ?」
「俺たちはほら、オアラで大変だったし、誘いそびれたんだろ。紬は帰ってきた後も、なんだかトラブルに巻き込まれてたし」
「
「はあ? アホか
ああ、そうだよな。おまえの物差しは全部
右手の人差し指を立てながら、さらに持論を展開する勇哉。
「トミューザムの方なら、D班のナンバーワンとナンバーツーがいるんだぞ!? 断然そっちだろ」
「ナンバーワンとナンバーツー?」
「これだよ、これ!」
勇哉が右手を胸の前に持っていき、膨らみを表すように
なるほど、そう言うことね……。
侮蔑の眼差しを向ける可憐に気付いて、慌ててフォローする勇哉。
「いや、可憐だって、なかなか立派なモノをお持ちで――ゴフッ!!」
勇哉の脇腹に可憐の木剣の柄がめり込こみ、直後、地面にうずくまる勇哉。
「じゃあ、またな、紬」
そう言って立ち去る可憐に水のお礼を言いながら、勇哉の様子を
「おい、大丈夫か、勇哉?」
「いや……ちょっと今のは洒落にならないレベルだったけど……でも、あの容赦のない仕打ち、やっぱいいよなぁ、可憐……」
脇腹を抑えながら、悶絶と恍惚の入り混じった不気味な笑みを浮かべる勇哉。
気持ちわるっ!
それにしても、これでD班全員に、
他のクラスメイトじゃ、俺もダンジョン攻略に誘えるほど仲のいい友達はいないし、後は華瑠亜に任せるしかないな。
あいつなら顔が広そうだし、誰か一人くらいは都合がつけられるだろう。
◇
午後三時頃、各班毎に順次練習が終了していく。
槍技班も同様に練習が終わるが、解散後、俺だけは絵恋先生に呼ばれて一緒に校内へと入っていく。謎の傷痕について詳しそうだという先生の元へ連れて行ってくれるらしい。
それにしても、メアリーとリリスの姿、午後は一向に見ていない。
どこをほっつき歩いてるんだ、あいつら?
先生と二人で向かった先は、研究棟――生徒達は滅多に近づくことのない、別名北棟と呼ばれている校舎だ。ここでは、先生達の中でも、特に各分野の専門知識に秀でた先生が研究室を構えているらしい。
その中の一室、『森脇魔具研究室』と書かれた扉の前で一旦立ち止まる。ノックをした後、返事も待たずにドアを開けて室内へ入る絵恋先生。
「森脇先生。午前中に話した生徒、連れてきました」
室内の三分の二は、びっしりと書物の詰まった数列の本棚。まるで小さな図書室だ。残りの三分の一にも所狭しと平積みにされた書物の山。
その奥に見える一台の机。
そこで、突っ伏すように分厚い書物を読んでいた白衣の男性が、顔を上げてこちらを見る。彼が、森脇先生と呼ばれた人物だろう。
ロイドフレームに、瓶底のような分厚いレンズの丸眼鏡。無精ヒゲを生やし、白いものが混じる髪の毛もボサボサに逆立っている。
一見五十歳前後にも見えるが、皺の少ない
「ああ、君が例の……え~っと、
「いえ、綾瀬です」
誰だよ小湊って? 全然違うじゃねぇか! 大丈夫かこの先生?
澄んだ声の感じから、やはり見た目よりもだいぶ若そうだ。
名前を間違えたことなどまったく気にする様子もなく森脇先生が続ける。
「じゃ、早速で悪いんだが……例の武器、見せてもらえるかい?」
言われた通り、六尺棍を召喚して森脇先生の前に持っていく。
「触っても?」
「はい。……ただ、身体から離れると自動的に体納状態に戻ってしまうので、俺も持ったままですが」
「ほうほう! それはまた、面白い仕掛けだねぇ」
そう言いながら、六尺棍を
「何か……解りましたか?」
絵恋先生の質問に、今度は大きく頷く森脇先生。
「まさかとは思ったが……この武器の素材、恐らく〝
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