18.扶桑樹

「まさかとは思ったが……この武器の素材、恐らく〝扶桑樹ふそうじゅ〟だね」

「扶桑樹!? あの……伝説のフーサンですか!?」


 森脇先生の言葉に驚きを隠せない、と言った様子で答えたのは、絵恋えれん先生だ。


「普通の素材ではなさそうだと思いましたが、まさかフーサンとは……」

「え~っと……扶桑樹? フーサン? って、何ですか?」


 もしかするとこの世界では常識的な知識なのかも知れないが、思い切って質問してみると、森脇先生は眼鏡の位置を直しながら喜々として説明を始める。


「僕も実物は樹皮の欠片くらいしか触ったことがなくてね。ここまで大きなを目にするのは始めてなんだが……分析魔法アナライズの結果、分子構造はほぼ同一だった」


 さっき触っていた時に、そんな魔法を使っていたのか。


「その……フーサンと言うのは、どんな特徴の素材なんです?」

「まあ、端的に言えば〝呪樹〟だよ」

「じゅじゅ、って……呪いの樹ってことですか!?」


 またかよ!?

 指輪といい杖といい、俺の装備品、呪いだらけじゃん!


「術者が瀕死の者にフーサンをかざすだけで蘇った、なんて逸話もあることから、不老不死の樹なんて誤った情報も伝わっているが……実際は真逆だ」

「真逆?」

「真の効果は、使用者の魔力を吸い取る呪いの樹だよ。先ほどの逸話もその発祥を辿ると、フーサンを使用した術者はすぐに死亡していたことが解った」


 つまり、使用者の魔力を吸い取って相手に与える……と言うような効果か?

 魔法と一緒なら、使用者の魔力が尽き、さらに生命力そのものを与えたことによって、先ほどのような逸話が生まれたのかもしれない。


「それじゃあ俺も……六尺棍こいつで迂闊に人に触れれば、死んでしまう可能性もあるってことじゃ?」

「試してみたが、触っても僕に魔力が流れ込んでくるような感じはなかったし、大丈夫だろう。もし流れ込んでいたなら、今頃小林こばやし君の命はなかったかも知れない」

「綾瀬です」


 ……ってか、危ねぇなおい!

 つまり、結果オーライ、ってこと? もうちょっと慎重にお願いしますよ!


 たまたま傍に積まれていた、【エルフ社会と生態の考察】という本を開きながら、絵恋先生も口を開く。


「その逸話……確かエルフ族の間で伝えられてる話ですよね? エルフがフーサンを使用することで、何か特殊な効果が発生するのかもしれませんね」

「うむ。扶桑樹も、今ではエルフの国で数樹が管理されてるだけと聞くし、魔力伝播はエルフが使用するからこその現象かも知れん」


 また名前が出てきたな、エルフ……。

 いや、今度は、須藤のようなダークエルフではなく正真正銘の〝エルフ〟だ。今さら驚きはしないが、やはりエルフの国なんていうのがあるんだな。


「で……それと、洞窟犬ケイブドッグについた妙な傷痕は、どういう関係があるんですか?」


 六尺棍が、扶桑樹――フーサンと呼ばれる珍しい植物から作られたものだと言うことは理解できた。しかし、傷痕との関係がまだよく解らない。


「先ほどその武器に触れてみて確認したんだが、君の魔力が表面をコーティングするように漏れ出ているのが解った。……それは意識的にやっているのかい?」

「いえ……まったく」


 俺の返事を聞いて、森脇先生の瞳に、果然かぜん驚嘆きょうたんの入り混じった複雑な光が浮ぶ。


「ちなみに君の魔力は、どのくらいあるんだい?」

「え~っと、その……どうですかね?」


 約一〇万、と言い掛けて言葉を飲み込む。

 それが規格外の――ややもすれば虚言妄言のたぐいに受け取られかねない魔力量だと言うことは、これまでの経験でさすがに理解できた。

 特に森脇この先生に突飛な情報を与えるのは、何か嫌な予感がする。


「去年のステータス測定では測定不能と言われたらしくて……解らないんですよ」


 トゥクヴァルスで信二しんじから聞いたままのことを伝える。

 嘘ではないし、そもそも一〇万という数字も、元はリリスの当て推量ずいりょうから出た数字で正確なところは解っていないのだ。


「と言うことは少なくとも五千以上はあるということか……。凄いな! 是非、君の中身を調べてみたくなってきた」


 どうやら、測定器のカウンターは五千が上限らしい。

 好奇心の塊のような森脇先生の物言いに、やはり一〇万なんて言わずに正解だったな、と胸を撫で下ろす。


「正確に測ったわけではないが、今の様子だと一時間に一〇〇MP程度の魔力がその武器から放出されているとみていいだろう」

「と言うことは……丸一日持っていたとしても、二四〇〇MP……」

「恐らく扶桑樹の効果でそうなっているんだろう。君の魔力総量からすれば特に問題ではないだろうが、小さな数字ではない。注意はしておいた方がいいだろう」

「じゃあ、魔物に与えた謎の傷痕もそれに関係が?」


 両肘を机の上に置いた森脇先生が、顔の前で両手を組みながらゆっくりと頷く。

 MPは、魔法精錬以外にもそんな使い方ができるのか。


「マナをエネルギー源とする魔物にとってMPは有害だ。その武器でMPの塊を叩きつけられることで通常の打撃痕ではありえない追加痕を与えたのだろう」

「でも……いつもその追加効果が現れるとは限らないんですよ」

「それは小菅こすげ君の魔力の錬度が低いからだよ。体調にも左右されるだろうが、魔力のコントロールを覚えれば、安定して〝MPコーティング〟を使いこなせるはずだ」


 森脇先生にとっては、とりあえず対象さえ解れば、名前なんてどうでもいいんだろうな……。


               ◇


 廊下へ出ると、振り返って室内へ一礼し、絵恋先生と二人で研究室を後にする。


「どうだった? 森脇先生の話は?」


 ドアを閉めた後、俺の方を向いて先生が訊ねる。


「まあ……話の内容はある程度信憑性がありそうですけど……なんであんなに名前を間違えるんだ? って感じでしたね」

綾瀬おまえがそれを言う?」

「……すいません」


 絵恋先生が歩き始めたので、とりあえず俺も着いて行く。

 ……が、この方向、入り口とは逆だよな!?


「ある程度の予想はしていたが、それにしても扶桑樹フーサンなんて単語が出てくるとは思ってなかったな。本当にそれ、入手経路に心当たりはないのか?」


 同じ質問は森脇先生にも何度もされたが、いつの間にか出せるようになった……と答える以外になかった。

 元の世界にいた時の〝ノートの精〟の設定で……なんて言えば、それこそあの場で頭蓋骨の中を調べられてもおかしくないような勢いだった。


「もしかすると、綾瀬おまえの祖先に何か関係があるのかも知れないな」

「祖先にエルフがいた……とか?」

「人亜人協定ができるまでは、一部で亜人と結ばれた人間もいたと聞くからな。そういう話があったとしても不思議じゃない」


 平行世界を移動してきた経緯を知る俺からしてみたら突拍子もない話だが、曲りなりにも仮説らしきものが立てられるというのは、対外的には悪くない。


「よし、この後、魔力練成の特訓を始めるぞ」

「……まりょくれんせい? 」

「MPコントロールだよ。魔力練成を要するスキルは弓技に多いからな。弓技の宮下先生は私の後輩だから、さっそく話してみよう」

「ち、ちょっと待って下さいよ! 今から?」

「当然だ。言っておくが、お前は三日間泊り込みだからな? 生徒用の着替えは学校にもあるから心配するな。後で家に連絡しておけ」

「いや、でも、自宅まではたった一駅ですし、通ったって別に問題は……」


 〝はあ?〟なんて言うフキダシが見えそうな呆れ顔で、先生が俺を顧みる。


「この三日でみんなに追いつきたいと言ったのは、どこの誰だ!」

「え~っと……誰です?」

「おまえだろ!」


 いやぁ……そんなこと言った覚えはないんですが……。

 と、その時、背後から聞き覚えのある声が俺の名を呼ぶ。


「紬くん! やっと見つけたぁ~」


 振り向くとそこにはブルーに跨ったリリスの姿。


「メアリー! こっちこっち! いたよぉ~、紬くん!」


 壁一面に窓ガラスがあるような元の世界の校舎とは違い、窓も少なく、石壁に囲まれたこの世界の建築物は昼間でも薄暗い。

 リリスの後ろ、石廊の先にぼんやり浮き上がる金髪――メアリーだ。さらに、メアリーに手を引かれて苦笑いを浮かべながら姿を現したのは……可憐かれん!?


「まったくパパは! いつの間にか中庭からいなくなってますし、ずいぶん探し回っちゃいましたよ! 勝手にフラフラしないでといつも言ってるじゃないですか!」

「いや、それを言ってるのは俺のほう――」

「そんなことより! 今日は、可憐ママの家に泊まりますよ!」

「はぁ?」


 頬を膨らませて近づいてきたメアリーが、突拍子もないことを言い出す。

 同時に、メアリーに手を引かれながら、苦笑いで肩をすくめる可憐。


「帰ろうとしたら、校門の前で捕まってな……」

「大丈夫なのか? そんなこと急に決めて……」

「まあ、紬達なら問題ないだろう」

「え? どうして?」

「地底での事は全部話してある……から……な」


 最後の方は、視線を外して言い淀む可憐。


「全部?」

「うん。ベッドに押し倒されて……乳房を揉まれたこと……とか」


 おい! 言い方っ!


「なんでそこまで話すんだよ!? そんな、言わなくたっていいこと、黙ってればいいじゃん」

「嘘や隠しごとは嫌いなんだ」


 それにしたって、言葉選びや程度ってものがあるだろ。


「それじゃあ、大丈夫どころか二度と可憐の家に行けないレベルじゃない、俺?」

「いや、それが、なんて言うか……婿候補が決まったような勢いで、けっこう喜んでいるんだ、両親は……」

「む、婿って……」


 おかしいだろ! この世界! この歳で婚活はあたりまえ?

 だとしたら、それはそれで、のこのこ泊まりに行ったりしたら逆の意味でヤバいだろ?

 ふと横を見ると、薄目でジッとこちらを見ている絵恋先生と目が合う。


「あの……あれはその、いろいろ前後の状況と言うものがありまして……」

「別に、いいんだよ? そういうことなら石動いするぎの家に泊まりに行ったって」

「いえ! 学校でいいです! と言うか、是非っ!」


 それを聞いたメアリーが、ええ~っ! と、不満の声を挙げる。


「なんで学校なんですか! アホですか? あぁ草生えるっ!」

「まてまて……ちょっと、魔力練成ってやつの特訓でね? パパ、今日から学校に泊り込みだと先生に言われてたところなんだよ」


 もちろん、そんな言い訳でメアリーの不機嫌が直るはずもなく、俺に向けられた視線はさらに鋭さを増す。


「じゃあメアリーはどうするんですか! そのクソつまらなそうな特訓をずっと傍で見てなきゃならないんですか? メアリーは可憐ママと一緒に過ごしたいです!」

「いや、それはその……って言うかクソって……」


 思わず可憐の顔を見る。

 助け舟を求めたわけではないが、俺の目を見ながら頷く可憐。

 ほんとに? いいのか、可憐!?


「じゃあ、メアリーだけ泊まりにいくか? 可憐ママのところ……」

「エッ!? い……いいんですか!?」


 俺の言葉に、かぶりを振りながらみるみる表情を輝かせるメアリー。


「うん。可憐ママの言うことをよく聞いて、迷惑かけるんじゃないぞ」

「マナの供給は……大丈夫なのか?」


 腰に抱きつくメアリーの頭を優しく撫でながら、可憐が訊ねる。


「ああ。供給がなくても三日くらいは普段通り過ごせるらしいし、また明日も会うんだから大丈夫だろう」


 メアリーには念のため、非常用のマナ補充薬も持たせてある。


「さてと……」


 絵恋先生が口を開く。


「家族会議は終わったかな?」

「いや、あの、家族って……パパとかママって言うのはニックネームみたいなものなので……」

「どっちでもいい! おまえらもう、結婚しちまえ。そうすりゃそのニックネームも正式名称になるし、スッキリするだろ?」

「そんな投げ遣りな……」

「とりあえず、さっさと行くぞ綾瀬。早くしないと弓技の先生が帰っちまう」

「は、はい……」


 その、弓技の先生ってのも災難だな。

 可憐とメアリーに手を振り、俺とリリスは絵恋先生の後に続く。


「私も行きたかったなぁ~、可憐ちゃんのおうち」と唇を尖らせるリリス。

「お前は……そんなに離れたら消えてしまうからな。仕方がない」

「じゃあお詫びに、夜は食堂で和牛ステーキ八〇〇グラムおごってよね!」

「お詫びって……俺がお前に詫びる必要、ある?」


 今日から三日間で、俺も少しはこの世界の学生らしくなれるのだろうか?

 六尺棍の使い方なんて、元の世界に戻れば何の役にも立たない技術だ。

 ただ、そんな技術の習得に汗を流している自分を顧みたとき、この世界で、魔物と戦いながら生きていく覚悟が徐々に固まっていくのも実感する。


 いつ戻れるのか、あるいは戻れるのかどうかすら解らない元の世界から、徐々に、しかし確実に、俺の意識はこの世界へ軸足を移しつつある。

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