第十三章 トミューザム 編 ~祭場にて
01.最後のメンバー
「ごめんごめん、もうみんな集まってたのね! もう一人、最後のメンバー、紹介するわね!」
午前一〇時、ティーバ駅――
既に集まっていたトミューザム攻略メンバーは、
そこへ、待ち合わせ時間ちょうどに〝最後のメンバー〟を連れて現れた
そっか――
残りの一人、とりあえずD班は全滅だと思ってたけど、この人がいたか……。
「まあ、今さら紹介するまでもないけど、
「おはよう! みんな、今日はよろしくぅ」
下は、一見
上は、白いオフショルダーのブラウス。胸元の紐で軽く結んでいるだけなのだが、あれで摺り下がらないのは必殺Eカップの成せる技だろう。
ペコリと下げた先生の頭に合わせて、軽やかなレイヤーカットのロングヘアがふわりとなびく。同時に見えた胸元の谷間に、鼻の下を伸ばしきっている勇哉。
可愛い。確かに可愛いのだが――
「え~っと、華瑠亜? ダンジョン攻略のメンバー、ってことだよね?」
「う、うん、そうそう……」
一応確認した俺の言葉に、華瑠亜も申し訳なさそうに頷く。
優奈先生がこういう体育会系イベントに全く不向きなのは、最早みんなの共通認識だ。華瑠亜も、それは承知しているからこそ伏し目がちなのだろう。
「ごめん、まだ間に合うか解らないけど、
「綾瀬君! それ酷いっ!」と、頬を膨らませる優奈先生。
駅構内の喧騒の中、それでも注意して声を潜めながら華瑠亜に話しかけたのだが、優奈先生も無駄に耳が良い。
「じ、冗談ですよ先生。回復支援、ばっちりお願いします!」
「うん、任せて! 先生ね、新しい魔法も覚えてきたから、後で見せるね!」
Eカップの前でグッと握り拳を固める優奈先生。
張り切ってる。とてもチェンジなんて言い出せる雰囲気じゃない。
勇哉が俺の肩に手を乗せ、悟り顔で意味不明な言葉を並べる。
「心配するな
パンドラの箱かよ?
勇哉の真っ直ぐなリビドーに、改めて感心する。
続く、紅来のフォローもいつも通りの楽観論だ。
「まあ、今回は人工ダンジョンだから足元も少しはマシだろうし……オアラの帰りだって手を繋いでた時は転ばなかったから、大丈夫でしょ」
「誰が手を繋ぐの?」
リリスが質問に、優奈先生以外の視線が紅来に集まる。地下空洞の帰りに手を繋いでいたのが紅来だからだろう。
だがしかし、両手を振りながら、慌てて首を左右に振る紅来。
「ち、ちょっと待って!? 私はダメだよ! 今回は重要な役目があるんだから」
「何だよ、重要な役目って?」
「そりゃあ、あれだよ。一夜を明かすんだし、紬の肉奴隷として……」
すかさず、パンッ、と紅来の頭頂部をひっぱたく。
「いったぁ~い! 無礼者!」
「姫かよ!?」
大袈裟に頭を抑えながら、紅来が言葉を続ける。
「まあ確かに、夜は肉奴隷でも移動時は手くらい繋げるけどさ……」
「問題はそこじゃない!
「ったく、冗談が通じないなぁ紬は。私は
なら、最初からそう言え!
次に、みんなの交差する視線が落ち着いた先は――
俺かよ!?
「一番お
紅来の言葉に、不満そうに唇を尖らせながらも渋々頷く華瑠亜と勇哉。
「ちょっと待て。俺だって今日は
「ああ~、一応持っては行くけど、多分、松明は使わない」と、紅来。
「殆どの人工型ダンジョンは一定間隔で照明石が使われてるからね。松明なしでも明かりは確保できるんだよ。って言うか、常識でしょ?」
「そ、そっか……そうだったな」
そうなんだ?
照明石? 魔石の一種だろうか。
「でも、俺だって、武技特訓で三日間も自己
「たかが武技特訓で大袈裟だなぁ。ランクEのダンジョンだし、
まあ、それはそうなんだけどさ……。
いや! まだ手が空いてそうなやつが一人いるじゃないか!
「メアリー! 今日はおまえが優奈先生担当になれよ!」
「ええ~……。メアリーが手を繋ぐんですか? メアリーじゃ、
オアラではまだ〝先生〟と呼んでいたはずだが、武技訓練中、絵恋先生にも〝先生〟の呼称を使っていたメアリー。
そのせいかどうかは解らないが、優奈先生のあだ名は今日から〝おっぱい〟に変わってしまったらしい。
「ちょっとみんな、いくらなんでも心配し過ぎよ! 山や洞窟じゃないんだし、ダンジョンなら先生だってそんなに転んだりしないわよ!」
にっこり微笑みながら、Eカップの前で握り拳を固める優奈先生。
張り切ってる。
「先生、なんであんなに張り切ってるの?」
そっと華瑠亜に耳打ちで訊ねる。
「ぜひ先生にお願いしたくて真っ先に連絡しました! って言ったら、急にあのテンションに……」
それでか……。
普段から頼られたがってたからなぁ、優奈先生。
「もうちょっと他に……適当なクラスメイトとかいなかったのかよ?」
「トミューザム攻略、日を跨ぐし、一応実家に連絡を入れたら先生の引率がないとダメって言われたのよ」
「人の引越しは無断でやらせようとするくせに、自分はお祭りイベントくらいでいちいち実家にお問い合わせ?」
「仕方ないじゃない! 不定時で毎晩連絡がくるし、無断外泊がバレれば、下手したら転校させられちゃうんだから!」
一人暮らしの娘が心配、という感じなのかも知れないな。
この世界のズレた習俗に慣らされかけていたが、親としてはそれぐらいの感覚の方が普通だよな、本来は……。
「とりあえずみんな、さっさと
ちょうど到着した、トミューザム方面のウィレイアを指差す紅来の言葉を合図に、全員が一斉に歩き出す。と、その時――
きゃあっ! と、背後から優奈先生の悲鳴。
ほぼ同時に、慌てた様子でメアリーの叫び声が続く。
「み、みなさんっ! おっぱいが! 転びましたっ!」
俺たち……のみならず、周囲を行き交う大勢の人々が、一斉にメアリーの声に振り向く。その視線の先には――
尻もちを着く優奈先生と、その手を掴んで、巻き添えにならないよう身体を反らすメアリーの姿。のっけから……どうするんだよこれ。
「だ、大丈夫ですか?」
とりあえず、傍にいた俺が、メアリーと共に急いで先生を抱き起こす。
「ご、ごめんなさい。みんが急に歩き出すものだから……先生、慌てて足がもつれちゃった」
てへぺろ的な感じで微笑む優奈先生だが、お約束過ぎて草も生えない。
ふと横を見ると、華瑠亜の笑顔もさすがに引きつっている。
前途多難だなぁ、これ……。
◇
「本当に……このまま開催して大丈夫なんですか?」
机の上で書類をチェックしながら、手元から目を離さずに若い男が質問する。
左胸に付けられた名札には【観窟補佐官:田村俊太郎】と書かれている。
「あん? 何がだ、田村?」
答えたのも、やはり若い男だ。
歳の頃は田村と呼ばれた男とほぼ同じ、二十代前半くらいであろうか。室内を一望できるように窓際に配置された机でお茶を啜っていたその男が、田村を見遣る。
机の上のプレートには【二級観窟士:
「トミューザムですよ。直前の観窟で、
「
「でも、低階層での★3でしたからね。深階層では★4の可能性も充分あるんじゃないですか?」
東吾が、やや苛立ったように、口へ運んでいた木製のコップを乱暴に机の上に置く。ゴンッ、と響いたその音に、肩をビクッと震わせる田村。
「ランクCなんて判定にしたら民間の行事に使うことはできなくなる。レース賭博の元締めからはたっぷり協力金も貰ってるんだ。今さら中止になんてできるか!」
「それにしても、進吾さんが入院したからと言っていきなりE 判定というのは……。せめてD判定でも良かったのでは?」
なおも食い下がる田村に、しかし東吾も、今度は苛立ちを抑えて静かに答える。
「D判定じゃ学生は参加できなくなるからな。募集期間が充分ならそれでもよかったが……実際、あの学生パーティーを含めてようやく四組だろ?」
「ええ、まあ……」
「二組、三組の参加じゃ賭けも盛り上がらないし、賭博屋が嫌がるんだよ」
「まあ、それは解りますが……」
「依頼観窟だけじゃおまえの給金だって払えるかどうか怪しいからな? 解雇されてもいいなら、今からだってC判定に戻して中止にするが?」
「そ、それは……」
返答に詰まる田村を見ながら、東吾が口の端を上げる。
「心配するな。俺だって一応ダンジョンは見てきたが、俺が行った時には★3なんて一匹も見かけなかったよ。実際、今のランクはE程度さ」
「…………」
田村も、東吾と共に観窟を行ったからそれは知っていた。
但し、潜入したのは四箇所ある入り口のうちのたった一箇所。しかも、調査範囲は入り口から数十メートルしか潜っていない範囲だ。
あれでは★3どこか、魔物そのものに遭遇することすら珍しい。
田村が、チェックし終わった書類を、トントンと揃え、立ち上がって東吾の机まで持っていく。
「毎年手配している
「ほう。……で?」
「即日来られるのが、準一級イスパシアンが一人、二級が六人、三級が一人。
「報酬は? いくらなんだ?」
田村から渡された数枚の書類――履歴書を捲りながら東吾が訊ねる。
「準一級イスパシアンですと……急募手当を含めて金貨三枚ですね」
「あぁ? 高過ぎだろ!? いつも頼んでるのは銀貨五枚程度じゃなかったか?」
「いつもは全員、進吾さんの馴染みの方たちですからね。ギルドからの紹介ですと報酬も正規料金になりますから仕方がないかと」
「ダメだ! 話にならん! その、三級のやつはいくらなんだ?」
「銀貨五枚です」
「それだ! それでいこう!」
そう言い捨てて履歴書を机の上に放り投げる東吾。
「し、しかし、三級の術者では深部のパーティーをコールできるかどうか……」
「心配するな! いざと言う時の保険みたいなもだろう? 実際にコールを使うような事態になったことは一度もないじゃないか」
「それは……」
それは、これまでD判定以下でしか開催してこなかったからだ。
もしかすると、実質C判定かもしれない今回は、慎重を期すぺきではないかと田村は考えていたのだが……。
しかし、それ以上言葉を継ぐことはなかった。田村にも生活がある。ここでさらに東吾の不興を買えば、本当に解雇され兼ねない雰囲気に思えたからだ。
田村は、放り投げられた履歴書を揃え直し、その中から一枚を抜き取ってもう一度内容を見直す。【三級イスパシアン:
(せめてこの雑魚っぽい奴が、学生パーティー担当にならないことを祈るしかない)
そう考えながら、ギルドへ連絡するために通話機を手に取った。
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