02.フェスティバル会場

「フェスティバル会場まで、どれくらい歩くんだ?」


 ティーバから、トミューザムの最寄駅であるイヴァイ駅まで約二時間。

 フェスティバルの影響か、ティーバを出た頃はいていた車内も徐々に乗客が増え、気がつけばぎゅうぎゅうの鮨詰め状態になっていた。


 イヴァイに着いた途端、ぞろぞろと一斉に掃ける乗客の波に流されるように、俺と勇哉ゆうや、そして華瑠亜かるあがホームに押し出される。


「ん~っと、会場まで三〇分位かな。つむぎ、行ったことないの?」


 よろけながらの俺の質問に、着衣の乱れを直しながら聞き返す華瑠亜かるあ


「あ、ああ……どうだったかな? ちょっと記憶が……」

「ふぅん……。記憶、まだ戻らないの?」

「う、うん。二ヶ月以上前の記憶が、まだなんかぼんやりしてて……」


 もちろん記憶喪失などではないが、この世界線に来るまでのことは、とりあえずキラーパンサー戦で負った記憶障害で押し通している。

 もっとも、相手が大雑把な華瑠亜だからこそ誤魔化せているというのもあるが。


「結局、乗客はほとんどフェスティバル目当てだったみたいだな」


 勇哉の言葉を聞いて振り返ってみると、車内に残っている乗客は二、三人。この辺りの日常風景はこんなものなのだろう。


 華瑠亜はボウガン、勇哉は剣楯ソードシールドを背中に担いでいたため、座席には座らずにずっと立ちっ放し。

 俺も、勇哉はともかく華瑠亜を立たせたまま座席に座るのはさすがに気が引けたので、二人に付き合ってずっと立っていた。


 最後にホームに降り立ったのは、座席に座っていた残りの三人――手を繋いだメアリーと優奈ゆうな先生、そして紅来くくるだ。

 ティーバ駅での転倒を見て、先生担当は子供では無理そうだし、俺よりは紅来の方が女同士でいいだろう……という話になったはずだが。


「優奈先生は、結局メアリーに任せるの?」

「だって私には、おまえの肉奴隷という役目が……」

「それはもういいからっ」


 言葉の意味は解らないまでも、何か如何わしい雰囲気を感じ取ったのか、怪訝けげんそうな眼差しで俺を見上げるメアリー。


「肉奴隷ってなんですか?」

「メアリー黙れ」


 ほらみろ! メアリーが食いついちゃったじゃねぇか。

 横から紅来が説明を挟む。


「肉奴隷っていうのはね……すっごくラブラブな男女のことよ!」

「ほうほう! らぶらぶですか……らぶらぶ……」


 紅来の説明にメアリーが納得したように頷くが……。

 絶対、何か勘違いしてるよね、こいつ!?


「疲れたわねぇ。藤崎華瑠亜ふじさきさん達は立ちっぱなしだったし、どこかで昼食でも取っていく?」


 優奈先生の提案に、しかし直ぐに首を振る華瑠亜。


「いえ、今はちょうどお昼時だし、駅の周りはかなり混雑すると思うから……休憩は少し歩いてからにしましょ」


 駅の周囲には、飲食系を中心に沢山の露店が連なっているが、おそらくこれはフェスティバル期間だからだろう。

 地元の飲食店などは住居と一体で経営してる場合が多いので、むしろ駅から少し離れた場所の方が見つかり易かったりする。


「道中、お腹が空くと悪いし、何か買っていかない?」


 ……と言うリリスの提案は無視。団体行動なのに、一人の我侭をいちいち聞いてはいられない。

 人差し指を咥えながら、露店群を名残惜しそうに眺めるリリスを掴んで肩に乗せ、六人で駅前広場を後にする。

 手を繋いだ優奈先生とメアリーの後ろ姿を眺めながら付いて行く残りの四人。


「やっぱり、先生担当、紬か紅来がやった方がいいんじゃねぇの?」


 こっそりと呟いた勇哉の言葉に、俺と紅来が同時に首を振る。

 二人きりならまだしも、みんなの前でずっと先生と手を繋いでいるのは、俺もさすがに気恥ずかしい。紅来だって二日間ずっとはしんどいだろう。


「まあ、相手がメアリーちゃんなら『子供の面倒をみてあげてる』っていうていで先生の面目も立つし、いいんじゃない?」


 華瑠亜の言葉に、俺を含めた他の三人も頷く。

 意外とみんな、先生を傷つけないように気を使ってるようだ。

 それにしても優奈先生って、普段どうやって生きてるんだろう……。


               ◇


 道中、テラス付きの軽食店で一時間ほど昼食休憩を取った後、再びトミューザムへ向かって歩き出す。

 西側の海から内陸へ向かって二キロほどなだらかな平野が続き、そこから徐々に標高を上げてそびえているのが、トミューザムの双耳峰そうじほうだ。


 快晴の下、平野の中心に位置するイヴァイ駅を出た瞬間から、俺たちの視界に捉えられていた緑色の威容。

 そのふもと、色とりどりの露店が所狭しと並ぶフェスティバル会場へ着いたのは、午後二時頃だった。


「すごい人出だな……」

「祭は数少ない娯楽の一つだからな。かなり遠くから人が集まるし、この規模となればなおさらよ」


 俺の隣で勇哉が答える。

 先頭で、目を爛々と輝かせながら、体全体で興奮をアピールしているのはメアリーだ。


「あっち、見に行ってみましょう!」

「ち、ちょっと! メアリーちゃん、待って!」


 今にも駆け出しそうなメアリーを、優奈先生が慌てて引き止める。こんな人混みの中ではぐれたらマジで迷子になりかねない。


「メアリー、ちょっと待て! とりあえず受け付けが先だ! ……だったよな?」

「ええ。締め切りは午後四時だけど、さっさと終わらせましょ」


 メアリーを捕まえつつ振り向いた俺に、華瑠亜が頷く。

 昼食で話した内容によれば、ダンジョン攻略イベントには代表者の名前で登録しているだけで、潜入前に改めて全員で受付を済ませなければならないらしい。


「受け付け、あそこみたい!」


 爪先立ちでキョロキョロと辺りを見渡していた紅来が叫ぶ。

 紅来が指差した先を目で追うと、【トミューザムダンジョン攻略パーティー受付窓口】と書かれたのぼりが風にはためいているのが見えた。


「そう言えば、パーティーメンバーは五人って話だったけど、メアリーは大丈夫なのかな? 使い魔とは言え見た目は普通の女の子だし……」


 これまで当然のように使い魔として共に過ごしてきたので失念していたが、考えようによっては、メンバーが六人いると見られてもおかしくはない。


「使い魔の登録申請書の控え、持ってきてるのよね?」と、華瑠亜。

「うん、一応……」

「いろいろ質問はされるかも知れないけど、それがあれば大丈夫でしょ」


 近づいてみると、のぼりの下には木製の長机が置かれ、受付担当官らしき人物が一人、机の向こう側で腕を組んでいる。

 胸の名札には【観窟補佐官:田村俊太郎】と記されている。トミューザムダンジョンのランク指定を行ったメンバーの一人なのかも知れない。


 とりあえず、受け付けの時だけは使役者と使い魔ということで、俺とメアリーが手を繋ぐ。


「質問かぁ……。メアリー、ちゃんと答えられるか?」


 メアリーが背を反らして胸を叩く。


「任せて下さいよ! ばっちり、パパとの親密度をアピールしてみせます!」

「いや、親密度とかは別にいいから。普通に使い魔だと言ってくれれば……」


 そう言い聞かせている途中で、しかし、華瑠亜が田村という担当官を相手に受け付けの手続きを始めてしまったので、仕方なく口をつぐむ。

 なにか悪い予感がする。


 田村が、俺たち一人ひとりの顔と職種ジョブを確認しながら、登録書類にその内容を書き込んでいく。

 最後に俺の登録が終わった後、田村の視線が隣のメアリーに移る。


「君は?」

「肉奴隷です! パパとはちょ~らぶらぶなので……(モゴモゴ)!」


 やっぱしっ!!

 慌ててメアリーの口を塞ぐ。


「肉でも奴隷でもないです! 俺の使い魔です! これをっ!」


 眉間に皺を寄せた田村の前に、急いで使い魔登録申請書の控えを出す。それに視線を落としながら、苦虫を噛み潰したような顔で苦言を呈する田村。


「現況ランクがEとは言え、一応はダンジョン攻略なんですからね? あまり、ふざけないで下さいね?」

「す、すいません……」


 身体をくの字に曲げて肩を震わせている紅来を睨みつけながら、俺は田村に謝る。


 その後、田村からたっぷり一〇分ほど様々な質問をされる。

 やはり、亜人の使い魔というのは相当珍しいようだったが、最終的には登録申請書の控えが決め手となり、受け付けは無事完了した。


 次に、担当官から四つ折りにした一枚の紙を渡される。

 開くと、記されていたのは十二個のアルファベット。


「BHBH DBGA BDGD……これは、なんだ?」


 よく見ると、アルファベットもA、B、D、G、Hの五種類しか使われていない。それに何か意味があるんだろうか?

 紅来が、俺の横からメモを覗き込む。


「これは……トミューザムコードだね」


 トミューザムコード?

 首を傾げる俺を呆れ顔で見上げながら、田村が小さく首肯する。


「宝珠の祭壇に辿り着いた時に、宝珠を出現させるために必要とされているパスワードのようなものです。イベント後、メモは回収するのでなくさないように」


 パスワード……そんなものがあるのか。

 文明度は中世レベルの世界だと侮っていたが、意外とハイテクだ。


 続く田村の説明によれば、コードの漏洩は固く禁じられているとのことだった。ダンジョン関連の情報流布はなかなかの重罪らしい。

 その割には、メモを渡すなんてセキュリティーがガバガバな気もするが……こんなもの、覚えてしまえばいくらでも――。


 そう思って再びメモに視線を落とすと、手元のメモがいつのまにか白紙に変わっている。


「あ、あれ!? 文字が消えたぞ!」

「今、コードを覚えようとして紙を見たでしょ?」と、俺からメモを受け取る紅来。

「う、うん……それが、何か?」

「このメモは幻術士が書く認識疎外文字。暗記や転写をしようとすると、読み手の意識に感応して文字が見えなくなるんだよ。音読もNG。常識でしょ」


 な、なるほど……魔法世界ならではのセキュリティーってわけか。

 先ほど、無心で見た時のコードを思い出そうとするが、最初のBHBHくらいしか思い出せない。


「次に、このクジを引いてください。既に一チームが受け付けを済ませておりますので、残り三名です」


 田村が、一輪挿しのような小さな入れ物を机の上に置く。中には、竹で作られた、割り箸ほどの大きさの平べったい串が三本挿してある。

 何が三名なのかよく解らないまま、とりあえずクジを一本引くと、先が青くペイントされていて、その上に何か文字が書いてある。


 ――雑魚井?


「ざこ……い? なんですかこれ?」

雑魚井一正ざこいかずまさ……あなた方を担当する時空魔法士イスパシアンです」


 俺の質問に、田村の顔が一瞬歪んだように見えたのは気のせいだろうか?

 それにしてもこれ、人の名前だったのか……。なんて残念な苗字なんだ。


「さすがラック〝E〟の紬くんね。ハズレ感が半端ないわ」と、リリス。

「うるさい黙れ。人を名前で判断するんじゃない」


 最後に田村が、三〇センチほどの、ぼんやりと黄色く輝くコードのようなものを手渡してくる。

 これはつい先日……オアラでも見たぞ? 確か――


「ライフテール!?」

「はい。端を切り取って担当のイスパシアンに渡してあります。あなた方も、残りを人数分に切断して、ダンジョンの中ではそれぞれ肌身離さず持っていて下さい」


 切り分けられたライフテールを所持した者同士が同じパーティーとして認識され、所有者の生命反応が無くなると、全員のライフテールから光が消える。ライフテールを落としたりしても同じ反応になるので注意が必要だ。


 それはそうと、イスパシアンって何だ?

 俺の疑問に答えるかのように、田村が説明を続ける。


「リタイアするか、若しくは八房の宝珠を入手した時には、誰でもよいのでライフテールを手放して下さい。イスパシアンが召集魔法コールを使いますので」


 なるほど……イスパシアンってのはコールを使える魔法職なんだな。ダンジョン攻略イベントのセーフティネットってことか。


「但し、コールは韻度【八】魔法ですのでどんなに速読が得意でも詠唱に一〇分前後はかかります。緊急離脱には使えませんので、判断は早め早めに――」


 そこまで説明を受けた時、背後から不意にドスの利いた声が響く。


「おいおいおい! そんな基本的な説明、いつまで続けてんだ?」


 振り向くとそこには、黒Tシャツに緑色のカーゴパンツという出で立ちの大男――身長は一九〇センチ前後はあろうか?

 この出で立ち……最近、何度も目にしてきた自警団の制服だ!


 浅黒い肌に筋骨隆々の体躯。短い黒髪は、毛先で天を突くように全て逆立っている。頬に刻まれた刀傷と、白目の目立つギョロリとした双眸が嫌でも目を引く。

 彫の深い顔や体全体から漂う雰囲気は、妹のしずくかどわかした二人組みの一人――ゾンビの柿崎にどことなく似ている。


「おまえら、学生か?」


 大男が、俺たち六人をジロリと一瞥しながら吐き捨てるように呟く。


「ダンジョンってなぁ、とかく不測の事態も多いんだ。ランクがEだろうがFだろうが、学生風情がチャラチャラと遠足気分で行っていいような場所じゃねぇんだよ!」


 胸のネームプレートには【一級剣士:毒島豪鬼ぶすじまごうき】の文字。


「いかにも、厄介そうな名前ね……」と、リリスが耳元で囁く。

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