03.遠足気分
「ダンジョンってなぁ、とかく不測の事態も多いんだ。ランクがEだろうがFだろうが、学生風情がチャラチャラと遠足気分で行っていいような場所じゃねぇんだよ!」
胸のネームプレートには【一級剣士:
「いかにも、厄介そうな名前ね……」と、リリスが耳元で囁く。
「お黙り! 人を名前で判断するんじゃない」
慌ててリリスを
「なんだおまえら? 人が話してるのにコソコソと」
リリスじゃないが、確かに
「ランクがどうだろうと、ダンジョンの中じゃどんなことが起こるか解らねぇ。特に、各地のパワースポットに作られてるダンジョンじゃなおさらだ!」
パワースポット? 初耳の設定だ。
「共食いしながら、なんかのはずみで数段階進化した例だってあるんだ。本来なら、半端な学生が気軽に入っていいような場所じゃねぇんだよ」
ただ、
「そもそも野郎二人で、あとは軽装の女子供って……舐めてんのか、おまえら!?」
確かに、それは俺も気になっていた。俺と勇哉は、長袖のアンダーシャツでなんとかダンジョン攻略っぽい体裁になってはいるが、女性陣は
メアリーは、潜入時用に耐魔ローブを持参しているのでまだ良いとして、ミニのプリーツスカートにニーハイソックスと言う、いつもの出で立ちの華瑠亜。
極めつけは、
どれもこれも、ダンジョン攻略と言うよりはまるでピクニックに行くような装い。いや、下手をするとショッピングと言ってもいい。
この世界の常識がいまいち解らなかったので突っ込んではいなかったが、完全武装の
しかし、「今のは、聞き捨てなりませんよ」と言いながら、ズイっと毒島の前に進み出たのは……優奈先生!?
毒島の後ろに控える――恐らく、自警団の同僚であろう他のパーティーメンバーを視界の端に捉えながら、先生の抗弁が続く。
「見たところ、あなた方のパーティーにも女性の方はいらっしゃいますよね。対魔戦においてはフィジカル以上に魔力や
「な……なんだおまえは?」
一瞬、優奈先生のEカップに目を奪われたあと、慌てて視線を逸らす毒島。確かに
「私はこの子たちの引率、兼
自分で先生って付けちゃったよ。
「ってことは、先生様まで一緒にダンジョン行楽ってわけかい。一体、どうなんてんだ、最近の学校は?」
「学校の指示ではありません。付き添っているのは私個人の判断です」
「とにかく、だ。あんたらみたいなのが遠足気分で参加して、もし何かあってレスキューを組むことになれば
改めて、優奈先生の目を睨みながら凄む毒島に、しかし先生も一歩も引かない。
「こちらはルールに
「お……俺たちは命を張った仕事してんだ! それが当然だと――」
しかし、毒島の反論などお構いなしに、メアリーの頭をぽんぽんと撫でながら、さらに応酬する優奈先生。
「なのに、生徒達や、ましてやこんな小さな子供まで無意味に恐がらせるような言動が、市民を守るべき立場の方の態度として適切と言えるでしょうか!?」
こんなに厳しい口調で、しかも理路整然と
頭を撫でられたメアリーも先生を見上げる……が、しかし、その表情に特に怯えの色は見られない。
「メアリーは大丈夫ですよ。こういう人の話は、右から右へ流してますので」
通過すらしてねぇ!
チッ、と、毒島の舌打ちが聞こえた。
「そんな小さな子供だからこそ問題だ、って言ってんだ! ちんたらと、そんな基本的な説明をしてもらわなきゃならないような連中が……」
「その物言いも、いかがなものかと思いますよ」
さらに悪態を
白とグレーを基調に、金糸の刺繍が施された修道服に身を包んだ女性。夏仕様なのか修道服の袖は短くカットされ、黒いアンダーシャツに包まれた細い腕には一メートル程の魔導杖が握られている。
もちろん、毒島が率いる自警団パーティーのメンバーではない。
ベールの横から胸元まで伸びる艶やかな髪は銀色だ。眉と
いや、異常に白い肌のせいで、身に纏うオーラそのものまで銀色に見える。外国人とのハーフだろうか?
「おまえは……白銀の聖女!?」
「あら? 二つ名を覚えて頂いてるなんて、光栄ですわ」
毒島の呟きに、銀髪の修道女が
あの瞳の色……聞いた事がある。
アルビノ――先天的にメラニンが欠乏していることにより、体毛や皮膚は白く、毛細血管が透過した瞳孔も淡い赤色を呈するのが特徴だ。
胸元のネームプレートには、剣と楯をモチーフにした紋様の横に【
「基本的な説明を……と仰いますが、
毒島が口元を歪ませ、再びチッと舌を鳴らすのが聞こえた。
「法令を尊守すべき立場のお方が、先ほどのように準則を軽んじるような発言をなさるのは、真意でないとは言え、いささか軽率に過ぎると思いますよ」
俺たちにはあれほど悪態を吐いていた毒島が、白浦峰という修道女には何も言い返さない。いくら
そんな俺の疑問も、耳打ちをしてきた紅来の言葉で解消される。
「あのプリーステス、退魔兵団の人だね」
「退魔兵団?」
「うん。あのネームプレートのエンブレム、見えない?」
「え? ああ……うん、本当だ」
そうなのか!
あの剣楯の紋様が退魔兵団のエンブレムか。また一つ勉強になった。自警団と退魔兵団――イメージ的には元の世界の自衛隊と警察のような関係だろうか。
もちろん、元の世界では〝交戦権と警察権〟と言う役目の違いこそあれ、どちらが上というような区別はなかった。……が、日々魔物の脅威に晒されているこの世界では、自ずと退魔兵団の立場や発言力が強まっていくのは想像に難くない。
退魔兵団の一級プリーステスと言えば、バクバリィで魔傷の治療をしてくれた立夏の知り合いの――
確か、
彼女と同じ役職と言うことか……。花椒さんは気さくな人だったからそれほど気を使わなかったけど、こうしてみると彼女も凄い所にいた人なんだな。
それにしても――
自警団の一級剣士だの、退魔兵団の〝白銀の聖女〟だの、ただの田舎の祭りのはずなのに、何だこの大物感漂う顔ぶれは!
「で! ……その説明とやらはまだ続くのか?」
苦々しい表情のまま振り向いた毒島が、受付担当の田村を睨みつける。
「いえ、もう
「じゃあもういいだろ! さっさと行った行った!」
俺たち六人が、毒島に追い立てられるように受付から離れると、代わりに自警団チームが受付を開始する。
場所を入れ替わりながら、毒島の背中を睨みつけて舌打ちをする
「ったく!
気がつけば、先ほど毒島を相手に啖呵を切り合ってた場所で、未だに佇んでいる優奈先生。
「……先生?」
もう一度、今度は俺も声を掛けてみる。
「ごめん……先生、ちょっと、足が
ええーっ!?
視線を落とすと、足元が小刻みに震えているのが分かる。
さっきの、あの堂々とした優奈先生は
「紅来! ちょっと、そっち側から先生を支えて。俺はこっち支えるから!」
「う、うん!」
こんな、受付の前にいつまでも突っ立っていたら、また毒島あたりに何を言われるか解ったもんじゃない。
「ごめんね、綾瀬君、
俺たちに支えられながら、ようやくヨタヨタと歩き出した先生の横に、先ほどのプリーステスが近づいてくる。
まだ、歳の頃は、二十代も半ばくらいであろうか? かなり若い。
「大丈夫ですか?」
まるで、天使のような、やや現実離れした佇まいに思わず
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