13.ミーティング

「私も行く。ミーティング」


 よく見ると、洗いざらしだった髪の毛もかしてきたのだろうか。いつものさらさらエアリーショートが復活している。


「なんで、立夏りっかまで!?」

「パン、一人じゃ食べきれないし」


 いや、それならパンだけいただければそれでいいんですが……。


「それに――」

「あ~、はいはい。言うこと当ててやろうか? 夏休みは暇……だろ?」


 こくりと頷く立夏。

 まあ、行くのは良いとして――


「でも、立夏が一緒じゃ、親衛隊ゾーンを抜けるのがさらに大変にならないか?」

「親衛隊?」

「いや、ほら、駅の屋内露店街バザールんとこ……」

「あそこは、通らない」


 ん? でも、駅の改札は一箇所だし、バザールを抜けなければ船電車ウィレイアには乗れないと思ったんだが……。秘密の裏道でもあるのか?

 いぶかしそうな俺の顔を瞳に映しながら立夏が続ける。


華瑠亜かるあのうちまで、歩いていく」

「え?」


 ……と、一瞬驚いたが、考えてみれば一駅区間だし、立夏の下宿自体が既にイーストフナバシティ寄りだ。華瑠亜の下宿先までは残り二~三キロだろう。

 約束の時間までまだ一時間以上あるし、歩いたとしても充分間に合いそうだ。


「立夏、道、知ってるの?」

「うん。何度か行ったことがある」


 ウィレイアロード沿いに歩いて隣駅まで行けば俺一人でも辿り着けそうだが、立夏が道を知ってるならさらに時間も短縮できるだろう。


「解った。じゃあ行こうか。それ、俺が持つよ」


 立夏からパンの袋を受け取ると、手ぶらになった立夏が先に歩き出す。その後ろから、俺としずくも付いて行く。

 鼻腔をくすぐる焼きたての芳香。パンの香りが人を優しくするという実験結果を聞いたことがあるが、解る気がする。

 さらに、鼓膜を刺激する咀嚼そしゃく音。


 ……咀嚼音!?


 慌てて肩の上を見ると、パンの欠片を抱えてほっぺを膨らませながら、「ん?」と小首を傾げるリリスと目が合う。


リリスおまえ、自由だなぁ……」


               ◇


 それほど急いだわけではないが、華瑠亜の下宿先には三〇分ほどで到着した。

 細い路地を抜けて華瑠亜の部屋が見えると同時に、窓から外を眺めていたメアリーと目が合う。

 パッと顔を輝かせて一旦中へ引っ込むと、程なくして玄関ドアが開き、中からメアリーが飛び出してきた。


「パパぁ~!」

「め……メア……リー?」


 華瑠亜のように、二束で結んだ金髪をフリフリと揺らしながら石畳いしだたみを駆けてくるメアリー。もともとがショートボブなので、結んだ先も当然肩まで届いていない。

 ああ言うの、確か、ピッグテールって言うんだっけ!?

 両手を広げながらあっという間に近づいてきて、俺の腰に抱きつくメアリー。


「待ってましたよ! 華瑠亜かるっぺの部屋、汚いので早く掃除してください!」

「そんな理由かよ!」

「どうですか、このコーディネートは?」


 俺から離れてくるりと一回転するメアリー。


「ど、どうと言われても……」


 白地に大きくハイビスカスのような花がプリントされたTシャツに、やけに丈が短い水色のプリーツスカート。そして、黒いレース地のニーハイソックス。足元は、明るいベージュのスエードでしつらえれた、タンクソールのショート丈ブーツ。

 端的に言って――


「み……ミニ華瑠亜?」

「ん~~、かるっぺに選んで貰ったので、ちょっと似た感じのファッションになったのは否めないですね」

「似た……と言うか、〝まんま〟なんですけど……」


 続いて、どもども~! と言いながら部屋から出てきたのは、紅来くくるだ。


「あ、紅来くくりん!」と、振り返って手を振るメアリー。


 くくりん? 亀〇人の弟子みたいなニックネームになったな……。


「メアリーも、紅来くくりんみたいな髪型にしたかったんですが、あれは無理だと言われて、かるっぺに強引にピッグテールこの髪型にされました」


 紅来の髪型は何本か纏めた髪をさらに束ねて編むクロスオーバーポニーってやつだ。確かに、ショートボブのメアリーではまだ長さが足りないだろう。


「なんだか面白そうなことやるって言うから、参加させてもらったよ」


 俺たちの目の前まで近づくと、そう言ってニコっと笑う紅来。同時に、抜かりない目つきで俺と立夏を交互に見遣る。

 そうだよな……トミューザム攻略メンバーに紅来こいつも入れた、って言ってたし、当然いるよな……。忘れてた。


「ほうほうほう! ふ~ん……」と、何度も頷きながら立夏の周りを一周する紅来。

「立夏さん! おっ洒落っ! 可愛い!」


 そう言ってポンポンと立夏の肩を叩く紅来。


「これってやっぱり、あれ? かれしのためにおめかし・・・・したの?」

「別に……普通」と、無機質な答えを無表情で口にする立夏。

紅来おまえは、そういう切り口でしか会話を始められないのかよ?」

「ん? もうつむぎくんは、彼氏って部分は否定しないわけ?」

「いいかんげん面倒臭いんだよ。その辺はもう自動オートで否定されてると思って」

「立夏さんと……お兄ちゃんが?」


 キョトンとした顔で訊ね返す雫。


「うんうん! 影でコソコソとちちくり合ってんだよ、こいつら」

「ち、ちちくりって……。紅来おまえまさか、本気で俺と立夏が付き合ってるとか思ってないだろうな?」

「う~ん……そこ、疑う余地ある?」

「あるわ! あり過ぎるわ!」

「って言うか……」


 思い出したように雫の方に向き直る紅来。


「『お兄ちゃん』ってことは、この女子は紬の……」

「うん。妹の雫。トゥクヴァルスだのオアラだの、いろいろあった後だからさ、一応今回は、どんなことをするのか家族にも知っておいてもらおうかな、って」


 雫かぺこりとお辞儀をする。


「そっかそっかぁ! 感心な妹さんだねぇ! 可愛いし……歳、いくつ?」

紅来おまえ、セクハラ親父みたいになってんぞ」


 十四です、と答える雫の肩に手を回す紅来。


「そっかそっかぁ。……カップは?」


 そう言いながら、雫の胸に軽く触る紅来を慌てて引き離す。


「おまっ……人の妹になんてことしやがるっ!」

「いいじゃん、減るもんじゃあるまいし、女同士なんだし」

「女同士でも、おまえの手つきはなんか安心できないんだよ!」

「え? もしかして私が百合だとでも?」

「まあ、可能性はなきにしもあらずかと……」

ひどい! 私が百合だったら、地下空洞で紬にあんなこと・・・・・するはずないじゃん!」


 立夏と雫の視線が同時に俺に向けられる。


「あんなこと?」


 綺麗に重なる立夏と雫の声。そして、それを楽しそうに眺める紅来。

 ほんと、紅来こいつは……。


 オアラの地下空洞へ一緒に落下した時……暗闇の中、珍しく弱気になっていた紅来に、頬に口付けをされたことを思い出す。

 あの時は助けてくれたお礼だと言っていたよな、確か。

 もちろん、特殊な環境下で盛り上がった感情のせい……ということもあっただろう。決して色恋の話に繋がるような浮いた話じゃないのだが……。


「紅来の言う事なんて真に受けるなよ? 立夏は一緒だったんだから知ってるだろ」

「ずっと二人を見てたわけじゃない」

「そりゃそうだけどさ……」

「ああ! 紬、早かったわね!」


 そう言いながら最後に部屋から出てきたのは、もちろん華瑠亜。


「立夏と妹さんも一緒なんだ!」


 玄関前の石階段を一段飛ばしでピョンピョンと下りる度に、赤いプリーツスカートがふわりとひるがえり、華瑠亜のすらりとした太腿がチラチラと見え隠れする。


「ああ、う~んと――」


 雫については先ほど紅来にした説明を繰り返す。


「立夏は、下宿先まで送っていったら駅で大変な目にあってさ。またあそこを通るのもヤバそうだから、ってことで、立夏の家から徒歩で……」

「ああー、トゥダノーマの屋内露店街バザールねぇ……。あそこは立夏と歩くと大変だぁ」

「なんだ、華瑠亜も知ってんのか?」

「前に一度ね、一緒に歩いたことがあるから……」


 華瑠亜が、何かを思い出すように上目遣いになりながら苦笑する。


「ああ、そうそう、これ、差し入れ」と、パンの袋を華瑠亜に渡す。

「ああ、ありがと! って……二本と半分? なんか半端ね?」


 首を傾げながら袋の中を覗きこむ華瑠亜。


「ま、立ち話もなんだし、中に入って話しましょうよ」

「中って言ってもおまえ……メアリーの話じゃ、また散らかってんだろ?」

「大丈夫! 入るのはあっちよ」


 そう言って華瑠亜が指差したのは、自分の部屋……の隣の部屋?


「隣? 誰の部屋だよ?」

「まあまあ、とりあえず行った行った!」


 華瑠亜に背中を押されるように全員で隣の部屋に向かう。紅来も聞いていなかったようで、キョトンとした表情だ。

 これが、華瑠亜が言ってた例のサプライズってやつか?

 ドアの前に着くと、華瑠亜が先頭に回って先にドアを開ける。


「ジャ~~ン! どう?」


 そう言って指し示されたドアの向こう側に続いていたのは……何もないガランとした室内。誰も住んでいないことは一目瞭然だ。

 華瑠亜の横から紅来も中を覗きこむ。


「じゃ~ん、って……空き部屋じゃん!?」

「そう! 前の住人がね、本当は今月一杯の契約だったんだけど、早めに引渡しが終わってね。昨日空き部屋になったのを、ちょっとパパに頼んで貸してもらったの」

「ああ~、そう言えばここ、華瑠亜あんたんちの管理物件だっけ?」


 紅来の言葉にウンウンと頷きながら、靴を脱いで室内へ入っていく華瑠亜。

 そうだったのか!? ……って、今思い出したけど、元の世界でも華瑠亜んちって地元で不動産会社を経営してたんだっけ。


「どう? 紬。この部屋は?」


 壁のランプに〝火入れ石〟で明かりを灯しながら華瑠亜が訊ねてくる。

 小さな炎を出すだけの魔石だが、元の世界で言うマッチやライターのような使われ方をする、安価な魔石だ。


 俺を含めた、華瑠亜以外の五人も室内に上がり、車座くるまざになって腰を降ろす。ワンルームだが家具が何もないので、ミーティングをするには充分な広さだ。


「どう、って言われても、まあ、普通の部屋だけど……いくら自分とこの管理物件だからって、散らかるたびに新しい部屋を使ってたら貸す部屋がなくなるぞ?」

「そんなんじゃないわよ! 紬の引越し先にどうか、って話!」

「……はぁ!?」


 意味が解らない。

 ランプを灯し終わった華瑠亜も腰を降ろして皆の輪に入る。


「だって紬、このままメアリーちゃんとずっと一緒の部屋で寝床を共にするとか……万が一にも、人と亜人の間で何かあったら拙いでしょ!?」

「何もねーよっ!」

「解らないわよ? メアリーちゃんだっていつまでも小さいわけじゃないし……やっぱり、監視サポート委員会の立場としては看過できないわ」


 そもそもサポートなんて頼んでねぇし……。


「って言うか、ここに越してきたとしてもたいして状況は変わらないだろ? むしろ、さらに危なくならないか?」

「大丈夫。メアリーちゃんは私の部屋で一緒に暮らすから。家賃は、毎日こっちの部屋の掃除と食事を担当してくれればタダでいいわ」


 メアリーが慌てて俺の方を振り返る。


「メアリーは、華瑠亜かるっぺと一緒なんて嫌ですよ!」

「大丈夫よメアリーちゃん。週に一回は、お姉さんっぽい服の買い物に付き合ってあげるから」

「そうですか……解りました。それならオッケーです」


 オッケーなのかよ!?

 シャーマンともあろう人物が、こんなにあっさり買収されていいのか!?


「どうだ、紬? いい部屋だろ?」と、肘枕でくつろぐ紅来。

「い、いや……紅来おまえも初めてだよな、ここ?」

「立夏も委員会メンバーだから意見は同じだろうし……多数決で決まりね!」


 両手を胸の前でパンと合わせ、満面の笑みで頷く華瑠亜。


「まてまて! 俺の住処すみかを勝手に多数決で決めるなよ! 親にだって聞いてみなきゃ解んないし……」

「あんた、十七歳にもなって、親の許可を得ないと一人暮らしもできないの?」


 いや、逆に、この世界ではできるんです!? 華瑠亜おまえだって、合宿の度に実家にお伺いを立ててなかったか?


 それまで、黙って話を聞いていた雫が手を挙げる。


「あのー……、ちょっといいですか?」

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