12.ついて行っていい?
「私も、ミーティング、ついて行っていい?」
「
「トミューザムについて話すんだよね? トゥクヴァルスやオアラの例もあるし、家族として、一応どんなことを計画してるのか知っておきたくて」
いつになく、眉を曇らすような雫の表情。
確かに、どちらも不幸な偶然が重なった結果とはいえ家族にはだいぶ心配をかけたし、雫の立場ならばそう思うのも無理はないかも知れない。
「まあ、いいんじゃない? ダンジョンランクはE判定らしいし、それほど心配することもないと思うけど」
Eランクと言えば魔物も基本的に★2まで、稀にイレギュラーがあっても★3が出現するかどうかというレベルだ。
ポジティブな情報で雫を安心させようとしたのだが、そんな俺の心遣いは空気を読まないリリスのおかげですぐに水泡に帰す。
「いえ……甘く見てはいけないわ……」
「な、なんだよ?」
「紬くんの〝運〟もE判定。ラッキーリリスと言われた私の
「やかましいわっ!」
そもそも、悪魔に御利益とか!
「……まあいいや。時間はちょっと早いけど、また母さんに捕まっても面倒だし、とりあえず出ようか」
立夏と雫、そして俺の三人で、家を出たのが午後三時半頃。
リリスは、ブルーに跨って俺達の影に入りながら足元をスタスタと進む。
まだまだ、強い夏の西日が照りつける時間帯。正午頃に比べても、寧ろ気温は上がっているんじゃないかとさえ思える。
日陰のない道では紫外線から立夏を守るよう、無意識に自分の身体で立夏への日差しを遮るように歩く。
そんな俺を後ろから眺めながら『へぇ~……』という表情を浮かべる雫。
「お兄ちゃんも、そんな風に気を配れるようになったんだ?」
「ん? 何のこと?」
雫に突っ込まれて、自覚がなかった自分の行動にはじめて気がつく。
「あ、ああ……立夏ってほら、色白だから、直ぐに焼けそうだな、って」
「私も、色白だと思うんだけど?」と、雫が少し意地悪そうにニッと笑う。
「えーっと、悪いけど、俺の体は一つしかないんで……」
「冗談だよ」
そう言ってクスクスと笑う雫。
昨日の、暴漢のアジトではどうなることかと思ったけど……うん、いつもの雫だ。すっかり元気を取り戻したな。
笑顔の雫を顧みながら密かに胸を撫で下ろす。
「……ありがとう」
ん!?
横に視線を戻すと、前を向いたまま立夏が言葉を続ける。
「日陰」
「ああ……ほら、以前二人で可憐の家に行った時さ、買い物の時、日傘を借りてたじゃん? それでなんとなく、日焼けが嫌いなのかな、って思って」
「別に、それほどでもない」
「そ、そっか……」
「でも、ありがとう」
今度は、俺の苦笑いを見上げながら、立夏がもう一度お礼を口にする。
洗いざらしのエアリーショート……薄桃色の前髪から覗く、俺の姿を映した藍色の大きな瞳。
見つめられた瞬間、あたかも体全体が心臓になったかのうように〝ドキン〟と大きく鼓動が響く。
直ぐに前へ向き直った立夏の横顔を眺めながら、思わず胸に手を当てる。
なんだろう、今の感覚は?
一瞬、胸が締め付けられるように呼吸が苦しくなった……。まさか立夏、俺の心を読むために何か変な魔法でも使っているんじゃないだろうな!?
「胸ヤケ?」
ブルーの背中から俺を見上げるリリス。
「違うわ、
ウェストフナバシティ駅へ着き、ティーバ行きの
ウェストフナバシティの次は、学校があるフナバシティ。
その先が、華瑠亜の下宿があるイーストフナバシティなのだが、俺たちが下車したのはさらにその次のトゥダノーマ駅。立夏の下宿先がある街だ。
最初は一つ前の駅で立夏とは別れるつもりだったのだが、まだ時間も早いし、立夏の部屋まで送っていこう! という話になったのだ。
言い出したのは雫だが、今後のために立夏の住まいを覚えておくのも悪くはない。
この世界にいた俺が立夏の部屋を知っていたのかどうかは聞いていないが、もし知っていたとしたら、
「へぇ~、トゥダノーマ、私、初めて降りた!」
下車すると、雫がもの珍しそうにキョロキョロと駅構内を見渡す。
トゥダノーマも、沿線ではティーバ、フナバシティ、バクバリィ等に次いでそこそこ大きな街だが、珍しいのは駅の様態だ。
ホームが
改札を出ると直ぐ、傍らの露店パン屋から気の良さそうな親父が声を掛けてくる。
「おう! 立夏ちゃん! 今日は友達連れかい! 今、焼きたてのフランスパンが届いたけど、どうだい!?」
立夏が黙ったまま、一〇〇ルエン分の
「ったく立夏ちゃんには敵わねぇな! 焼きたて一時間は一五〇ルエンで出してるんだけど、持ってけ持ってけ! あとこれは、友達の分、サービスだ!」
そう言って、ニコニコと三本のフランスパンを差し出すパン屋の親父。
一〇〇ルエンで四五〇ルエン分のパンをゲット! 商売になるのか、この親父!?
その後も、露店の
「おう、立夏ちゃん! いいリンゴ、入ってるよ!」
「こんにちは立夏ちゃん。杖の調子はどうだい?」
「昨日は見かけなかったけど、彼氏とシッポリかい?」
なんだなんだ? セクハラっぽいのも混ざってた気がするが……それにしても、この立夏ちゃん人気は何なんだ!?
最初は、この世界独特のアットホームな営業トークかとも思ったが、他の通行人への対応を見ていても明らかに立夏への声掛けだけが激しい。
リリスと雫も、さすがに呆気に取られている。
「おいおい、なんで立夏、こんなに声を掛けられるの!?」
「よく通ってるから」
「そりゃ、この街に住んでる人みんなそうだろ……」
ようやくバザールを抜けると、やや大き目の
子供たちに混じり、五~六人、同じベールを被った大人の女性の姿も見られる。恐らくここは保育施設のような場所で、彼女たちは
「あら、ロリッカちゃん! こんにちは!」
シッターの一人が、立夏を見つけて声を掛けて来た。
ロリッカちゃん? そう言えば、ルサリィズ・アパートメントでも、スタッフの間ではそんな愛称で呼ばれてるって言ってたが……。
こちらへ近づいてくるシッター……歳は二〇代後半くらいだろうか。
黒いロングスカートに白のブラウス。頭にはシスター用のベールを被っているが、修道女というわけではなく、このベールがシッターの制服らしい。
厚めの唇に、
ゆっくりと見返す立夏の返事を待ちもせず、更に言葉を続ける泣き黒子。
「仕事は昨日が初日だったのよね? どうだった、ルサリィズ・アパートメントは」
「……辞めてきた」
「ええーっ! せっかく紹介してあげたのに、何でよ!? あそこ、給金もいいしバイト先としても人気なのよ!?」
立夏に余計な紹介をしたのは、この泣き黒子か!
チラリと俺の方を見ると、はは~ん、という感じで二、三度頷いたあと、軽くアゴを上げて下目遣いになる。
いかにも『男女の機微には精通してます』って感じの顔だ。
「さてはロリッカちゃん、この彼に、あんなところ辞めろって言われたんでしょ?」
鋭い! 直ぐにその真相に辿り着くとは、伊達に泣き黒子じゃないな。
立夏もちらりと俺の方を見てから口を開く。
「ううん。私が自分で決めた」
「ほんとにぃ? ロリッカちゃん、あんまりいないタイプだったから人気出ると思ったんだけどなぁ……。まぁいいわ、紹介してよ、お友達」
そう言ってにっこりと微笑む泣き黒子。
肉食動物のように舌なめずりをするような笑顔が、いかにも官能的だ。
間違いない、こいつ痴女だ! もしかしてショタじゃないだろうな? 子供たち、大丈夫か!?
因みに、
「クラスメイトの紬君と、その妹の雫さん。下にいるのは紬くんの使い魔のリリスちゃん」
「ちわっ!」
ブルーに乗ったまま、片手を挙げて挨拶をするリリス。
「で、こちらは……
「よろしくね、紬くん!」
そう言いながら、なぜか俺の首に両腕を回してくる黒子さん。
と、すかさず立夏が黒子さんの腕を払い退ける。
「痛っ! あれ? もしかして、ロリッカちゃんの好い人だったぁ?」
「…………」
「違うならいいじゃない」
そういいながら再び腕を回してくるも、やはり立夏に腕を払いのけられる黒子さん。完全に、立夏が嫌がっているのを知りながら面白がってる様子だ。
「監視委員なので」と、立夏。
「監視委員? ……なんだかよくわからないけど、まあいいわ。住まいはロリッカちゃんのお隣さんだから、ちょくちょく会う機会もあるかもね、紬くん!」
そう言いながらまた、肉感的に微笑む黒子さん。
こんな人が立夏のお隣さんなのか。あまり住環境は良くないな……。
と、その時、柵内で遊んでいた子供の一人が立夏に気付いて歓声を上げる。
「ああー! 立夏お姉ちゃんだぁ!」
その声を合図に、他の子供たちも一斉にこちらを顧みる。
「ほんとだ!」「立夏お姉ちゃんだ!」「お姉ちゃーん!」
子供たちが口々に立夏の名前を呼びながら柵の外へ出てきたかと思うと、二〇人くらいの子供に一気に取り囲まれる立夏。
あまりの勢いに、思わず俺と雫、そしてリリスも、立夏の傍から小走りで退避する。
「こらぁ! あんたたちぃ! だめよ~、柵の中に戻ってぇ~!」
大きな声をあげる黒子さん。
それにしても……マジで一体何なんだよ、この立夏ちゃん人気は!?
ここはあれか? 立夏の実家が領主でもやってて、立夏は領民から慕われている心優しい領家のご令嬢だったりするのか!?
そんな時代錯誤の錯覚に陥りながら、俺達三人は子供に囲まれる立夏をしばらく眺めていた。
◇
「ふ~、だいぶ時間かかっちゃったねえ」
立夏の部屋の前で、肩の上からリリスが呟く。先程までブルーに跨っていたのだが、お尻が痛くなってきたらしい。
ドアが開いて、一旦中に入っていた立夏が戻ってくる。
「五時少し前だった。帰りも、気をつけて……」と、立夏。
「帰りは、立夏もいないし、大丈夫じゃないか?」
「多分、紬くんは顔を覚えられた。いろいろ、しつこく訊かれるかも知れない」
「いろいろ?」
「私との、関係とか」
あいつら、立夏ちゃん親衛隊かよ。
アイドルの彼氏にでもなった気分だ。
さすがに、立夏がいなければ子供たちに囲まれることはないだろうし、露店から声をかけられるくらいなら無視して突っ切ればいい。
……が、そもそも単純に面倒臭い。AB型は一見社交的に見えるが、実は他人との間の壁を容易に取っ払わない人見知りでもあるのだ。
「ちょっと、待ってて」
そう言って立夏がもう一度部屋の中に入っていく。
見た目は華瑠亜の住まいとほぼ同じ、この世界では平均的な単身用テラスハウス。恐らく室内も大差はないだろう。
立夏ちゃん親衛隊ゾーンを抜ける妙案でも思いついたのだろうか? と思いながら五分ほど表で待っていると、再び出てきた立夏の姿に目を見張る。
袖に二本のピンクのライン、胸ポケットにも同じ色のラインが入った半袖の白いブラウス。合わせてあるダービータイはピンクと黒のタータンチェック。
下も、ネクタイと同じ柄のプリーツスカート。あの、
元の世界で言うところの〝リセ〟……
スカートの裾と黒のニーハイソックスの間で、僅かに見え隠れする小気味よい太腿が作り出した絶対領域に、俺も思わず
今気づいた。俺って、太腿フェチなのかも知れない……。
以前、可憐の家に行った時もゴスロリ系のスクールファッションだったことを思い出す。どうやら立夏はこの手のファッションが好みらしい。
「何? お兄ちゃん、ニヤニヤしちゃって」
俺の方を見ながら目を細める雫。
「に、ニヤニヤなんてしてないだろっ!」
慌てて両手を頬に当て、表情を整えるように下へ引っ張りながら答える。
それにしても……なんだこの可愛い
うん、確かに、魅力的なんだが――
「……何で、着替えたの?」
思わず訊ねた俺に対して、両手に抱えたフランスパンの袋を少し上に持ち上げながら立夏が答える。
「私も行く。ミーティング」
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