13.毒島豪鬼

 虎鉄こてつの呟きに「そうだろうな」と答えたのは、皆と同様、壁にもたれるように腰を落とした自警団チームのリーダー……毒島豪鬼ぶすじま ごうきだ。


 大きな怪我はないようだが、全身のあちこちに咬創や引っ掻き傷が見える。

 一級剣士ともなれば、たとえ逃げながらでもケイブドッグなんかに後れを取ることはないはずだが……と、毒島の右手に視線を落とす虎鉄。


 握られているのは、刃渡り八十センチ程の片手剣。

 毒島の、百九十センチの巨躯にはいかにも不釣合いに映る。

 赤い返り血の隙間からのぞく美しい碧色の刀身は、なんらかのコンセプトソードであることを物語っていた。


「それ、退魔剣ですね。〝玄武〟……ですか?」


 虎鉄の質問に、ほう……という面持ちでわずかに目を見開く毒島。


「よく知ってるな」


 一応、剣士やってるんで……と、頭を掻いたあと、さらに質問を続ける虎鉄。


「でも、退魔剣といえば悪霊を追い払うための聖なる武器ホーリーウェポンですよね? なんでトミューザムに、そんな得物で?」


 平時なら悪霊系アンデッドが出現するようなダンジョンでないことは周知の事実だ。

 対アンデッドでは有効なホーリーウェポンも、通常の魔物相手ではかえって殺傷力が落ちる三流刀剣にもなりかねない。


「ザコは他のメンバーに任せるつもりだったし、まさか、ケルベルロスあんなやつが出るとは思わなかったからな……」


 しかし、そんな毒島の返答にも釈然としない様子の虎鉄。

 いくらランクEが前提だったとしても、わざわざホーリーウェポンを選ぶメリットが思いつかない。


「他のメンバーはどうされたんです?」と、今度は伊呂波が訊ねる。

「一人はケルベロスにられた。あとの三人はコールで戻ったが……うち二人はかなりの重傷だったし、助かったかどうかは分からん」


 ケルベロス――★6の魔狼を、対策も不十分な状態で相手にすれば、たとえ自警団や退魔兵団のメンバーであってもただで済むはずはない。

 聞くまでもないことなのだが……その事実を改めて毒島の言葉で確認して、思わず閉口する青年団チームの五人。


「まあ、なんにせよ、助かったぜ」


 碧色の退魔剣についた血を拭いながら、毒島が言葉を続ける。


「あんなのに追われてる最中に麻痺パラライズ系のトラップでも踏んじまえば、即アウトだからな。迂闊にキューブには近づけなかったんだ」

「なぜ、毒島さんは強制コールを受けなかったんです?」

「俺は、ちょいと別の案件を抱えててな。まあ、いわゆる極秘任務、ってやつだ」


 右手の退魔剣に視線を落として、フンッと自嘲気味に鼻を鳴らす毒島。


「もっとも、ケルベロスあんなやつが出ちまったんじゃあ、それもどうなるか分かったもんじゃねぇけどな……」

「今回は退避して、また次回仕切り直し、ってわけにはいかなかったんです?」

「今回みたいに条件が揃う・・・・機会は滅多にあるもんじゃねぇからな。想定していた状況よりかなり変わっちまったが……」


 毒島の様子から、極秘任務とやらが彼の持つ退魔剣と無関係ではなさそうだ……と察したのは、伊呂波だけではなだろう。

 さらに毒島が言葉を繋ぐ。


「戻るにしても、任務断念なら断念で俺なりに納得してからにしたかったからな。まあ、ゆっくり考える間もなく解除剤飲んじまった、ってのが正直なところだが……」


 今度は先ほどよりも大きな声で、ははっ、と笑い声を上げた毒島だが、しかし、声に自嘲的な響きがにじんでいるのは先ほどと一緒だ。


「ちと喋りすぎたな。こっちは気にせず、お前らはとっとと戻れ」


 同時に、青年団チーム五人の召集コール用魔法円が、輝きを増す。

 少しずつ全身を包み込むように広がる光の中から、さらに質問を続ける伊呂波。


「一つお聞きしたいんですが、〝愉快な仲間チーム〟も強制コールに?」

「愉快な仲間ぁ? ……ああ、あの学生チームか? だろうな。タイミング的に、強制コールの発動は自警団メンバーの惨状が理由だろうしな」


 それを聞いて、安心したように微笑む伊呂波。

 修治しゅうじが、担いでいた荷物を床に置く。


「これ……使ってください」

「お? おう……わりぃな……」


 唐突な修治の申し出に少し驚いた表情を浮かべる毒島だったが、素直に礼を言う。

 荷物の中身は、ダンジョン用のサバイバルグッズだろう。


 ほどなくして、全身が山吹色の光に包まれる青年団チームの五人。

 やがて、眩く輝いた五つの人影が消え去ると、ただ一人、キューブ内に残された毒島がゆっくりと腰を上げ、修治が置いていった鞄の中身を物色する。

 携帯口糧レーション、寝袋、ポップアップテント、保温シート、各種魔法薬ポーション……おおよそ必要なグッズは揃っている。


(さすがに俺の体格サイズで使えそうな寝袋はねぇが、でも、ありがてぇ……)


 ポップアップテントと保温シートを広げ、再び腰を下ろすとレーションをひとかじりする毒島。

 壁に耳を付けて外の様子をうかがうが、魔物の気配は感じられない。


(諦めてどこかへ行ったか?)


 しかし、いずれにせよこのあと八時間は、全キューブの出入り口はロックされて自由な移動が制限される。窟内隔壁時間だ。

 二本目のレーションを口に放り込むと、テントの中でうずくまるように横になり、ゆっくりとまぶたを閉じる。


(どうせ八時間は誰も動けねえ。もしがいたとしても、それは一緒だろう)


 そう考えたあと、今度は不意に、愉快な仲間チームの女教師の顔を思い出す。

 強面こわもての毒島に食ってかかってくるような女性はここ何年も記憶には残っていないが、今朝に限ってそんな女性が二人も現れたのだ。


(あのフワフワした女教師、ちゃんと戻れたかな? 確か、自分で〝優奈先生〟とか言ってたっけ……)


 フフフ……と、毒島の口から思い出し笑いが漏れた。


               ◇


 ペチ、ペチ、ペチ――……。


 誰かが俺の頬を叩いている。

 いや、誰か……じゃない。この起こし方は――。


「……くん。ねえ、つむぎくん!」


 リリスだ。


「ねー、もう朝だよ。起きなよ」

「食い物ならもうないぞ……」

「なんで食べ物の話って決めつけるのよ!」

「違うのかよ……」

「お腹が空いただけだよ」

「…………」


 目を瞑ったまま思いっきり眉間に皺を寄せ、リリスが載っている肩とは逆側に顔を向ける。途端に、鼻腔をくすぐる甘い香り。

 薄っすらと目を開けると、すぐ目の前には紅来くくるのちょっと赤みがかった茶髪が見える。

 昨夜、俺の肩に頭を乗せて眠りについた彼女が、今もそのままの格好で寝息をたてている。やけに寝相がいいな……。


 さきほどの甘い香りは、紅来の髪の毛に触れた俺の鼻先が嗅ぎ取ったものらしい。何の香料かは分からないが、とても上品な感じの匂いだ。


「ちょっとぉ! 紬くん!」


 反対側の肩の上から、リリスが俺の後ろ髪を引っ張る。


「なんだよ、うっさいなー!」


 そんな俺の声でようやく、隣の紅来と、ひざの上で背中を丸めていたメアリーもモゾモゾと動き出す。


「なんだ紬……もう起きてたのか……」


 万歳をするように伸びをしながら、ふわっと眠たげに欠伸をする紅来。

 そのまま、左腕を曲げて手首のクロノメーターを確認する。


「五時半か……ちょうどいい時間だね」

「おはようございます……パパ、くくりん……と、リリッぺ」


 メアリーも、目を擦りながら上半身を起こす。

 立ち上がってもう一度伸びをした紅来が、ウエストポーチからレーションを三本取り出すと、俺とリリス、そしてメアリーに一本ずつ配る。


「メアリーちゃんは……昨日は食べる前に寝ちゃってたけど、足りる?」

「これは……食べ物ですか!? ええ、大丈夫ですよ。これだけマナが濃い場所なら、食料などなくてもエネルギーの補充はできますので」

「じゃあ、それ頂戴よ!」


 すかさず、メアリーのレーションに狙いをつけて飛び降りるリリス。


「ダメですよ! いくらマナで代用できるからと言っても、あくまで代用です! 実際にお腹に入れる満足感とは全然別物なのですよ」


 メアリーが、リリスからレーションを隠すように両手で抱えて身をよじる。


「なによケチンボ」

「自分の配給分を食すだけでケチ呼ばわりされるとは心外ですね! そもそも、その取るに足りない身体のどこに、そんなに食べ物が入って行くんですか!?」

「と、取るに足りない、って……身体は小さくても、私の胃袋は宇宙よっ!」

「……なんですかそれは?」

「よく言うでしょ……ほら、フードファイターとか、決めゼリフで……」

「よく分かりませんけど、それ、みんな例えで言ってるだけですからね? クソっぺみたいにほんとに宇宙に繋がってる生き物、初めて見ましたよ」

「繋がってないわよ! 〝例え〟よ、私も!」


 隣で紅来が、二人のやりとりを見ながらクスクス笑う。


「ほんと、紬ファミリアはいつもにぎやかで楽しそうだな~」

「素直に言っていいぞ? やかましくて腹が立つ、って」

「そんなことないって。紬だって静かに聞いてるじゃん」

「聞いてねぇよ。毎日これを聞かされてみろ? 無念無想の境地に至るから」


 ふふっ、と笑って、紅来が自分の分のレーションを半分に折る。


「はい、リリスちゃん。これで最後だから、ちょっとで悪いけど……」と、片方をリリスに渡す。

「ありがとー!」


 満面の笑みで、もらったレーションをなんの躊躇もなく口に運ぶリリス。


「紅来は大丈夫なのかよ? 昨夜もあまり食べてなかっただろ?」

「大丈夫。少量でもレーションはかなりのエネルギーを摂取できるし、山野跋渉レンジャーの講習で節食訓練も受けてるしね」


 今度、リリスにもレンジャーの講習を受けさせるか。


 紅来が残った半分を口に放り込むと、ダガーの柄で床を叩きながら耳を当てる。

 昨日もやっていた〝振動定位バイブロケーション〟というやつだろう。


「うん……階段部屋、かなり近いね」


 立ち上がった紅来が、ダガーを鞘に収める。


「ここの天井、ぶち抜くことができたら早いのにな」

「それは無理。たとえ壊せたとしてもフロア毎に次元相違結界が張られてるから、同じ階段で上る以外に同じ場所に出ることはできない……常識でしょ?」


 常識じゃねーよ!


 その時、昨夜と同じように、ゴォン、ゴォンとあちこちから擦石音が響き始める。

 ようやく窟内隔壁開放の時間になったらしい。

 紅来の双眸に、碧色の光がともる。


「さぁ~てと。攻略二日目、行ってみよぉ~!」

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