12.キューブ
巨大な〝キューブ〟が立ち並ぶ、トミューザム第二層。
フロア全体が、東西約二キロ、南北約一キロに渡る大部屋の構造となっている。
第一層と同様、人工的な造形ではあるが、狭い回廊が続いていた第一層とは違い、第二層の通路はかなり広い。
いや、通路というよりも、点在している
キューブ――一辺が約五メートルの正方体で統一された小部屋の通称だ。
その合間合間に
そんな中、壁沿いを慎重な足取りで進む五人の影――。
「なんで壁沿いなんです?」
第二層の探索開始直後、訊ねたのは
第一層の階段を上った先は、次元相違結界により、第二層の壁沿いのキューブのどれかにランダムで繋がる仕組みになっている。
「第三層への階段はフロアの中央エリアに出現するんですよね?」
「時間が微妙なんだよ」
懐中時計を取り出して確認しながら口を開いたのは、
窟内隔壁が作動する夜の十時まで、残り三十分を切っている。
「とりあえず、キャンプ用のキューブを発見するのが最優先。壁から離れるほど罠付きのキューブが増えるからね」
「なるほどぉ」
「第一層の魔物の湧き方もちょっと異常だったし、慎重に行こう」
そう付け加えたのは、剣士の
階段を上ってパーティーが出たのは、第二層の中でもかなり西端に位置したキューブだった。
東西に長いフロアの構造上、壁沿いの移動でも中央エリアに近づいていることにはなる。
「あぁ~……。な~んか、二層って薄暗くて、一番嫌いなのよね……」
そう愚痴をこぼしたのは、隊の二列目を歩く
トラップを確認するために
第二層でも照明石は使われているが、各キューブに一つ使われているかいないか……という頻度で、薄暗い。
感覚的には、第一層に比べて照度は半分以下だろう。
「ああ、岐部さん、まだ暗いところ苦手なんですね?」
「そ、そんなことないわよ! もう余裕ですーっ」
伊呂波の指摘に、すかさず渋い顔で反論する真奈美。
伊呂波と真奈美は幼馴染で、九年生(十五歳)のときは同級生でもあった。
当時、課外授業で近隣の洞窟探索をしたときに、暗闇に尻込みする真奈美の手を引いたまま、洞窟内を三十分近く付き合って歩いたのが伊呂波だ。
伊呂波にとっては困っているクラスメイトに手を差し伸べただけの何気ない行為――
しかし真奈美にとっては、初めて異性に胸をときめかせた経験だったかもしれない。
当時は〝男の娘〟ではなく、普通の男子生徒だった伊呂波だが、彼の端麗で理知的な顔立ちと明るい性格は、クラスの男女双方から人気があった。
探索後、しばらくクラスの中で冷やかしと羨望の対象になった真奈美だったが、そんな状況に仄かに優越感のようなものを感じていたことを、懐かしく思い出す。
「ほんと、たまに帰省する人はすぐ昔のことをほじくり返すんだからぁ」
「でも真奈美……そういえば辛いものも苦手だったよな?」
今度は、前を歩く虎鉄が、からかうような顔で真奈美を振り返る。
「何それ! その情報、今必要!?」
「注射も苦手だよね」と、衛もクックックッ、と肩を振るわせる。
「え? なんなのみんな? 私がアウェー!?」
もうトラップがあっても教えてあげないから! と、頬を膨らませる真奈美。
我が強いわりに子供っぽい真奈美は、皆にからかわれることも多い。
ただ、彼女自身も、そこが自分のチャームポイントであり、皆から可愛がられている部分でもあることをよく理解しているので、本気で怒ることはない。
「岐部さんは昔と全然変わってなくてホッとしますね」と、伊呂波がにっこり微笑む。
「伊呂波が変わり過ぎなのよ! 久しぶりに顔を見せたと思ったら……〝男の娘〟って、なんなのよ!」
「う~んと、女の子の格好をする男子のこと――」
「どうしてそんなふうになっちゃっのたか聞いてるの!」
「えぇー、ボクは結構気に入ってるんですけど……嫌いです?」
「い、いえ、嫌いとかそう言うわけじゃないけど……」
そんな同級生同士の
「それはそうと、そろそろキャンプ用のキューブを探した方がよくないか?」
「あと何分?」と、虎鉄が衛の時計を覗き込むように聞き返す。
「まだ三十分近くあるけど……もし先客がいたら同じキューブで、ってわけにもいかないよね?」
大部屋構造だけに、四パーティーすべてが集結すれば遭遇する可能性も低くはない。同じキューブでバッティングする可能性もある。
隔壁が作動するまでに何れかのキューブに入れなければリタイア確実なだけに、ある程度時間に余裕を持って行動するのが定石だ。
「まあ、最悪、罠付きキューブでもなんとか利用でき――」
「あ! あそこのキューブ、
虎鉄の言葉を遮るような真奈美の声。
斜め前方、二十メートルほど先にあるキューブを指差している。
「じゃあ、ちょっと早いけど、キャンプはあそこにするか」
そんな虎鉄の判断と同時に、左側に広がる空間にジッと目を凝らして立ち止まったのは、最後尾の
「修治? ……まさか、また送り犬ぅ?」真奈美が不安そうに振り返る。
「シーフがヒーラーに、それを確認する?」と、虎鉄。
「わ、私はトラップ専門なの!」
二人やりとりなどまったく気にかける様子もなく、薄暗がりの奥を睨み続ける修治。
ほどなくして、彼の唇がゆっくりと動く。
「何か……来る」
呟きとほぼ同時に、かなり離れた場所で煌く白い光。
続いて、立ち並ぶキューブの上から〝
位置的には、第二層フロアの中でもかなり東端に近い位置――、
そう、白銀の聖女、
……が、今の青年団チームの誰もが、それを知る由はない。
「何か来るって、
真奈美が、
直後、修治の視界の中心、四~五十メートルほど先にあったキューブの裏側から飛び出してくる人影。
少し足を引き摺るようにしながら、それでも、駆けるスピードはかなりの速さだ。
「あれは、たしか……自警団チームの、リーダー?」
「
真奈美が、チーム内で勝手に付けているあだ名で呟く。
と同時に、さらに
「やっぱ、第二層にも出るのかよ、ああいうの!」
そう言いつつ、修治と場所を入れ替わって剣と楯を構える虎鉄と衛。
と、次の瞬間、近づいてくる毒島も虎鉄たちに気がついて目を見開く。
「さっさと逃げろ――っ! 早――くっ!!」
毒島の怒号に、しかし、顔を見合わせて首を傾げる虎鉄と衛。
見たところ追ってきているケイブドッグはせいぜい五~六頭だ。
衛の
いや、そもそも
「毒島さん……だよな? 一人!?」
自警団チームの他のメンバーが見当たらないことを訝しんだ虎鉄が、しかし、途中で言葉を飲み込む。
気がつけば、ケイブドッグのさらに後方……明らかにケイブドッグの目線よりも高い位置で紅く光る六つの魔眼。
さらに、ゆっくりと浮かび上がったのは、三頭の黒い狼面。
だが、三つの首が繋がっている先で輪郭を現したのは、体長四メートルほどの胴体が
衛の呟きに、徐々に後ずさりしながらパーティー全員が息を呑む。
「み……みんな走れっ!」
虎鉄のかけ声でようやく、弾かれたように身を
向かった先は、さきほど真奈美が指し示したキューブだ。
「ちょ、ちょっと待っ……」
「岐部さん!」
転びそうになる真奈美の腕をつかんで、走りながら引っ張る伊呂波。
大柄で、大きな荷物を担いだ修治も駆ける速度は意外と速い。
最後尾から衛と虎鉄も続く。
あっというまに約二十メートルを走り抜けると、次々とキューブの中へ駆けむ。
「真奈美っ、入り口をロック!!」
最後に室内に飛び込んだ虎鉄がすかさず叫ぶ。
「ロックったって……どうやるか分かんないよっ!!」
「そこの壁、何か書いてあんじゃん!!」
「古代ノーム文字でしょ? 読めないっ!」
真奈美の肩越しに伊呂波も壁を覗き込む。
「〝いしとびら〟って書いてありますね」
「そ、それだけ?」
「その横は〝とってもかたい、とびらです〟って書いてあります」
「そんな説明文どうでもいいから! 閉めるのどこ!?」
「下に〝ゆっくり閉まる〟と〝はやく閉まる〟ってありますね」
「ゆっくりとか要る?? ……ってか、早いのどっちよ!!」
「右側ですけど……」
ちょっと待って下さい、と言って外に目をやった伊呂波が、口の横に手を当てて大きな声で叫ぶ。
「毒島さんっ、早くっ!」
伊呂波の声に反応して顔を向ける毒島。
追いすがるケイブドッグを
少しだけ逡巡した様子を見せるも、すぐに伊呂波たちの入ったキューブへ全力疾走で突っ込む。
毒島の巨体がキューブへ転がり込んだ直後、〝はやく閉まる〟に触れる真奈美。
入り口にホログラムのような半透明の仕切りが現れたかと思うと、間を置かずに硬い石壁に変わり、外界との繋がりを断ち切った。
続けて〝ドスンッ〟という鈍い衝突音とともに部屋全体がわずかに揺れる。
ケルベロスがキューブの外壁に体当たりをしたようだが、さすがにこれを破壊するほどのパワーはないようだ。
フゥ~~ッと安堵の息を漏らして、その場にへたり込む青年団チームの面々。
壁に埋め込まれている照明石が、外側だけでなく室内もぼんやりと照らしている。
「魔法円が……」
最初に気がついたのはヒーラーの修治だ。
左手の甲を眺める修治を見て、他のみんなも改めて自分の左手を確認する。
山吹色に輝く
「ライフテールに異常はないし……強制コール!?」と、真奈美。
「これはやっぱり……外の
虎鉄の呟きに「そうだろうな」と答えたのは、皆と同じように、壁にもたれるように腰を落とした自警団チームのリーダー……
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