11.白浦峰 聖

 直後、寿々音すずねの隣で魔導杖・・・を構えたのは、白浦峰 聖しらうらみね ひじりだ。

 杖の先端が、無詠唱で白く輝き始める。


死霊浄化ターンアンデッド!」


 発唱とともに、杖の先端からほとばしる聖なるきらめき。

 ひじりを中心に一気に膨れ上がった白銀の半球ヘミソフィアが、不規則に輝きながら周囲の死霊たちを瞬く間に包み込む。

 白光の中でガラガラと音を立てて崩れ落ち、塵と化する骸骨兵スカルポーンの群れ。


 その光景を切り取った絵画に題名をつけるとするならば、まさに〝白亜の虐殺劇ジェノサイド〟と言った形容がぴったりだろう。

 もちろん、虐殺されているのは魂を持たない死霊たちではあるが。


 数秒後、骨の一片も残さず、スカルポーンを言葉通り灰燼かいじんに帰した光は消え去り、辺りは再び静寂に包まれる。

 ヒュ――ッ、と、リーダーの貝塚浩二かいづか こうじが思わず口笛を鳴らした。


「さっすが……白銀の聖女!」


 西方、ヒディア山脈の魔力変換塔宿営地で、突如として出現したアンデッド軍団数千体を前に、一歩も引かず宿営地を守りきった伝説のプリーステスだ。

 その後も、各方面でアンデッド撃退の武功を積んできているのは、やはり伊達ではない。


他所よその方ならともかく、パーティー内で二つ名を呼ぶのは控えてください」


 照れたように微笑みながら、先天性白皮アルビノ特有の淡紅色の瞳を細めて貝塚の方を流し見る聖。

 その姿は、白銀の聖女……と言うよりもむしろ、赤眼せきがんの魔女のようだと、貝塚は感じた。


「それで……どうしますか、召集魔法コールは?」


 わずかな余韻のあと、そう訊ねたのは女性楯兵ガード牧原朱華まきはら はねずだ。

 なんとなく、パーティーメンバー全員が聖の顔を見る。

 リーダーはあくまでも貝塚だが、アンデッドを確認したあとだけに、聖なしでダンジョン攻略を進めることは危険だと皆が悟っている。


「そうですね。状況を見る限り、何か異変が起こってるのは間違いなさそうですね」

「異変……ですか?」

「はい。第一層を見た限りでは、たんなるダンジョンランクの過小判定かと思いましたが……アンデッドまで出現するあたり、それだけではないように思います」

「では、コールは……」

「あなたたちは、素直に受けた方が良いでしょう。正規の作戦ならともかく、消閑しょうかんのレクリエーションで兵員の命を危険に晒すわけにはいきませんから」

「あなた……たちは、とは、どういう意味です?」


 聞き返す朱華はねずにニコリと微笑みながら、聖が修道服の懐中から白いカプセル状剤を取り出す。


「わたくしは隊の指揮下を離れ、ここに残ります」


 聖の言葉に、大きく目を見開く寿々音。


「ひ、聖さん……そんなにお金に困って! ……痛いっ!」


 寿々音の脳天を、拳骨げんこつでポカリと殴りつけたのは貝塚だ。


「んなわけねーだろっ!」

「いったぁ~い、何するんですかぁ! つむじ攻撃は禁止ですっ!」


 左手で頭をさすりながら、寿々音が恨めしそうに貝塚を見上げる。

 そんな寿々音の抗議を当然のように無視しながら、聖に向き直る貝塚。


「でも……本当に、どういうことなんです? 高々、金貨一枚程度の価値しかない宝具のために残るというなら、俺も単独離脱には賛同できませんよ?」


 そんな貝塚に対して、静かに微笑み返す聖。


「描紋所で見かけた……お酒を飲んでいた時空魔法士イスパシアン、覚えていますか?」

「ああ……いましたね、奥の方に……」

「確か、雑魚井ざこいという術士なのですが、以前、他の現場でも雇われていたのを、つい先ほど思い出したのです」

「ほう……でも、それがどうしたんです?」

「記憶に間違いがなければ、彼は三級イスパシアンです」


 聖の言葉に、パーティーメンバー全員が眉根を寄せる。

 当然、三級術士ではトミューザムにおいて不適格であることは全員承知だ。


「確か、あの術士の担当は……」

「あの、ティーバから来ていた学生パーティーですね」

 

 受付所の前で、自警団の毒島ぶすじまに絡まれていた学生メンバーのことは貝塚も覚えている。


「ミスか故意かは解りませんが、彼ではコールが成功しない可能性が高いでしょう」

「じゃあ、学生達かれらを援護するために聖さんも残る、と?」


 通常の魔物だけならまだしも……アンデッドまで出現するとなれば、それなりの用意をしていなければ対処はできない。

 たまたま、回復杖ではなく魔導杖を装備している今日の聖がついていれば、アンデッド相手ならほぼ無敵だろう。


「そういうことなら、俺たちも……」


 そう言って懐に手を差し込む貝塚を、聖も手で制しながら首を振る。


「わたくしが残ることであなたがたを付き合わせてしまうのでは意味がありません。他の人を巻き込まずに済むからこそ、残ると決断できるのですから」


 そう言って、解除剤を口に含む聖。

 彼女の左手に描かれていた魔法円が瞬く間に光を失い、消滅する。

 反対に、時を置かず他のメンバー全員の魔法円はさらに輝きを増し、やがて、山吹色の光がそれぞれの全身を包み込んでゆく。


「ひ……聖さん!」

「ち、ちょっと、まだ話は終わって……」


 落ち着いて議論をする暇もなく五分ほどが経過し、結局コールを受け入れる形になったメンバーたちが、慌てて聖に声を掛ける。

 そんな彼らに手を振りながら、笑顔で四人を見送る白銀の聖女。


 やがて、四人の姿が完全に光に包まれるのを確認して、一人残った聖が踵を返して奥へ歩みを進める。

 と、その背後から――


「待って下さいよぅ、聖さぁん」


 驚いて振り向いた聖の視線の先に立っていたのは――


寿々音すずね……さん!? なぜあなたが!?」

「俺もいますよ」


 そう言ってもう一人、寿々音の後ろから現れたのは貝塚だ。


「あなたたち……どうして……」

「言ってませんでしたっけぇ? わたしは同好会メンバーですけどぉ、ただの民間人なので命令に従う義理はないんですよぉ」


 んなわけあるかっ! と、貝塚にパシンと後頭部を叩かれる寿々音。


「もー! 貝塚さんはすぐ頭を叩くー! 馬鹿になったらどーするんですかぁ!」

「現状以下にはならないから、安心しろ」


 そう言いながら、聖の方へ向き直る貝塚。


寿々音こいつ、青年団所属なので、魔具の所持だけは認められてるんですよ」

「そいうことではなく、なぜあなた達まで……」

「だって聖さん、荷物はそのウエストポーチ一つでしょ? いくら白銀の聖女とはいえ、そんな軽装でダンジョンの中に一人残してはおけないでしょう」


 貝塚の隣りで、寿々音も魔導杖をクルクルと回して杖芸じょうげいを披露する。


「そうですよぉ。それに、魔物だってアンデッドだけじゃないんですから、きっと役立ちますよ、わたしの魔法攻撃!」


 物理攻撃ね……と心の中で突っ込む聖と貝塚。 


「召集される直前、俺も慌てて解除剤を飲んだんですが、まさか寿々音こいつまで同じことしてるとは……」

「それはこっちのセリフですよぅ。わたしが来なかった聖女様と二人っきりだったでしょう? あぶないあぶない」

「俺なしで馬鹿一人押し付けられる聖さんの方が、よっぽど危ないわ!」


 二人のやりとりを見ながら、聖がクスクスと肩を上下に揺らす。


「お二人は、仲が宜しいのですね」

「よくねー!」「よくな~いっ!」


 同時に答えた直後、顔を見合わせて思わず赤くなる貝塚と寿々音。


「あれ? ……そう言えば寿々音、リュックはどうした?」

「ああ、さき、骸骨に囲まれたときに下に置いて……たぶん、朱華はねずちゃんが持って行ったんじゃないかなぁ?」


 大丈夫! サバイバルグッズはこっちに入ってるから! と言いながら、自分のウエストポーチをポンッと叩く寿々音。


「そうじゃねーよ! トミューザムコード、リュックの中なんだぞ!?」

「あ……」


 魔導師だからそんなに動かないだろう、と、自分からリュック係を買って出ていたことを思い出し、寿々音もバツが悪そうにペロッと舌を出す。


「どうするんだよ……あれがなかったら……」


 コードが解らなければ、祭壇までたどり着いても宝具を手に入れることは出来ない。

 眉間に皺を寄せる貝塚をなだめるように、横から「まあまあ……」と声をかけたのは聖だ。


「ここに残ったのは、宝具の獲得が目的ではありませんから」

「そりゃそうですけど、どうせならついでに……」


 貝塚の言葉に、はやり首を振る聖。


「目的はあくまで、ダンジョンに残っている方々の探索、および救援ですよ」

「まあ、俺らは付き添いですからね。聖さんがそう言うのなら……」


 ありがとうございます、と優しく微笑みながら、聖が言葉を繋ぐ。


「あと少しで十時ですし、適当な小部屋キューブを見つけてキャンプを張りましょう。夜間は他のパーティーも安全でしょうから」

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