14.攻略二日目

「さぁ~てと。攻略二日目、行ってみよぉ~!」


 紅来くくるが先に歩き、そのあとを、俺とメアリーが手を繋いで付いていく。


「なんで手を繋いでんの?」


 紅来が俺たちを顧みて、ふふっと口元を緩める。


「べつに、これと言った理由は……」


 メアリーが手を出してきたのでなんとなく繋いだだけだったのだが――、


「愛情補充ですよ!」


 俺の答えに被せるように、得意げに答えるメアリー。


「愛情? 補充?」

「そうですよ。夫婦とはいえしょせんは赤の他人ですからね。こうやって時々愛情を確かめあっておかないと、モチベーションに関わりますので」

「もういいだろ、夫婦ネタは……痛っ!」


 メアリーが思いっきり俺のふくらはぎを蹴り上げる。


「ネタとはなんですか! 確かに、使役者と使い魔というのはケッコンとは少し違うというのは分かりましたけど……でも、絆は夫婦以上ですよ!」

「へー、そうなんだぁー! すごいんだねー!!」


 大袈裟に驚いてみせる紅来。

 こいつ、メアリーの扱いが上手いな。


「そうですよ! 婚前交渉はそこらへんの夫婦以上に濃厚なベロチュ……(モゴモゴ!!)」


 慌ててメアリーの口を塞ぐ。

 メアリーこいつはこいつで何を言い出すんだ? 馬鹿かっ!!

 しかも、〝濃厚〟って自覚もあったのかよやっぱり!?


「婚前交渉!? ベロ!?」


 遅かった……。

 紅来の、碧色に光る探索眼サーチアイの奥に、ドス黒い野次馬根性の陰火いんかが怪しく揺れる。

 薄々気づいてはいたけど、ノームって、ちょっと頭が弱い種族だろ?


「なんでもない、気にすんな……ただの、使い魔の契約儀式のことだよ。ごく一般的な、ものすご~くライトなやつ……」

「へぇ――……」


 流し目を向けてくる紅来。

 絶対に信じてないな、その目は……。


「愛情補充っていうのは、片手でいいのぉ?」再びメアリーに質問する紅来。

「両手なら、モチベーションアップの効果はさらに〝大〟ですけど……今は可憐ママがいないので……」

「そっかそっかぁ。でも、私でも代わりになれるんじゃない?」


 紅来が、にっこりと笑って握ってきたのは、空いている俺の左手。


「おい! 俺の手を握ってどうする!」

「まったまたぁ~。私と手を繋ぎたそうな顔してたくせに、このツンデレめー」

「そんな顔してねーよ、一ミリもっ!」

「あー、はいはい。そういうとこあるよね、つむぎって」

「あるかっ!!」


 紅来が、俺の左手をグイッと引っ張り、耳元に口を寄せる。


「あとで、詳しく聞かせろよ。じゃないと、メアリーちゃんに訊くからね……」


 押し殺した呟きにハッとして横を見ると、俺の鼻先から五センチも離れていない場所に紅来の顔が迫っている。

 可愛いことは可愛いのだが……真顔が怖い。


「あ、紬くん! あそこに何か文字が書いてある!」


 そう言いながら前方を指差したのは、右肩に載ったリリス。

 小部屋の入り口のような窪みの上の角石に、何か文字のようなものが浮かび上がっているが……読めない。


「古代ノーム文字ですね。学校で習いましたよ」と、メアリー。

「〝この奥、階段部屋〟って書いてあります」

「おいおい……あからさまに怪しいじゃねぇか……」


 紅来がダガーで床を叩いて〝振動定位〟バイブロケーションを試みる。


「でも……うん、この奥で間違いないね」

「ほんとかよ!?」


 まあ、紅来が言うなら間違いはないのだろう。

 通路に入って少し進むと、二十センチ四方くらいの穴が開いた壁があり、穴の上にはまた、古代ノーム文字らしきものが浮かび上がっている。


「〝穴の奥のスイッチで、室内の罠を解除できます〟と書いてありますね」

「怪しすぎるだろっ!!」


 しかし、そんなメアリーの説明のあとに、紅来が躊躇なく腕を突っ込む。

 おいおい、大丈夫か!?

 穴はかなり奥行きがあるようで、紅来が肩口まで突っ込んでもスイッチまでは手が届かないようだ。


「だめだー、私の腕じゃ短いわ。紬、やってみて」

「ええ!?」


 確かに身長差は二十センチ近くあるが、腕の長さなんてそんなに変わらないだろ!?

 とはいえ、シーフの要請を鼻であしらえるほどダンジョン知識が豊富なわけでもない。しぶしぶ腕を入れてみる。

 思ったよりも早く奥にたどり着き、スイッチらしきものを探り当てた。


「あれ? すぐにあったぞ? これなら紅来だって十分届いただろ」

「えー、そう? おっかしーなぁ……。とりあえず、押してみて」

「へいへい…………うがああっ!!」


 スイッチを押した瞬間、穴に突っ込んでいた右腕に電流が流れたような衝撃が走り、そのあと、まるで壁と同化したかのようにピクリとも動かせなくなる。


「痛たたたた……。お、おい! なんだこれ!?」


 じたばたする俺の横で、壁に顔を近づけて穴の入り口付近を観察する紅来。


「あー、大変だー、これは〝真実の口〟のトラップだー(棒読み)」

「し、真実の口!?」


 ローマの休日かよ?

 いつの間にか、先ほどの説明文の下に、新たな説明文が追加されている。


「〝偽りの心ある者、肘からすぐ下を切り落とされるだろう〟と書いてあります」


 肘からすぐ下、って……指定がやけに細かいのが生々しくて怖い。

 さらに、説明文の横に現れた二桁の文字が、刻一刻と表示を変えている。


「お、おい、メアリー。その、変化していってる横の文字は、なんだ?」

「数字ですね。カウントダウンです」


 やっぱしっ!!


「なんだよこれ……おい紅来、なんとかしろ、これ!」

「まあまあ、慌てんなって」と、紅来が俺の肩をポンポン叩く。

「逆に言えば、〝偽りの心〟がないことを証明すればいいんだよ」

「ないことを証明するって……そういうの、悪魔の証明って言うんじゃないか?」

「大丈夫大丈夫。私が簡単な質問するから、それに正直に答えればオッケー!」

「そ……そうなの? じゃあさっさとやってくれ」

「メアリーちゃんとベロチューしたんですか?」


 ぶっ!!


「さあ、答えは、どっち!?」

「どっちのナントカショーかよ……。さては紅来おまえ、俺をはめたな!」

「なんのことかなー(棒読み)」


 リリスも「紬くん、チョロ過ぎぃぃ……」と呆れ顔。

 焼き豚に騙された奴に言われたくないわっ!!


 と言うか、どうするんだよこれ?

 メアリーまで嘘を付いてるとは思えないし、マジで、本当のことを言わないと腕が切られちゃうの!?


「イエスかノーかの簡単な質問じゃないか! さあ、答えたまえ!」


 俺の肩に手を回しながら、耳元で芝居がかった台詞を吹きかけてくる紅来。

 もうこいつは放っておこう。

 再度、メアリーの説明を頭の中で繰り返す。


〝偽りの心ある者、肘からすぐ下を切り落とされるだろう〟


 偽りの心、偽りの心……ん?

 そうか! そういうことか!!


「こ、答えは……ノーだっ! ベロチューなんてしてない!!」

「……」「……」「……」 紅来、メアリー、リリス――固唾を飲む三人。


 何も……起こらない。

 とりあえず、手首は繋がっているようだ。

 ……だがしかし、相変わらずカウントダウンの数字(らしきもの)は変わり続け、右腕も壁に固定されたままびくとも動かない。


「なぁ~~んだ! つまんないのぉ~~!」


 両手を頭の後ろで組むと、興味を失ったようにさっさと奥へ歩いていく紅来。

 同時に、カウントダウンの数字が、白から赤色に変わる。


「お、おい! ちょっと待て! カウントダウン、なんかヤバそう!!」

「あ―……、それ、びっくりトラップだから。もうちょっとで自然と抜けるよ」

「……はぁ?」


 びっくりトラップぅー?

 とその時、カウントダウンが停止すると同時にビ――ッ、というブザー音が鳴り響く。直後、押さえつけられていたような感覚が消え、穴から右腕が抜けた。

 メアリーがまた、新たに追加された説明文を読み上げる。


「〝びっくりした?〟って書いてありますね……」

「アホかっ!!」


 マジで! ノームって馬鹿種族だろっ!!


 念のため、右手をグーパーグーパーと動かしてみる。

 大丈夫……ちゃんと動く。


「それはそうと……紅来くくりんの話が本当だったら、どうするつもりだったんですか?」

「ん?」

「だってさっきの答え……嘘ですよね?」と、怪訝そうな表情を浮かべるメアリー。


 ああ、あれか……。


「確かに答えは事実じゃなかったかもしれないけど、問題はそこじゃない。みんなに変な誤解をされて、メアリーがここに居づらくなったら困るだろう?」

「それは、まあ、そうかもしれませんが……」

「メアリーが安心して暮らせる環境を壊したくない。その気持ちは本当だ」

「パパ……」

「俺は、その〝心〟に、嘘偽りなく答えただけだよ」

「…………」


 あれ? もしかして、ちょっとイイこと言い過ぎたか!?


「パパは、アホですか?」

「は……はい?」

「そんな屁理屈に自分の右腕を賭けるとか、アホじゃないかって言ってるんですよ。メアリーだって、切れた腕の接合なんて上手くできるか分かりませんよ!?」

「そ、そうなんだ……」


 実はちょっと、当てにしてた。


「メアリーは、他の誰になんと思われようと、パパとママが無事で、メアリーを愛してくれているならそれでいいんです。ちゃんと身体を大事にしてください!!」

「お、おう……」


 俺の脇腹に、ポスン、とパンチを当てるメアリー。


「まあ、いいでしょう。今の話でメアリーのモチベーションも少し上がりましたので、今回の件はこれで許してあげますよ」

「そ、そっか。よかった」


 ん? あれ? 結果オーライ?

 最後に「貸しですよ」と付け足すメアリー。

 そもそも、メアリーが余計なことを喋ったのが原因なんだけどな……。


「ちょ、ちょっと待って! と言うことは……紬くんとメアリーは、やっぱりベロチューしてたってこと!?」


 リリスか……。

 もう一匹、面倒なやつが残ってた。


「俺とメアリーが何をしたとか、それがそんなに問題か?」

「大問題だよ!」

「……うん、多少は問題かもしれない。けど問題の本質はそこじゃない。大切なのはメアリーもリリスも、どっちも同じくらい大切なパートナーだってことだ」

「でも、ベロチュー……」

「まあ、待て。その証拠に俺は、朝もらった〝携帯口糧レーション〟を半分残してポーチに入れておいた」

「え……どうして?」

「いい質問だ。それはなぜか? 俺にとって特別な相手に食べてもらうためだ」

「そ、それってまさか……」

「そう。おまえだよ、リリス」


 そう言って、半分だけ取っておいたレーションをリリスに渡す。


「わおっ!! ほんとにっ!? 分かった! 紬くんの気持ちはよぉ~く分かったよ!!」

「そっか。よっかた」


 チョロ過ぎるぞ、チョリス。


「でも、そんなに私が大切なら、丸々一本残しておいてよ、って感じもするけど」

「……調子にのるな」


 使い魔二人を連れて、曲がりくねった接続路の中、恐る恐る紅来のあとを追う。

 十メートルほど進み、最後の角を曲がると突然視界が開けた。

 部屋の中央に向かって、床が小山のように盛り上がった独特の形状。


 階段部屋だ!


 小山の頂上には、昨日と同じように第二層へ続く階段が出現している。

 部屋の入り口で、俺たちを待つように立っていた紅来がこちらを振り返る。


「お……やっと来たね。びっくりトラップ、意外と拘束時間長かった?」

「いや、時間食ったのはトラップって言うより……というか、この部屋のトラップは大丈夫なのか?」

「それはさっき、紬が解除したじゃん。……ま、念のため確認もしたけど」


 え? あのびっくりトラップ、罠解除に関しては本当だったんだ。


「じゃあ、行こうか。華瑠亜たちの近くに出られればいいけど」

「そっか……出口がどこに繋がるのかはランダムなんだっけ」


 トラップ解除されているということで、室内へ踏み出す足取りもかなり無造作だ。

 頂上の階段もそのままの勢いで上っていくと、昨日と同じように約五メートル四方の立方体のような室内に出る。

 第二層の部屋の作りは、全部こんな感じで統一されてるのだろうか。


「つ、紬くん……あれ……」


 最初にそれ・・を発見したのは、夜目の利くリリスだ。

 リリスが指差す方向に目を凝らしてみると、薄暗がりの中でモゾモゾ動く物体が。


「あ、あれって確か……」


 夜目ナイトアイに切り替えた紅来も、赤く光る視線を向けながらリリスの言葉を継ぐ。


「自警団パーティーの……なんだっけ、名前?」

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