05.赫奕たる赤眼
一瞬、魔眼と見間違えた赤い目は、
「なんでぇ~? なんで聖女様が~!?」
と、満面の笑みで
毒島の話によれば他のチームは強制
「よかったぁ……みんな無事ね!」と、俺たちを見て胸を撫で下ろす優奈先生の元へ、俺と
先生の背後には白銀の聖女――聖さんの他に、兵団メンバーらしき二人。
一人は、少しだけ出っ張った顎骨が気になるが、彫りが深く目鼻立ちの整った、一応イケメンには分類されるであろう、細身で筋肉質の青年。
装備から判断するに、恐らく紅来と同じ
もう一人は、丸顔で童顔の少女……と呼ぶほど幼くはないのだろうが、華奢な体つきと、胸の前に垂らされた二束の三つ編みでさらにあどけなさが強調されている。
決して美人というわけではないが、愛嬌のあるファニーフェイス。
グレーの魔導ローブに魔導杖……
「えーっと、こちら、退魔兵団チームのみなさん。階段部屋へ向かう途中で合流したの」
優奈先生が半身になり、後ろに並ぶ三人を掌で指しながら説明する。
「シーフの
「ソーサレスの
二人の自己紹介に続き、聖さんが軽く頭を下げながら口を開く。
「
セイント? と、心の中で首を傾げながら、俺たち三人――俺と勇哉、それに華瑠亜も、とりあえず自己紹介を済ませる。
赤い目を細めながら、再び口を開く聖さん。
「原因不明ですが、アンデッドが大量発生しているのを知って、取り残された方たちの救難のために残っておりました。全員無事で安心しました」
「じゃあ、さっきの白い光も、聖さんたちが?」
「たち、というか、あれこそがセイントの
貝塚と名乗ったシーフの男が説明する。
「私も初めて見たけど、ものすごい威力だよね。あれがあればもう、ゴールしたも同然だよ!」
紅来まで、やや興奮気味に話す。
ターンアンデッド――ゲームなんかではよく聞いたスキルだ。
ゾンビやスピリットのような
詳しいことは分からないが、この世界でも概ねその定義で合っているのだろう。
とにかく、先ほどの威力を見ても、ものすごく頼もしい戦力が加わったことだけは間違いない。
「残ってるのはもう、君たちで最後ぉ?」
そう訊ねる寿々音さんの言葉を聞いて、ハッとする。
そうだ、まだ下の階には――
「まだ、下に
「毒島?」と、小首を傾げる寿々音さん。
「ああ……もしかして、自警団チームの……」聖さんが思い出したように呟く。
「はい。私たちを先に行かせるために、彼だけ一人、下に残って……」
そうですか……と、考え込むように少し険しい顔になる聖さん。
「でもまあ、
そんな勇哉の言葉に、ハッとしたように聖さんが面を上げる。
「彼が……ホーリーウェポンを……?」
「うん。あれは多分、退魔剣〝玄武〟だね」と、紅来も説明を付け足す。
「そうですか……。分かりました。いずれにせよ第三層から二層へ戻ることはできません。四層から各階へ直通の通路があるはずですから、まずは先を急ぎましょう」
聖さんの言葉に全員が頷く。
「じゃ、先に俺たちが行くから、学生さんたちは後ろから付いてきな」
そう言って先頭に立ったのは貝塚。その隣に寿々音さんも並ぶ。
二列目に聖さんと勇哉。
……って、あれ? 勇哉おまえ、いつのまにそのポジションに!?
さらにその後ろに優奈先生とメアリー。
最後尾からは、俺と華瑠亜と紅来が固まって続く。
「はい!」と、手を差し出してきたのは……華瑠亜だ。
「また?」
「もうずっとよ! ここを抜けるまで!」
「あと少しだし、もう大丈夫だろ。これくらい明かりがあればそうそう転ぶことだってないだろうし……」
「それだけじゃないわよ」
と、わずかに眉を吊り、キッとこちらを睨む華瑠亜。
「あんた、目を離すとすぐにどっかいっちゃうじゃない」
「子供か! もう大丈夫だって。ちゃんと……仲間のことも頼りにすることにしたから」
これまでのことを振り返ってみると、元の世界で見知った仲間とはいえ、自分だけが記憶を共有していない現状で知らず知らずのうちに疎外感を感じていたのかも知れない。
まずはみんなの役に立ち、早く本当の仲間として認められたい――
そんな気持ちがずっと渦巻いていて、素直に頼るより先に一人で突っ走って空回りしていた気がする。
しかし、何度も仲間とピンチを切り抜け、そして今日も、華瑠亜の涙を見てようやく実感した。
もうとっくに、俺はちゃんと仲間になれていたんだ。
俺が勝手に壁を作っていただけで、そんなものは最初からなかったんだ、と。
「俺も、ようやく……ちゃんと腑に落ちたから。まあ、それが分かるまで、紆余曲折というか、七転八起だったけど……」
「一回転んだら気付きなさいよね! 七回も転んでるからあんたは、バカだの間抜けだの薄らトンカチだの、って言われんのよ!」
そこまで言われてないけど。
「んじゃ私も、念のためこっちを握ってよっかな!」
そう言いながら、空いている俺の右手を握ってきたのは……紅来!?
すかさず華瑠亜が、俺と紅来が繋いだ手をチョップで断ち切る。
「痛っ……何するんだよぉ!?」と、唇を尖らせる紅来。
「そ、そんな、両手をふさいじゃったら、逆に危険じゃない!」
「ぶっちゃけ、逆でも表でも大した危険度じゃないけどね……」
「とにかく、いいから!
ふ~ん……と、紅来の瞳に、例の悪戯っぽい黒の光がチラつく。
(注:そんなスキルはありません)
「ま、そういうことならそれでいいけど……。でも
「約束?」
「私を一生守るって、あれだよ」
「はぁ――――あ!?」
と、大きな声で聞き返したのは、華瑠亜だ。
前を歩いていた優奈先生やメアリーもその声に驚いて後ろを振り返るが、そんな視線もお構いないしに追求モードに入る。
「な、なによ、そのバカな約束は!?」
「ああ……華瑠亜には関係ないから。私と紬だけのアレだから……」
「アレってどれよ! どういうことなのよ紬!?」
華瑠亜が思いっきり俺の左手を握る。
「アイタタタタッ! いて――っつぅの! こんなのいつもの、紅来のアレだろ!」
「だから、アレってどれよ! アレとかコレとか、あんたたちの話はよく分かんないのよ!」
「いや、だから、紅来のいつもの冗談だろ、ってこと!」
あれあれぇ~?と、今度は紅来がわざとらしく両目を見開く。
「冗談で、あんな勘違いされそうなこと言うわけないじゃん」
「一応、勘違いされそうだってことは分かってたんだ……」
「まあ、一生っていうのは冗談だとしても――」
「冗談なのかよ!」
「紬みたいなのがそばにいたら、いろいろべん……心強いなぁ、って思ったのは本当だよ」
いま〝便利〟って言いかけなかった!?
どうも紅来は、普段から何を考えているのか分からないところがある。
元の世界でもそういうところはあったが、こっちでは記憶を共有している部分が少ないせいか、さらにそんな印象が強くなった気がする。
本心が見えづらい……という意味では立夏あたりも一緒だが、紅来の場合は言葉が足りないというよりも、口数が多すぎて視界不良にされている感じだ。
「いくら聖さんが合流してくれたからって、ちょっと緩み過ぎですよ!」
優奈先生が、ぷくっと頬を膨らませる。
……可愛い。
「そうだぞ紬!」と、相槌を打つ紅来。
「
「っていうか先生、怒った顔も可愛いよねぇ」
「そ……そう? でも、それはあまり嬉しくないんですけど……」
「あんな顔で叱られるなら、お金を出す男もいるんじゃないかなぁ!?」
なあ、紬?と、紅来がこちらに向き直る。
そんな話題を振られても……。
「まあ……お金はともかく、可愛いとは思いますけど……」
そう言いながら何気なく隣を見ると、薄目でこちらを見ている華瑠亜と目が合う。
「なんでこっち見んのよ?」
「い、いや、別に深い意味は……」
こっちは普通に怖いな……。
優奈先生との違いはどこなんだろう。
「先生、もっかい怒った顔やってみてくださいよー」と、無茶振りを始める紅来。
「えー……、そんな、恥ずかしいですよ」
「ちょっと眉間に皺を寄せて、頬をぷくっとするだけでいいですから!」
「そんなこと言われても……ちゃんと怒らせてくれないと……」
といった後で、ハッと気づいたように言葉を切る優奈先生。
「っていうか、そうじゃなくて! 怒らせないようにしてください!」
叫んだ勢いで「きゃっ!!」と転びそうになった先生を、メアリーがグッと支える。
先生の介添え役もだいぶ板についてきた。
「もう! みんな揃って緩みすぎですよ! とくに
「ごめんなさい……」
また、しょんぼりする優奈先生。
……それもまた可愛い。
「だいぶ集まってんなぁ……」
先頭を歩いていた兵団のシーフ、貝塚が歩みを止めて前方を
五十メートルほど先に横たわるキューブの密集エリア。
その手前、空白エリアに広がる魔眼の海……ティンダロスハウンドの大群だ。
第二層でも見覚えのある光景だが、さらに何頭か、一際大きな固体も所々に混じっているのが見て取れる。
ティンダロスハウンド〝改〟!!
「恐らく、俺たちが階段部屋を目指していると踏んで周囲を固めてるんだろう」
「★4混じりともなると、なかなか賢いじゃない」
貝塚の見立てを
そんな、先頭二人の間に割って入るように聖さんが前へ進み出る。
「問題ありません」
先端の魔石を突き出すように、魔導杖を掲げて構える。
こちらに気付いて次々と首を上げる魔物たち。
……だが、しかし、彼等の視界に果たして、俺たちの姿が映りこむ猶予があっただろうか。
「
聖さんの発唱とともに、杖の先端から伸びる一筋の白線。
直後、その着弾地点――魔物の群れのど真ん中から溢れ出すように、巨大な
ヘミソフィアの中でひしめくように黒塵に変わり、大気へ溶けていく不死の魔物たち。
大も小も関係ない。
さっきは、俺も一緒に飲み込まれていたであろう白亜の聖光を、今度は外から遠望して改めてその凄まじさに驚嘆する。
「まじヤバイです……」
一度見ているはずなのに、その破壊的な光景を前に、改めて放心気味に呟くメアリー。
まさに、全敵掃討……半端ない。
反則だろこれ!? 第二層の苦労はなんだったんだ?
光が消え去った後には、まさに塵一つ残っていない、まっさらな空白エリアが茫漠と広がっていた。
杖を戻しながら、聖さんが振り向いて微笑する。
赫奕たる赤眼を細めて――。
「さあ、いまのうちに、行きましょう」
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