06.伏姫籠穴

 入り口から十メートルほどの位置――〝伏姫籠穴〟と呼ばれる洞穴の最奥で、田村俊太郎たむらしゅんたろうは懐中から黒い塊を取り出した。

 結界解除用の魔法石だ。


「あれ? それって……管理局で取り上げられてなかったか?」


 頓狂な声色でそう訊ねたのは、つむぎたちのチームを担当した三級時空魔法士イスパシアン雑魚井一正ざこいかずまさだ。


東吾とうごさんは備品の数なんて把握してないんでね。最初から二つ持ってきていたんだよ。管理局で返却したのはそのうちの一個だ」

「なるほど……」


 雑魚井が、納得したように小さく二度ほど頷き、突き当たりの岩壁に向き直る。

 魔法杖マジカルワンドを寝かせて構えぶつぶつと詠唱を始める……が、はやり、これまでと同様、一分も経たないうち唇を結ぶ。


「やはり、駄目か?」と、雑魚井の背中へ声をかける田村。

「ああ……普通なら、対象感知は序唱段階でできるんだけどな。まだ反応がねぇ」

「この位置からなら第三層が一番近いからな。そこまでたどり着いてくれていれば……或いは、とも思ったんだが」

「★6とやらが出たのは第何層だったんだ?」

「二層だ」


 田村の答えを聞きながら、雑魚井が首から吊るしたライフテールを引き出し、淡く輝いているのを確認する。


「まだ……全員無事なのは間違いねぇんだけどな……」


 今度は田村が、持っていた松明たいまつを雑魚井に渡して前に出る。

 岩壁の前に立つと、魔法石を足元に置き、両手で印を結びながら振り向く。


「結界の解除術式を発動する。しばらく待機しててくれ」

「どれくらいかかるんだ?」

「簡易魔石ではないし、俺も結界士ほんしょくじゃないからな。約三十分といったところか……」


 それでも、完全に解除できるわけではなく、結界障壁の抵抗を多少和らげる程度だが……と付け加えて、田村がぶつぶつと詠唱を開始する。

 魔法石を中心に浮かび上がった直径四十センチほどの魔法円が、黄緑色に発光し始め、二人の男の足元をぼんやりと照らし始めた。


               ◇


 最上層――第四層への階段は、中央のキューブ密集エリアの中にあるらしい。

 先ほどの、ティンダロスハウンドたちの後方に見えたキューブ群の中のどれかに出現しているということだが……。


 さすがに、ゴール直前の第三層……というべきだろうか。

 キューブエリアの周辺や間隙にはかなりのトラップが密集配置されているらしく、兵団の盗賊シーフ・貝塚と紅来くくるが先行して罠解除アントラップを施す。


 それほど凶悪なトラップはないということだが、ただの足止め系でも不死系アンデッドが大量に湧いている現状では必殺コンボになりかねない。

 聖さんの死霊浄化ターンアンデッドも、精霊魔法とはいえ魔力消耗を伴うからには有限だ。


「兵団チームもお宝を取るつもりはない、って言ってたし……もう私たちのトップは決まったようなものだよね」


 携帯口糧レーションを食べ終わったリリスが、食べかすのついた指先を舐めながら口を開く。


「まあ……そういうことになりそうだな」


 そうは言っても、毒島や聖さんにさんざん助けられながらのゴールだ。

 自慢できるようなトップでもないんだけどな。


「ってことはさ、あの投票券、大当たりってことじゃない!?」

「投票券?」


 ……って、ああ! あのレース賭博のことか。

 投票券はたしか……そうだ、華瑠亜が預かるといって自分のベルトポーチに入れてたよな。

 俺が持っていたら、第三層で荷物と一緒に捨てていたかも知れないし、それに関しては不幸中の幸いだった。


「そんなことすっかり忘れてたよ……」

「ラッキーリリスの実力、思い知った?」と、リリスが得意気に胸を張る。


 実力っつーか、たんにおまえが、アホなだけだったんだけどな……。

 ふと、ノームの集落での、バッカスとのポーカー勝負を思い出す。

 アホな部分も織り込んだうえで、無類の強運を持っているというのはあながち眉唾ではないかもな。

 もっとも、今のところはギャンブル方面に関してだけだが。


「使い魔の維持費もばかにならなくなってきたし、臨時収入は助かるな」

「使い魔の維持費ねぇ……。まあ、私はよしとして……」

「おまえがダメだっつってんの!」


 どうやらリリスは、生命維持のためというよりも、何か他の理由で大量に食物を摂取しなければならない体になっているようだ。

 おそらくここにも、世界改変時に生じた何らかのからくりがあるような気がする。


 ただ、現実問題として、リリスに食べ物を与え続けるのはこいつを使役し続ける限りは原則俺の役目だ。

 できるかどうかも分からない抜本的な解決を考えるより、日々の生活を維持していくことが俺にとっては目下の最重要課題。


「よぉーっし、大体オッケーだ! ルートマーキングしたから、そこから外れないようにゆっくり進め!」


 キューブエリアから戻ってきた貝塚が全員に声をかける。

 一緒に戻った紅来も隊列に戻り、ゆっくりと全員が歩き出す。

 今度は、細い白線の跡を辿るため、縦一列の歩列だ。


 階段部屋までは残り四、五十メートルらしいが、隙間をジグザグに縫って進むため歩行距離は倍近くになるだろう。

 誰とも手を繋げない優奈先生のために、俺が後ろに付いて不測の事態に備えるが、二、三分後、無事に目的のキューブの前に出る。

 壁に〝階段部屋〟と書かれているので、一目瞭然だ。


「これが……階段部屋?」

「うんうん」と、こちらを振り向いて紅来が頷く。

「第三層のは……やけに分かりやすいんだな」と、勇哉。

「んなわけないじゃん。壁の文字は貝塚っちがマーキングしたんだよ」


 確かに、古代ノームが作ったダンジョンで普通に漢字が使われているはずがない。

 というか、知り合ったばかりの男性は、全員た〇ごっちみたいな呼ばれ方になるのか?


「ほら、毒島っちがまだでしょ? 兵団チームも助けに戻るとは言ってたけど……その前に追ってきても分かるようにってさ」

「なるほど……。階段部屋って、固定なの?」

「第一層はランダムダンジョンだし、二層以降は数日周期で変わるけど……変動時間は夜間だから、今日の夜十時までなら確実にこのままだね」


 キューブ内に入ると、これまでと同じように、部屋の中央には上階へ上る階段が見えた。

 先に兵団チームのメンバーが上り、そのあとに俺たちも続く。

 階段を上りきった先には――


 目の前に広がる巨大な空間。

 直径が七、八十メートルはありそうな、ほぼ真円状と思われる大部屋に出る。

 ちょうど、高校の体育館アリーナと同じぐらいの規模感だ。


 出た場所は部屋の一番端で、反対側の端には階段の上り口が見える。

 そこから壁を這うように、螺旋階段が上へと続いていた。

 思わず、頭上を見上げる。

 視線の先には照明石が敷き詰められた石天井――かなり高い。


「何メートルくらいあるんだろ……」

「確か、資料によると、百五十メートルくらいって書いてあった気が……」


 隣で、同じように上を見上げながら華瑠亜が答える。

 ビルの平均階高かいだかが三.五メートルくらいだと聞いたことがあるから、四十階以上の超高層ビルに匹敵する高さだ。

 住居用ならら五十階は超えるタワーマンション級だろう。


 天井の他、壁にも多く埋め込まれた照明石のおかげで室内は昼間のように明るい。

 第三層までとは違い、ツルツルに磨き上げられた床石や石壁が光を反射させる様子は、古代遺跡というよりもむしろ近未来的な建造物を連想させる。


 視線を戻すと、他のメンバーも口をポカンと開けながら上を仰ぎ見ていた。

 その向こう側……部屋の中央に、長方形の物体がポツンとたたずんでいるのが見える。恐らく、あれが目指していた〝祭壇〟に間違いない。


 ようやく、ゴールなんだ!


「さあ……あちらへ、どうぞ」と、聖さんが微笑みながら祭壇を指し示す。

「いいんですか? 俺たちがここに辿り着けたのも、聖さんや毒島のおかげ……」

「いいんですよ。私たちが残ったのは、取り残された方たちの救難活動のためですし、それに……」


 聖さんのあとを、今度は貝塚が引き継ぐ。


寿々音このバカがリュックを忘れたせいで、俺たちはトミューザムコードも持ってないしな」

「ま、ドンマイ、ドンマイ!」と、寿々音さんが貝塚の肩をポンポンと叩く。

「おまえは気にしろ!」と、貝塚が寿々音さんの頭を小突くのとほぼ同時に、紅来が突然、大声を上げた。


「あぁ―――――っ!!」

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