12.最深部

 洞穴の最深部が近いのだろうか?

 続く紅来くくるの言葉で、疑問の答えは直ぐに判明する。


「着いたぞ~!」


 松明たいまつに照らされたそこは、十畳ほどの広い空間になっていて、壁を照らすと半透明な赤紫色の鉱石が点在しているのが見える。

 やはりここが最深部。さっき見たあれが、目的のオアラガーネットだったようだ。


 多少通路が整備されていたとは言え、基本的には天然の鍾乳洞だった今までの洞穴路とは違い、そこは明らかに人の手で切り開かれた空間だった。

 規則的に切り崩された壁一面に、まばらに散ったガーネットが、キラキラと松明の炎を反射させている。


 わざわざ商業的な採掘をするほど貴重な鉱石ではないが、ガーネットを目的に訪れるパーティー向けに、採掘し易いよう定期的に切り崩しているらしい。

 観光資源の一環、というところだろう。


 松明を掲げると、天井はかなり高いのが解かる。

 一番近い天岩盤まででも六~七メートルはありそうだ。

 壁の高い所に、数十センチ程度の小さな穴がいくつか開いていて更に奥まで続いているようだが、人が入っていけるような大きさではない。


 地面には、地割れのような裂け目が数本走っている。

 もともとの地形なのか、先日の地震で出来たものなのかは定かでないが、それほど深くはない。

 ただ、転倒の危険もあるし、気をつけるに越したことはないだろう。


「今日、このパーティーに採掘許可が下りたガーネットは三つまでだ。あまり大きいのは没収されるから、量は常識の範囲内にしておけよ」

「隊長!!」


 可憐かれんの説明を聞いて、紅来が手を挙げる。


「お……俺?」

つむぎは班長でしょ。隊長は可憐だよ」


 知らんがな……。


「採取が三つまでなら、二人ずつペアを組んで探したらどうかな?」

「別に構わないが……」


 紅来の提案を否定する理由は、可憐にも特にはない。


「よし。じゃあ、一緒に探そうぜ、紬!」

「は? 何で俺?」


 てっきり、紅来は仲の良い可憐とでも組むのかと思ってたんだが。


「まあ、いいじゃんいいじゃん。行こう行こう!」


 紅来がポンポン、と俺の背中を軽く叩く。

 しょうがないなぁ。

 松明を適当な岩の裂け目に突き立てて、常設されている道具箱からピックハンマーとタガネを借りる。

 二つの工具が金属製のケースに収まっている簡易採掘セットだ。


「じゃあ、さっさと始めるか」


 なんとなく採掘し易そうなガーネットを選んでタガネを打ち込む。

 鉱石や採掘の知識などないので適当だ。

 岩の破砕音と、工具から放たれる金属音が窟内に響く。


「そんなことよりさ、紬。華瑠亜かるあとはどうやって仲直りしたんだよ?」


 そんなことより、って……そう言うことか。

 さっきの話の続きをしたいだけね?

 無視してさらにタガネを岩壁に打ち込み続けると、紅来が眉をひそめる。


「ちょっと、それ、うるさいんですけど?」

「……真面目にやれよ。なんの為に来てるんだよ」

「別に、ガーネットなんてその辺に落ちてるの拾えばいいじゃん」


 足元を見ると確かに、ガーネットの欠片があちこちに散らばっている。

 恐らく他のパーティーが採掘した時に出た欠片だろう。


「こんな、落ちてるような石に綺麗なスター効果が期待できるのか?」

「どっちだって一緒。どうせ加工するまで解からないんだから、結局は運だよ」


 まあ、確かにそうかもしれない。

 落ちてるガーネットも、欠片とは言えアクセサリの一つや二つは充分に作れそうな大きさだ。


「でも……レポートもあるのに、落ちてるガーネット拾いましたじゃ、さすがに格好つかないだろ」

「他のペアに話を聞けば良いじゃん。松明だって二時間くらいしか持たないんだから……保険だよ保険」


 紅来は話を聞きたい一心で言ってるだけだろうが、話してる内容は一理ある。

 予備の松明も数本あるからもっと粘ることはできるが、飽くまでも緊急事用の備えだ。二時間以上も窟内に篭る予定はない。


 万一、慣れない壁からの採掘が間に合わなかった場合も想定して、落ちているガーネットで目ぼしい物を見繕っておくのは、確かに悪くない案だ。


「解かったよ……じゃあ、適当に、大きめのやつ拾っていこうぜ」


 工具を収納ケースに収めるが、後からまた使うかもしれないと考え、一旦ポーションと一緒に鞄の中にしまう。


 しゃがんで落ちてるガーネットを拾い始めるが――――

 他のペアは真面目に壁を叩いているので、なんだかサボってるような気分になって気が引ける。

 しかし紅来は、そんな俺の様子を見て満足したように近くの岩に腰掛けた。


「でさ、華瑠亜の話なんだけど……」

「お~い。なに座ってんだよ? 紅来も拾えよ」

「え~。落ちてるのなんて、土で汚れてたりしてちょっと汚いし……」

「おまえが言い出しっぺだろう!」

「どうせ持ち帰られるのは三つまでだし、紬だけで充分じゃない?」


 ほんと紅来こいつは……。


 その時、俺の脇腹にチクリと痛みが走る。

 この痛みは――――

 そう、トゥクヴァルスでキラーパンサーに襲われる前にも感じた、いわゆる “虫の知らせ” と言うやつだ。


「ねえ、紬くん。何か……変な音聞こえない?」


 不意にリリスはそう言うと、肩から降りてウエストポーチに移動する。

 魔族の本能で何か不穏な空気でも感じとったのだろうか?


 ――――変な音?


 耳を澄ますと、確かに、遠くで何か羽音のような音が聞こえる。

 それに混じって、キーキーという鳴き声のような音も……。


 コウモリ?

 それにしても、少し羽音の数が多いように感じる。


 いや――――

 少し多いなんてレベルじゃないぞ!?

 急速に近づく轟音に全身の毛穴が粟立あわだつ。


 直後、天井付近に空いた小さな洞穴から一気に噴き出す黒い化物の影!

 無数のコウモリだ!!

 あっという間に、行き場を失ったコウモリの大群が採掘部屋に溢れかえる。

 一瞬でブラックアウトする視界。


「きゃあああああ~~~!!」


 一際甲高い華瑠亜の悲鳴が部屋に木霊するが、それも直ぐに、コウモリの羽音と鳴き声に掻き消された。

 他のメンバーも襲来をさけるようにその場にしゃがみ込むが、地面スレスレまで飛び廻るコウモリが次々と皆の体に張り付く。


 一匹だけでもあれだけ気持ち悪かったのが、これだけの数になったら卒倒ものかと思いきや、あまりの極端な展開に神経もマヒしたようだ。

 体に張り付いたコウモリを次々と素手で剥ぎ取って投げ捨てる。


「紬くんっ!!」


 リリスの声でポーチを見ると、コウモリが一匹、中へ潜り込もうとしていた。

 リリスがレイピアでコウモリの鼻をつついている。

 このサイズではレイピアと言うよりは爪楊枝だ。

 慌ててコウモリを払い退けるとポーチのチャックを閉める。

 一瞬、メイド騎士リリスたんを使うことも考えたが、さすがにこの数が相手では焼け石に水だろう。


 松明を拾い上げて体の周りで振り回す。

 コウモリ達も、この密集状態では火を避ける余裕などないかも知れないが、それでも、一匹でも二匹でも減るかも知れない。

 と言うより、他にできることも思いつかない。


 そう言えば、コウモリの数え方って、一匹? それとも一羽?

 哺乳類だし、一匹、二匹でいいんだよな?


 程なくして、コウモリが次々と洞穴路へ向かって飛んで行くのが見えた。

 俺達が来る時に通ってきた通路だ。

 徐々に、コウモリの密集状態が緩和されていく。

 それに伴い、視界も回復して皆の状況が明らかになった。


 俺達のすぐ近くで立夏りっかと可憐のペアが、やや離れた場所で華瑠亜とうららのペアが、それぞれうずくまっているのが見えた。

 とにかく一旦、全員で集合しよう!


 そう思って歩き出そうとしたのだが――――

 あれ? 体が動かない?

 コウモリを追い払うのに必死で気がつかなかったのだが、いつの間にか、紅来が俺の体に抱きついている。


「お、おい、紅来? 大丈夫か?」


 まだ、何匹か体に張り付いているコウモリを取り払いながら声を掛ける。

 採掘部屋を飛んでいる数は、先程までに比べればかなり疎らになっていた。

 少なくとも、人に当たるような高度からは姿を消している。


「もう大丈夫だ。コウモリはほとんど出口に向かって飛んでいったぞ」


 それでも離れようとしない紅来。

 いつも飄々として、人を食ったようにおどけて見せる紅来が、今は真っ青になって震えている。

 もちろん、彼女のこんな姿を見るのは初めてだ。

 そんなにコウモリが怖かったのか?


「じ、地震……」

「え?」

「来る……大きいのが!」


 ようやく、俺にも感じることができた。

 足元から伝わってくる小さな揺らぎ。

 昔、地学の授業で習ったことがある。S波と呼ばれる横揺れだ。


 P波――いわゆる縦揺れに気付かなかったと言うことは、震源地からだいぶ距離があるのは間違いない。

 しかし、その不気味な横揺れは徐々に大きくなり、やがて立っていられないほど大きく地面を揺らし始める。


 長周期地震動だ。


 これは、かなり大きな規模の地震が発生した時に起こる揺れだったはず。

 余震ではないのか?

 天井から、パラパラと土や小岩が落ちてくる。


「頭をガードして、身を低くしろ!」


 可憐が声を張り上げて全員に指示を出す。

 それぞれ、武器や防具、鞄など、有り合わせのものを使って頭をガードしながらその場にしゃがみ込こんだ。


「おい、紅来! 危険だ! 手を離して頭をガードするんだ!」

「無理っ! 無理っ!」


 地震があまり好きではない紅来が、ヒステリックに首を振りながらしがみつく。

 と言うか、これ、あまり好きじゃないなんてレベルじゃないだろ?


 無防備に俺と紅来ふたりで抱き合いながら、地面にへたり込むような体勢。

 直ぐ傍の地面に、壁を転がってきた一〇センチ程の小岩が勢い良くめり込む。

 このままじゃ危ない!


 俺は、ウエストポーチを正面にずらし、紅来の頭を胸の中に抱え込むようにして覆い被さる。

 俺自身の体でリリスと紅来をガードするような体勢。

 気休め程度だが、片手で自分の後頭部もガードする。


 メリ、メリ、メリメリ――……


 不気味な音が採掘部屋中に響く。

 何の音だ?


 横を見ると、近くで伏せていた立夏と可憐を分かつように、二人の間で地面が割けていくのが見えた。

 更に地割れは真っ直ぐにこちらへ伸びてきたかと思うと、あっと言う間に紅来の直ぐ後ろで地表を切り裂く。


 俺と紅来、そして立夏の周囲からピシリピシリと破砕音が鳴り響いた。

 地割れのこちら側……立夏と紅来と俺が取り残された範囲にだけ、まるで石をぶつけられた網入りガラスのように無数の亀裂が走る。


 地盤崩落だ!


 立夏が可憐の手を掴もうと腕を伸ばす―――が、その指先は空しく虚空を切る。

 周囲の地面が崩壊し、瓦礫と共に地下の暗闇へ飲み込まれていく立夏。

 

「立夏あああああ!」

 

 可憐の叫びが奈落に木霊した。

 なんてこった……。

 地面の崩壊は俺達の周りにも急速に広がる。


「可憐! 早く紬をっ!」


 華瑠亜に言われるまでもなく、こちらへ駆け寄り、手を伸ばしながら叫ぶ可憐。


「紬! 早く! こっちへ飛べ!」


 俺一人なら、或いは脱出可能だったかも知れない。

 しかし、俺の体の下でへたり込む紅来を置き去りにして、俺だけ逃げられるか?


 迷いはなかった。

 ウエストポーチを挟み込むように、ガタガタと震える紅来を再び抱き締める。


「紅来。少し下に落ちそうだから、しっかり捕まってろ」


 怯えさせないよう、極力冷静に言ったつもりなのだが―――

 やはり俺の声も少し上擦っている。


「紬いいいい!!」


 薄暗い採掘部屋に、華瑠亜の悲痛な叫びが響き渡る。

 見上げると、可憐の向こう側で泣きながら叫ぶ華瑠亜と、その隣で松明を持ちながら、呆然とこちらを眺める麗の姿が目に入った。


 しかし、その姿も直ぐに、せり上がる地面の上に隠れて見えなくなる。

 いや、こちらが落ちているのだ。


「こっちも後で戻るから、先に脱出してろ!」

 

 皆に聞こえるよう、できるだけ大きな声で告げる。

 最後に見たのは、バリバリと大地が砕ける轟音の中、必死でこちらに手を伸ばしながら小さくなっていく可憐の姿だった。

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