19.合流

「んなことより……いいのか、早く合流しなくて?」


 毒島ぶすじまの指摘を受けて、紅来くくるが俺の方に向き直る。


つむぎは、どう? もう動けそう?」

「ああ、全然大丈夫」


 今の最優先課題は早く先生たちと合流することだ。

 体調に問題がないのは事実だが、たとえ少しくらい悪くても答えは一緒だっただろう。

 俺たちの様子をうかがいながら、再び毒島が口を開く。


「一瞬でも魔臓を空にすると脳がダメージを受けるって言うし……しばらくは注意した方がいいぞ」

「脳? ダメージって……どんなです? 記憶的な部分ですか?」

「今さら一個二個、喪失項目が増えたって大して変わらないでしょ?」


 ププッと口に手を当てて茶化す紅来を横目に見ながら、毒島の説明に耳を傾ける。


「まあ、記憶喪失もあるが、逆に妄想を見たり……なんて症例もあるからな」


 んー……、この世界での、二ヶ月以上前の記憶がない上に、妄想!?

 トゥクヴァルスの後にも、俺が気づいていないだけで、そういうことはあったんだろうか。

 もしかして、さっきの三途の川もその影響?

 さらにややこしいことにならなきゃいいが……。


               ◇


 再び、身支度を整えてキューブの外へ出たのは十分後だった。

 立って少し体を動かしてみたが、脳の方はともかく、肉体的な変調はまったく感じない。

 やはり、直後に魔力の補充を受けられたのが大きいのだろうか。


「昨日は、悪かったな」


 先頭に立って歩き始めた毒島が、前を向いたまま呟く。

 まだ完全に高ランクの魔物の脅威が去ったとは断言できないし、しばらくの間、俺たちとの同行を買って出てくれたのだ。

 既にリリスをまともに使う魔力も残っていないし、ここは素直に好意に甘える。


「昨日?」聞き返したのは、毒島のすぐ後ろを歩く紅来。

「受け付け前で、遠足気分だのなんだのとおまえらを嘲弄したことだ」

「あぁ、あれねぇ……。まあでも、本当のことだしね、あれ」

「まさか、ケルベロスを瞬殺できるようなパーティーだとは思ってなかったからな」

「パーティーっていうか……ねぇ?」


 振り返り、上目遣いで俺を見る紅来。

 確かにここは、素直に認めなければならないだろう。

 使役者の俺ですらリリスたんの戦闘力を過小評価していたことを……。


「パーティーというか、ぶっちゃけ、リリスですけどね」


 右肩の上でリリスの鼻息が荒くなるのが判る。


「だから最初から言ってるのに……みんな、私を甘く見過ぎだよ! ノートの精には〝最強のメイド騎士〟って頼んだんだから」


 携帯口糧レーションを頬張りながら力説するリリス。

 これで調子にさえ乗らなければ、素直に褒めてやれるんだけどなぁ……。


「リリス……謙虚さを失った確信はもう・・・・・・・・・・・・、確信ではなく慢心・・・・・・・・・だぞ?」

「うわでた! 本田宗〇郎!」

「おまえのために言ってるんだよ!……ちなみに、松下幸〇助だけどな」


 しかし、リリスをたしなめようとしている俺とは反対に、意外にも素直に感嘆の言葉を述べる毒島。


「リリスとか言ったか? ビッグマウスは取り消す。初めて見た使い魔だが……規格外なのは確かだな」

「ま、まあ、分かればいいのよ分かれば。……そうねぇ、ダンジョン出たら携帯口糧レーション五百本で勘弁してあげるよ」


 全然勘弁してねぇ!

 というか、出たあとならレーションじゃなくてもいいだろ、べつに……。


「そういえば、ブレスから守ってくれたお礼、言ってなかったね!」


 今度は紅来が、「ありがと!」と前を歩く毒島の腕をパンッと叩く。

 受け答えに困ったように、人差し指で揉み上げの辺りをポリポリと掻く毒島。

 リリスやメアリーだけじゃなく、紅来相手でもなんだかペースをつかみあぐねているらしい。


 まあ、〝愉快な仲間〟の中でも特に物怖じしないトリオだ。気持ちは分かる。

 少しずつ、親近感が湧いてきたな。


「ただ……」


 そう言って振り向いた毒島の視線は、今度はやや鋭い。


「何か訊かれることがあっても、ケルベロスを倒したのは俺、ってことにしとけ」

「えー……〝ヴァルキュリア・フルール〟の手柄、横取りする気?」


 やはり新技名は、毒島案のV・Fで決定か。

 B・L・AだのB・L・Tだのよりは全然マシだが、ダーク・ブラッディークロスはちょっと惜しい気がする。

 

「そうじゃねぇ。見たところおまえ、精霊系ではなさそうだし、ファミリアケースに入れられるような使い魔でもないだろ?」

「そう……なのかな? 入れって言われても絶対に入らないけど……」

「★6を瞬殺できるような使い魔を日常的に出しっ放しにしてるとなりゃ、いろいろと問題になりかねんからな」


 でもさぁ……と、疑わしそうな声をあげたのは紅来だ。


「毒島っちは、そういうのを取り締まる側なわけでしょ? ここでそういう入れ知恵をしてていいわけ?」

「俺は別に、★の数や戦闘力で適否てきひを判断するうような乱暴な線引きはしねぇよ。俺が見て大丈夫なら、それは大丈夫だ」


 それもかなり乱暴だと思うが。 


「それに俺は、こう見えて、借りは返さないと気が済まないタイプなんでな」

「メアリーも、貸しは回収しないと気がすまないタイプなんですよ」


 毒島の言葉に、すかさず念を押すちびっ子ノーム。


「おう……。さっきの治癒キュアーのことか? 亜人が人間社会に溶け込むのも大変だろうし、何か困ったことがあればいつでも相談してこい」


 やっぱり、メアリーが亜人ということはバレバレか……。

 いや、そんなことより!

 この貸し付け魔が俺に貸した量を考えると、何気に恐ろしい発言だぞ!?


 二百メートルほど移動したところで、壁際のキューブの一つを指差す紅来。


華瑠亜かるあたち、あの中っぽいね」

 

 いつもの〝振動定位〟バイブロケーションで確かめることもなく断定する紅来に「?」と思ったが、よく見ると出入り口の閉じたキューブが一つだけある。

 窟内隔壁時間に自動でロックされた出入り口は朝には開放されるが、手動で閉じられた出入り口に関しては、同様に手動でなければ開かないらしい。


 キューブの前に立つと、紅来が〝コン、ココン、コン〟と、ダガーの柄尻えしりでリズミカルに石壁を叩く。


 寸刻のあと、紅来の目の前の壁が徐々に色を失い始め、半透明からやがて完全に消え去ると、扉一枚分程度の出入り口がぽっかりと口を開ける。


「紅来ぅ……、おっせぇ~よ!」


 中から聞こえてきたのは……勇哉ゆうやの声!

 紅来の肩越しに中を覗き込むと、優奈ゆうな先生や華瑠亜らしき人影も見える。

 大丈夫だとは思っていたが、ケルベロスみたいなやつを相手にした後だし、みんなの無事な様子を見てホッと胸を撫で下ろす。


「ごめんごめん、いろいろあってさぁ」


 とりあえずみんな無事だから! と笑顔で答えながらその場にひざまずき、入り口のすぐ内側を〝探索眼サーチアイ〟で凝視する紅来。


「トラップ床は三箇所だね。念のため解除しておくから、ちょっと待ってて」


 そう言ってネックレスのチェーンをつまみ、シャツの中から金色に輝くブリリアンカットの宝石を引っ張り出す。


「あれは……イエローダイヤモンドか!?」と、目を丸くする毒島。

「ダイヤ!!」


 見たところ、一センチ以上は余裕であるだろう。

 詳しくはないが、ダイヤであの大きさなら相当高級品のはずだ。

 魔動車何台分?


 元の世界と同じく、まつりごと関連の職に就いているという紅来の両親。

 やはり、この世界でも……いや、封建的なシステムも混在するこの世界だからこそなおさら、政治に関わる立場の人間にはお金も集まるのかも知れない。


「さっすが……上流家庭……」

「そういう話じゃねぇよ」


 俺の感嘆に対して意味深な返答をする毒島。

 ん?と、毒島の顔を見るが、「いや……何でもねぇ」と視線を逸らされる。


 その間にも、取り出した宝石を左手で握り、右の掌を床に向けて短く詠唱する紅来。程なくして、手をかざされた床が一瞬だけ白く発光する。

 魔法スキルを使っている彼女を初めて見たが、あれが〝罠解除アントラップ〟と呼ばれるシーフスキルらしい。


 三箇所の罠を解除するのに要した時間は約一~二分。

 解除を終えた紅来が、再びシャツの中にイエローダイヤモンドを戻す。

 あれが魔力の媒介となっている魔石なのだろうが……毒島の「そういう話じゃねぇ」という言葉が少し引っかかる。


「よし、オッケ~! マジックトラップだからいずれ復活するけど、今日一日くらいは安全だよ」


 そう言いながら、紅来がつかつかとキューブの奥へ入って行く。

 続いて俺とメアリー。

 毒島は、どうやら入り口の外で待機するようだ。


「本当に、ごめんなさい!」


 俺たちがキューブの中に入って行くと、最初にそう言って深々と頭を下げたのは優奈先生だ。

 なんで先生は謝ってるんだ?と、一瞬戸惑ったが、そう言えば、はぐれたのは優奈先生が回復小杖ヒールステッキを落としたのが原因だったっけ。


「全然、気にしないでください。ドジって転んだのはメアリーですし……」

「メアリーは悪くありませんよ!」


 そう言って、予備のホルダーに差していたヒールステッキを手渡すメアリー。

 何度も頷きながら優奈先生がそれを受け取る。


「ありがとう! ……うんうん、メアリーちゃんは悪くない。悪いのは先生なの。全部先生のせい……。こんなにタイムロスしちゃって……」

「先生……終わったことは、反省材料を点検するだけにしましょうよ。今は、これからのことを考えるのがいちばん重要なことです!」


 と、優奈先生を励ます。


「でた! 松下幸〇助!」と、リリス。

「いや、これは金〇先生……」

優奈先生おっぱいだって、きっとどこかで役に立つことがありますよ」


 メアリーも先生の背中をポンポン、と叩く。


「それに、今さらタイムロスなんて気にしたところで、どうせ他のチームは――」


 強制コールに……と言いかけたところで、ゴホンゴホン、と横から紅来の咳払いが聞こえてくる。

 ん? なに?と、紅来の方に顔を向けると、いきなり肩を組まれ、グイッと彼女の口元に頭を引き寄せられる。


「他のチームのことは内緒ね」と、紅来に耳打ちで釘を刺される。

「な、なんで?」

「それを言ったら★6との接敵の可能性にも触れなきゃないし、私たちはコールしてもらえないことだって言わなきゃならないんだよ?」

「第一層ではあっさり、ダンジョンランクの不自然さに言及してたじゃん」

「あれはみんなが薄々感付いてたことをはっきりさせただけ。それに、★6云々なんて話は、全然レベルも違うでしょ?」

「う――ん……」

「普段ですらアレ・・なのに、自責の念で恐縮してるところへさらにそんな不安情報を与えて、先生がまともに歩けると思う?」

「まあ、それは、思わない……」

「耐えられる人はそれでいいけど、耐えられない人に無理させるべきじゃない」


 うん、そうだな。

 優奈先生には、なるべく心安らかに過ごしてもらうことを考えないと。


「ちょっとあんたたち、なにコソコソ話してんのよ?」


 俺と紅来の間に割って入るように声をかけてきたのは、華瑠亜だ。


「なんかあったの?」

「ああ、まあ、あったと言えば、あったような……」

「何? 魔物きょうてきでも出た!?」

「あ――……」


 一瞬ケルベロスの怖面こわもてが頭をよぎるが、そう言えばそれは秘密なんだっけ……。


「いや……魔物は、そうでもなかったかな……」

「じゃあ、他に何があってこんな遅くなったのよ?」

「ん~っと……あれだ、寝坊……的な?」

「寝坊って……寝る時間、八時間もあったのに?」

「いやぁ~、それがさぁ~……」と、今度は、横から紅来が口を挟む。

「紬のアソコ・・・が硬くなっちゃってなかなか寝かせてくれなくてさぁ。いろいろ頑張ったんだけど柔らかくならなくて。途中で諦めたけど……」


 ちょっと寝不足ぅ! と、ウインクする紅来。


「アソコってどこだよっ!?」「どこよっ!?」


 ほぼ同時に聞き返す俺と華瑠亜。


「そんなの……私の口からは、言えないよ……」


 珍しく顔を赤らめる紅来。

 いやまて! そんな内容でも場面でもないだろ今!?


「あんたたち……一体、何やってんのよ……」


 ゴゴゴゴゴゴ……と地響きのような音を背に、低音で問いただす華瑠亜。

 気のせいか、周囲にほんのりと漂う暗黒色の波〇疾走オーバードライブ


 紅来以上に頬を高潮させながら、しかし、目だけは思いっきり据わっている。


「ちょ、ちょっと待て! 冷静になれ華瑠亜! ……おい、紅来!!」

「なに?」

「なにじゃねーよ……。何の話だよ? アソコってなに!?」

「アソコってのは、ほら……肩だよ肩。紬の」

「か……肩?」

「枕代わりに借りたじゃん。それが硬くて寝にくかったなぁ……って」


 いやいやいやいや! だとしたら、いろいろ表現おかしかっただろ。

 頑張ったけど柔らかくならないとか……肩が柔らかくなるか!?

 それに、なかなか寝かせてくれないって――


紅来おまえ、即効で寝てたじゃん!」


 ニュータイプのこじらせ女子かこいつ!?

 いや、こじらせ女子は確信犯だろうから意味が違うか。


 紅来みたいな愉快犯は……引っ掻き回し女子??

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