20.引っ掻き回し女子

 紅来みたいな愉快犯は……引っ掻き回し女子??


「ってことはさ……ずっと紅来くくるは、つむぎの肩を借りて寝てたってこと?」

「まあ、そうだね」


 華瑠亜かるあの質問に淡々と答える紅来。

 俺が慌てて説明を補足する。


「そ、それはでも、仕方がなかったっていうか……急に室温は下がるし、保温シートは一枚しか……」

「そうね。そうですねー。ようござんしたねぇー」


 華瑠亜の被せ気味の返答は、みごとに棒読みだ。


「待て待て。全然大丈夫そうじゃないじゃん。昨夜のは、たんに寒さを凌ぐためだけのアレだからな? 他意はないし、紅来だって即効で寝てたし……」

「え? あんなの狸寝入りに決まってるじゃん」


 また紅来が余計なことを言い出す。

 この際どっちだっていいんだよ! 寝てたことにしとけよ!


「紬が私の胸元を見てドキドキしてたことだって、ちゃんと知ってるし」

紅来おまえ、適当に言ってるだろ!」


 確かにドキッとしたのは事実だが、それを紅来が分かるはずがない。

 引っ掻き回し女子、ウゼェ――……。


「と、とにかく、紅来のおふざけは無視しろ。俺の言ってることが本当……」

「別に、あたしには関係ないですから!」


 俺の言葉を遮ぎる華瑠亜。

 よく見ると、わなわなと唇も震えている。


「あんたが紅来と二人になろうが、肩枕しようが、胸を見ようが揉もうが、あたしには一切、まったく、金輪際、これっぽっちも関係ないですからっ!」


 揉んではいないが……。

 赤面から白面に変わった華瑠亜が、ふらふらと奥へ戻って壁際に腰を下ろす。


「ごめん……気分が悪い。ちょっと、休ませて……」


 ほーらまた、ああなっちゃったよ……。

 キッ、と、引っ掻き回し事件の主犯を睨み付ける。


「みろ。紅来が勘違いさせるようなこと言うから……」

「馬鹿だなぁ。あれがあったからこそ添い寝のショックも和らいだんでしょ。最初から添い寝のことだけ話してたら、もっと責められてたよ、添い寝マン」

「誰が添い寝マンだよ!」

「じゃあ添い寝人間」

「……違います」


 そもそも、考えてみたら肩枕のことだって話す必要ないだろ?


「って言うか紬はさ、どうして華瑠亜がああいう状態になってるか分かってる?」

「おまえのせいじゃん」

「そうじゃなくて。私と紬が添い寝すると、何で華瑠亜が落ち込むのか、って話」

華瑠亜あいつは……ああ見えて結構潔癖症のところがあるからな。チームのメンバーがそういう不純な行動をするのが嫌いなんだよきっと……」

「いやいやいや!」


 心底驚いたような表情の紅来が、顔の前でパタパタと手を振る。


「この歳でそんなカマトトいないって! そもそも、あの部屋の惨状で潔癖症はないでしょ、さすがに!」

「いや、それは……種類が違うんだよ。あれはあれ、これはこれだろ?」


 ハア……と、呆れたように嘆息を漏らした紅来が、次の瞬間、俺の脇腹にそこそこマジ気味のボディーブローを叩き込む。


「ゴフッ!! ……って、いってぇなぁ! 何するんだよっ!!」

「紬先生てんてー……唐変木も、過ぎれば酷薄こくはくだぞ」


 うずくまる俺を見下ろしながら、紅来が悪びれる様子もなく言い放つ。


「ど……どういう意味だよ……ゴホッ……」

「さあねぇ~。メアリーちゃん、あとよろしくぅ」と言いながら、俺の横を擦り抜けて部屋の奥へと歩いていく。

 すぐに、メアリーが治癒小杖キュアステッキを取り出して俺の脇腹を癒す。


「なんで紅来くくりんを怒らせたんですか?」

「怒らせたつもりはねーよ。気付いたら勝手に怒ってたし……」

「唐変木がこくはくって、どゆ意味?」と、今度はリリスが首を傾げる。

「唐変木は鈍感、酷薄は……残酷とか、そういう意味だろ……」


 鈍感は残酷? 直訳すればそんな感じだ。

 自分が特別するどい人間だとは思わないが……鈍感と言うほどだろうか?

 いや、こんな世界にすっ飛ばされても、なんとか正気を保って暮らしていられるということは――、


「確かに〝鈍感力・・・〟みたいなものはあるのかもしれないな……」

「あ! 良いふうに言い直してる」

「やかましい」


 背中越しに紅来の声が聞こえてくる。


「さてと、みんな! 準備して出発しましよっか!」

「もう行くのかよぉ。紅来おまえがさっさと来ないから、右腕、相当ダルいんだけど……」


 聞こえてきたのは勇哉ゆうやの声。


「あぁ~、床を打ってたの、勇哉だったんだ?」

「だって華瑠亜が、お前に合図送らないと、って言うから。五分毎とはいえ、朝の六時から五時間近く打ってるからな!?」


 言いながら、ショートソードの柄尻えしりでコンコン、と床を打つ勇哉。

 どうやら、離れている紅来に位置を知らせるために、床を打ってなんらかの合図を送っていたらしい。


「私はさっさと位置確認してたし、最初の一時間でよかったのに」

「そんなのこっちには分からねぇし! それに、華瑠亜がずっとやってろって……」


 非常時用に紅来と華瑠亜が話していたことって、そのことだったんだな。

 実際にやらされていたのは勇哉だったらしいが……。


「まあ、とにかく、他のチームもまだそんなに攻略が進んでないみたいだし……まだまだ諦めずにトップ目指してがんばろっ!」

「え……そうなの??」


 紅来の声掛けに、意外そうな表情で面を上げたのは優奈先生。

 自分が原因で断トツブービーになってると思っていたせいか、まだいい勝負だと聞いて少し表情が明るくなる。

 実際はいい勝負どころか、俺たちしか残ってないに等しいんだが……。


 昨日までと同じように一番大きなリュックを俺が担ぎ、残りの小さなリュックは先生。もう一つのベルトポーチは……か、華瑠亜?

 気がつけばまだ、華瑠亜が壁際で、顔をうずめながら膝を立てて座っている。


 どうすんだよこれ? と、目で紅来に訊ねると、紬がなんとかしろ! と、目で返される。

 なんとかしろ、って言われてもなぁ……この状態の原因もよく分かってないのに。


「おい……華瑠亜リーダー? そろそろ行くってよ」

「…………」

「おまえのベルトポーチも、俺が持ってやるから……」

「……そんな問題じゃない」


 じゃあどんな問題なんだよ?


「とりあえずさ、一回、立と? な?」


 手を差し伸べると、膝の間にうずめていた顔を少しだけ上げて俺の掌を見つめる華瑠亜。

 寸刻の間――。

 動こうとしない華瑠亜を前に、一旦手を引っ込めようとしたその時――、


 突然俺の手を握ったかと思うと、グイッ、と引っ張りながら立ち上がる華瑠亜。

 ……が、すぐにその手を離すと、床に残っていたベルトポーチを自分の腰にセットする。

 よく分からないが、とりあえず行く気にはなってくれたようだ。


「じゃあ……行こうか」


 出口の方を向いて歩きだそうとしたその時、後ろから「手っ!」と、華瑠亜の声が追いかけてきた。

 ん? 振り返ると、右手を差し出しながら俺を睨みつけていた華瑠亜が、もう一度「手っ!」と呟く。


「手?」


 手が……どうした?

 俺も右手を出して握手をするような形になる。

 が、華瑠亜が身を乗り出してつかんできたのは俺の左手。

 そのまま俺を引っ張るように、ツカツカと出口へ向かって歩き出す。


「お、おい! 華瑠亜! 何で手を繋いで……」

「ダメなの!?」

「いや、ダメとかいいとかじゃなくて……なんなのか、ちゃんと説明しろって」


 足を止めて振り返る華瑠亜。


「だって……第二層は、ちょっと薄暗いんでしょ? 転ぶと痛いし、ちゃんと手を繋いでいた方がいいかな、って……」

「暗いって言っても、足元が悪いわけじゃないし……転ぶほどの暗さでは……」

「いいからっ! あんた、重い荷物も担いでるんだし、注意しないと……。リーダー命令!」

「わ……分かったよ」


 俺たちの様子を見ていた勇哉も、紅来の方へ手を差し伸べる。


「そういうことなら、俺たちも繋いじゃう?」

「勇哉は特権枠シードだから……相応しい人を表に待たせてあるよ」


 途中でたまたま合流したんだ、と言いながら、紅来が胸の前で膨らみをあらわすように、両手を山形やまなりに動かしてみせる。

 紅来のDカップをさらに大きく包み込むようなその動きに、目の色が変わる勇哉。


「え? ま、マジ!? もしかして……」


 聖さ~~ん?? と言いながら、嬉々として出口から飛び出していく勇哉。

 直後、表から「ヒエェェェ――ッ!!」と悲鳴が聞こえてくる。


 勇哉に続いて外に出る紅来と、俺を含めた残り四人。

 入り口の脇で、壁にもたれながら待っていた毒島が、手を繋ぐ俺と華瑠亜、そして、同じく手を繋ぐメアリーと優奈先生を一瞥する。


「……やっぱりおまえら、遠足気分だろ?」


 そう呟く毒島の声には、しかし、侮蔑ではなく親しみの感情が滲んでいるように感じたのは俺だけだろうか?


 胸は胸でも胸板じゃねぇか……と、ぶつぶつ文句を言いながら勇哉が隊列に加わる。

 その次に口を開いたのは、最も戸惑った表情を見せていた優奈先生だ。


「な……なんで、毒島さんが……」

「あー……、えーっと、自警団チームにトラブルがあって、毒島っちだけコール回避したって聞いたんで……」


 答えたのは、毒島ではなく紅来。


「だとしても、胸板と一緒に行動しなくてもよくね?」と、勇哉も眉をひそめる。

「まぁ〝旅は道連れ世は情け〟とも言うじゃん? ダンジョンランクもなんかおかしいし、戦力は多い方がいいっしょ?」

「トラブルと言うのは……なんですか?」


 再び、優奈先生が質問する。

 ただし、その真剣な眼差しには、怖気おぞけよりも責任感の方が色濃く滲んでいるように見える。


「それは、えーっと、自警団のメンバーが、事故でちょっとした大怪我を……」

「ちょっとした……大怪我?」

「ケルベロスに殺られたんだよ」


 訝しがる優奈先生に答えたのは、毒島だ。

 紅来が、あっちゃ――、とでも言いた気な表情で両目を押さえる。


「ケ……ケル、って言ったら……ほ、★6じゃねぇか……」


 右手をパーの形にして呟く勇哉。

 それ、五本だけどな……。まあ、★6って知ってるだけ俺よりマシか。


 紅来が、取り繕うように慌てて補足する。


「ま、まあでも、そいつはここに来る途中で倒してきたし、もう大丈夫――」

「可能性は低いと思うが、まだ同ランクが湧いてないとも限らねぇ」

「ま、まあでも、いざとなれば〝召集魔法コール〟だって――」

「あんたらのその魔法円じゃ、恐らくコールは無理だ。そもそも、他のチームが強制コールされてるのに未だに取り残されてるのがその証拠だろ」

「…………」


 淡々と事実を語る毒島に、「はいはいそーですねー!」と、ついに紅来もさじを投げる。


「よ……要するに、ランクC……いえ、もしかするとB以上の状態かも知れないダンジョンに取り残された、ってこと……」


 俺の手をギュッと握りながら、華瑠亜が呟く。


「あーあ……、せっかくみんなを不安がらせないように黙ってたのに……。台無しだよ、毒島っちぃ~」と、唇を尖らせる紅来。

「そりゃあ悪手だぜ、お嬢ちゃん」


 家は金持ちでも、お嬢ちゃん……なんて柄じゃないないけどな、紅来こいつ


「非常事態じゃ、危機意識を共有してないと、いざって時に足並みが乱れる。そういう綻びからチーム全体が危機になる」


 紅来が、毒島の説明に小さく頷きながら、それでも心配そうに優奈先生の方を振り返って呟く。


「でも、不安に強い人もいれば、弱い人もいるんだよ……」

「じゃあ、どうするんだ? 第一層へのルートは消えてるし、このままキューブに篭って、いつ来るかも分からない助けを待つか?」


 みんなの視線が、自然と華瑠亜リーダーに集まる。


「そ……そうね……それも一つの手かも――」

「いえ。出口を目指しましょう」


 華瑠亜の曇り声に被せるようにそう言ったのは……優奈先生!?


「★6が出るような場所への部隊編成なんて、どれくらいかかるか分からない」


 先生の言葉に頷きながら、毒島も口を開く。


「時間がかかっても助けがくるならまだいい。だが、もしランクA以上で認定されたら、二次被害を防ぐために部隊編成自体が見送られる可能性だってあるぜ」

「なるべくリスクを回避するのは確かに大事だけど……」


 優奈先生が、ぐるりと皆を見回して言葉を続ける。


「非常事態ではリスクを一切取らない事が最大のリスクになるの」


 先生の、いつにない力強いセリフに思わず頷く愉快な仲間たち。

 紅来の方に向き直った毒島が、ニヤリと口角を上げる。


「お嬢ちゃんが思ってるよりも、あの先生の芯は強いみたいだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る