21.最大のリスク

「非常事態ではリスクを一切取らない事が最大のリスクになるの」


 先生の、いつにない力強いセリフに思わず頷く愉快な仲間たち。

 紅来の方に向き直った毒島が、ニヤリと口角を上げる。


「お嬢ちゃんが思ってるよりも、あの先生の芯は強いみたいだな」

「……そうね」と、安堵と覚悟が入り混じったような表情で紅来くくるが小さく顎を引く。

「っていうか、その〝お嬢ちゃん〟っていうの、やめてもらえますぅ? 柄じゃないんで」


 紅来の怜悧な視線を、おどけたように肩をすくめてかわしながら、毒島が全員に号令をかける。


「じゃあ、行くか。俺も任務があるからどうなるか分からねぇが……ま、可能な限りは付き合ってやるさ。そいつらには借りもあるしな」


 毒島を先頭に、隊列移動を開始する。

 第三層への階段部屋を探すため、今日は壁際ではなく、中央エリアに向かっての移動だ。


 毒島の隣には勇哉、すぐ後ろに紅来、以降は昨日と同じ並び順だ。

 唯一違っているのは俺と華瑠亜かるあが手を繋いでいるってことか……。

 二層の間はずっと、このままいくのか!?


あんた……毒島あいつに貸しなんて作ったの?」


 歩き始めて少し経ってから、華瑠亜が訊ねてきた。


「いや……俺っていうか、リリスやメアリーだけどな。メアリーは傷の治療。リリスは、ケルベロス戦で協力したから……」


 毒島にも注意されたし、リリスだけで倒したということは伏せておこう。


「じゃあまた、ケルベロス級が出てもリリスちゃんと毒島あいつで倒せるの?」

「いや、無理だな。残り魔力ではもう……リリスのスキルを使えないし、スキル無しでも一分も使役できない」


 魔力が空になった状態から一万の還元だから、まあそんなものだろう。

 そのあたりの説明は話せば長くなりそうなので、今は伏せておく。


「そういや、最初にブレスを防いだあの……〝旋風楯〟って、消費いくつなんだ?」


 リリスに訊いてみる。


「あれは三千くらいだよ」

「おっ!? 意外と費用対効果コストパフォーマンスは優秀なんだな」

「って言うか、何よ〝せんぷうたて〟って……センスない!」

「至って普通の名前じゃん……。他に、なにか技名でもあんの?」

「特に考えてなかったけど……それじゃあ、あれをB・L・A(ビューティー・リリス・アタック)にしよう!」

「いやいや、攻撃アタック要素ないじゃん!」


 すかさず紅来が振り返る。


「じゃあ、BLTサンドで!」

拷問トーチャー要素だってないだろ!」


 っていうか、サンドって言っちゃったよ……。

 メアリーがふふっ、と笑う。


「残酷剣――」

「「「却下!」」」


 こいつら、なんでもいいから、その名前を付けたいだけじゃねぇか。

 よく考えたら、あれこそダーク・ブラッディークロスがぴったりだ。


 不意に、華瑠亜と繋いでいた左手が、ギリギリと万力で締められたように痛む。


「イタタタタ……。おい華瑠亜! 握るの、つえーよ!」

「いいわね。内輪ネタで盛り上がれて、とっても楽しそう」

「このパーティーで、内輪とそれ以外で分けるほど差は――」


 そこまで話して、急に昔の記憶が蘇る。

 以前にも確か、華瑠亜と似たようなシチュエーションが……。


「そう言えば、華瑠亜と手を繋いだの、中学校以来だな……」

「ちゅうがっこう?」


 あっ、ヤバッ!

 こっちの世界じゃ、小・中・高の区分はなかったんだ!


「い、いや、あれは、えーっと……は、八年生の時、だっけ?」


 元の世界で、最初に華瑠亜と話したのは、中学二年で初めて同じクラスになってからだった。

 仲良くなったクラスメイト数人と、当時幕張で開催されていたホラーハウスイベント……いわゆるお化け屋敷のアトラクションへ出掛けたのだが、ジャンケンで俺とペアになったのが華瑠亜だった。

 強気な性格の割にホラー系が苦手だったらしく、途中からずっと手を握られた状態で回ったのを覚えている。


 思わずその時の事を思い出して口に出してしまったが……まさかこの世界でも、ホラーハウスに行ってるはずないし……勘違い、ってことで流しておくか!?

 ……とも考えたが、わずかに頬を赤らめてうつむいた華瑠亜が、小声で呟く。


「お……覚えてたんだ、肝試しの時のこと……」

「肝試し? ……あ、あ~~、ああ! も、もちろん!」


 なんだ、こっちでも似たような過去になってんのか?

 ってことは、こっちの華瑠亜も怖いのが苦手で、その肝試しとやらでは俺と一緒に回ったんだろうか?

 とはいえ、あれはそんなにロマンチックな思い出ではないんだけどな……。


「そ、そうなんだ……。紬は、すっかり忘れてるかと思った……」

「ちゃんと覚えてるよ。すごく印象的だったし……」

「い……印象的?」

「うん。あの頃から思ってたんだけどさ……華瑠亜って、意外と……」

「……う、うん」

「握力強いよな……ゴフッ!!」


 言い終わるや否や華瑠亜から、繋いでいない方の手で、わりと本気のボディーブローをお見舞いされる。

 本日二回目かよ!


「いってぇーなぁ! なにすんだよっ! あイタタタタ……」

「あんたってほんと、なんでそんな余計なことばっかり覚えてるのよ!」

「よ、余計って……余計なものとそうじゃないものの線引き、どこよ!?」


 ふと前を見ると、紅来が肩を震わせて笑いを堪えている。

 一体、なんなんだよこの、暴力コンビは!

 再び、俺の手を握る華瑠亜の手に力がこもる。


「だからおまえは、強く握り過ぎなんだってば、手……」


 と、そこまで話して不意にドン、と何かにぶつかる。紅来の背中だ。

 気がつけば、紅来だけじゃなく、先頭の毒島と勇哉も歩みを止めていた。


「紬……あれ……」


 隣でそう呟いた華瑠亜の瞳孔が、いつの間にか赤く輝いている。

 ――夜目ナイトアイ

 華瑠亜の視線を追って、俺も前方に広がる薄暗い空間を凝視する。


 皆が足を止めた理由はすぐに分かった。

 乱立するキューブの間隙や屋上に散りばめられた、無数の魔眼。


「け……洞窟犬ケイブドッグ!?」

「いや……」と、俺の呟きに首を振る毒島。

「ありゃぁ……ティンダロスハウンドの群れだ」


 ティンダロスハウンド? どこかで聞いたことがある名だ。

 そう、確か昨日〝焼き豚部屋〟で華瑠亜が、★3の犬型モンスターを列挙していた時に出していた名前の一つ。


 でも、★3ってだけじゃない。

 何かまだ、特別な属性について説明していたような……。

 そうだ。あいつら確か――


不死系アンデッドモンスター……?」

「正解。常識だけどね」と、目の前の紅来が相槌を打つ。

「でも、なんで……。アンデッドって確か、墓地セメタリー系ダンジョンにしか出現しないはずじゃ?」

「普通はな。だからこそあいつら、今のトミューザムの最大のリスクかもしれねぇ」


 まるで、アンデッドが出現することを予期していたかのような口ぶりの毒島。

 同時に、腰にいた太刀を抜く。

 刀身が碧色に輝く美しい片手剣だが、毒島の巨躯と強面の相貌にはいささか不釣り合いな印象を受ける。


 不死系って確か……普通の武器じゃ対抗できないんだったよな?

 どうするんだよあれ!?


 気がつけば、冥府から漂ってきたかのような死臭が、俺たちの周囲に充満していた。

 俺の左手をさらに強く握る華瑠亜。

 冷たい汗が滲むその右の掌を、俺も強く握り返した。

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