第十五章 トミューザム 編 ~ブルー覚醒

00.【幕間】二等平民

 二等平民――そういった階級が公に定められているわけではない。

 国から生活支援を受けている貧困家庭を示す隠語だ。

 白浦峰聖しらうらみねひじりが生まれたのも、そういう家庭だった。


 生活支援とは、怪我や病気などが理由で生活に必要な最低限の収入を得られない家庭を援助するために始まった互助制度だ。

 しかし、要援助の理由を虚偽申告し、不正に援助金を受ける者が後を絶たないことから、いつしか〝二等平民〟などという蔑称が暗に囁かれるようになった。


 支給を受ける条件はいくつかあったが、働き手に身体的な障害があること……以上に最も重視された条件は〝高等院以下の子供がいること〟だった。


 逆に言えば、生活援助は子供が高等院を卒業して就職するまで続けられる。

 そして、卒業後の就職先も決まっている。


 ――自警団だ。


               ◇


 聖も、高等院を卒業後、三級プリーステスとして自警団に入団した。


 二等平民出身者は、退魔院へ進学することなく自警団に入団することができる……と言えば聞こえはいいが、実情はそんな特恵とっけい待遇とは程遠い。


 二等平民出身者の給金は、退魔院卒の半分程度であるのに加え、生活援助が打ち切られた実家への仕送りもあるため、手元に残るお金は雀の涙ほどもない。

 配備も、比較的安全な都市部ではなく辺境地任務を命ぜられることがほとんどだ。


 もちろん、聖とて例外ではない。


 二等平民上がりでも就くことができる二級、あるいは、せめて準二級まででも昇級できれば、だいぶ生活は楽になる。

 しかし、魔法適正・魔臓活量ともにそれほど高くなかった聖が、プリーステスとして昇級していくことはほぼ絶望的だった。


 かといって、決して強いとは言えないフィジカル、先天性白皮症アルビノの特有の〝弱視〟、そして紫外線対策の必要性――

 それらもろもろの悪条件を鑑みれば、ジョブチェンジの検討も現実的とは言えず、退団まで三級プリーストであろうと聖自身も諦めていた。


               ◇


 転機は、十九歳の時、とあるレスキュー任務に参加した際に訪れた。

 洞窟潜入の任務中、地中深くに没却ぼっきゃくされていた墓地系セメタリータイプの人工ダンジョンを偶然発見したのだ。

 ほどなくして、洞穴内で突発的に発生した大量の不死系アンデッドモンスターに囲まれ、対策を施していなかったパーティーは窮地に陥った。


魔道小杖マジカルワンドを……貸してもらえませんか?」


 洞窟内でアンデッド達に包囲されれ、行き場を失ったパーティー内で、不意に発せられた聖の言葉。

 もちろん女魔法使いソーサレスは「え?」と、怪訝そうに眉をひそめる。

 ……が、術の発動は、自警団の標準装備である速射術式用の魔道グローブで行う。

 今、この状況で予備のマジカルワンドを手放したところで、これ以上事態の悪化を招くとも思えなかった。

 それよりも――。


「なにか……考えがあるの、聖?」


 たとえ根拠はなくても、わずかでも事態が好転する目算アイデアがるなら、どんなことでも試したい――

 危機に直面した者の思考が辿る、当然の帰結だ。


 マジカルワンドを手渡しなら、それでもいぶかるように小首を傾げるソーサレス。

 無言でワンドを受け取った聖が、ちょうど後方から近づいてきた三体のゴブリンゾンビにワンドの先を差し向けると、静かに口を開いた。


「消え去れ……」


 ワンドの先端で、粒子状の白光が不規則にぜた次の瞬間……白銀の半球ヘミソフィアがゴブリンゾンビを包み込む。

 通常攻撃では決して止めることのできない不死の戦士が、半球の中で瞬く間に全壊し、その残滓ざんしは落ち散る間もなく霧消した。


「ひ……聖、おまえ……〝聖者セイント〟だったのか!?」

「セイン……ト?」

「今の……死霊浄化ターンアンデッドだろ?」


 ターンアンデッド……。今のが?と、わずかに眉根を寄せる聖。


               ◇


 死霊浄化術。

 それが、精霊界と交信できるごく限られた術者のみが扱える究極の対不死アンデッド魔法だと聖が知ったのは、件の洞窟を脱出できたあとだった。


 聖にとって精霊は、幼い頃から無意識のうちに感知していた、ごく身近な存在だった。

 しかし、両親にその存在について語っても、返ってくる答えは決まって『くだらない嘘をつくな』だった。


 物心が付くころには、その〝不思議な存在〟を感じ取ることができるのは自分だけであり、誰かに話したところで奇異の目で見られるだけだと悟った。

 先天性白皮症アルビノという特殊な外見も、それに起因しているのではないかと、幼心に思うようにもなった。


 国からの援助で高等院へ通うようになってからは、折を見ては自己流で不思議な存在――〝精霊〟の研究と観察を続けた。

 精霊術者にしか察知できないような低級な動物霊を、精霊力、神聖魔法、そして、魔導の力を掛け合わせることで浄化させられることに気付いたものこの頃だった。


 通常、精霊界との交信は、聖職者になったのち、さらに才能のある術者が何年も修練を重ねてようやく達成できる、魔法の真理とも言うべき秘術だ。

 それを年端もいかぬ少女が無意識にやってのけているなど、精霊の知識を持つ者ですら……いや、持つ者にとってはなおさら、考えも及ばない出来事だったのだ。


               ◇


「今回は本当に、聖がいてくれて助かったぜ!」


 洞窟を脱出したあと、聖を待っていたのは驚嘆と感謝の賛辞だった。

 人生の中で、他人ひとに助けられたことはあれど、人助けをして、ましてや助けた人から感謝をされたことなど一度もなかった。


 もちろん、自警団では、プリーステスとしてメンバーの回復や治癒に努めてはきたが、三級術者の弱い魔法効果にいちいち感謝する者などいない。

 いや、それどころか、きちんと施術ができて当たり前の支援職だ。

 聖の不十分な魔法効果に不平を述べる者すら珍しくなかった。


 聖にとって救済とは〝幸福な者〟が〝不幸な者〟に施す献身と慈善の行為であると同時に、幸福な者による〝幸福を維持するために負うべき責任ノブレス・オブリージュ〟でもあった。

 ずっと不幸な――少なくとも、幸福とは言い難い人生を歩んできた自分が、他人を救済できるような立場に立つなどと、考えたことすらなかった。


 しかし、このアンデッド撃退事件以来、聖の意識は大きく変化することになる。

 自分にも、他人から感謝をされるような力があるのだと。

 同時に、聖が抱いていた救済の定義と現実の間にも、若干の隔たりがあったのだと思うようになった。


 幸福だから他人を助けるのではない。

 他人を助けられる者こそが幸福なのだ。

 そして、この浄化の力こそ、自分を幸福にしてくれる〝神の恩恵ギフト〟なのだ……と。


               ◇


 その後、聖の噂はすぐに広まり、退魔兵団の間でも囁かれるようになる。

 百人の優秀な聖職者に修練させてなお、一人生まれるかどうかというのが〝聖者セイント〟だ。育成には当然、莫大な費用がかかる。


 アンデッドを相手にしなければならない場面は多くはない。

 しかし、いざ出現したとき――特に、高ランクのアンデッドを相手にする時に絶対に必要になるのも〝聖者セイント〟だ。


 二等平民出身で退魔院も出ていない聖が、退魔兵団に特例として引き抜かれるまでに、そう長い時間はかからなかった。

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