02.あたしも一緒
「言ったでしょ。次にあんたが逸れる時は、あたしも一緒だって……」
「バカヤロ……」
〝バカ〟という言葉が
だが、とにかく、妙に冷めていた思考が一気に過熱する。
自分さえ
華瑠亜が一緒となれば話は別だ。
メアリーの
……が、そこは理屈じゃない。
仲間が……女の子であれば特に、魔物に噛み付かれる場面などただ単純に見たくない。
時間が経てば経つほど不死犬たちも集まり、階段部屋を取り巻く状況も悪化しかねない。
一刻も早く、ここを突破しなければ!
背中合わせで寄り添う俺と華瑠亜に向かって、一斉に襲いかかってくるハウンドたち。
最初の数頭を六尺棍棒で次々とぶっ叩く。
俺の後ろで、華瑠亜も何頭か仕留めたようだ。
……が、新手もまだ二十頭以上。
数、多すぎないか!?
最初の迎撃で、もともと手薄だった包囲の一部に
「今だ! 行け!」
ツインテールの間から背中を押すと、華瑠亜も慌ててこちらを振り返る。
「あ、あんたも!」
「大丈夫! 行くから!」
俺のシャツを掴んで逡巡する華瑠亜に、こちらも必死で声をかける。
行くには行くが、最後尾でこれだけの数を牽制しながらでは、やはり何頭かに食いつかれるくらいの覚悟は必要だろう。
そういうのは男の役目だ……と、やや自棄的にほくそ笑みながら、再び後方へ向き直る。
ま、犬に咬まれるくらい、
飛びかってくるハウンドを睨みながら思考を加速させていたその時、不意に身体を締め付ける、しかし、この場に似つかわしくない柔らかな感覚。
な……なんだ!?
とりあえず、飛びかってきた数頭を叩き落してから急いで視線を落とす。
俺のみぞおちのあたりに見えたのは……後ろから抱きつくように回された華瑠亜の左腕。
「おい! ちょっとま……」
「一緒だって言ったでしょ!!」
俺の背中に顔を埋めながら叫ぶ華瑠亜の声は、わずかに涙交じりのように思える。
かなり感情が昂ぶっているようだ。
冒険譚の主人公的には盛り上がるシチュエーションかもしれないが、実際にそんな場面に出くわすと――、
ちょっと待て! 時と場合を考えろ!
抱きつくなら落ち着いてからにしてくれ!
……おちおち盛り上がってる場合ではないのがよく分かる。
容赦なく飛びかかってくるハウンドの群れ。
このままじゃ、俺だけじゃなく華瑠亜まで――
「リリズぢゃん!!」
思わず、といった様子で、華瑠亜の鼻声が
……と同時に、襲ってきた不死犬たちが一斉に宙に弾き返され、スローモーションで宙を舞った。
目の前に風のごとく現れたのは……リ、リリスたん!?
すっかり忘れてたが、そういやこいつ、どこにいたんだろう? というかまだ、おっきくなれたのか!?
「長くは持ちません。ご主人様、早く!」
エプロンドレスの裾をなびかせてながら、振り向いて叫ぶ。
その横顔に、珍しく焦りの色を浮かべて――。
恐らく、残魔力がギリギリなんだ。
ここでまたLP(ライフポイント)でも削られたら、今度は起きれないぞ。
リリスたんの跳ね上げたハウンドが、着地後すぐに復活して襲いかかってくる。
ADSTの加護がない彼女の攻撃ではアンデッドは仕留められない。
……が、数秒の足止めであればなんとかなりそうだ!
「走れ! 華瑠亜!」
俺の身体に回された華瑠亜の左腕を掴んで踵を返す。
階段部屋までの距離、約二十メートル!
リリスたんを楯にしながら二人で一気に駆け抜ける。
ちょうど、階段部屋周辺を一掃した紅来と勇哉が、俺と華瑠亜と入れ替わるように後方へ割って入り、追ってきたハウンドを迎え撃つ。
「早く中へ!」
紅来の言葉に背中を押されるように、もんどりうってキューブの中へ転がり込む俺と華瑠亜。
間を置かず、いつの間にかチビメイドに戻ったリリスも飛び込んでくる。
そして、最後に入ってきたのは追っ手を始末した紅来と勇哉。
「魔物に侵入されたら強制的に
入ってくるなり叫んだ紅来の声を聞いて、壁に駆け寄ったのはメアリーだ。
「閉めますよ!」と、メアリーが文字盤に触れようとしたそのとき……。
「待って!」
優奈先生が制止する。
さらに、出入り口まで駆け寄り、外を睨んで声を張り上げる先生。
「毒島さんっ! 早く!!」
そうだ……毒島がまだ外に残っているんだ!
俺も立ち上がり、先生の横から視線を外に走らせる。
五十メートルほど先に、何十頭という不死犬の群れの真ん中で、孤軍奮闘〝玄武〟を振り続けている毒島の姿が見える。
「メアリー、結界は張れるか!?」
「張れますが……
そうなのか……くそっ!
「俺のことはいい! さっさと上に行けぇ――っ!!」
あいつがあそこでハウンドの
毒島がこちらへ来れば、即ち、あのハウンドの群れも引き連れてくることになる。
そうなれば再び、ここで待つ俺たちが標的にされる可能性も――。
「できませんっ! 早く、毒島さんも……!!」
ニヤリと笑った……ように見えたのも一瞬、すぐに鬼のような形相に変わる毒島。
「行けったら行け、このバカ教師がっ! おまえの役目は何だ――っ!?」
「私の……役目……」
「
「ぶ……毒島さ……」
両手を口に当てた優奈先生の目尻から、わずかに光るものが流れる。
しかし毒島も、こちらへ近づくどころかむしろ、少しずつ距離を取るようにジリジリと離れて行く。
分かる……俺たちがここにいる限り
「先生、行きましょう! 俺たちがここにいる限りあいつはここに近づけません。あいつのためにも……早く!」
「綾瀬……くん……」
「メアリー! 扉は開けっ放しだ。後から毒島も入れるように!」
「は、はいパパ!」
先生、早く……と、優奈先生の手を取る紅来。
頷く先生を囲むように、全員で階段を上っていく。
死ぬなよ、毒島!
◇
(ったく……俺も焼きが回ったな)
何十頭……いや、奥に控えてる連中も含めれば有に三桁は超えるだろう。
薄闇から際限なく湧いてくる不死犬の群れを前に、毒島が自嘲気味に苦笑いを浮かべる。
優奈先生の言葉に従って階段部屋へ向かえば、毒島も含め、全員が助かった可能性は高い。
しかしそれは、何頭かの
いや、何頭かで済めばまだいい。
もう少し近づけば、何十頭もの不死犬たちが階段部屋の方へ雪崩れ込む可能性もあった。
キューブ内に魔物が侵入して施錠できない状態が続けば、ある程度の負傷は避けられない。
そうなれば、いくら〝
深く考える余裕はなかった。
短時間で選択を迫られた毒島の本能が導き出した決断は――自己犠牲?
(いや、そんなカッコイイもんじゃねぇな……)
次々と襲い来るティンダロスハウンドを退けながら、口の端を吊り上げる毒島。
あいつらの痛がる姿を見たくねぇ……ただ単純に、そう思っただけだった。
任務の達成を最優先に考えれば、民間人の一時的な怪我など度外に置くのがセオリーだろう。事実、これまではずっとそうしてきた。
なのになぜ……。
(なんで今回に限って?)
毒島も心の中で首を傾げるが、それを熟慮できるほどの平常心を、絶え間なく襲い来る不死犬たちは与えてくれない。
とにかく今は、ここを切り抜けることだけに集中だ……と、自らに言い聞かせて太刀を振る。
残りまだ二層あるとはいえ、最上層の第四層は祭壇部屋だけ。
実質、残る攻略フロアは第三層のみだが、規模は第二層の半分だ。
最大の脅威だったアンデッド対策も、
(つまり、ここが正念場だ!)
あと少し、毒島が第二層で粘り、三層へ登った学生チームも部屋を出れば階段の接続先も変わる。
そうなれば、万が一
(あと十分も粘れば大丈夫だろう。問題は、
飛びかかってきた五頭のうち、三頭をほぼ同時に斬り伏せる。
一頭を
さらに絶え間なく襲い来る不死犬の群れに厳しい視線を送りながら、胸ポケットから
★3程度のアンデッド相手なら、退魔剣から伝わってくるのは
――どころか、ますます鮮やかさ増したようにも見える碧影をちらと見ながら、ジワリと階段部屋の方へ移動を開始する。
体力が続く限り、いくらでも戦い続けられそうだ。
やはり、
(これだけアンデッドが湧いてるということは、間違いなく
◇
「つかまれ!」
俺の目の前に、上階から勇哉の右手が伸びる。
俺も右手を差し出し……しかし、掴まずにパンッと目の前の手を打ち払った。
「大丈夫。へばっちゃいないって」
そう断ると、ニッと笑って一人で上階へよじ登る。
だが、ただでさえこの世界では力不足を痛感させられる場面も多い。
女子ならともかく、こんなちょっとしたことでも荷物にはなりたくないという感情が、知らず知らずのうちに強がった行動に現れてしまう。
第三層へ登ったのは俺が最後。
階層が変わったせいか、どこか、
上では既に、優奈先生が順番にADSTをかけ直しているところだった。
あれだけの修羅場を越えてきたわりには意外と疲れはない。
実感はないが、
ADSTをかけ終わった華瑠亜と、ふっと目が合う。少し目が赤い。
「怪我は、ないか?」
「う、うん……。紬は?」
「大丈夫。リュックは取られちまったけど……」
そういって――恐らく苦笑いになっていただろうが――笑ってみせると、ようやく曇っていた華瑠亜の顔にも少しだけ笑顔が戻る。
正直、サバイバルグッズ……特に水を失ったのはかなり痛い。
これで、是が非でも短期間で脱出をしなければならなくなったわけだ。
「いいわよ荷物なんて。あんたが無事なら」
「ま、俺の方は、おかげさまでこの通り。さっきは……ありがとう」
俺がティンダロスハウンドに囲まれたとき、華瑠亜が戻ってくれてなければ、完全にキューブへの退路が絶たれていたかもしれない。
最終的に、無傷で包囲を突破できたのはリリスのおかげだが、寸刻の使役だけで不死犬の包囲を突破できたのは、華瑠亜が退路を確保してくれていたのも大きい。
だが……ちょっと待てよ?
「リリス……おまえ、俺以外の指示でもおっきくなれるの?」
「は? もともと、誰の指示を待たなくても、私の意志でなれるよ」
確かに、そう言えばそうだったな。
「で、でも……待て待て! それじゃ拙いから俺の指示だけに反応するように約束したんだろ? そんな気軽にポンポン……」
「あ、あのね! 紬くんの体は私の体でもあるんだから、場合によっては私の判断でおっきくなることだってあるよ! け、決して、聞き間違えたわけじゃないから!」
聞き間違えたんだな、こいつ。
ま、とはいえ、あの場面はリリスに助けられたのも事実だ。
今回に関しては不問にしておいてやろう。
しかし、これで完全に、第三層以降はリリスが使えなくなったってことか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます