05.勝負

「いよいよ、明日が勝負か……」


 二つの茶色い小瓶に入った、つむぎの爪と可憐かれんの毛髪を手に持って眺めながら華瑠亜かるあが呟いた。

 胸元に視線を落とすと、ライフテールが暖かな黄色い光を放っている。

 華瑠亜の独り言が聞こえたのか、二段ベッドの上段から紅来くくるが顔を出して下段を覗き込む。


「何だ、まだ起きてたの?」

「うん……なんだか寝付けなくて」


 シルフの丘の簡易宿泊施設では、女子が四人ルームを、男子二人は、それぞれカプセルルームを借りて一晩過ごすことになった。

 通路を挟んだ隣のベッドからは、先ほどまでゲームがどうのBLがどうのと、華瑠亜にはよく解らない話をしていたうらら初美はつみの寝息が聞こえてくる。

 せっかくの二段ベッドなのに、二人揃って下段に並んで就寝中だ。

 

「なんか、夢中でやってきたけどさぁ……冷静になると、こんなガラクタみたいな道具でほんとに召集魔法コールの効果なんて得られるのかな、とかさ」

「正直……アイテムの効果に関しては、私は半信半疑」


 紅来の言葉に華瑠亜が一瞬目を見開くが、直後には さもありなん・・・・・・と言った様子で目を瞑ると、深い溜息を漏らす。


「やっぱりそうよね。明らかに胡散臭いしね……」

「まあでも、それはさておき、紬と可憐の事はそんなに心配してないんだよね」


紅来の言葉に、再び華瑠亜が目を開ける。


「どうして?」

「状況的に見て、川に落ちた場所から数キロ……もしかすると一〇キロ以上は移動してることになるけど、生きてるってことは川から脱出はしてるわよね」

「うん」

「岸に上がったと考えて、でも、食料も明かりも無い状態で、闇雲に地底を一〇キロも移動するなんて不自然な話でしょ? しかも、あの慎重な可憐が一緒で」

「確かに……そうね」

「つまり、体温の確保や、食料、明かりなんかも何らかの方法で解決して、且つ、何か目的を持って移動してると見て間違いないと思うのよ」


 しかしまだ、華瑠亜の心に釈然としない何かが残る。


「何らかの方法って、何よ?」

「そんなの私だって解らないけどさぁ……確か、可憐は火打石を持ってたはずだし、食料も、水だけだって結構生きられるよ。いざとなれば虫もいるし……」

「体温は? 地層が深くなれば更に寒くなってるかもよ?」

「それはほら、あれだよ……定番のあの方法……」

「定番?」

「裸になって抱き合うって言う、あれ……」

「んなわけあるかっ!」


 華瑠亜が下から思いっきり、上段のベッドの底を蹴り上げる。


いったっ! めてよ! 今、ベッドからもバキって音したよ!?」

「紅来がくだらない冗談言うから」


 確かに半分冗談ではあったが、しかしもう半分は、本気でそういう可能性だってなくはないと、紅来は考えている……が、それは敢えて口にしない。

 紅来がするすると梯子を伝って下に降りて来る。


「私たちも一緒に寝る? 麗と初美こいつらみたいに」

「何でよ? もう蹴らないわよ」

「そう言うんじゃなくてさ。華瑠亜、寝付けないみたいだし」

「この幅に二人並んでなんて、もっと寝難いんじゃないの!?」

「嫌なの?」

「べつにそう言うわけじゃないけど……」

「じゃ、いいじゃん!」


 こんなことならツインで良かったじゃん、とぶつぶつ呟く華瑠亜を横目に、紅来がするりとベッドに潜り込む。

 ふわりと、華瑠亜の髪から石鹸の柔らかな香りが漂う。


「山中だし、夜だから今は涼しいけど、さすがに昼になったら汗だくよ?」

「大丈夫、そんなにゆっくりしてないよ。明日は早朝に出発するでしょ……って言うかさ! 華瑠亜、また胸大きくなった?」


 紅来が、華瑠亜のTシャツの中に手を入れて華瑠亜の胸の感触を確かめる。


「ち、ちょっと! 何やってんのよ! 止めてよ!」と言いながら、華瑠亜も、シャツの上から紅来の乳房を鷲掴みにする。

紅来あんたに言われても嫌味にしか聞こえないわよ!」

「確かにD班じゃ私が一番大きいとは思うんだけどさぁ……ライバルがいるとしたら、それは華瑠亜だと思ってるんだよね!」


 そう言いながら紅来がもう一方の手も使い、両手で華瑠亜の胸を揉みしだく。


「そんなライバルに指名されても、嬉しくないわ……」よっ! と、紅来の胸を掴んで押しやろうとする華瑠亜だが、狭いベッドの中では限界がある。

「あ~、なんか、人の胸を揉むのって、気持ちいいわぁ……」


 華瑠亜の抵抗など意に介さず、一向にシャツから手を出さない紅来。


「ちょっと紅来あんた、そういう趣味あるんじゃないでしょうね? 私はノーマルだからねっ!? 変な気持ちになってくるから、ほんとに止めて!」

「変な気持ちにさせてんのよ」と、紅来がクククッ、と笑う。

「こらっ!  止めなさい! 紅来っ!!」


 華瑠亜が思いっきり紅来を突き放そうとして両腕を伸ばしたその時、華瑠亜の背中からピシッ! という、嫌な破砕音が聞こえた。

 華瑠亜と紅来の動きが止まり、薄闇の中で目を見合わせる。

 恐る恐る華瑠亜が振り返り、ライフテールの明かりで音がした辺りを照らす。


 そこには、ヒビの入った二つの茶色い小瓶が転がっていた。


               ◇


「四枚チェンジ!!」


 なんでやねんっ!!!


 バッカスの宣言コールを聞いた瞬間に握ったガッツポーズの拳で、そのままリリスの頭を殴り倒してやりたい衝動に駆られる。

 あの手で四枚チェンジだって!?

 テーブルの上で、リリスがカードを四枚蹴り出す。

 リリスの手札から、ハートの⑨、⑩、JジャックQクィーンが無常にも捨て札に移動した。


 堪らず、リリスに駆け寄って耳打ちをする。


リリスおまえハンド知ってるんじゃなかったのかよっ!?」

「知ってるわよ! スペードのAエースが一番強いんでしょ!?」


 それは役じゃねぇよ!


「四枚チェンジの手で勝負コールかよ? おまえんとこの使い魔は変わってるな?」


 高笑いを辛うじて我慢しているかのようにバッカスが頬をヒクつかせる。

 さすがに、リリスがポンコツなことに気づかれたか?

 バッカスが、配られた一枚のカードに手を伸ばす。

 チラリとカードを覗いた後に、再びリリスと俺へ視線を戻した。


 どうした? 奴の手は何だ!?


 バッカスが、最初の手札四枚をサッとオープンにする。

 クラブの④、⑤、ダイヤ⑥、そしてハートの⑦。


 やはりストレート狙いだ!

 ストーレト崩れの役なしブタか、せめてワンペアなら充分勝算はある!

 バッカスが、交換した残り一枚のカードをゆっくりと捲る。


 スペードの⑧!!


「ストレートだ」


 再び、グフフ、と笑いながら唇を歪ませる。

 作ってきやがった、ストレート……。


 リリスも、手元に残したカードをオープンにする。当然、スペードのAエースだ。更に、配られた四枚のうちの最初の一枚を裏返す。


 ハートの⑤!!


 思わず俺は、頭を抱えてしゃがみ込む。

 一枚チェンジだったらフラッシュで普通に勝ててたじゃねぇか……。


 更に、次のカードを裏返すリリス。

 スペードのAエース


「紬くん、きた! スペードのAエース、二枚目!!」


 一〇四枚使ってるから、同じカードが来る事は確かに有り得るよな。

 満面の笑みで振り返るリリスに向かって、俺も力なく微笑み返す。

 但しそれは、単なるワンペアなんだよ、リリス……。

 更に、リリスが次のカードをオープン。


 ハートのA。


 ん? これで、Aのスリーカード――――

 と言う事は、残り一枚、⑤ならフルハウス、Aならフォーカードか!

 ラスト一枚に逆転の目が残った!!

 それを見てバッカスの顔からも余裕の笑みが消える。


「さっさと全部捲れ!」と、やや苛立ったようにバッカスが呟いた。

「何よもう……こっちが勝ったようなもんなのに……」と、ぶつくさ言いながらリリスがしゃがんで最後のカードに手を掛ける。

 リリス的には、一番強いスペードのAが二枚も来た事ですっかり戦勝気分らしい。


「リリスっ!」と、思わず俺も声を掛ける。

「ん?」


 俺の声にリリスが気を取られ、手元が滑って最後のカードを床に落とした。

 俺は急いで落ちた最後のカードを拾うと、確認しながらゆっくりと持ち上げてテーブルの上に叩きつける。

 最後のカードは――――


 スペードの⑤!


「フルハウスッ! どうだぁぁっ!!」


 チィッ! と、バッカスの大きな舌打ちが聞こえた。


「四枚チェンジでフルハウスだと? 馬鹿げてる!」


 自分の五枚のカードを捨て札の山に投げると、魔具が入ったジュエルケースを掴んで、ほらよっ! と投げてくる。


 おいおい! 宝具を投げんなよっ!

 慌てて受け止めて蓋を開けると、先ほど見た指輪が、神秘的な光を放ちながら収まっている。

 ほ、ほんとに、手に入れちまった、MP変換魔石。しかもムーンストーン!!


 早速、左手の人差し指に嵌めてみる。

 サイズはぴったりだ。……と言うか、嵌めた瞬間、ゆるゆるだったリングが人差し指を締め付けるように縮んだ気がした。


 グフ……グフフ……グフフフフ……。

 不気味なバッカスの含み笑いが室内に響く。


「ガッハッハッ! こいつ、呪いの指輪を嵌めやがった!!」

「の、呪いの指輪!?」

「そうだ。そいつは、一度嵌めたら新月の夜まで取る事は出来ない呪いの指輪! そして、嵌めている限り大量のMPをマナに変えながら放出し続けるんだ!」


 なるほど……だからか。

 勝っても負けてもこちらを陥れられるような条件だったから、勝負を吹っかけたってわけね。

 もしポーカーに勝っていれば、メアリーの身柄を奪い返した上で、何だかんだ理由をつけて指輪も俺に渡す……という算段だったのだろう。

 小物の考えそうなことだ。


「指を切り落としても無駄だぜ! 呪いの効果は正常に指輪を外さない限り継続されるからな!」


 MP変換量は、普通の変換魔具の約二〇倍だっ! と、バッカスが解説を続ける。

 何だかんだ言ってあれこれ教えてくれるし、意外と親切な奴かも知れない。


「普通の変換魔具って、どのくらいなの?」と可憐に訊ねてみる。

「一時間で二MPから、高変換と言われてる物でも五MP程度だろう」

「ってことは、こいつはせいぜい、一時間あたり一〇〇MPってとこか?」


 バッカスが笑いをこらえながら口を開く。


「何がせいぜいだ? 低く見積もっても一日で千近く、下手すりゃ二四〇〇MPも持っていかれるんだぞ? おまえらのMPなんてせいぜい数百がいいところだろ?」


 確かに、MPが無くなれば体力が削られ、それも尽きれば衰弱し、いずれ死ぬ。

 この世界の普通の・・・人間にとっては危険な呪いだろうな。

 しかし――――


「なんか喜んでるところ悪いんだが、俺のMPは約一〇万だ。しかも、一晩で少なくとも半分程度は回復するらしい」


 バッカスのみならず、室内のノーム全員の目が点になる。


「じゅ……一〇万……だと? んな馬鹿な?」

「しかもだ……」と言いながら、俺は指輪を人差し指からスポっと外す。

「俺には呪いも効いてないみたい」


 目が点のまま、今度は全員の口がぽかんと開いて塞がらなくなる。

 辛うじて、バッカスが声を震わせながら言葉を発した。


「こ、この世界の人間なら、呪いに抗えるはずねぇんだぞ? おまえ、何者だ?」


 悪いな。この世界の人間じゃなくて・・・・・・・・・・・・

 とりあえず、長居は無用だ。

 あれ・・がバレたら面倒臭そうだし……。


「じゃあ、とっとと長老衆の所とやらに案内して貰おうか?」


               ◇


 バッカスから案内を命じられたカールの後ろから、俺たちも付いて行く。

 地面に降り立つと、「パパ……」と、メアリーが話しかけてきた。

 今度は、目立たぬよう最初からフードを被っている。


「何だ?」

「えっと、その、ありがとうなのです。一応、お礼は言っておくのです」

「ああ、うん。責任取るって約束したからな。もうメアリーおまえを泣かせるような真似はさせない」

「じゃあ、やっぱり、ケッコン――――」

「だぁぁぁ~~! 待て待て、その話は今はダメだ!」


 俺の大声を聞き、カールが振り向いてギロリと睨む。


「と、ところでメアリーはさ……ここに戻ったら、その……“夜の相手” みたいなことさせられるかも、って、解ってたのか?」

「そうですね。メアリーくらいの歳でもそうやって他の家族の世話になっている人もいますし、覚悟はしていましたよ」


 なんてこった……。実質七歳くらいの子供だってのに、俺はそんな覚悟をさせてここに連れてきてたのか。

 魔物が出る以外は比較的平和そうな世界に見えていたが、やはり、人権に対する感覚なんかは二十一世紀の先進国に比べれば立ち遅れているのだろう。

 その辺りは俺も、充分注意しながら物事を判断していく必要がありそうだ。


「ちょっと嫌ですが、でも、誰に体を許しても魂はけがれません。なので、それでパパやママが安心するなら、それでも良いと思ってました」

 

 そんなわけあるかっ!

 バッカス達にほとんど裸にされて大粒の涙を流していたメアリーを思い出す。


「言っただろ? 俺が責任取るって。もうメアリーは俺の使い魔だ。あんな奴らの勝手にはさせない!」


 あんなことが許されていいはずがない。

 あんな思い、メアリーにはもう二度とさせられない!


 その時、ポケットに突っ込んだままの俺の左手を、可憐がグイっと掴む。


「ん? どうした?」

「チーター紬、復活か?」

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