06.チーター紬

「チーターつむぎ、復活か?」


 可憐が、何かを探るような眼差しで俺の目を覗き込む。


「な、何のことだよ?」


 答え終わるのを待たずに、可憐が俺の左手をローブのポケットから引っ張りだす。

 握られてクシャクシャになっているのは……さっき使っていたプレイングカード。

 慌てて、もう一度左手をポケットに突っ込む。


「や、止めろよ! 危ねぇな……」

「それは?」

「これは……あれだ、リリスが最後に落としたカードだ」

「それは、お前がポケットに突っ込むのを見てたから知ってる。なら、最後に出したカードは何だ?」


 上手く隠せたと思ったんだが、可憐には見られていたか。


「あれは、ほら、三ゲーム目にもリリスがカードを落としたことあっただろ? あの時に、もしかしたら何かに使えるかもと思って、一枚抜いておいたんだよ」

「それがたまたま、⑤だったと?」

「ああ……。言っておくけど、最後の場面を予想してたわけじゃないからな?」

「それはそうだろうが……」


 そう言うと可憐はフッと笑って、意外と油断ならない奴だ、と呟く。


 カードを配るディーラー役はビッカスだったが、一、二ゲーム目を見ている限り、捨て札の枚数を確認している様子はなかった。

 部屋もかなり薄暗かったし、三ゲーム目でリリスがカードを落とした時に抜き取ったのは咄嗟の判断だった。


 四ゲーム目、ラストカードが⑤ならフルハウスという場面でリリスの名を叫んだのは、何とかカードを摩り替える隙を作りたい一心だったのだが……。

 まんまとリリスがカードを落としてくれた瞬間、勝利を確信した。


 ばつが悪くなってすくめた俺の肩を、可憐がポンと叩く。


「まあ、いいんじゃないか? 馬鹿正直なだけじゃ、背中を預けるパートナーとしては少々不安物足りないからな」

「へえ~。じゃあ、俺は合格?」

「う~ん……もうちょっとだな」

「はいはい。精進しますね」


 ところで……と、可憐が再び俺の右手に視線を落とす。


「最後のカード、実際は何だったんだ?」

「さあ? そんなの確認しないで、とにかく摩り替えるのに必死だったから……」


 カールに見つからないように気をつけながら、もう一度カード出してみる。

 左手の中でグシャグシャになったカードをそっと広げてみると――――


 クラブのエースだった。


 思わず、可憐と目を見合わせる。

 俺が何もしなくても、Aのフォーカードだったのかよ。


「どうしたの? 二人で見つめ合っちゃって?」

「い、いや、何でもない」


 リリスの問い掛けに、横目で右肩を見ながら答える。

 ラッキーリリス……無駄に運を使い過ぎじゃね?


 と、その時、「ねえ紬くん! ちょっと見て、これ!」と、再びリリスの声。

 同時に、右肩からリリスの重みがフッと消える。

 あれ? と思ってもう一度右肩を見ると……リリスがいない!?


「こっちこっち!」


 声が聞こえた方向……右上を見上げてみると――――

 と、飛んでるっ!?

 リリスがふわふわと宙に浮いている。

 背中には小さなコウモリの羽のようなものが見えるが……飛ぶために充分な大きさにはとても見えない。

 恐らく、揚力を得るためと言うより、魔力を使ってる目印のようなものだろう。


「と、飛べたよ、紬くんっ!!」

「そ……そうみたいだな」


 そう言えばもともと、高変換の魔石が欲しいと思ったのはリリスこいつのためだった。

 やはり、俺のMPをマナの形に変換してやれば、リリスでもこの世界のことわりのっとった魔法を使うことができるらしい。


「あの指輪を付けてから急にマナっぽいMPが沢山流れ込んでくるようになったから、もしかしてと思ったんだけど……どう? これっ!?」

「…………」

「紬くん? 何か、感想とかないの?」

「ん~っと……あんまり上を飛ぶと、パンツ見えるぞ……。あ、いたっ!」


 リリスが素早く近づいて、俺の頭にチョップを入れる。


「よし! これなら突っ込みもスムーズね」


 そう言いながら再び右肩に腰を下ろすと、背中の羽も消える。

 どうやらあの羽は、実体ではなく半物質エクトプラズムのようなものなのだろう。


「なに? また座るの?」


 久々の(?)飛翔にはしゃいで、しばらくは飛び回っているのかとも思ったがそう言うわけでもないらしい。

 尤も、そんな目立つ事は早々にめていただろうが。


「そりゃそうよ。飛べるようになったのは嬉しいけど、ずっと飛んでなんていたらお腹空いちゃうじゃない」

「座ってたって空いてんじゃん」

「なおさら、ってことよ!」

「左様ですか……。で、飛んだまま、どれくらいまで離れられるんだ?」

「離れれば離れるほど紬くんからのマナ供給は減るからねぇ……試してみないとはっきり言えないけど、半径数十メートルはいけるんじゃないかな?」


 指輪のおかげで、単なる実体化の範囲はもっと広がっているだろう。

 地上に帰ったら検証する必要があるな。


「メアリーは……どうなんだ? 俺のマナ、使えそうなのか?」

「そうですねぇ……確かにその指輪から結構な量のマナが放出されてるのは感じますが、どんどん拡散しているので、効率が良いとは言えないです」


 リリスは流れ込んでくる・・・・・・・と表現してたが、メアリーにその感覚はないらしい。

 やはり、あんなにせの使役契約ではなく何か正式な段取りが必要なのか?

 ブルーの時は六尺棍で叩いてファミリアケースに入れたんだが、メアリーにもそんなことが出来るんだろうか?

 そう言えば以前、亜人はファミリアケースに入れられないとかなんとか、立夏りっかから聞いたような気もするな……。

 可憐の家でだっけ?


「あの、誓いの言葉の約束だけでは、正式な使役契約にはならないようですね」

「メアリーは、正式な段取りみたいなもの、知ってるのか?」

「そうですね……段取りと言いますか……あること・・・・をしなければならない、というのは、知識としては聞いたことがあります。一応、ノームも妖精ですから」

「あること? って?」


 メアリーが俺を見上げて、束の間、ジッと俺の顔を見つめる。


「な、なに?」

「いえ……。もし本当にそれが必要になった時には、お教えますよ」


 テントエリアを五分ほど歩くと、柵で囲まれた、明らかに他のエリアとは趣の違う最奥のエリアに案内された。

 テントも、これまで見てきたような、杭と幌を組み合わせただけの簡素な物ではなく、柱を中心に木組みで円状に梁を作り、動物の皮を被せた立派なものだ。


 前の世界向こうで言えば、モンゴルの遊牧民が使っていた移動式住居ゲルに良く似た造りだ。

 中央に大きなゲル――便宜上、今はこう呼ぶ――があり、それを囲むように、周囲には中小複数のゲルが見える。

 その数、ざっと二〇前後と言ったところか。


 四方は岩壁に囲まれているが、最奥の岩壁には大きな亀裂が見える。

 もしかすると、まだ奥があるのかも知れない。

 真っ直ぐに中央の大きなゲルに向かって歩いていくカールに、俺たちも続く。


「ここに、長老衆全員が住んでるのか?」と、メアリーに訊ねてみる。

「ここの区割りについては解りませんが、恐らく全員ではないと思います。向こうに住んでいた時も特別エリアがありましたが、暮らしていたのは二三〇歳以上の大長老と呼ばれる方たちのみでしたので」


 確か、他に役職がない限り、八〇歳以上で長老衆になるらしいからな。

 ノームの平均寿命は三〇〇歳近くだから、半数以上は長老衆ってことになる。

 いくらなんでもここに全員ってことはないか……。



 ゲルの扉をくぐると直ぐに、奥に五人の人影が横に並んで座っているのが見えた。

 予め連絡でもいっていたのか、既に訪問者を評議するような並びだ。

 カールが、向かって一番左端の長老――恐らく、大長老の一人にそっと耳打ちをすると、その長老も俺達の方を見ながら何度か頷きつつ話を聞く。


 話が終わるともう一度俺たちを一瞥しつつ、「それでは、私はこれで」と、うやうやしく一礼をしてカールがゲルを後にした。

 実権を握っているジュールバテロウ、そしてその下に付いているレアンデュアンティアの者達であっても、大長老にはさすがに一定の敬意を払うらしい。


「まずは、フードを脱がれよ。……セレピティコ」


 中央の大長老のしわがれた、しかし、よく通る声がゲル内に響く。

 メアリーがフードを脱ぐと、その下からふわりと現れた明るい金髪に、五人の大長老が揃って「おお……」と感嘆の吐息を漏らした。


「生きて……おったのか……」

「はい、ガウェイン様。パパとママは食人鬼グールに殺されてしまいましたが、セレップだけはなんとか逃げ延びることができました」


 さすがにこの場で、メアリーとは言わないか。


「それは……難儀であったの」


 中央に座っていた――――メアリーがガウェインと呼んだ大長老が、ねぎらいの言葉を発する。

 胸元まですっぽりと覆い隠すほどに蓄えられた豊かな白い髭と、顔に刻まれた無数の深い皺は、かなりの年齢であることを物語っている。


 恐らくこの場では主席の地位にいる人物であろうが、しかし、その理由は年齢だけではないだろう。

 腹に響く声、そして、鋭さの中にも深い思慮深さを湛えた眼差しからは、他の四人とは一線を隔す特別なオーラを、俺でさえ感じる事ができる。


 カールから耳打ちをされていた末席の大長老がガウェインの元に歩み寄り、腰をかがめて耳打ちをする。

 恐らくカールからの言葉を伝達しているのであろうが、二人にチラチラと見られながら小声で話されるのは、正直居心地の良いものではない。


「さて……それでは、疲れてはいるであろうが、カトゥランゼルとウルの最期や、セレップそなたのこれまでについて、少し話を聞かせてはくれまいか?」


 伝言を聞き終わったガウェインが口を開く。

 恐らく……人間で言えば一〇〇歳も超えているかも知れないようなその風貌からは想像できない、しっかりとした口調だ。


 メアリーも頷き、ガウェイン、他四名の大長老の前で、俺たちが聞いていた内容とほぼ同様の話を語った。

 両親が亡くなった日付については、四十九日前から大幅に修正されたが……。

 大長老達からもいくつか質問が投げかけられたが、メアリーの語る内容について概ね納得した様子だった。


「さてと……そなた達、ツムリとカリン……と言ったかの?」


 メアリーからの話を聞き終わると、ガウェインが俺達の方へ視線を移す。

 呼ばれ方はメアリーの話からそのまま引用されただけだったが、もう訂正するのも面倒臭い。

 ここにいる間はずっとそのままでいいや。


「両親の代わりとしてセレピティコをここまで送り届けてくれたこと、また、災厄の根源たる食人鬼グールを討ち果たしてくれたこと、御礼申し上げる」


 隣で可憐が軽く会釈するのを見て、俺も慌てて真似をする。

 正直、こういう格式ばった席での所作というものにはあまり自信がない。


「大したものは用意できぬが、湯浴みと簡単な食事、寝床くらいは用意致すので、今夜はゆっくりと……」

「その前に、少し確認したいことが――――」


 ガウェインの言葉を遮るように話し始めた俺の膝をメアリーに、ほぼ同時に後頭部を可憐に、立て続けに叩かれる。


「痛っ! 痛っ! ……何するんだよおまえら!」

「失礼ですよパパ! 大長老の前では発言を許されてないのに口を開く事は禁じられているのですよっ! 非常識にもほどがありますよ!」


 どうも、メアリーこいつに非常識と言われるのは釈然としないな。


「そんな……ノームのしきたりなんて人間の俺には解んねぇよ」

「ママは知っていたようですけど?」

可憐ママは……あれだ、特別なんだよ、いろいろと……」


 俺たちの様子を見ていたガウェインがフォッフォッフォッ、と声を上げて笑う。


「よいよい、セレピティコ。お主も含めて、この場では全員自由な発言を許そう」


 うん。なかなかフランクな爺さんで助かった。


「で……確認したいこととは、何かの?」


 ガウェインが俺の方に視線を戻して再度問いかける。

 一番知りたいのはやはり……ここに着いてから感じていた違和感の正体だ。


「メアリーの生還を……なぜ誰も歓迎していないんだ?」

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