07.違和感の正体

 一番知りたいのはやはり……ここに着いてから感じていた違和感の正体だ。


「メアリーの生還を……なぜ誰も歓迎していないんだ?」


 ドスッ! と、可憐かれんがまた、今度は俺の右脇腹に肘鉄を入れる。


いったっ!」

「敬語くらい使え」

「さっき無礼講って言ってたじゃん!?」

「自由に発言していいと言われただけだ。無礼講とは言われてない」


 そうだっけ?

 別に俺だって余計な波風を立てたいわけじゃない。

 ただ、メアリーを勝手に死んだものとして僻地に置き去りにしていたここの連中を敬う気には、今のところどうしてもなれない。


「よいよい。わしとて、たんに歳を重ねた結果ここに座っているだけで、特別うやまわれるようなことをしてきたわけでもないしの」


 寛容とも自嘲とも取れる言葉でガウェインが鷹揚おうように話す。

 ほらね? という表情でガウェインを指差しながら可憐を見ると、呆れたような表情にはなったが、それ以上は可憐も何も言わなかった。


「で、メアリーの生還が歓迎されない理由……じゃったな?」

「ああ……。守護家の連中の理不尽な振る舞いはもってのほかだが、それだけじゃない。集落の連中も、そしてここの長老衆にしても……仲間の生還を諸手もろてを挙げて喜ぶという雰囲気にはとても見えないんだけど?」

「そうじゃな……さもありなん・・・・・・、というところじゃろうな」


 ガウェインが深い溜息を吐き、目を瞑って座椅子の背凭せもたれに身を預ける。


「本来であれば一族内の話でそなた達には関係のない話なんじゃが……元凶を排除してくれたそなた達であれば、知っておいてもよい話かも知れんな」


 元凶……食人鬼グールに関わりのある話なんだろうか?


「ここに最も先に移住したのは、儂ら大長老衆と、身の回りの世話をする御付の長老、そして守護家――ジュールバテロウ家の者たちじゃった」


 その辺りは俺もメアリーから聞いていたのと合致する内容だ。


「この地へ着くとほぼ同時に、新生活の準備もそこそこにジュールバテロウの連中はシャーマンの儀式を始めた」

「確か、今のシャーマンはジュールバテロウ家の身内の者だったな?」

「うむ。四兄妹の曾祖母にあたる御仁じゃ。食人鬼グールという厄災に対抗する為の御神託を得る為と申しておった」

「で……その、御神託とやらの内容は?」


 俺の質問に、ガウェインが目を閉じ、やや俯き加減に深い溜息を吐き出す。

 束の間、何か考え事をしたようであったが、直ぐに薄目を開けて言葉を繋ぐ。


「生贄じゃよ」


 やはり……そう言うことか。

 これまでメアリーから聞いていた話や、他のノームの態度を考え合わせれば、その可能性が最も高いのではないかと、俺も薄々察知していた。

 しかし、一方で、本当にそんな残酷な決断が下されていたなどと信じたくはなかった。なかったのだが……。


「生贄にされたのは……アウーラ家全員か?」

「そうじゃ」


 隣でメアリーが肩を震わせ始める。

 声を殺してはいるが、両親の死が同族の意思によって決められていたことだと知り、やはりやりきれない感情が溢れてくるのだろう。

 それどころか、自分までもが一族から “死” を望まれていたのだ。

 メアリーの静かな慟哭を感じ、俺もそっと彼女の肩を抱き寄せる。


「そんな残酷な決定を、皆は何も言わずに受け入れるのか?」

「それは、それがノームの歴史じゃからな。御神託に従っていたからこそ何百年もの間、災禍を退けてこられたと……みなそれを信じておる。それに……」

「…………それに?」

「御神託を賜った後、それをアウーラの者達に伝えに行ったジュールバテロウの手の者が、アウーラ家もそれを承諾したと、戻ってきて皆に吹聴したからの」

「嘘ですっ! そんな話、伝えられたことなどないです!」


 ガウェインの説明に突如メアリーが反論する。

 涙を必死で我慢するかのような、震えを帯びた幼い声で。


「大人の話じゃ……セレピティコそなたに悟られぬよう話していたという可能性は?」

「ありません! パパとママは最後まで、自分たちも生き残ろうと必死で戦っていました。一緒に戦っていたのでそれくらいは解ります!」


 それに、メアリーの話によれば、両親は自分たちの死を悟ってメアリーに逃げるように叫んだと言っていた。

 もしアウーラ家全員の生贄に納得をしていたと言うなら、メアリーだけを逃がそうとするのも辻褄が合わない。


 恐らく、抜け道の洞穴路の縄梯子を巻き上げたのもレアンデュアンティアか、或いはジュールバテロウの仕業だろう。

 もしかすると登壁路を塞いでいた落盤だってそいつらの仕業かも知れない。

 最初からあいつらはアウーラ家の三人を見捨てるつもりだったんだ。


 再び、ガウェインが口を開く。


「まあ、儂とてジュールバテロウの話を全て信じていたわけではないんじゃがな……。しかし、アウーラ家了承の虚偽はさておいても、御神託が下った以上はそれに従うしかないのがノームの掟じゃ」


 俺の胸に、何だか解らない、もやもやとした感情が渦巻き始める。

 なんだここの連中は? 御神託だと? 掟!? こんな年端も行かない子供を犠牲にするお告げに、神の意思を感じることなどできるのか!?


 膝の上で拳を震わせる俺を見て可憐が何かを察したのか、拳の上に自分の左手をそっと重ねて小声で囁く。


「抑えろよ、紬。ここでいくらおまえが異を唱えたところで、一朝一夕に何かが変わるような話じゃない」


 しかし、可憐の声を聞きながらも、腕の中で静かに肩を震わせるメアリーの哀哭を感じている俺には、ここで『はいそうですか』と納得する事など到底できない。


「何が掟だよ……誰がそんな掟なんて決めたんだよ!?」

「掟と言う物は誰かが決めるものではない。これまで一族が経験してきた奇跡の積み重ねが、経験則として記憶に刻み込まれる。それが掟となるのじゃ」

「何が奇跡だよ……? 奇跡ってのはさ、自分たちで何とかしようと足掻あがいて足掻いて、その先にようやく見えてくるものだろ!?」

「紬っ!!」


 可憐が、俺の言葉を制するように右腕をグイッと引っぱるが、それを振りほどいて、なおも言葉を続けた。


「こんな小さな女の子を犠牲にすることで、自分たちは安全なところからただ祈るだけなんて……そんなもん、奇跡でもなんでもない! ただの欺瞞ぎまんだ!」

「言葉が過ぎるぞ、人間! いくらガウェイン様のお許しが出たからとは言え……」


 他の長老が俺を恫喝するが、それを制するようにガウェインが手を挙げる。


「良い、ブランチェスカ! 自由な発言を許したのは儂だ」

「し、しかし、ガウェイン様……」


 ブランチェスカと呼ばれた長老が話そうとするのを遮るように、ガウェンが言葉を続けた。


「そなた達にはそたな達の道理があろう。それと同様に我々には我々の文化や風習がある。それをお互いに不可侵とする為に協定があるのじゃ」

「…………」

「ここで今、我々が話し合ったところで直ぐに何かが覆るわけではない。それでも抑えられぬとなれば、これ以上はそれ相応の対処をせざるを得なくなる」

「紬……」


 再び可憐が、しかし、今度はそっと、諭すように俺の右腕を掴む。

 解ってる。ここで感情をぶちまけたところで、これ以上は悪い結果にしかならないということを……。


「解った……。ただ、ひとつ確認しておく。食人鬼グールは俺達が倒したし、もう生贄の必要もないんだよな?」


 ガウェインは、答える代わりに静かに俺を見つめ返す。

 まだ、メアリーに何かさせるつもりなのか?

 いや、それも守護家の連中の決定次第ということなのだろう。

 結局、今の大長老達こいつらに、重大な決定は何一つ下せないと言うことか。


「とにかく……こんな場所にメアリーは置いていけない」


 俺の言葉に、他の大長老達もざわざわと落ち着きがなくなるのを感じた。

 彼らの瞳には、何か複雑な思惑の光が宿っているようにも見える。

 しかし、こいつらが何を考えようと、もうやることは一つだ。揺るぎはない。


「あんた達も聞いてるとは思うが、俺はメアリーこいつと正式な使役契約を結んだ。その契約を以って、俺は正当な権利者としてメアリーを地上に連れて行く」


 俺の言葉を聞いて何か言い掛けたブランチェスカをガウェインが制する。


「その為に、この魔具も手に入れた」と、言いながら、俺は左手の指輪を大長老達の前に掲げた。

「異論はないな?」


 僅かな沈黙のあと、ゆっくりとガウェインが口を開いた。


「我々亜人は、人間同様に高度な思考力を有している。そこいらの魔物のように、使役契約を結んだからと言って一方的に連れ去って良い対象ではないことは……解っておろうな?」

「もちろんだ。このことはメアリーこいつだって了承してる」


 確固たる決意を持ってガウェインを見遣る俺と、そしてメアリー。

 そんな俺達の意思を確認するかのように、ガウェインも静かに視線を受け止める。

 やがて――――


「解った。その申し出については儂が、大長老主席の名において預かろう。明日になってもまだ、セレピティコの意思が変わらぬようなら・・・・・・・・・・・・・・・・・・、好きにするが良い」


 メアリーの意思だと? そんなもの、変わるわけないだろ!


 ガウェインの合図で、外で待機していたのであろう、若い男の……と言っても、見た目は四〇~五〇歳ほどのノームが入ってきた。

 ノームのよわいで言えば、彼も一〇〇歳は優に超えているだろう。


「ジャンバロだ。寝床までその者が案内する。今宵はゆっくりと休まれよ」


 そう言うと、五人の大長老は立ち上がり、ガウェインを先頭に奥の扉から退室した。俺たちも、ジャンバロと呼ばれたノームに続いてテントゲルを後にする。


おまえはほんと、普段はジジ臭いくせに、いざとなると熱くなるな」


 移動中、可憐が無礼なコメントを投げかけてくる。


「ジジ臭い、って……落ち着いてるとか、他に言い方あるだろ」

「心配するな。褒めてるんだ」

「ジジ臭いのを?」

「熱くなる、って方だよ」


 そうなのか?

 冷静沈着な可憐にとってみたら、たまにとは言え頭に血が昇るようなやつは持て余す気がするんだけど……。


「無思慮に暴走することと、仲間の為に熱くなることは違うからな。私は、嫌いじゃないよ、おまえのそう言うところ」

「そ、そうか。そりゃどうも……」


 隣を歩いていたメアリーが俺のローブの袖を引っ張る。


「ん? どうした?」

「メアリーは……本当に、パパ達と一緒に地上へ行っていいのですか?」

「ああ。もちろん、メアリーさえ良ければ、だけど」


 この集落を訪れるまでは、多少のわだかまりがあったとしても、あそこで一人で生きて行くよりはここでみんなと暮らした方が絶対にマシだと思っていた。


 しかし、訪れてみて解った。

 今回は必要がなくなったかも知れないが、いずれまた生贄云々の話が持ち上がる時もくるかも知れない。

 そんな時、他の守護家が上で結託している現状では、真っ先に生贄に指名されるのは、やはりメアリーなのではないかと。


 端から見れば解る。

 今のこいつらの神は、残酷ではあっても公平だったかつての神じゃない。

 あのろくでなしの守護家連中に忖度そんたくする偽りの神だ。


「ママも……メアリーが一緒に地上に行っていいと思いますか?」

「そうだな。使役契約を結んだのは紬だから軽々なことは言えないが、マナの問題も解決できそうだし……法的な問題も “使い魔” ならイケるんじゃないかな?」


 かなり抜け穴チックだけど、と苦笑しながら付け加える。

 肩の上からリリスも声を掛ける。


「ほんとに使い魔になるなら、私こともちゃんと師匠として敬うよう――――」

「ああ……師匠はもうめました」

「はあぁ!?」

「同じ使い魔になるなら持ちつ持たれつの関係になりますし、攻守で特色も異なりますから師弟関係を結んでも特に得るものはないと思うのです」

「そ、そ、そりゃそうかも知れないけど……でも先輩であることは確かだからね!」

「こんなことで先輩風を吹かすのもどうかと思いますが。そもそも、この件に関してはリリっぺの意見は聞いてませんので」


 メアリーの態度に、リリスの眉尻がみるみる釣り上がる


「はぁ? メアリーあんた、上で助けてあげたこともう忘れたの?」

「それは感謝してますよ。どうもありがとうございました。ただ、同伴の決定権はパパやママですよね? リリっぺの話は聞く必要ないのです」

メアリーあんた……それが先輩に対す――――」

「本当にメアリーでいいんですか、パパ?」

「話を聞けこら!」


 ん? と下に視線を落とすと、メアリーが真剣な表情で俺を見上げている。


「本当に……メアリーはパパのお世話になっていいんですか?」と、再びメアリーが訊ねる。

「もちろん! と言うか寧ろ、俺がメアリーのお世話になるんじゃないかな」


 考えてみれば、治癒キュアー結界バイセマは戦闘においても相当に有用な能力になるだろう。

 もちろん第一義の目的はメアリーの幸せであることに間違いはないが、使い魔としては、リリスとメアリーで攻守の要が揃うことは間違いない。


「メアリーが……パパのお世話をするんですか?」

「ああ、そうだな。メアリーでいいというか……メアリーがいいんだよ」

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