08.パパのお世話をするんですか?

「メアリーが……パパのお世話をするんですか?」

「ああ、そうだな。メアリーでいいというか……メアリーがいいんだよ」

「そう……なんですか」


 メアリーが困ったようにうつむく。

 あれ? 励ますつもりだったんだけど、俺、何か変なこと言ったかな?

 思わず可憐かれんの方を見るが、可憐もよく解らないといった様子で首を傾げる。


 突として、案内をしてくれていたノーム――ジャンバロの足が止まる。

 先程までいた中央テントゲルよりも二回りほど小さめのゲルの前だ。


「今夜は、こちらのテントでお休み下さい」

「解った。ありがとう」と、可憐。

「それと、直ぐ隣のテントにて湯浴みの用意もできておりますので、宜しければそちらもご利用下さい」


 見れば、五メートルほど先に、更に二回りほど小さいゲルが建っていて、外皮の隙間から湯気が立ち上っている。湯浴み専用らしい。


 早速、寝床として案内されたゲルの中も覗いてみる。

 何かの動物の皮で作られた、寝心地の良さそうなベッドが三台並べられており、それぞれのベッドは天蓋キャノピーを下ろして目隠しすることも可能なようだ。


「なんと言うか……予想外の好待遇だな……」


 俺の独り言に、しかし、話しかけられたと思ったのかジャンバロが後ろで答える。


「同胞の命を救い、災禍の元凶たる食人鬼グールを打ち倒した客人なれば、出来る限りの便宜を、と仰せ付かっておりますので」

「そりゃどうも……」


 食事は後ほど運ばせます、と言い残してジャンバロが立ち去ると、俺はすかさずベッドに身を投げ出す。


「あ~、気持ちいい! 久しぶりにまともな寝床だぁ!」

「ローブくらい脱いでからにしろ」と、荷物を置きながら可憐がたしなめる。

「ああ……。とりあえず、先に女子可憐達だけで湯浴みしてきたらどうだ?」


 俺に言われるまでもなく、既に鞄からタオルを取り出している可憐。

 食人鬼グールの返り血が飛沫しぶきとなって髪や体に付着した後だ。

 粗方あらかた拭き取ったとは言え、やはり気持ち悪いのだろう。

 この分なら、タオルなんかも用意されてそうな気はするけどな……。


「じゃあ……行こうか、メアリー?」と、可憐。

「はい、ママ」

「私も行くぅ」

 

 メアリーに続き、リリスも、ふわふわと飛びながら後に付いて行く。

 飛べるようになって、見た目はだいぶ悪魔らしくなったな。


 三人が入り口から出て行くのを見送ると、ローブを脱ぎ、ついでに汗ばんだシャツも脱いで上半身だけ裸になる。

 脱いだ衣服を畳んで横に置くと、もう一度ベッドに体を沈めた。

 シーツも、シルクか何かだろうか? 自宅のベッドよりも肌触りが良いくらいだ。

 どっと疲れが吹き出してくる。


 それにしても……と、先ほどのガウェインの話を思い出す。


 大長老達との接見を経て、新たに引っ掛かったことがある。

 アウーラ家……つまり、メアリーや彼女の両親が、他の守護家の画策によって意図的に取り残されたとして、その理由は何なのか? と言うことだ。

 普通に考えれば、『食人鬼は倒したいが、自分たちはリスクを負いたくない』と言ったところだろう。


 しかし、それならわざわざ『アウーラ家は生贄になった』などと集落に戻って吹聴する必要はないはずだ。

 もしアウーラ家が首尾良く食人鬼グールを倒してしまえば、逆に “生贄” の件は整合性を欠くことにもなり兼ねない。

 つまり、最初からアウーラ家が食人鬼グールを倒す事はできないと、他の守護家連中は確信していたと考えるべきだ。


 でも、それであればわざわざアウーラ家を置き去りになどせず、一緒にここへ移住すれば事足りる。

 食人鬼グールがあの狭い抜け道を通って追ってくることはないのだから。

 にも関わらず、縄梯子を巻き上げたりまでしてアウーラ家の退路を絶った理由は……考えたくはないが、一つしかない。


 アウーラ家を食人鬼グールに殺させることが目的だったんだ。

 

 何故かは解らないが、他の守護家がアウーラ家を亡き者にしたいと思う程にうとむ理由が、何かあったのではないだろうか。

 そしてその対象はメアリーにも及んでいるのかも知れない。

 しかも、この地を立ち去れば良いというたぐいの理由ではないのだろう。

 でなければ、俺とメアリーの使役契約を邪魔しようとする道理が立たない。


 とにかく、明日、地上に出るまでは油断はできないな……。


 そんな事を考えているうちに、いつの間にかウトウトと意識が遠のいていく。

 可憐達あいつらが戻ってきたら、起こしてくれるだろう。

 それまで、少しだけ、仮眠を取ろう――……




 どれくらい眠っていただろうか。

 感覚的には数分……五分か、長くてもせいぜい一〇分程度だと思うが、意識は完全に落ちていた。

 その証拠に、ベッドの天蓋キャノピーが下りる音に全く気が付かなかった。


 キャノピー?


 キャノピーとは言っても、前の世界向こうのお姫様ベッドに付いているような、レースのふわふわしたアレではない。

 動物の毛皮などをなめして作られた、機能としては外からの光や視線を遮断するようなベッドカーテンに近いものだ。

 それが……なんで下りてる?


 時間は短くても眠りは深かったのか、少し寝ぼけまなこのまま、上半身を起こそうと掛け布団を跳ねのける――――掛け布団?

 俺、掛け布団なんて掛けてないぞ?


 と、ここでようやく、はっきりと感じる違和感。

 キャノピーのせいで薄暗くなっていたため気が付かなかったが、布団の中に……もう一人誰かいる!?

 慌てて、さらに布団をめくると、そこには――――


「なっ、なっ、なっ……」

「メアリーですよ」

「見りゃ分かるわ! 何をしてるんだ、ってことだよ!?」


 薄暗がりの中でも眩しく浮かび上がる、艶やかな金髪と透き通るような白い肌。

 ――――裸だった。下着すら付けていない、正に、“一糸纏わぬ” と言う状態。

 慌てて捲った布団を元に戻す。


「何、と言われましても……見れば分かると思いますが……」

「わっかんねぇよ!」

「お世話ですよ。パパのお世話をしています」


 全く意味が分からん。

 お世話? ノーム独特の、何か特別な風習でもあるのか?

 お世話という単語と、裸で寝ているメアリーの行動に全く一貫性が見出せない。


「さっき歩いている時に、パパがメアリーにお世話して欲しいと言ったんじゃないですか! もう忘れたんですか? やっぱり脳みその一部が……」

「大丈夫だよ! 脳みそは!」


 言われてみればそんな会話をした覚えはあるが、あの “お世話” は、使い魔としてスキルで助けてもらう場面もあるだろう、って意味だぞ!?

 まさかメアリーこいつ――――

 

「お世話っておまえ……もしかして “夜の相手” 的なものだとでも思ってる?」

「それはそうですよ。身寄りのないノームの女子は、そういう役目をこなして他の家族のお世話になるのが一般的なのです」

「だとしても、俺がメアリーにそんなことを求めたこと、一度もないだろ!?」

「さっき言ってたじゃないですか。『俺の世話をしろ。メアリーがいいんだ』と」


 確かに単語的にはそんな感じだったけど、だいぶ意味が食い違ってる……。


「どうせあのままいけばジュールバテロウの連中の相手をする羽目になっていましたからね。それがパパに替わっただけです。メアリーとしても、あいつらに比べればパパの方がちょっとはマシです」


 ちょっとかよ……。


「そもそも、夜の相手って言ったって……どんなことするのか知ってるのか?」

「知ってますよ。いつも寝室で、本当のパパとママの様子を見てましたから」

「ええっ!? も、もしかして、パパとママ、メアリーおまえの横で、セ……、セ……、セ……、セック……」

「寄り添って寝ていました。裸で」

「…………そ、それだけ?」

「はい。他に、何があると言うんですか?」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 そりゃそうだよな……。メアリーの両親のことだからやりかねないとも思ったけど……さすがにそういう行為・・・・・・は、娘が寝たのを確認してからやるよな、普通。

 とは言え、娘の横で裸で寝る両親ってだけでも、普通はナシだろうけど。


「とにかくだ。俺が言った “お世話” ってのはそういう意味じゃないから。さっさと服を着ろ! …………メアリーおまえ、服は?」

「部屋で脱いで来ましたよ」

「持ってきておけよ!」


 メアリーに布団を被せてキャノピーの外に出ると、部屋のあちこちにメアリーの服が脱ぎ散らかしてある。

 せめて一箇所にまとめとけっつ~の。ノーム版の華瑠亜かるあかよ!


 部屋中を回ってメアリーのローブ、シャツ、スカートを拾い集める。

 あとはパンツだけだけど……どこだ?


「お~い、メアリー! おまえ、パンツどこで脱いだ?」

「多分、ベッドの近くだったと思いますよ」


 キャノピーの向こう側からメアリーのくぐもった返事が聞こえる。

 まあ、脱ぐのは最後だろうからそうだろうけど、見当たらない。

 もし先に可憐に見つけられでもしたら、また厄介なことに――――


 と、その時、ドアのすぐ外から可憐とリリスの話し声が聞こえてきた。

 もう戻ってきたのか! 言わんこっちゃないっ!

 とりあえず、拾った服だけを持って急いでベッドに戻る。


「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたも……可憐が戻って来ちゃったんだよ!」

「別に、ツムリとカリンは本当に夫婦と言うわけではありませんし、メアリーとこうしていても問題ないんじゃないですか?」

「おおありだよ! 時間がない……とにかく隠れろ!」


 同時に、入り口のドアが開く音がした。


「あれ~? あのメアリーしんまい、先に戻るって言ってたよね?」と、リリスの声。

「そうだな……。と言うか、なんであいつ、キャノピーなんか下ろしてるんだ?」


 可憐の足音が近づき、バサリ、とキャノピーを開く音がする。


つむぎ! なに本格的に寝てるんだ? 湯浴み、しないのか?」

「ん……あ、ああ、ごめん、なんだか疲れちゃって、つい……」


 今起きたように、少し寝呆けた感じで答える。名演技だ。

 二人で入っていることがバレないよう、メアリーとは布団の中でピッタリと寄り添っている。

 しかし、いくら実質七歳くらいの女の子とは言え、裸同士で密着するという状況に、やはり心穏やかでいられるはずがない。


 俺にロリコン性向はないと自負はしているが、それでも歳の割には大人びた顔立ちで、見た目だけなら間違いなく美少女の部類には入るメアリーだ。

 湯浴み直後のせいか、ほんのりといい匂いもするし、瑞々しい湯上りのたまご肌がまたなんとも触り心地が良い。


 如何わしい気持ちになると言うようなことはないが、なんと言うか……犬や猫みたいに可愛がっているペットと布団に入っているような居心地の良さ。

 今思えば、メアリーこいつだけでも隣のベッドに移動させときゃよかった……。


「それより、メアリー見なかったか? 先に戻ったはずなんだが」と、可憐。

「い、いや、見てないな……」

「そうか……心配だな。少し、その辺を探してくる」


 再びキャノピーが閉じ、可憐の足音が遠ざかっていく。


「よし、今のうちだメアリー! パンツは後で探すから、先ず服だけでも着ろ!」

「…………」

「お~い、メアリー?」


 スゥ~……、スゥ~……。


 ね、寝やがった!

 無邪気な寝顔で幸せそうに抱きついているメアリーを引き離し、軽く頬を叩く。


「おい、メアリー! 起きろ!」

「う~ん……何ですか、パパ……」

「何ですかじゃねぇよ。今のうちに服だけでも着とけ!」


 布団の中から、さっき回収してきた服をメアリーに渡すと、ゆっくりと体を起こして面倒臭そうにシャツの袖に腕を通し始めた。

 と、その時――――


「ねえ、これ、あの新米のパンツじゃない?」


 リリスの声だ。

 隣のベッドの辺りから聞こえる。やはり、近くに脱ぎ捨ててあったのか。

 リリスあのバカ! いつもボケっとしてる癖にこんな時だけ目敏めざとく見つけやがって!


「おい、メアリー! もう一回隠れろ!」

「えぇ~~。出たり入ったり、面倒臭いのです……」

「誰のせいだよ! 俺が一番面倒臭いわ!」


 バサッ、と、再びキャノピーが開き、隙間から可憐が顔を覗かせる。


「ベッドにメアリーのパンツが置いてあったんだが、紬、何か知って……」


 そこまで話して、可憐が口を開けたまま固まる。

 ベッドの上には上半身裸の俺と、その隣には……はやり、シャツに腕を通しただけの半裸、と言うよりも、ほとんど全裸のメアリー。

 可憐の顔に、みるみる侮蔑の色が広がっていくのが分かる。


 そりゃ、引くよなぁ……。

 自らの現状を俯瞰視すれば無理もないと、俺も思う。


 数秒間固まった後、不意に可憐の姿が隙間の向こう側に消えた。

 あれ? 見なかったことにしてくれた?

 ……と思ったのも束の間、突然、今度はキャノピーが大きく開け放たれる。

 仁王立ちで現れた可憐の手には――――

 クレイモアですとっ!?


「お、おい! ちょっと待て! 早まるな可憐!!」


 そんな俺の言葉に耳を貸す事なく、半眼の可憐が静かに剣を抜いた。

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