14.決着

 光のレールに乗った決着の矢が今、真っ直ぐに標的まとへと向かって放たれた。

 同時に、アンバランスに研ぎ澄まされていた感覚が急速に常態へ戻る。

 再び鼻腔をくすぐり始める炎の臭い。

 何だったんだ、さっきの感覚は?


 いや、それよりも今は……矢の行方!!


 僅かに山形やまなりに、しかし、ほぼ一直線に標的へと伸びた射線。

 矢の命中を受け、束の間、グラグラと揺れた標的が再び動きを止める。

 徐々に広場を埋め尽くす驚嘆。

 俺の放った矢が刺さっているのは……白い中心円のど真ん中!


 勝った!


 っしゃああぁぁぁぁーーーっ!!

 

 声にならない歓喜に、そして、強行突破をせずに済んだ安堵に、思わず左の拳を高々と突き上げる。

 礼節を重んじる弓道の競技会では決して見ることのないガッツポーズ。

 でも、今くらいは……いいよな?

 競技会なんかじゃない。仲間の運命を賭けた一射だったのだから。


 ウォォォォーーーッ!


 驚嘆のざわめきから、ドッと驚きの喚声が広場を埋め尽くす。

 そしてそれは、徐々に “歓声” へと変わり、窟内に反響する。


 食人鬼グールが本当に打ち倒されているのなら、俺が勝つはず。

 言い方を変えれば、俺の勝利が、食人鬼グールの脅威は既に去っていることの証左となったのだ。

 しかも、他の誰でもない、シャーマンによる御神託のお墨付きで。


「パパ~っ!」


 メアリーが駆け寄ってくるのが見えた。

 その後ろからゆっくりと可憐も歩いてくる。笑顔だ。


 と、その時、再び右肩に舞い降りるリリス。

 しかし、肩の上で腹這いになると、俺の背中側に両足を、胸の方に両腕を投げ出し、くたびれた洗濯物のようにグッタリと横たわる。


「お、おい! どうした、リリス!? それに……その髪の色……」


 いつもの亜麻色の髪ではなく、抜けるようなサファイアブルー。

 一体リリスに、何が起こった?

 しかし、髪は見る間に、普段通りの亜麻色ナチュラルボブに戻っていく。

 同時に、リリスがぐったりしたまま首を捻って、俺の方に視線を向ける。


「ちょっとね……無理しちゃった」

「おまえ……汗びっしょりだぞ!? 無理って……何したんだよ?」


 いつものふわふわとした前髪も、汗で湿って額に貼り付いている。

 目も虚ろだ。


「魔界の姿に戻って、紬くんに……夢を、見せたのよ……」

「魔界での姿? 夢?」

「うん……って言っても、完全な夢じゃなくて……不要な感覚を、シャットアウトして……その分を、目と指先に集中させて、研ぎ澄まさせた……みたいな……」


 じゃあ、あのゾーンのような感覚は、半分夢の世界のようなものだったのか?

 さすが女夢魔サキュバス! と言いたいところだが……。


「私のせいで……集中力が切れちゃってたから……何とかしたくて……」

「それにしたっておまえ、なんでこんな状態に?」

「あの指輪を付けてから……いい感じで、体内に魔力が循環してたんだけど……」


 いつの間にか可憐とメアリーも側まで来てリリスの話に耳を傾ける。


「このサイズの魔力で……夢を見せるのは……やっぱり、キツかったみたい……。魔力……一気にからになっちゃった」


 魔力が空になった時の体への負担は、俺も身を持って知っている。


「空って……大丈夫なのかよ、お前!?」

「うん。普通に夢を見せるより、夢遊状態を保ったまま見せるのって、相当消耗するみたい。……大丈夫、一時的なものだから」


 そう言ってリリスがニコッと笑う。

 が、それが作り笑いなのは明らかだ。


「でも、指輪を手に入れるまではずっと空みたいなもんだったんじゃないの?」

「そうなんだけど……変身中だったから……勢いで、体力まで……だいぶ持ってかれちゃって……」

「とにかく、真ん中に当たったのも、お前のおかげだったってことか」

「私は……集中力を高めてあげただけ。当てたのは……紬くんの実力だよ」


 コンセントレーションの調整だって射技のうちだからな。

 やはり、勝負に勝てたのはリリスのおかげと言っていい。


「もういい。とりあえず休んどけ」

「う……ん」


 リリスが再び、俺の肩に顔を埋めるようにグッタリする。


 さて……と。

 俺はゆっくり、バッカスとブーケの方を振り返る。

 まさに、茫然自失と言った様子の二人。

 あまりにもテンプレートな表情に、逆に感心する。


「約束だ。メアリーは俺たちと一緒に行く。異存はないな?」

「そんな……ばか、な……。あんなヘロヘロの弓でど真ん中だと? あり得ん」


 まあ、現世界こっちの実戦を想定した武器としてはヘロヘロなんだろうが、弓道部の貸し出し用の弓で練習していた俺にとっては寧ろ上等なくらいだったぜ。


「よし、メアリー。一緒に行こう!」


 メアリーの手を取り、振り返って可憐の目を見る。

 しかし、驚いたような表情の可憐が、俺の背後に焦点を合わせたまま右から左へと視線を動かている。

 慌てて振り返るのとほぼ同時に、ベッカムが蹴り上げたサッカーボールのような武器(?)をバッカスが両手で受け止める。


「ツムリぃ!!」

「ああ?」

「カリン!!」

「なんだ?」


 バッカスが俺と可憐の名を呼び、ニヤリと笑う。


「パパ! ママ! お返事をしてはいけませんっ!」と、メアリーが叫ぶが――――

「もうおせぇ~!!」と、血走った眼でバッカスも叫ぶ。


 いつの間にか、手に持ったボールの一部が蓋のように開き、暗い開口部がこちらを向いている。


「最後に教えといてやる! こいつはこの集落に伝わる宝具、ソウルイーターだ。相手の名を呼び、相手が返事をすればその魂を抜き取るって代物しろもんだ!」


 カード勝負の時にも思ったが、バッカスこいつ、ほんと説明好きだな。

 それにしても……どこかで聞いたことがあるようなアイテムだ。

 確か、昔読んだ “西遊記” って小説の中で、二人組の鬼の怪物が同じような道具を持ってた記憶がある。

 金角、銀角だっけ?


「どうだ? もう意識が遠くなってきてるはずだ! さっさとひざまずけ! 抜け殻となったおまえらを、一生奴隷としてこき使ってやるっ!」


 いや、女の方は毎晩とぎでもさせるか……などと呟きながら、グフフッと下卑た笑いを浮かべるバッカス。

 しかし、その笑みは次第に消え、代わりに広がっていく焦りの色。 


「な……なんでだ? なぜ何も起きねえ?」

「なあ、バッカス。その、呼ぶ名前って、本名じゃなきゃダメなんじゃないか?」

「あ、ああ……そりゃそうだが……。ま、まさか!?」


 まさか……って言うほどか?

 カリンはともかく、どう考えたって “ツムリ” なんておかしな名前だろ?


 と、次の瞬間、うろたえるバッカスへ瞬時に肉薄する人影――――

 可憐!

 両手で握られているのは、既に鞘から抜かれたクレイモアだ。


 縦一閃!


 足元から真上へ、垂直に斬り上げられた斬撃がバッカスの両手の間を通り抜ける。

 瞬刻遅れ、ソウルイーターに浮かび上がる黒い一筋。


「んなっ!?」


 バッカスが慌てて持ち直そうとするが、真っ二つに割れた宝具は、空しく地面に転がり落ちた。

 可憐のやつ……宝具、斬っちゃったよ……。


「てめぇ……このクソアマ! 何てことしやがるっ!」

「貴様こそ何か失念してないか? こんな物を他種族に使った時点で立派な協定違反だ。当然の自衛措置であることは、この広場のノーム全員が証人になるだろう」


 ぐぬぬ……と言葉に詰まるバッカスに、可憐が更に畳み掛ける。


「そもそも、こんな物を持ち出して試合の結果を反故にすれば、貴様らの大事な御神託とやらに唾を吐く行為になるのではないか?」

「そ……そうだ、御神託!」


 可憐の言葉を聞いて、バッカスが何かを思い出したように、長いフードローブのノームに駆け寄ると、その手を引いて再び石壇の下まで連れて来る。


「さあ、シャーマン殿よ! 生贄をこのまま人間共こいつらに連れて行かれていいのか? 新たなる神のご意思があるのであれば、今ここで示されよ!」


 おいおい……そんな後出しが許されるならキリがないだろ!?

 さすがに、バッカスのこの言葉には、広場に集まったのノーム達の間にもザワザワと微妙な空気が漂い始める。

 しかし、必死のバッカスに最早もはやそんな空気を読む余裕はなさそうだ。


「ほんと……小物感満載になってきたわね、あいつ」と、リリスが呟く。

「お、復活したのか?」

「うん……まだちょっと頭がフラつけど、ムーンストーンその指輪のおかげで直ぐに魔力は溜まるようになったから。あとは豪華な食事ができれば完璧」


 豪華じゃなきゃダメか。


 その時、炎の臭いに混じって、僅かに何か別の臭いが漂ってくるのを感じた。

 この臭い……嗅いだことがあるぞ?

 ラベンダーのような……でも、他にもいろいろな臭いが入り混じったような薬香のような臭い……これは確か……。


「おい、リリス。 あの、シャーマンのローブ、切り刻めるか?」

「ええ~~。出来なくはないけど……私、病み上がりなんですけど?」

「知ってるけど……おまえならそれくらい、ものの数秒でできるだろ?」


 そう言いながら六尺棍を出すと、リリスもやれやれと言った感じで立ち上がる。


「ったく……夢魔使いが荒いんだから」

「帰ったら、なんでも好きなものおごってやるから」

「でも、大丈夫なの? あいつ、ここでは神様みたいなもんなんでしょ?」

「ああ、多分……大丈夫だ」


 俺の言葉が終わるや否や、リリスが宙へ飛び出し、バッカス達の前でメイド騎士リリスたんモードに移行する。


「な、なんだお前!? や、やる気か!?」


 バッカスが腰の物に手を掛けるが、構うことなくレイピアを抜くと、二、三度ヒュンヒュンとシャーマンの前で剣を振り、再び鞘に収めるリリス。

 バッカスが抜刀する前には既に俺の肩へと戻っていた。


「また、つまらぬ物を斬ってしまった……」


 侍風に目を瞑りながら、リリスが何かのモノマネをする。

 これも、あれか? 謎の、日本リサーチの賜物か?

 はらりはらりと、切り刻まれたシャーマンのローブが地面に落ちる。


 中から、呆然とした表情で現れたのは、赤髪の、痩せた眼鏡の男。

 左手には、野球ボール程の水晶のような物を持っている。

 ポーカー部屋で嗅いだ臭いと同じ臭いがシャーマンからも漂ってきていたので、まさかとは思ったが――――


「やっぱりな……ビッカスだ!」


 ザワザワと、広場中に不穏な空気が広がる。

 確か、ガウェインの話では、シャーマンをやっているのはバッカス達の曾祖母だったはずだ。

 間違っても、ポーカーでカードを配っていたビッカスあの男であるはずがない。


「どういうことなんだよ、これは?」

「あ、いや、これは、違うんだ……代理というか……」


 俺の問いに、しどろもどろになるバッカス。

 代理で務まるようならそもそも、これまでの慣例を曲げてまで、守護家であるジュールバテロウ家の人間をシャーマンに据えて置く必要はない。

 どう考えても苦し紛れの出任せだ。


 ふと見ると、レアンデュアンティアの三兄弟も、この状況に呆気に取られた様子で口をぽかんと開けている。

 あの様子では、あいつらもこのことは知らなかったみたいだな。


 不意に、ノーム達の一部が、騒然とした様子でさんざめく。

 どよめきの起こった方向を見てみると、ノーム達の間から現れたのは――――


「これは……どういうことなのじゃ? バッカス殿」


 ガウェイン!

 後ろには、ブランチェスカと呼ばれた大長老を始め、ゲルエリアで見知った顔の大長老も何人か付き従っている。

 こうなりゃもう、俺があれこれ責めるより、この爺さんに任せた方が良さそうだ。


「これは、その……数年前に曾祖母が亡くなり……次のシャーマンに使命されたのが弟のビッカスで……」

「全くそんな報告は受けておらんがな?」

「たまたまうちの者同士の引継ぎだったゆえ……あえて報告するまでもないと思い……内々に済ませていたのだ……」


 事情に疎い俺が聞いていても、なんとも苦しい言い訳だ。


「もしその話が本当であれば、そこにある神水晶に、水晶が認めた次のシャーマンとしてビッカスの名が浮んでいるはずじゃが……確認させて貰えるかの?」

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