06.お風呂に入ってきたら?
「おまえ達も、お風呂に入ってきたら?」
別荘に帰ると、可憐がパンパンに膨れた買い出し袋をヒョイっと受け取りながら声をかけてきた。
あの袋、結構重いはずなんだけどな? かなりのパワーだ。
「こっちは、買ってきた食材でもう一、二品作るから」
リビングの壁時計で確認すると、時間は午後六時を少し回った所だ。
もう少し早く帰るつもりだったのだが、
夕食の用意は、今日のところは別荘に残っていた食材中心のメニューにしたらしく、九割方は終わっていた。
皆の髪が濡れ、服装もラフなものに変わっているところをみると、調理係の優奈先生と可憐以外は入浴も済ませたようだ。
それにしても、優奈先生はともかく可憐も料理が得意と言うのは意外だった。
「お手伝いさんがいるような家だし、料理なんてあまりしないかと思ったよ」と言う俺の言葉に、可憐ではなく紅来が横から答える。
「可憐は昔から、文子さんと一緒に台所に立ってるからねぇ」
文子さん――可憐の家の家政婦さんか。
そう言えば立夏と訪ねた時も、
「お風呂、どうする?」
華瑠亜が、海水でペタつく肌を気にするように、胸の辺りでシャツを摘んでパタパタと仰ぐ。
俺も早く肌を流したいのはやまやまだったが……仕方がない。
ここはレディーファーストだろう。
「華瑠亜と初美、入ってきたら? 俺はその後でいいよ」
リリスも一緒に入れて貰えよ、と続けようとして、華瑠亜に遮られる。
「
「はあ?」
何言ってんのおまえ? という俺の当惑など気にも留めずに華瑠亜が続ける。
「水着を着て入れば大丈夫よ」
ああ、そう言うことね。
―――とは言っても、女子と一緒にお風呂というのは、それなりに胸の高鳴るイベントだと思うのだが……
昔のヨーロッパでは混浴が当たり前だったと聞いたことはあるが、トゥクヴァルスの浴場を見る限り、入浴に関しては日本式の風俗が引き継がれているはずだ。
「水着なんて着ながらで疲れが取れる?」
「上がった後に水着を干せるし、洗濯代わりにちょうどいいわ」
基本的に、
少なくとも一般家庭においては、入浴はゆっくり疲れを癒すような時間ではなく、洗面や歯磨きと同レベルの位置づけだ。
一般家庭なら湯船などなく、大きな
だからこそ、水着で入って洗濯代わりにする、なんていう機能的な提案がなんの抵抗もなく受け入れられるのだろう。
しかし、華瑠亜が平気でも、転送組の初美はやはり気恥ずかしいのでは?
「初美は、大丈夫なのか?」と訊いてみると、予想に反して初美も小さく頷く。
「いいじゃん、いいじゃん! 大勢でお風呂、楽しそう!」
リリスも華瑠亜の提案に賛同するが、こいつはそもそも
同族の中では羞恥心がある方とは言え、貞操観念の基準自体がそもそも怪しい。
いや、俺だって面子が面子だったらそこまで躊躇することはないんだ。
しかし、華瑠亜と一緒と言うのは――――
「初美と二人じゃ間が持たなそうだし、いいじゃない。来なさいよ!」
当の華瑠亜が、俺の耳元でひそひそ囁いてきた。
確かに、リリスも、俺が居なければ姿も声も消えてしまうかも知れないし……。
結局、ズルズルと流されるように、リリスを含めた四人で浴場へ向かった。
◇
和室風に表現するなら八畳ほどはありそうな広い浴場だった。
更に、一度に三~四人は浸かれそうな大きな木枠の湯船があり、その奥の、薪が焼べられた大きな鉄釜のような入れ物には、蛇口のような
後から聞いた話だが、その鉄釜で沸かしたお湯を湯船に利用するらしく、備え付けの手押しポンプを使って鉄釜に水を溜めたのは
あの大きさの器を満水にするのが、かなり重労働であることは想像に難くない。
買い出し係りは寧ろ当たりだったか?
脱衣所に入ると、先に浴室に入った華瑠亜とリリスの話し声が聞こえてきた。
笑いながら、なにやら盛り上がってる様子も窺える。
あいつら意外とウマが合ってるのかも知れないな。
ハーフパンツの水着に着替え、上にも海で着ていた七部袖のTシャツを着る。
やはり、体の傷を華瑠亜に見せるのは気が引ける。
浴室に入り、湯船に近づくとさっそく華瑠亜が絡んでくる。
「なにあんた、男のくせにTシャツなんか着て」
「男だって抵抗あるんだよ。いいだろ、べつに」
答えながら、俺もゆっくりと湯船に足を入れる。
熱いお湯は苦手だったが、みんなが入った後のせいか意外と温い。
大袈裟に充満してる湯気は、鉄釜の蓋の隙間から漏れ出たものだろう。
安心して一気に湯船に体を沈める。
「温かったから、お湯、足すけど?」と、鉄釜の
「いや、丁度いいよ。浴室自体がスチームサウナみたいになってるし」
目の前をリリスがクロールで横切って行く。綺麗なフォームだ。
海では泳げなかった分、ここで存分に泳ぎを堪能するいつもりのようだ。
湯船の淵まで辿り着くと、プハ~っと飛沫混じりの息を吐いて縁に腰掛ける。
海で着てたのと同じ、青いタンクトップに白いショートパンツのビキニ。
海ではよく見ていなかったが、ピッタリと体に張り付いたトップスがリリスの幼げなボディラインを隠すことなく見せつけている。と言うか――――
その小振りの胸の先に尖って見えるのは、び、び、び……ビーチクでは?
それ、ほんとに水着仕様なのか!?
「なぁに? じろじろと」
リリスが、睫毛から滴る雫を気にするように、薄目を開いて俺の顔を見上げる。
「ああ、いや、悪い悪い。なんかボ~っとしてて……」
慌ててリリスから視線を外すと、今度は華瑠亜と初美の姿が視界に入る。
目のやり場に困ってリリスを見ていたのだが……。
露出度の低いタンクトップビキニとはいえ、それでも襟や袖口からは胸の谷間や乳房の一部がチラチラと見えてしまう。
見なければいいとは思っても、ついつい視線が引き寄せられる。
パブロフの犬状態だ。条件反射なのでどうしうようもない。
初美は恥ずかしいのか、のぼせそうな顔で肩まで浸かっているのでまだいい。
困り者は華瑠亜だ。
両肘を湯船の縁に乗せて、本人はそのつもりはないのだろうが、胸を強調するかのようにふんぞり返ったような姿勢で寛いでいる。
しかも、D班の中では紅来と一、二を争う豊かなバストの持ち主だ。
こんなもん、気にするなと言う方が無理だろ!?
ビーチで見ればただの水着なのだが、浴室で見ると、濡れ服フェチの気持ちが少し解かってしまいそうな背徳性がある。
いくら水着とは言え、もうちょっと恥らえよ……。
「なに、そんな縮こまってんのよ?」
足を胡坐のような形に折り曲げている俺を見て華瑠亜が声を掛けてくる。
「せっかく広い湯船なんだし、足伸ばしたら?」
「あ、ああ……」
そうは言っても、三人で足を伸ばしたらさすがに誰かの足とぶつかりそうだ。
二人の足に触れずにすむような隙間を狙って、少々不自由な体勢になりながらもゆっくりと足を伸ばす。
と、不意に華瑠亜が、俺の足の上に重ねるように自分の足を移動させた。
「ひゃうっ!」
思わず、奇妙な声を漏らして固まってしまった。
「何よ、変な声出して。足重ねるくらい、いいでしょ?」
「あ、ああ、うん……」
それとも、華瑠亜が単にオヤジ気質なだけか?
それにしても……自分でも意外だった。
俺だって昔のカノジョと手だって繋いだし、それ以上のことだって経験もある。
一緒の湯船に入ればそりゃ、腕なり足なりが触れるくらいのことがあるのは予想していたが、それくらいでいちいちドキドキするなんて考えてもいなかった。
しかし、お風呂と言うシチュエーションが加わっただけで、体の一部が触れるだけのことにこうもドキドキするものだろうか?
自分にここまで免疫がないとは今まで気づかなかった。
「どうしたの紬くん? なんか、体勢がおかしくない?」
リリスが不思議そうに訊ねる。
最初の不自由な体勢のまま固まってしまったため、体が変な角度に傾いている。
足が重なってしまった今、この、背筋がツリそうな姿勢に全く意味はない。
「あ、ああ、ちょっと……待って」
上半身を真っ直ぐに立て直すのと同時に、足も動く。
当然、触れている部分が湯船の中で擦れ合うが、その刺激にまたドキドキする。
お風呂の中とは言え、はち切れるように弾んだ華瑠亜の
俺って、もしかして足フェチだったのか?
「こんな手があるならさ、家でも一緒に入れるね!」と、無邪気に話すリリス。
「家でも水着で入るなんて、俺は嫌だよ」
「別に、紬くんは着なくたっていいじゃない」
そうか?
まあ確かに、こいつも人間ってわけじゃないし――――
というか、
男の裸くらい見たってなんとも感じないのかね?
自宅の浴室を思い浮かべながら、さっきのように泳ぐリリスを思い浮かべる。
勢い、体に張り付いた白いタンクトップと、胸の先の小さな蕾まで脳裏に蘇る。
いかん、いか~ん!
この状況にあてられたのか、頭がすっかりそっち方向にスイッチしてるぞ!
ボーっとしている俺の様子に、華瑠亜の表情が徐々に冷ややかさを増していく。
……が、いろいろと余裕が無くなってる俺はそれにも気づかない。
「いやらしっ」
華瑠亜の一言で我に帰る。
「なんだよ? なにも言ってないじゃん」
「なにか言ってるのよ、顔が! …… ねぇ、初美?」
お湯に肩まで……どころか口までとっぷりと浸かったまま初美も頷く。
なんだろう?
知らないうちに、
ふと気がつくと、初美が何かモジモジとお湯の中で手を動かしてるようだ。
何やってるんだ?
と言うか、さっきの倍くらい顔が赤いぞ……。大丈夫か?
「俺、ちょっと体洗って来るわ」
このまま浸かっていてても、緊張のせいで、心も体も一向に癒されそうにない。
もう、体だけ洗ってさっさと上がろう。
手桶にお湯を汲み、湯船から少し離れてシャツを脱いだ。
幸い浴室の中は
持ってきたタオルに浴室の石鹸を使って泡を立て、体を洗う。
塩分でペタついていた肌がツルツルに変わっていくのが気持ち良い。
やはり七部袖を着たまま湯船に浸かっただけじゃサッパリできないよな。
足先まで丁寧に擦り、ほぼ全身を洗い終わった時……ふと、背後で人の気配を感じて慌てて振り返る。
手桶を持って立っていたのは―――華瑠亜だった。
「なんで……
「せ、背中でも流してやろうかと、思って……」
絶対に嘘だろう。華瑠亜がそんな殊勝な行動を取るわけがない。
大方、悪戯でもするつもりで近づいてきたんだろうが……。
まあ、理由はどうでも良い。問題は――――
「その傷……あの時の……」
華瑠亜の声が微かに上擦っている。
俺の体にくっきりと残っているのは、一目瞭然。
実習で華瑠亜を助けた時に負った傷―――ダイアーウルフの歯型だ。
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