09.テイム出来てるんじゃない?

『それ、もしかしてテイムできてるんじゃない?』


 施療院での、信二の言葉を思い出しながら家路を急ぐ。

 俺が、あのキルパンサーのテイムに成功?

 もし本当であれば、かなりの戦力アップになることは間違いない。


 家に帰ると、はやる気持ちを抑えつつ、机の引き出しから鈍色のファミリアケースを取り出す。

 蓋を開けると、三×三マス、計九マスに仕切られた枠の一つに収まっている、見慣れない青色の宝石。


 こ、これが……あの、キルパンサー!?


「すごいっ! マジで、あの化け猫を捕まえちゃったのかもしれないぞ!?」


 リリスもポーチから首を出して覗き込む。


「あんな弱いやつ飼ったって意味ないじゃん、ぷっぷっぷ~」


 何か鼻につく言い方だなぁ。


「あのな、おまえが強いのは分かったけど、使役できるのが数分じゃなぁ……」


 あまりにも汎用性がないだろ。


「そお? それだけあれば、大概のモンスターは撃破滅できると思うけどなぁ」

「おまえはボス戦しかしないつもりか? たどり着くまで誰かの世話になるの? 一般的にテイマーっていったら、求められるのは瞬間火力より持続力だからな?」


 あくまでも、ゲームなんかの傾向の話だが。


「あーあ、やだやだ、男のくせに細かい性格!」

「おまえが大雑把過ぎるんだよ」


 今すぐ召喚してみたいが、さすがにあいつを部屋の中でに出すのはまずい。

 明日、時間があったらその辺りの広場で試してみるか。


 いや、待て待て!

 正直ビーストテイマーのこと、まだよく分かってない部分も多いし、少しでも知識のあるやつと一緒の方がいいんじゃないか?


 調べたところによると、クラスメイトでビーストテイマーを専攻しているのは、俺以外では黒崎初美くろさきはつみという女生徒一人だけだった。

 今のクラスで唯一、元の世界のクラス……どころか学校にすら存在しなかった生徒だ。なぜそんな生徒が紛れ込んでいるのかよく分からないが、改変にともなうゴタゴタでそんなイレギュラーもたまに発生するのだろう。

 長谷川麗と話しているのをよく見かけるが、いずれにせよ、俺とはそんな協力を頼めるような間柄ではない。


 そうなるとやはり……立夏しかいないか。

 今日の立夏の様子を思い出す。


『でも、私の初めてはあれだから』


 あれはどういう意味だったんだろう。

 覚えてろよコノヤロ~!的な?

 普段の態度を見る限り、まさか『大切な思い出にします』なんて意味合いではないのは分かるが、今日の明日で召喚実験の付き合いなんて頼んだら、まるで俺が舞い上がっているみたいだよな。


 とはいっても、他にテイマーの知識があるやつなんてなぁ……。

 ファミリアケースくれたのも立夏だし、今日のことさえなかったら立夏に頼むのが一番自然なんだが。


 ……というか、大事なことを忘れていた。

 そもそも、どうやって連絡を取る?

 夏休みに入っちゃったから学校では会えないし家も知らない。

 当然スマホはない。通話器という、何やら電話ちっくなアイテムはあるが、番号も知らない。

 可憐なら知ってるかな?

 明日、もし会えたら聞いてみるか。


               ◇


 翌日、十時に家を出る。

 可憐の親にも挨拶することを想定して、いつものラフな格好よりも多少マシな服を選ぶ。街並みは変わっても、ファッションの類似点が多いのは助かった。


 もちろん、鎧やローブ、略刀帯など、戦闘用の装束やガジェットは存在する。洋服にもこの世界独特のテイストがなくはない。

 ただ、基本的なデザインは元の世界の服装が基調になっているので、俺がもともと持っていた服でもまったく違和感なく街に溶け込める。

 いきなりファンタジー世界っぽい普段着を着ろと言われても、そんなものは持っていないし、何をどこで買えばいいのかもコーディネートも分からない。

 街並みはファンタジックなのに、住んでいる人々の服装が元の世界の日本と変わらないこの世界は、例えるならテーマパークの西欧風エリアに迷い込んだような感覚だ。


 ちなみに名前も、みんな日本風の氏名のままだ。

 ノートに書いた設定上、改変しなくても無視できる部分はそのまま放置されてるのだろうか? 選別の具合はあくまでノートの精の基準?

 贅沢を言えば、日本食も残してほしかったと最近は切に思う。


 召喚テストについては、一晩考えて、もし時間があれば俺一人でも構わないから試してみようと決めた。

 一度テイムされた魔物は、使役契約を解除するか、使役者――つまり俺が死なない限り危険はない。

 ……はずだが、とにかく、この世界の知識が不足しているのも確かなので、どこにどんな落とし穴があるか分からない。


 ただ、いざとなったらリリスがいるというのは心強い。

 現に、キルパンサーはリリスのおかげでテイムできたわけだし。

 立夏とは、もしかしたら二学期が始まるまで会えないかもしれないし、さすがにそれまでは我慢できそうにない。


 俺の最寄り駅、ウエストフナバシティから可憐の最寄り駅、ヤーワンまでは船電車ウィレイアで一駅だ。

 ヤーワン駅に着き、出口の階段を下りていくと……ん?

 見覚えのある人影が。あれは――


「立夏!?」


 なんという偶然!

 さすがにこのシチュエーションなら、召喚テストの付き添いを頼んだって不自然ではないよな?

 駅の壁に寄り掛かって俯いていた立夏が、俺の声に気付いて顔を上げる。

 昨日はどこかぎこちない空気をまとっていたようにも感じたが、今はすっかり普段の立夏に戻っているようだ。


 が、それにしても……なんというか、今朝はやけに女の子っぽい装いだ。

 膝丈スカートの裾に、二本の水色のボーダーがあしらわれた白地のフレアワンピース。ハイウェストの後ろベルトのおかげか、小柄な立夏でもスラリとした立ち姿に見える。


 足元は、白いレースのソックスにリボンの付いた黒のエナメル靴。

 二の腕をふんわりと包み込むパフスリーブは、上品さと少女らしさを同時に醸し出している。


 そして何よりも、水色のセーラーカラーと胸元の黒いミディアムリボンがなんとも可愛らしい。


 何だろう……もしかしてデートの待ち合わせだろうか?

 道行く人の中にも、立夏を見ながら通り過ぎていく人がちらほら。

 この世界の感覚で見ても、今日の立夏はやっぱり可愛いんだ。


「よう……」

「おはよう」

「今日は、なんて言うか、いつもとだいぶ雰囲気が違うね。もしかして、デートの待ち合わせ?」


 もしそうだったら、長く話しているわけにもいかない。


「違う」


 途端に、昨日の施療院で感じたような、周囲の空気が凍りつくような感覚に産毛が逆立つ。これは……覚えた。理由は分からないが、立夏が怒っている時の空気らしい。


「そ、そっか。もしそうだったら、話してるの見られたらまずいと思ってさ」

「……いないから」

「え?」

「彼氏とか、そういうの」

「あ、ああ、そう……なんだ」


 なぜか、安堵した自分に少し驚く。

 立夏に恋人がいようがいまいが俺には関係ないはずなのに、昨日の意味深な会話のせいで、妙に何かを意識させられているのかもしれない。


「可憐の家……」

「ん?」

「行こうかと思って」

「え? 立夏も?」


 立夏が、小さく頷く。


「それで待ってた」


 ん?


「待ってた……って、俺を!?」


 再び、かすかに頷く立夏。

 確かに、男子一人で訪ねるより女子もいた方が、家の人の警戒心も和らぐだろうが……。


「それはありがたいけど、なんで俺がこの時間に来るって知ってたんだ?」

「念のため、八時くらいから待ってたから」


 ええっ!?


「待て待て。もし俺が午後とか夕方とか、そのくらいに来てたらどうするつもりだったんだ? それどころか、予定変更して今日来ない可能性だってあるのに」

「それならそれで……。でも、昨日の様子から、来ないことはないと思ったけど」


 何なんだ? いくらなんでもちょっとおかしくないか?

 それならせめて、昨日の帰りにでも誘ってくれればよかったのに!


「一応聞くけど、本当に可憐のとこに行くだけ? もしかして俺に何か話でも?」


 少しの間、何かを考えるように首を傾げる立夏だったが――


「特に、何も。夏休みで暇だから」


 それ、昨日も施療院で言ってたな。

 こんなところに丸一日待つ覚悟で来るとか、相当ヒマなんだな……。


               ◇


 可憐の家は、駅から徒歩五分ほどの住宅街にある。

 住宅街……と現代風に言ってはいるが、石畳いしだたみの裏通りに木組みの家コロンバージュが立ち並ぶ中世ヨーロッパ風の住宅街だ。

 塀や門扉、大きな庭など、俺の家の近所とは違う、そこはかとない高級感が漂う。


 木組みの家コロンバージュのよし悪しなんてよく分からないが、ここがこの世界における高級住宅街のようなエリアであることはなんとなく分かる。

 可憐の家は、そんな住宅街の中でもさらに、周りより一回り、いや、二回りは大きく見える豪邸だ。この世界のご両親もやはり、なかなか稼いでらっしゃるようだ。


 家の前に着くと門塀は開放されていたので、そのまま玄関口まで歩いてドアノッカーを鳴らす。

 そういえば、この世界に来て以来、誰かの家を訪ねるなんて初めてだな。

 元の世界と何か大きく変わるわけでもないと思うが、この世界独特のマナーみたいなものはあるんだろうか?


 少ししてドアの覗き窓が開き、「どちら様ですか」と訊ねられる。

 最初に俺が名乗り、続いて立夏のことも伝えると、ドアが開いて、使用人らしい女性が現れた。歳は三十歳前後だろうか。

 秋葉原の喫茶店でよく見かけたようなメイド服……ではない。

 緑色のワンピースにエプロンを着けただけの、いわゆるお手伝いさん、といった出で立ち。


 そもそも、リリスみたいなエプロンドレスのメイド服は、高貴な人が外へ連れて歩く際、主人と使用人を区別するためにできたと聞いたことがある。

 メイドを連れて歩くような身分の人でなければ、ああいう典型的なアキバメイドみたいなのは使っていないのかもしれない。

 もっとも、他の人の服装も元の世界とほとんど変化はないし、使用人だけメイド服になっているというのも、それはそれでおかしな話か。


「可憐さんでしたら、今、ご友人の方とお庭にいらっしゃいますので、よろしければそちらへご案内致しましょうか?」


 庭へ続いているらしい煉瓦レンガ敷きの小道を手で指して訊ねられたので、お願いすることにした。

 狭い道なので、お手伝いさん、立夏、そして俺の順で一列になって進む。


 途中、煉瓦レンガの隙間に足をとられてよろけた立夏を慌てて後ろから支える。華奢な印象だったが、触れた体の柔らかさにやはり女の子だと意識させられる。

 ありがとう、と、短くお礼を言った立夏の頬が、少し赤らんだように見えた。

 立夏と言えば無表情というイメージだったんだが、こっちの立夏は、少しだけ表情が豊かな気がするのは思い過ごしだろうか。


 少し歩くと、中庭と前庭を仕切る鉄柵に突き当たる。先にお手伝いさんが門扉もんぴを開き、俺たちのことを伝えるために中へ入る。

 一分ほどで戻ってきて、「どうぞ」と招き入れられた。


 中は芝生が敷き詰められていて、先ほどの小道のあった前庭に植えられていたような木々は、塀の近くに押しやられるように点々と植えられているだけだった。

 庭のほぼ中央で、両手剣ツヴァイハンダーを振り被っている人影が、可憐だ。

 どうやら素振りの最中だったらしい。

 少年漫画のヒロインみたいなやつだ。


「やあ……今日は、どうした?」と、先に可憐が声をかけてきた。意外と元気そうだ。

「自宅謹慎になったって聞いてさ。落ち込んでないかと思って……見舞いだよ」

「二人、お揃いで?」

「立夏とは、駅前で偶然会って……」


 偶然でもないのだが、待ち合わせでもないし、誤解の少なそうな方を選ぶ。


「なに、あんたら、付き合ってるの?」


 テラスから早速、誤解発言を繰り出してきたのは、横山紅来だ。

 先に来ていた友人って、紅来だったのか。

 可憐と紅来、元の世界でも仲良かったもんな。


「違うって。駅で偶然会ったって……今、話しただろ」

「だって……ねぇ?」


 紅来がニヤニヤしながら可憐の方を見る。


「ここに来るためだけに、そんなおめかし・・・・しないでしょ?」


 可憐も、紅来の言葉に頷きながらマジマジと立夏の出で立ちをチェックする。

 何も言わずに立っている立夏の無表情な瞳からは、特に何も読み取れない。


「とにかく俺は、そこで偶然会っただけ。コーディネートのコンセプトは立夏に訊いてくれ」

「はいはい、じゃあそういうことにしときますかぁ」


 絶対そういうことになんてしておきそうにない紅来だが、立夏も特に説明をするつもりもないらしく、黙ってテラスに上ると紅来の隣の席に座った。

 仕方がないので、俺も後に続く。


 お手伝いさんが四人分の紅茶とお菓子を持ってきて、テーブルに置いてくれた。

 テーブルには他に、角砂糖、花瓶、メモ用紙、時計などが置かれている。

 テラスの上には簡単な板葺きの屋根が付けられていて、夏の強い日差しを避けることができた。


「立夏もなんか言えば? 誤解されるぞ?」

「別に。いい、どっちでも」


 そう言いながら焼き菓子クッキーを一つ頬張る。

 昨日、俺が信二と立夏のことを勘違いした時とはえらい違いだ。


「お! 立夏が紬と付き合ってもいいって言ってるぞ? どうするの?」


 どっちでもいいのはそこじゃない。噂になってもならなくても、って意味だろ!

 ――と心中突っ込んではみたが、茶化すように笑う紅来を見て口をつぐむ。否定すればするほどいじり倒そうと突っ込んでくる紅来の性格は、元の世界から把握済みだ。


 無視、無視! 

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