06.おれつえー?

「お……おれつえー俺TSUEEEE?」

「そう、それそれ」


 次の瞬間、左右の掌から青い光が放たれたかと思うと、さらに眩しさを増しながら一点に収束し、両手にそれぞれ何かを形作って光は消える。

 右手に残ったものを見てみると、杖……と呼んでいいのか迷うほど簡素な木の棒。長さは一メートル足らずと言ったところか。

 左手を見れば、そこにも右手の物とほとんど同じような木の杖を握っている。


「何これ?」


 よく見ると、もともとは一本の長い棒だった物が、真ん中でへし折られて二つの杖に分かれているようだ。


「おれつえー」

「え?」

つえ~……」


 駄洒落かよっ!!

 思いっきり、二本の杖を床に叩きつける。


「なんだよこれ! どうすんだよこれ!」


 床に転がった二本のつえが再び青い光を放ち、今度は形を失って消え去る。


「え~っと……やっぱり、違う?」

「違うに決まってんだろ! 異世界トリップに持参できる唯一の武器に、折れた杖を選ぶ奴がどこにいるんだよ!」


 まあ、折れてなかったとしても大した武器には見えないが。


「まあ……変だな、とは思ったわよ? でも、私もノートの精も『おれつえー』なんて聞いたことないし、国語辞典まで引いて調べた結果、これしかない、って……」

「寧ろ、これだけはねぇよ!」


 ぶっちゃけ、軽いパニック状態に陥る。


 仮にこのリリスとやらの話が全て正しいとするなら、そう簡単に元の世界に戻るってことはできない……ということになるだろう。

 つまり、あのノートに諸々もろもろ書いた初期設定が、今後、この世界での生活の快適さを大きく左右すると言っても過言ではない。

 少なくとも、モンスターがうろついてるような世界で生き残るためには、愛用の武器は最も大切なツールの一つであることは容易に想像できる。


 その、大事な大事な選択を、駄洒落で流されてしまうとは……。


「そう言えば、主人公……って言うか俺だけど、チート的な強さだってのも書いてあったよな? それはちゃんと反映されてんのか?」

「ええ、それはちゃんと! ノートの精に念を押しておいたからねっ!」

「そ、そうか……」


 それならまだ救いはある。武器はアレだけど、まあ、この世界で改めて手に入れればなんとかなるだろう。

 ……で、俺のチート部分は、どこなんだ?


「どうしたの? 両手なんて見つめて……」

「あ、いや……なんか、あんまり強くなってる実感がないなぁ、って」


 試しに、近くの柱を軽くグーで殴ってみる。


 ――普通に痛い。


 やはり、肉体強化的なチートではなさそうだ。

 となると、あとはチートテイマーの道しか残されていない。何か、物凄い魔物でも召喚できるんだろうか?


「念のためもう一回訊くけどさ、ビーストテイマーっての、ちゃんと反映されてるんだよな?」

「た……ぶん……」

「頼りないなぁ。ノートの精は何て言ってたんだ?」


 いつの間にか俺も、ノートの精の存在を前提に話を進めている。もっとも、リリスと普通に会話してる時点で、既に正常な精神状態だとは言い難いのだが。


「それについては何も。解らない部分は聞いてきてたから、何も言ってないってことは解ってるんだと思うよ」

「杖の件もあるからなぁ……」


 ビーストテイマーから、何か勘違いされるような駄洒落なんてないよな?

 ビーストテイマー、ビーストテイマー ――……


 イラストレイター、

 エンターテイナー、

 パートタイマー、

 キングゲ〇ナー、……et ceteraエトセトラ


 ぶっちゃけ、折れ杖~を見た後だと何にされてるのかもの凄く不安だ。

 とりあえず、パートタイマーだけは勘弁して欲しい。


「とりあえず、どんな世界になってるのか少しリサーチしなきゃだし、そろそろ部屋の外に出てみたら?」

「そうだな……」


 部屋から出ようとすると、後ろからリリスに呼び止められる。


「ちょっとちょっとぉ! 私も連れていってよ!」

「えぇ……どうやって?」

「それは、そっちで考えてよ」


 クローゼットを開けると、幾つかある鞄からワンショルダーを一つ掴み、ポケット部分を空けてリリスの前に差し出す。


「とりあえず、ここに入れよ」

「……なんか、臭くない?」

「嫌ならいい」

「分かったわよ! 入るわよ!」


 パニエで広がったエプロンドレスのせいで入りにくそうにしていたが、交互に抑えながらなんとかポケットに収まり、胸から上を出して外を眺めるリリス。

 端から見たらどう映るんだこれ? なんか成り行きで連れて行くことになったけど……ほんと何なんだよこいつ?


「もし誰かに見られたら、とりあえず人形のフリでもしとけよ」


 部屋の外に出ると、一気にヨーロッパ風の木組みの家コロンバージュの内装に変わる。

 どうやら、俺の部屋だけが元の世界のまま残されていて、それ以外の部分が全て改変されたらしい。……恐らく全世界規模で。


 一階に下りると、ダイニングで母が朝食の用意をしていた。食卓も、パンとミルクとチーズと言った、西欧風のメニューになっている。


「おはよう」と、恐る恐る声を掛けてみる。

「あら、おはよう。今日は早いのね? リリスちゃんも、おはよう」


 やはり、母はこの世界でずっと生きてきた人間で、記憶もそうなってるんだろう。それは予想通りだったのだが――

 驚いたのはリリスにも挨拶をしたことだ!

 まさか、人形に挨拶したわけではあるまい。母の中では、今日よりもずっと前からリリスを知っていたと言うことになる。


「母さん、こいつ知ってるの?」


 リリスを指差して俺が訊ねると、キョトンとした顔で母が振り返る。


「そりゃ知ってるわよ。あんたの使い魔じゃない。……大丈夫?」


 ええ~~っ! こいつが、俺の使い魔?

 もう一度マジマジと、鞄のポケットから顔を出してるリリスを見る。


「そ、そうだったんだ、私………テヘ」


 テヘじゃねぇよ! どう見てもただのチビメイドじゃん!

 チートテイマーの野望、どうなってるんだよ!


「か、母さん? 因みにこいつ、実はすっごい強かったりする?」


 キッチンへ戻った母の後を慌てて追いかけながら、さらに質問を重ねる。調理の手を止め、そんな俺の顔を心配そうに覗き込む母。


「あんた、本当に大丈夫かい? リリスちゃんのことならあんたの方が詳しいだろうけど……戦ってるところなんて見たことないし、戦闘向きではないんじゃない?」


 じゃあ……何向きなんです?


「じゃあさ、使い魔でもビーストでも、俺が他に使役してるの見たことある?」

「そんなのないわよ。リリスちゃんだけでしょ? あんた、他に持ってるの?」


               ◇


「行ってきま~す……」


 絶望的な気分とはまさに、今のこの心境のことだ。自宅と外界を隔てるドアの閉まる音が、これほど不安に感じられたことはない。

 超強力武器でもなく、肉体強化でもなく、飼い慣らしテイミングスキルでもなく……じゃあ、俺のチートはどこで発揮されるんだ?


 とにかく、もうモテるとかそう言うのは一旦脇において、モンスターと遭遇する前に何かしら解明しておかないと命に関わるぞ?


 出掛けに言われた母の言葉を思い出す。


『そう言えば昨日、あんたの友達から連絡があったわよ。なんだっけ……あんたが休んでる間に何かがあって……班長がどうとか……。よく解らないから、学校に言ったら聞いてみて。藤崎さん、って子』


 どうやら昨日、俺は学校を休んだらしい。

 そして、藤崎――恐らく華瑠亜かるあからで間違いないだろうが、何か連絡事項があったらしい。 

 ただ、それ以外の部分はまったく要領を得ない。

 班長? 何の話だ?

 

 駅のあった辺りに行って見ると、形はだいぶ違うが、〝ウエストフナバシティ〟と書かれた駅らしき建物を発見する。

 その向こう側では、何台もの車両が引っ切り無しに出たり入ったりしていた。

 車両とは言っても、デザインは寧ろ船のようで、車輪はなく、仕組みは分からないが地上から浮き上がって走っている。


 話したことはなかったが、別のクラスの連中を見つけて同じ車両に乗り込む。全員私服だ。

 たまたま昨日は、リビングに制服を脱ぎっ放しにしていたためこっちの世界では制服が無くなっていただけなのだが……私服で結果オーライだった。


 車両は小さいが、何台も立て続けに出入りしてるので、結果的には元の世界の電車よりも待ち時間が短い気がする。

 朝のラッシュアワーにしては、人影もかなり少ない。


 車内掲示板には【フナバシティ行き:各駅】とある。元の世界で高校があった船橋のことだろうか?

 とりあえず、文字や言語が改変されていないのは助かった。


「どういう仕組みで動いてるんだ?」


 ボソっと俺が呟くと、背中のリリスが隣のお婆さんに話しかける。


「この乗り物、どうやって動いてるの?」


 この使い魔、コミュ力の高さだけは役立つかも知れない。

 お婆さんは一瞬驚いたようだが、直ぐにニコニコと答えてくれた。


「あら、可愛い使い魔さんね! これは魔粒子マジックパーティクルを使って動いてるんだよ」


 魔粒子は、魔力変換の塔という建造物で空気中のマナを精製して作られ、大気に放出されているらしい。つまり、人間の生活圏は基本的にマナ濃度が薄く、逆に魔粒子濃度が高いことになる。

 魔力変換の塔がモンスターに奪われたら大変だと、お婆さんの説明が続く。


「でも、そんな設定、ノートには書いてなかったよな?」

「書いてない部分の設定は自動生成プログラムで作るって言ってたわよ」


 なんだかなぁ……。どんな世界になっちゃてるのか、ものすごく不安だ……。

 〝マナ〟なんて言う月並みな単語を聞く限り、あまり突飛な設定はしないプログラムのようだけど。


 フナバシティに着いてホームに降りると、早速後ろから誰かが声を掛けてくる。

 

「お~っす! 紬!」


 この声は……この世界の勇哉ゆうやか!

 声の方を顧みると同時に、近づいてきた勇哉がポンと俺の肩を叩く。


「よ、よう……」


 ノートを無くしたことを思い出して一瞬ドキっとしたが、この世界の勇哉はそもそもノートのことなんて知らないんだよな。


「風邪はどうだ? 準備の方は、バッチリ?」

「な、なんの準備だよ?」


 どやら昨日は、俺は風邪で休んでいたらしい。


「何って、今日のモンスターハントの対抗戦だよ。今日、紬の班の番だって……連絡いってないのか?」


 ん? 何の班なのかよく解からないが、俺と勇哉は同じ班じゃないのか?

 あのクラスで言ったら、川島勇哉ゆうや森歩牟あゆむ塩崎信二しんじ小野沢光ひかる、そして俺。この五人は、何かにつけてつるんでいた、所謂いわゆる仲良しグループってやつだ。

 それとも、自由に組むような班分けじゃなかったのだろうか。


「いや、全然、なんの準備も……」

「ま~たまたぁ! そんなこと言って、お前のことだからまた何か狡賢ずるがしこい手を考えてるんだろ? チーター紬!」

「何だよ、チーター紬、って……」

「お前の通り名じゃん。みんな言ってるぜ? お前の狡賢ずるがしこさだけはスゲ~って」

「どんな評判だよそれ!」


 何を今さら? と言うような表情で勇哉がキョトンとする。


「何おまえ、気にしてんの? そりゃ、狡賢いってのは褒め言葉ではないかも知れないけど……ズルかろうがなんだろうが、結果出せるならそれでいいんじゃね?」

「そ、そんなもんか?」

「正々堂々と死ぬよりも、ズルく生き残った方がいいでしょ」


 そっか……なんかほのぼのしてて忘れてたけど、ここって一応、死と隣り合わせの世界なんだよな。

 元の世界のぬるま湯みたいな日本とは、価値観も違って当たり前か。

 それにしても、俺がそんな風に言われるようになったエピソードが、こちらの世界には何かあるのだろうか?


「お! 歩牟あゆむ信二しんじだ! ちょっと声かけてくるわ! またな!」

「おう、またな」


 こっちの世界でも、勇哉の性格は相変わらずだな。

 仲良しグループとは言っても、俺も含めて意外とみんな、一人で行動することも多いソロプレイヤータイプだ。

 よくつるんでいるのは、勇哉がああして積極的に声をかけ回ってるおかげもある。


 それにしても――


「チーター紬、って何だよ!?」


 歩きながら、鞄のリリスに声をかける。


「あだ名みたいね。格好いいじゃない、チーターって!」

「まさかと思うが、ネコ科の動物と間違えてないよな?」

「え? 違うの?」

「チートな奴の事を言うんだよ。どっちか言うと、悪い意味で」

「そ、そうなんだ……」


 束の間の沈黙。


「一応聞くけど……俺のチートについてノートの精とどんなやりとりを?」


 昨夜の事を思い出すように、視線を宙に泳がせながら人差し指を頬に当てるリリス。あざとい仕草だが素でやっているのだろう。……ちょっと可愛い。


「え~っと、ノートの精がチートの意味がわからないって言うから……」

「うん」

「私が辞書で調べてあげて……」

「うん……」

「ズルいって意味だから、ズルい奴になりたいんじゃない? って言ったら……」

「う……ん?」

「解った、って言ってた」

「………」


 待て待て!

 解った、って言ってた……じゃねぇよっ!

 それじゃ、ただのズルい奴、ってだけじゃん!

 

 武器は駄洒落だじゃれ、肉体強化も無し、使い魔はチビメイド一匹、あだ名が狡賢いチーター。何一つまともな部分がない。

 元の世界にいた頃より、確実に社会的スペックが低下している。


 どうするんだよこの状況!?

 次々と打ち砕かれていく希望、そして明らかになる絶望。

 一体、何がどうしてこうなった? 誰のせいだ?

 この、リリスとかいう能天気な使い魔のせいか?


 しかし、だとしても、最早もはや怒る気にもなれない。夢なら早く醒めてくれと願うばかりだが、このリアルで生々しい五感……とても夢の中だとは思えない。


 もう、あれだ……。

 残された希望は女の子達とキャッキャウフフと過ごすことくらいだ……。

 この世界の俺にとって、残された最後の希望はハーレムだけだ……。

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