12.繰霊石
足元で繰霊石が消えゆく様子を見届けた後、視線を上げて須藤を睨むメアリー。
その瞳には、ある結論を確かめようとするかのような難詰の色が浮んでいる。
「その娘、亜人か?」
感情の薄い瞳に僅かに驚愕の色を浮かべた須藤だったが、それもすぐ元に戻る。
六尺棍を握った俺の左手に光るムーンストーンに目を止めながら……。
「おまえらは確か……午前中、ギルドホールで絡まれてた連中だな?」
「絡んできたのはあんたの相棒だろうが! なにを他人事みたいに!」
しかし、そんな俺の
「どうやって亜人が……と思ったが、そうか、その指輪のおかげか。
須藤が興味深そうにこちらへ近づいてくる。
「それ以上、近づくな!」
六尺棍を構えて須藤を睨みつける。
……が、そんな威嚇にもまったく動じる様子を見せず歩を進める須藤。
どうする!?
須藤に攻撃の意思があるかどうかは解らないが……もしあるなら、距離を縮められることはそのまま殺生の与奪権を握られることと同義だ。
抵抗しても無駄だということか?
かと言って、これ以上は……。
「
命じるや否や、再び現れたリリスたんが須藤に向かって鋭い刺突を繰り出す。
一瞬間に繰り出される複数の刺突。
一筋、二筋、三筋……須藤の上半身を貫く計五筋の剣撃!
止めると言うよりも……完全に殺気を籠めた五連撃だ。
が、しかし――――
「えっ!?」
全く手応えが返ってこないレイピアに驚嘆の吐息を漏らすリリスたん。
須藤を貫いたはずのレイピアの先で、その剣閃をトレースするかのように五筋の黒煙が
須藤の上半身は……まるで繰霊石が消滅した時の如く完全に霧散していた。
が、もちろん、そのまま消滅したりはしない。
リリスたんがレイピアを戻すと同時に、散開していた黒煙が収束して再び須藤の上半身を形作ってゆく。
「
俺の目の前で立夏が、前を向いたままボソリと呟く。
「アンタッチャブル?」
「相手の攻撃に接触しないことを目的にした防御術式。中でも今のは……カウンターで自らを気体化させる、対物理・対魔法における究極防御」
魔法を撃たなかったのは、そう説明する立夏もその障壁に勘付いていたからだろう。
いや、そもそも前線に立っている
動揺する俺を一瞬だけ流し見た後、再び前方に視線を戻して説明を続ける立夏。
「ただし、欠点はある。障壁を張り続けるには相当な魔力を消費するので、持久戦には不向き」
な、なるほど。
しかし……。
「なかなか、博識なメンバーがいるようじゃないか」
口を開いたのは、一旦足を止めた須藤だ。
ニヤリと口の端を上げながらさらに続ける。
「確かにその娘の説明は概ね正しいが……ならばその、MPを馬鹿食いしている使い魔と、どちらが先にバテるか持久戦勝負でもするか?」
なんだと?
あいつ、そんなことも解るのか?
いや、もしかすると鎌をかけられているだけかも!?
そう考えて努めて平静を装うが……。
そんな俺の思惑を見抜くかのように須藤が言葉を繋ぐ。
「鎌をかけているわけじゃない。
「お前たちの……一族?」
「
俺の右腕の応急処置を終え、今は雫の傷の治療にあたっているメアリーが、患部から目を離さずに口を開く。
「繰霊石の精製法は、とある一族にしか伝わっていないと習いました。そしてさっきの気体化によるアンタッチャブルもその一族が得意としてた技だと聞いてます」
そこまで話すと、一旦治療の手を止めたメアリーが須藤を強く睨みつける。
「あなたは、ダークエルフですね」
メアリーの言葉を肯定する代りに、須藤が僅か目を細める。
「だ……ダークエルフ……」
俺も思わず、ザ・ファンタジー! と言うようなその単語を繰り返す。
この世界においてダークエルフという一族がどういう位置付けなのかはまったく解らないが、とは言え〝エルフ〟だ。
ゲームやファンタジー世界に全く縁がないような人でも一度は耳にした事があるような、定番中の定番、キングオブ亜人みたいな存在だ。
正直、ノームみたいなマイナー種族とはインパクトが全く違う。
やったことはないが、さすが
「どうしたんですか、パパ?」
ポカンとしている俺の方を見てメアリーが訊ねる。
「いや、なんていうか……エルフって、ほんとにいるんだなぁ、と」
「そりゃいますよ。ノームだって同じ亜人なんですから」
「まあそうなんだけど……ノームってほら、いまいちマイナーじゃん?」
途端に、メアリーの眉尻がキッと釣り上がる。
「マイナーとはなんですか! ちょ~メジャーですよ! アホですか? 少なくとも絶滅したダークエルフなんかよりは、ずっとずっとずっと……」
「え? 絶滅……?」
「そもそもそあれはエルフじゃありません! 〝ダークエルフ〟です! ダークって知ってます? 裏エルフみたいなもんです! 裏がメジャーなんてこと……」
「ちょっと待て。絶滅ってなんだよ? 今、目の前にいるじゃん、
俺の言葉を聞いた途端、
「……はあ? 人間はそんなことも習ってないんですか?」
そう言いながら今度は、立夏の方を見上げて怪訝そうな表情を浮かべる。
もしかしてそれも、この世界では常識レベルの知識なのか?
「紬くんはちょっと……アレだから」と、立夏。
アレって何だよ……?
ベッドに座ってメアリーの治療を受けていた雫が口を開く。
「体内で、マナを基に精製したダークエナジーを使って独特の術を駆使する特殊な一族ね。エルフとは付いているけど、エルフと直接的な関係はないのよ、お兄ちゃん」
お兄ちゃん……とは言ってるが、小さい子に何かを教え諭すような口調だ。
メアリーも、呆れた表情のまま雫の言を継ぐ。
「個の強さは強大でしたが繁殖力が弱く、希少亜人だったのです。三〇年前の百日戦争でほぼ絶滅したと聞いてますが、僅かに残った末裔もいるのですよ? パパ」
パパとは言ってるが……これも、学校の先生が生徒に教えるような口調。
最後に、立夏先生が締め括る。
「人間に仇なす勢力として警戒指定されている一族。
まるで、ダメな生徒の補修に教師三人掛かりで取り組んでいるようような図だ。
静かに、しかし、やや楽しむように解説を聞いていた須藤が最後に口を開く。
「一人、物知らずが混ざってるようだが……最近の学生はよく勉強してるんだな」
「紬くんは……」「お兄ちゃんは……」
須藤の言葉に、立夏と雫が同時に口を開く。
「ちょっとアレなので」「ちょっとアレだから……」
二人で顔を見合わせて同時に呟く、同じ言い訳。
だから〝アレ〟って何だよ!?
もしかして俺が〝別の世界線〟から来たということが、なんとなくでもこの二人にはバレてるんじゃないだろうな?
「とりあえず、その使い魔を引っ込めたらどうだ? 出しているだけでもかなりのMPを消費しているようだが?」
「ご主人様……」
須藤の言葉に、リリスたんも俺を顧みて憂慮の眼差しを向ける。
確かに、柿崎の相手をした時も含めれば、リリスたんの使役時間は既に五分を超えているだろう。
莫大な消費MPを考えるとそろそろ維持限界は近い。
しかし、かと言って
「心配するな。今、お前たちを殺すつもりはない」
俺の懸念を察知したかのように須藤が言葉を続ける。
「その使い魔が元に戻った時ですら、俺は隠れて見ていただけだろう?
言われてみれば、確かにそうだ。
立夏が振り向き、流し目で俺を見ながら小さく頷く。
「殺気はない」
俺にだけ聞こえる程度の小さな
気が付けば、輝いていた
このまま
ここはとりあえず、立夏と
「一旦……戻れ、リリス!」
やや安堵の表情を見せながら、青白い光に包まれたリリスたんが元のサイズに戻り、俺の肩へ帰ってくる。
しかし、そんなリリスに俺もアイコンタクトを送ることは忘れない。
油断はするなよ!
いざと言う時には、いつでも行けるようにスタンバっておけ!
俺の目を見て深く首肯するリリス。
「うん! ほんと、緊張したらお腹減っちゃった! 上にあったパン食べてくるから、誰か扉開けてよ!」
おーーいっ!
「ちょっと待てコラッ!」
「え……?」
「『え?』じゃねぇよ! なに、早速この場から立ち去ろうとしてんだよ?」
「だって今〝腹ごしらえして来い〟って、目で合図を……」
「なんでわざわざアイコンタクトで
だめだ
ノームの集落では多少心が通じたように感じたこともあったが……ありゃ偶然だ。
相変わらずポンコツだよ。
まったく、全然変わってない。
「この変な使い魔やあのノームを使役できてるのは、この指輪のお陰だな」
いつの間にか立夏の隣にまで近づいていた須藤が、六尺棍を握った俺の左手に視線を落として興味深そうにムーンストーンを眺めている。
変な使い魔……。
まあ、今のやりとりを見られた後では確かに否定は難しい。
「お前の膨大な魔力に合わせてかなりの変換量に調整されてるな。お前以外は着脱できないよう
祝福? 変換量も着脱不可も、全部呪いの効果で……。
「魔石との相性も良さそうだ。これをどこで?」
「ああ、いや、もらい物というか……」
「ふむ。まさにお前の為のオーダーメイド品だな。これを贈った奴はさぞお前の特徴を知り尽くしていたんだろう。技術のみならず愛情もなければできない仕事だ」
バッカスの顔が思い浮かぶ。
「ど……どうだろ?」
さらに須藤が、六尺棍にも興味を示す。
「この素材は……なるほど。どこで手に入れたかは解らないが、とても面白い物を持ってるな。これもおまえにしか使えぬものだろう」
握り拳を口に当て、何に納得しているのか小さく頷きながら六尺棍を眺める須藤。
六尺棍――俺の身体から離れれば消えてしまうから俺にしか使えないのは当たり前だが……こ、
一目見ただけで魔具の特徴をズバズバと見抜きやがる。
最初にギルドホールで見かけた時の印象ともだいぶ違ってきている。
あの時は、理性的ではあっても、得体の知れない禍々しいオーラも纏っていた。
だが今は――――奸物と言うよりも、ただ単に好奇心を満たしたいだけの研究者や科学者といった雰囲気に近い。
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