07.第二ラウンド

 こんなんじゃ、第二ラウンド前にケイブドッグあいつらに喰われるぞ?


「そもそも紅来と立夏ふたりとも、何で俺のお腹を枕にしてるんだよ!」


 おかげでもの凄く嫌な夢を見ていたような気がする。


「途中で立夏りっかと二人で、川の近くまで用を足しに行ったんだけどさ……」


 おもむろに説明を始める紅来くくる

 用を足す?

 ああ、生理現象か。それは仕方ないけど……。


「私が戻ったら、先に戻った立夏がさっきの体勢で寝てたもんだから」

「だからって紅来まで真似しなくてもいいだろ」

「え? 立夏はよくて私はダメってこと?」

「どっちもダメだろ!」


 今は何時頃だろう?

 横になったのが、紅来の意見の間を取って七時半頃だったとして――

 いや、それとて根拠は紅来の適当な計算だ。

 どれくらい寝た? 一時間? 二時間?

 洞穴に入って約半日。早くも時間の感覚がほぼほぼ失われつつある。


「まあいい。見張り替わるから二人とも寝てていいぞ。目が冴えちまったよ」

「年寄りは寝覚めがいいって言うけど、伊達に年食ってないなー」

「同い年だろ!」

「んじゃ、お言葉に甘えて、遠慮なく~」


 紅来が軽口を叩いている間に、立夏は既に鞄を枕にして横になっている。

 ずっとボ~っとしてたし、かなり低血圧なのかも知れない。

 そんな立夏のお腹を枕にして横になる紅来。

 頑張れ、立夏!


リリスおまえは寝なくていいのか?」

「うん、いいよ。紬くんが起きてる間は一緒に起きてる」

「どうした? いっつもそんなの気にしないで爆睡してるのに」

「いつもと今は違うでしょ! 多分、紅来ちゃんも一人で見張りだったから眠たくなったんだよ」

「ふぅん……。お前はお前なりに、いろいろ考えてるんだ」

「なにそれ? 人を極楽とんぼみたいに」

「極楽……。悪魔のくせに変わった言い回し知ってるんだな」

「一応、魔界ハイスクールに入ってから勉強したからね! 日本語」


 それで極楽とんぼか。他にもっと、覚えるべき単語があっただろう?

〝おれつえ~〟 とか。


「さて、と……」


 ゆっくりと腰を上げて体を伸ばす。

 打撲の痛みはほぼ消えたが、固い地面の上で寝ていたせいか、体中が錆付いたようにギシギシする。

 胸元の冷やりとした感覚に視線を落とすと、少しシャツが濡れている!?


 ……ああ、リリスのヨダレか。


「どこか行くの?」

「座ってるのも疲れたし、ちょっとその辺をぶらぶらするだけ」

「肩! 肩!」


 そう言いながらピョンピョン飛び跳ねるリリスを掴んで肩に乗せる。


「そんな遠くには行かないよ。トーチの灯りが届く範囲だけだ」


 少し歩くと、先程、紅来と一緒にケイブドッグを相手にしていた場所に着く。

 ゴロゴロと転がっている、数頭分の洞窟犬ケイブドッグの屍骸。

 一番手前にあるのが、紅来の右足に噛み付いていたやつだ。

 俺が顔面をぶっ叩いた傷が結局致命傷に?

 右目から血を流しながら後退りしていってたのは覚えているが、あれだけで落命するとはちょっと考え辛いが……。


 しゃがんで、改めて屍骸の顔を覗き込んでみる。


「食べるの?」

「ちげ~よ!」


 薄暗くてよく見えないが、顔の右半分が大きく欠損しているように見える。

 正直、気持ち悪さはあったが好奇心の方がまさった。

 もう少しよく見えるよう屍骸を引き摺ってトーチの近くに運ぶ。


「やっぱり……食べるのね?」

「食わね~って!」


 リリスこいつの食に対する執着は何なんだ?


 改めてよく観察すると、ドーベルマンを思わせるケイブドッグの獰猛どうもうな顔面が右目を中心に大きくえぐられ、傷口は焼けただれたように変質している。

 眼球はもちろん、顔の肉も半分近くが消失し、剥き出しになる頭蓋骨や顎骨。


 魔物特有の変質なのかと思い、もう一度、紅来やリリスたんの倒したケイブドッグも観察してみるが、そちらは死んだ時のまま変化はしていない。


 あれ? そう言えば――


「どうしたの?」


 魔物の屍骸を指で数え始めた俺を見てリリスが訊ねる。


「十二、十三……十四。屍骸、十五頭分なかったっけ? 一つ少なくない?」

「細かいわね! 覚えてないわよそんなの」


 う~ん。リリスたんが倒したやつは散乱してたし、一つくらい川にでも流されたんだろうか?

 改めて半顔の屍骸の前に戻り、リリスに訊ねる。


「どう思う、これ?」

「どうって?」

「この犬の傷跡だよ。棒で殴っただけにしてはあまりにも大袈裟じゃない?」

「言われてみれば……そうね。まだつえーに秘密があるのかな?」


 確かに、考えられなくはない。

 ノートの精の説明不足のおかげで、この世界に来てから初めて気が付いたことと言うのはいくつもあった。

 まだ知らない事実があるとしてもなんら不思議はない。


 他に、俺が倒したケイブドッグはどこに行ったっけ?

 紅来の左足を噛んでたやつは川に落としたから……後は最初に倒した奴か!


 脇腹に六尺棍をぶち込んだ後、向こう岸に放り投げたんだったな。

 濡れるのはちょっと嫌だけど……調べに行ってみるか?

 と、そこまで考えて思い出す。

 そう言えば、全部ギガファイアで蒸発しちゃってるじゃん……。


 その時、「シッ!」と呟きながらリリスが人差し指を唇に当てた。


「どうした? また何か……聞こえるのか?」

「うん……足音……。さっきの、犬だと思う」


 向こう岸へ目を凝らす。


 最初はただの暗晦あんかいであった視線の先に、やがて、光る点が二つ、四つと浮かび上がっていく。

 最終的には、こちらを監視するような数十対の 〝点〟――

 いや、洞窟犬ケイブドッグの魔眼が対岸に並ぶ。

 戻ってきたんだ、ケイブドッグあいつらが!


「起きろ! ケイブドッグだ! また来た!」


 急いで紅来と立夏を起こす。

 先程、一旦目が覚めていたせいか、今度はすぐに跳ね起きる二人。


「やっぱりあったね、第二ラウンド!」


 そう言うと紅来は立ち上がり、二本のダガーを両手に構える。

 立夏も、魔導杖を構えて詠唱を開始した。

 俺も六尺棍を召喚する。


 はっきりとは解らないが、恐らく最初の戦闘時と同じ位はいるだろう。

 まだこんなに残ってたのか、あいつら!


 何頭か川を飛び越えて来る。

 ……が、今回は俺達三人からはかなり離れた場所での渡河。

 向こう岸と、そしてこちら側に分かれた二つの群れが、遠巻きにトーチの周りを取り囲むような状態になる。


「あいつらも、一般鳥獣のように火が苦手だったりするのか?」

「魔物はそんなの恐れないよ。……常識だろ?」


 紅来が答える。

 へいへい。常識、常識。


「多分、さっきのギガファイアが利いてるんじゃないかな。かなり警戒されてる」

「どうせなら、そのまま警戒して諦めてくれりゃ助かるんだけど……」


 しかし、黒い洞窟犬達の包囲網は、ジリジリと少しずつ狭まってくる。

 そりゃそうだよな。諦めるくらいなら最初からここには来ないだろうし。

 やはり一戦交えるのは避けられそうにない。


「紅来。傷の痛みは?」

「大丈夫。もともと浅い傷だし、痛みさえ消えればなんてことない」

「リリスも、万一の場合に備えて準備を!」

「解ってる。さっきだってウズウズして待ってたんだから!」


 リリスが、小さいサイズのままレイピアを抜いてビュンビュン振り回している。


「つ、通常攻撃限定だからな! 忘れるなよ?」

「わ、解かってるわよ」

「『ついつい』はダメだからな?」

「解かってるってば! ちょっとは信用してよ!」

「…………」

「何よ? 何か言いたそうな顔して?」

「どれだけ口で信用して下さいと言っても、実際の行動で約束を破っていては信じることができません。信用は言葉ではなく態度でしか表現できないのです……」

「うっさいわね!」

 

 少しして立夏の詠唱も止まり、魔導杖の先が赤く輝く。


「メガファイア、いつでも撃てる」


 よし、出来る限りの準備はできたはずだ。

 後はもう……なるべく頑張る! 作戦だ。


 川を渡っていた群れの先頭が、少しずつ包囲網を狭めながら、最初に紅来と一緒に撃退した辺りまで到達する。

 さっき俺が、自分で倒したケイブドッグの屍骸を見つけた場所だ。


 数匹のケイブドッグが、屍骸の一つを咥えて後ろへ引き摺って行く。

 さらに別のケイブドッグも、他の屍骸を咥えて同様に引き摺って行くのが見えた。

 こんな環境では仲間の屍骸と言えど重要なタンパク源なのだろうか?


 と、その時!


 ズゥンッ、と地面を揺らす激しい爆裂音と共に、引き摺られて行った二つの屍骸から吹き上がる強大な炎。

 屍骸に群がっていたケイブドッグ――のみならず、周囲の数頭も巻き込みながら、収束した炎が火柱に変る。

 恐らく、十数頭は炎に巻き込まれて倒れただろうか?

 それ以外にも、体に引火してギャンギャン吼え回るケイブドッグが数頭。


 ほぼ同時に、向こう岸でも同じように、爆裂音と共に火柱が上がるのが見えた。

 紅来が、握り拳を固めて「よしっ!」とガッツポーズを取る。


「なんだありゃ!?」


 呆気に取られる俺を、ニンマリと笑みを浮かべながら紅来が振り返る。 


「カウンターマジックだよ。授業で使った余り、何かに使えるかもと思って持ってきてたんだけど、役立ったよ!」

「カウンターマジック?」

「魔具だよ魔具。あらかじめ魔法を注入して、ブービートラップとして使えるんだよ。……つむぎ、ほんと何も知らないんだね?」

「ほっとけ! そんなもの、いつの間に準備してたんだ?」

「紬が一人で探索に行った時、立夏にメガファイアを注入してもらってた」


 あの時か!

 立夏が『今日はMPを消費した』って言ってたのも、それでか。

 ……って言うか、ちょっと待て!


「それ、何個仕掛けたんだよ?」

「ああ……。四つしかなかったからこっちの屍骸に三個と、向こう岸に一個」


 あっぶなっ!

 下手したら俺もメガファイアの犠牲になってたじゃん!


「でも、向こう岸って……死体ごとギガファイアで焼き尽くされてなかった?」

「だから、こっちから一つ持って行ってたんだよ」


 それで死体が一つ足りなかったのか。


紅来おまえ、そういうことは先に言っとけよ! 危うく俺まで巻き込まれるところだったじゃん!」

「サプライズだよ、さ・ぷ・ら・い・ず!」

「……そのサプライズ、必要?」


 まだ、あと一個、あの屍骸の中のどこかに仕掛けられてるってことか。

 後で場所を聞いておかないと……。

 それにしても、あんな危険な物を授業でポンポン配るとか、やっぱりこの世界の安全意識は相当ガバガバだぞ? 気を付けねば……。


 とは言え、こっち側の群れで十数頭。

 向こう岸はトラップ一個だったが、こちらより魔物が密集していた分、同じ位の数を始末できたんじゃないだろうか?


「メガファイア!」


 突然、今度は背後の立夏が、向こう岸へ向かって魔法を放つ。

 次の瞬間、向こう岸で新たな爆発が起こり、更に燃え上がる数頭の洞窟犬ケイブドッグ

 無数の光る眼が右往左往するのが見える。


「り、立夏?」

「あれ以上の待機は無理。もう一度詠唱する」


 そう言うと、再びメガファイアの詠唱を開始した。

 発動待機時間……そっか、そんなのもあるのか。


 とは言え、実質先制攻撃で四発のメガファイア。

 これで、二十頭以上は始末できた!?

 かなり大きな戦果だ。

 あわよくば、これでまた退散してくれれば……とも思ったのだが、包囲の輪は広がったものの退く気配はない。

 やはり、メガファイアクラスの逐次投下ではインパクトが弱いと言うことか。


 最初の戦闘で立夏が魔力消費もかえりみずギガファイアを撃ったのも、あながち選択ミスというわけではなかったようだ。


 少し経つと、先程のラインまでまた、ジリジリと包囲の輪が狭まる。

 向こう岸から次々と黒い影が飛び移り、こちらの群れに合流するのが見える。

 全体では残り二十数頭と言ったところだろうか。


 あともう少し近づかれたら一気に飛び掛って来られるだろう。

 確信があるわけではないが、一回目の戦闘で経験した相手の速力や跳躍力、そして洞窟犬ケイブドッグの姿勢から本能的にそのあたりの勘が働く。


「よし。俺が前へ出て囮になる。立夏は魔法で援護、紅来は立夏の護衛を頼む」

「馬鹿言うなよ。私の方が戦闘力は上だろ? 私が前に出る!」

「だからだよ。相手の数が多いうちは立夏の魔法が生命線だ。囮を突破した魔物から確実に立夏を守れるのは、紅来おまえの方だ」


 口には出さないが、囮で粘るとなればさらに二つや三つ咬創こうそうが増えるのも覚悟しなければならない。

 とても女子に頼めるような役割じゃない。


「そんなこと言ったって、全員無事に済む作戦じゃなきゃ意味ないでしょ!」

「大丈夫! いざとなればまだリリスも使えるし、それに……」


 右手で六尺棍を強く握り締める。


「それに、ただの囮になるつもりはない。ちょっと確認したいこともあるんだ」

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