08.囮
「それに、ただの囮になるつもりはない。ちょっと確認したいこともあるんだ」
「確認したいこと?」
「うん……実際やってみないと解からないから、今は上手く説明できないけど」
少しの間、紅来が何かを探るように俺の目を覗き込む。
俺が決して出任せを言ってるわけではないと悟ると、「わかった」と短く答えて道を空けた。
「でも、絶対に無理しないでよ」
「解かってる」
よ~しっ! 気合入れて行きますかっ!
紅来の横を駆け抜けて一気に前に出る。
突然の敵の接近に、ケイブドッグも一瞬距離を取るように後退るが、攻撃の射程内に躍り出た
直後、一番手前にいた二頭が同時に飛び掛って来る。
相変わらずスピードは速い……が、しかし、冷静になれば所詮は★3の中型犬。
ダイアーウルフやキラーパンサーのように、攻撃を喰らった時点で即、戦闘不能ということもない。
数が多いのが厄介なだけで、一頭一頭は大したことはないはずだ。
相手の動きに集中する。
一応は元弓道部。
身体能力はさておき、落ち着きと集中力にはそこそこ自信がある。
慣れたせいもあるのだろうか?
相手は二頭だが、最初の戦闘の時よりも動きはよく見える気がする。
でも、二兎追う者は一兎も得ずだ!
一頭に狙いを定めると、充分に引き付けてフルスイング!
――――が、スカッという効果音でも聞こえそうなくらい虚しく空を斬る六尺棍。
「ぐっ!!」
易々と攻撃を
「
魔法薬で抑えていた痛みが上書きされ、痛覚が蘇る。
目は慣れてきても、体の反応はまた別の話だ。
慌てて足元に六尺棍を突き下ろそうとして、今度は右腕に走る鋭い痛み。
「!!」
たった今、俺の攻撃を躱した一頭が、いつの間にか右前腕にぶら下がるように喰らい付いている。
あっというまに二頭に嚙み付かれ、更に包囲網から飛び出してくる新手の二頭。
魔法を警戒しているのか、小分けに波状攻撃を仕掛ける作戦のようだ。
「
背後で紅来の声が聞こえる。
ああー、くそっ!
全然、思ったように身体が動かない!
格好つけて出てきたわりに、結局一頭も倒せず、大して時間稼ぎもできないうちにこのザマか!
せめて一頭――――
「せめて一頭だ!」
右腕に噛み付いている一頭も、新たに向かってきた二頭も頭から消し去り、足元のケイブドッグに集中して六尺棍を突き下ろす。
先端が相手の首元にめり込む。
右腕が不自由なためそこまで力は入れられなかったが、「ギャン!」と苦しそうに泣きながら、左足首から口を離すケイブドッグ。
更に、右腕に一頭をぶら下げたまま、新手の二頭を迎え撃つ。
集中力が高まっているんだろうか?
先程にも増して、妙に相手の動きがよく見える。
大振りはしなくていい! コンパクトにいくんだ。
当てることだけに集中っ!!
突き出した六尺棍の先端が、宙に跳ぶ一頭の顔面をカウンターで捉える。
手応えは軽かったが、苦しそうに呻い地面に落下するケイブドッグ。
続けざま、流れるように六尺棍を縦回転。
逆の先端で、地を這うような一振り。
俺の足首を狙って口を開きかけた一頭を宙に跳ね上げた。
「おまえらが足首好きなのは、もう充分解かったぜ!」
追い詰められ、余計な力が抜けたのだろうか?
無駄のないスムーズな動きが生み出した奇跡のツーヒットコンボ。
「うおぉ~~らぁぁぁぁ!!」
それぞれ致命傷には程遠いが、生じた
「ギャオオン!」
衝撃で堪らず右腕から口を離した一頭を狙い、やはり命中率重視で鋭く六尺棍を突き下ろす。
先端でケイブドッグの背中の辺りを突き伏せると、ギャイン! と悲鳴を上げて後退る。
首、眼、肩、背中……。
改めて攻撃を当てた部位を観察する。
薄暗くてはっきりとは解からないが、はやり普通の打撃痕だけではない。
程度の差はあるが、火傷の跡のような創痕――――
やっぱりそうだ!
発動条件もわからないし強さもまちまちだが、六尺棍の先端で攻撃を当てると、通常攻撃とは別の付加効果を与えることが出来ている!?
トゥクヴァルスで、朦朧としながらキラーパンサーを突いた時はこんなことは起こらなかったことを考えると、体調や精神状態にも依存するのだろうか。
いや、キラーパンサーはバインドも入っていた上に、叩いたら直ぐにテイム状態に入ったし、あまり参考にならないか?
噛まれた右腕と左足が痛むが……これくらいの手傷なら、まだまだいける!
その時、視界の隅で向こう岸の不穏な動きを捉える。
視線を向けると、四頭程の黒い影が川を飛び越えようとしている瞬間だった。
「今度は……四頭かよ!」
体を向けようとしたその時、大きな爆裂音と共にブワッ! と劫火が広がる。
メガファイアかっ!!
動き出していた四頭と、そして、その背後にいた数頭をも巻き込みながら渦を巻いていた流炎が、徐々に収束して火柱に変わる。
助かった!
……けれど、川の水が爆風で飛び散り、顔や手足に
沸騰してる!?
「うわァッチッチチチッ!」
慌てて川から離れた俺にすかさず襲い掛かる、先程の手負いの四頭。
しかし、創痕のせい――――だけではないだろう。
俺に対して芽生えた警戒心からか、動きは先程までよりも格段に鈍い。
この程度なら、当てるだけに集中すればなんとかなる。
動きの鈍った四頭に、細かい
堪らず川向こうに逃げていく四頭と入れ替わるように向かってくる新手の三頭!
「犬だ! お前らは犬だっ! ただの中型犬だっ!」
自分に言い聞かせるため、暗示をかけるように繰り返していた言葉が無意識のうちに口から漏れた。
紅来達の頭上に浮かぶ
あと二発……いや、一発でもメガファイアが撃てるくらい時間を稼げれば、残りは俺と紅来の攻撃でも対処できるし、リリスも温存できる!
再び、当てることだけに集中して細かく六尺棍を振る。
首! 脇腹!
連続ヒットで二頭までは押し戻すが、右前腕の痛みに思わず片手を離す。
「
三頭目――――外した!
六尺棍をすり抜け、俺の右足首に喰らい付くケイブドッグ。
「今度は右か!?」
同時に、たった今押し戻した二頭と、
一頭、二頭……なんとか三頭目までは六尺棍を当てられたが、やはりそれ以上は攻撃が追いつかない。
打ち漏らした二頭が、俺の左足首、そして右太腿に鋭い牙を突き立てる。
「ぐあっ!」
三頭のケイブドッグに足を噛み付かれ、完全に動きが封じられる。
まず最初に相手の機動力を、続いて攻撃手段を奪っていくのがこいつらの常套手段らしい。
ここで倒れれば、次に狙われるのは恐らく喉!
「紬ぃーー!」
「まだ来るな!!」
駆け寄ろうとする紅来を必死で制止する。
戦っていてなんとなく感じたことがある。
向こう岸の群れは
さっきの四頭のように遊撃的に動く連中はいても、基本的にあいつらの視線の先にいるのは常に立夏と紅来だ。
リカオンの群れのように、思っていたよりもずっと統制が取れている。
今、
そうなればさすがにリリスを使わざるを得ない。
大丈夫、喉さえ守れば致命傷にはならない。
致命傷さえ避ければ、後からポーションでなんとでもなる!
「おい! リリスちゃん! 紬を助けろ!」
「だめだ! どっちもまだ動くな!」
グッ、と、半歩踏み出したリリスの動きが止まる。
「紬くん!」
ん? ちょっと涙声?
そう言えばトゥクヴァルスでも泣いていたような記憶が……。
涙もろい悪魔なんてイメージが湧かないが、そもそも
とにかく、まだ何が潜んでいるかも解からない得体の知れない地下空洞だ。
せめて、もう一発、向こう岸にメガファイアを撃つまでだ。
それまでこの痛みに耐えれば、あとはリリス抜きでも蹴散らせる。
いや、残り数から言って、それで退散する可能性だって充分にあり得る。
先程押し戻した三頭が、再び同時に向かってくるのが見える。
もうこいつらを迎え撃つ余力は……ない。
六尺棍を地面に投げ捨て、両手をクロスさせるように、喉と頚動脈を守る。
手を離すと同時に、青白く輝き形を失って体内に戻る六尺棍。
メガファイアまで、あと何秒だ!?
それまで、ガードに徹して耐え切ってやる!!
「ガルルルルゥゥゥゥ!!」
宙を跳び、牙を剥いて俺の顔面に肉薄する最後の三頭!
――――と、その時!
何かに弾かれたように軌道を変え、「ギャイン!」と叫んでそのまま地面に落下する眼前の三頭。
今、左から光のような筋が飛んできて……!?
視線を落とした先には、何かに貫かれて苦しむ三頭のケイブドッグ。
それぞれの首、脇腹、そして側頭を貫いて刺さっているのは……灰羽の矢!?
慌てて、射線の出所へ目を凝らす。
逆光で影になってはいるが、白いミニスカートからスラリと伸びた脚。
脚線美が黒いニーハイソックスで更に際立っている。
視線を上げれば、ピンクのベロアジャケットに、耳の後ろで束ねた見覚えのあるツインテール。
光っている目は恐らく、紅来も使っていた
今の俺にとってはまさに、戦いの女神のような立ち姿だ。
弓を構えたまま、びっくりしたような表情でこちらを見ている戦姫の名は――
華瑠亜!?
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