05.【長谷川麗の場合】その弐

 最初の数十項目こうもくは、現在のプレイ状況に関する設問が続く。

 プレイしているサーバー、キャラクターの職業、平均プレイ時間等々。

 その辺りは機械的に答えられるので大して頭も時間も使わない。

 しかし、その後、段々と奇妙な設問に変わっていく。


 ●あなたの理想の世界に電力はありますか?


(電力? 新サーバーの話よね? ファンタジー世界に電力は要らないでしょ)


 NO!


 ●あなたの理想の世界にガスはありますか?


(ガス? ファンタジー世界にガスコンロとかあったらおかしいでしょ!)


 NO!


 ●あなたの理想の世界に水道は必要ですか?


(水道……くらいはあってもいいとは思うけど……蛇口の水道とかはちょっとイメージ壊れるわね)


 とりあえずYES。


 ●上記の質問でYESと答えた方に質問です。

 ●あなたの理想世界の水道は、どのような物ですか?


  □上水道 □井戸 □手漕ぎポンプ □公共の水汲み場 □その他


(まあ、手漕ぎポンプ辺りが落とし所? ……と言うか、なんでこんなライフラインのこと詳しく聞かれるの? これまで、ゲームの中で電気ガス水道に関わる描写なんてあったかな?)


 ●あなたの理想の世界人口はどれくらいですか?


  □ 八十億人 □ 三十億人 □ 十億人 □ 一億人 □ 五千万人以下


(もう、ちょっとこれ、なんなのよ? ファンタジーRPGに世界人口の概念とか必要なわけ!? 数字にもちょ~差があるし…・・・)


 とにかく、設問全てが非常に細かいのだ。

 単なるゲームのワールド設定と言うよりも、本当に新しい世界を一から作ろうとしているような、そんな印象さえ受ける。


 さすがに途中で面倒臭くなって、全部適当なところにチェックしてやろうかとも思ったが、『この質問は右から二番目をチェックして下さい』なんていう設問もちょくちょく混ざっているので機械的な事もできない。


 そもそも、いい加減な答え方をしていると見られてβ版ベータテスターの選考から弾かれてしまっては元も子もない。


(どうせ、今日はもうLOGINログインは諦めたんだし、じっくり腰を据えてやってやろうじゃない!)


 そう覚悟を決めて、次々と奇妙な設問に答えていく。


 途中、夕食や入浴などで離席したり、意外と考えさせられる設問もあったりして、気が付けば「一分で二問回答で三時間半!」と見積もっていた所要時間は大幅に超過していた。

 残り十数問となった時点でふとスマホを覗く。デジタル表示の時計は二十三時十分。


 そこからはいよいよ、おかしな設問が続く。


 ●あなたの学校を理想の世界にどの程度引き継ぎますか?


  □ 完全に引き継ぐ □ 可能な範囲で引き継ぐ □ 引き継がない


 ●学校での人間関係を引き継ぐ所属を選んでください。(複数回答可)


  □ クラス □ 部活動 □ 委員会 □ その他


 ●新たな人間関係を作りたい場合はできる限り具体的に希望を記載して下さい。


  例)A君はBさんを好き Cさんはクラスのヒロイン 等


 プレーヤーの中には社会人だってたくさんいるはずなのに、学校と限定されているのもこちらが見透かされているようで気味が悪い。

 いや、それより何より、日本全国の人がプレイするゲームに、麗のクラスの生徒を個人名で登場させること自体どう考えてもおかしい。


 まるで、設問に答えているのが麗であることを特定されているような気持ち悪さを感じる。

 一体、これらの設問が新サーバーのサービスにどう関係するのか? そう考えた直後、麗は首を左右に振る。


(これはベータテスターの抽選なんかじゃない。何かよく解らないけど、私は今、超次元空間トワイライトゾーンに片足を踏み入れているのかも!?)


 先日、たまたま深夜放送で見た古い映画の再放送を思い出す。

 とは言え、希望の人間関係なんて設問に、うっかり好きな人との恋愛成就でも妄想して、万が一情報が漏れた時の被害は計り知れない。


(ここは、とりあえず〝特になし〟でオッケー)


 ●あなたは、これまでの回答を元に改変された世界への移住を希望しますか?


 最後の設問に〝YES〟と答え、送信ボタンをクリックする。

 もちろん、本当に別の世界に行けるなどと信じていたわけではなかったが、ここまで進めてきてさすがに〝NO〟と答える気にはなかった。


 モニターの中でノートがゆっくりと閉じ、最初の、踊り子ダンサーと一緒に現れた時と同じ場面に戻る。

 最後に次のようなメッセージが出てきた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 改変後の世界への転移が認められた場合、あなたの元へこのノートを届けます。

 そのノートを枕元へ置いて寝ることで、改変後の世界へ転移できます。

 但し、ノートが届いて七十二時間以内に転移を完了しない場合、

 転移の権利は他の方に移り、あなたの権利は永久に失われます。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 もう一度画面をクリックすると、ノートの画面は消え、いつの間にかL・C・Oにログインしていた。


 前回、最後に接続を切った、いつもの見慣れた噴水広場。

 麗を見つけたギルドメンバーの一人が声をかけてきたが、「ごめん、今日はもう落ちるね」と打ち込んでログアウトする。


 直ぐに、攻略ページの掲示板をチェックしてみる。

 確かに、同じような画面を観たらしいユーザーの書込みも何件か見つかったが、ゲームの不具合だと思ったのか運営会社への不平ばかりで、アンケートを最後まで答えた者はおろか、アンケート画面を見たと言う書き込みすら見当たらない。


(本当にあったことなんだろうか?)


 数時間もかけて答えていたのに、終わってみると不思議とリアリティがない。

 時計は、既に深夜零時になろうとしていた。


(あぁ……とにかく疲れた! 今日はもう寝よう)


 乾いた瞳からコンタクト外して洗浄機に入れると、ベッドの方を振り返る麗。

 ……と、次の瞬間、全身の肌がゾワリと粟立つ。

 枕元に、先程までパソコンの画面に出いてたものとそっくりの黒いノートが置かれていた。


               ◇


「……と言うことなのよ」


 翌朝うららは、L・C・Oのゲーム仲間でもあるクラスメイトの初美はつみに、昨夜の出来事を全て話した。

 さすがに、黒ノートをそのまま枕元に置いて寝るのは気味が悪かったため、鞄の中にしまってなるべくベッドから遠ざけて寝たのだ。


「……見せて」


 初美は、相変わらず現実世界リアルでは口数が少ない。

 麗から黒いノートを受け取ると、パラパラとページを捲る初美。


 最初の方から数ページに渡って、麗がアンケートに答えた内容に従ってびっしりと世界設定のような物が記されている。

 世界観の大枠はL・C・Oをベースにしていて、細かい部分の設定をアンケートで補っているようだった。


「どう思う?」

「うん……」

「単なるベータテスターの抽選って感じじゃないよね? ただの悪戯にしては手が込んでるし」

「うん……」

「何より、最後に突然、ノートが現れたのが謎過ぎる!」

「うん……」


 初美が、鞄からスマホを取り出してメッセージを打ち込み始める。

 話したいことが多くなってくると見られるいつもの光景。相変わらず、惚れ惚れするような超高速のフリック入力だ。

 直ぐに麗のスマホに初美からのメッセージが届く。


『すごいじゃん麗! 異世界転移の準備だよそれww』


 どこまで本気なのか解からない初美からのメッセージ。


「確かにそれっぽい流れだけど、まさかそんなことがほんとにあるわけ……」


 直接、口で返答する麗の言葉を遮るようにスマホが鳴る。


『異世界はともかくさ メッチャ不思議なことだらけじゃん!』

「そうなのよね……このノートの出現だけはどうやったって説明できないし」

『本当にその世界に行けるとしたらさ 麗 本当に行くの?』


 少しの間、麗は考える。

 いや、昨夜布団に入ってからも、今朝の登校中も、今の初美の質問に対する答えをずっと考えていた。


(私は本当にその世界に行くことを望んでいるのか)


 その異世界とやらに行って、本当に知り合いも誰もいない中で生活をスタートさせるとなったら麗も首を横に振ったかも知れない。

 しかし、麗の設定が生かされるのだとすれば、異世界にもこちらと同じ家族がいて、友達がいるはずだ。

 そしてそこには大好きなゲーム、L・C・Oのような、剣と魔法の世界が広がっている。


 悔やまれるのは、クラスの男子にBL設定を付与しなかったことだけだったが……。


「うん……行って、みたいかな?」

『なら今夜、ぜひ試してみるべき』

「う、うん……」

『一つお願いがあるんだけど』

「なに?」

『そのノートの 何も書いてないページ 一枚もらえない?』

「いいけど……何するの?」

『麗がどこかに行っちゃったら 私も追いかける!』


 麗は思わず、初美の顔を見る。

 初美も、スマホの画面から目を離して麗の方へ向き直る。

 茶化されているのかと思ったが、初美の目は真剣だった。

 麗が、黒ノートの何も書いていないページを一枚切り取って初美に渡したところで、始業のチャイムが鳴る。


               ◇


 その日の夜、麗はくだんの黒いノートを枕元に置いて布団に入った。

 本当に異世界に行ける……などとは到底信じられなかったかったが、ノートが出現した不思議な経緯を考えると、何かが起こるのでは? という淡い期待もあった。


 万が一……と言うほど高い確率なのかは解からないが、もしこの世界から自分が消えるようなことがあったなら――

 馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、自分が消えた後、できる限り親に心配をかけたくないという思いから、置き手紙も書いた。


 ――――お父さん、お母さんへ

 詳しくは書けませんが、私は、とある出来事を切っ掛けに、こことは別の世界にいくことになりました。

 あちらでも元気で暮らしていこうと思っていますので、どうぞ心配はしないで下さい。今まで育ててくれてありがとうございました。

 親不孝な娘をお許し下さい。     

 お二人の娘 麗より――――


 読み返してみても、変な宗教に引っ掛かったとしか思えない文面だ。

 しかし、これ以上のことを書こうにも、何をどう書けばいいのやら思いつかない。

 あくまでも、超自然的な出来事が起こった場合の保険だし、恐らくこれが両親の目に触れることはないだろう……という楽観も、真剣に考えることを妨げる。


(まあ、こんな物でも、何もないよりはマシよね!)


 手紙を机の引き出しにしまい、布団に入る。

 漠たる高揚感でなかなか寝付けなかったが、それでもいつの間にか、意識は夢の世界へと旅立っていた。


 ふと、何かの気配を感じて目を覚ます。

 ノートの事が気になってなかなか寝付けず、一時間ほど何度も寝返りを打っていたのを覚えているが、いつの間にか眠っていたらしい。


 ……体が動かない。


(金縛り!?)


 目だけを動かして壁時計を見ると、ちょうど零時の位置で二つの針が重なっている。

 寝返りが打てないので姿を見ることができなかったが、背中越しで誰かの話し声が聞こえる。


「では、汝をノートの契約者と認め、この人間の少女を中心とした世界構築を行いますぞ」


 年輩の男性の声のようだが、どこか人間離れした響きのある不思議な声だった。


『うむ。やれ』


 しかし、答えた男の声はさらに、地の底から響いてくるような、この世の物とは思えぬ陰々滅々とした響きに満ちていた。

 金縛りになりながらも、麗の身の毛がよだつ。

 少し間があって、再び最初の、年輩の男らしき声が聞こえた。


「世界線の分岐が完了致しました。これより、双方の世界線でこの人間のみを交換した後、あちらの世界の改変を開始、という段取りになっておりますが……」

『うむ……』

「大量の魔力を頂きますが、宜しいですかな?」

『初めてでもないのだし、いちいち説明は不要だ』


 直後、麗は体がフワっと浮き上がるような感覚を覚えたが、それもほんの一瞬の出来事だった。背中越しにいたはずの二人の気配は消える。

 麗の金縛りも解けたが、しかし、恐ろしくて振り返ることはできず、そのまま布団に潜る。


(何なの? 今の出来事は……夢?)


 布団の中でギュッと膝を抱えて縮こまる。


(あちらの世界線の同一人物と入れ替える?)


 あれはきっと、夢に違いない。そう考えつつ、それでも気が付くと、いつの間にか頭の中で先ほどの不思議な会話を反芻している。

 今夜はこのまま眠れないかも……と思いながら、いつの間にか麗は寝息を立てていた。

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