04.【長谷川麗の場合】その壱

長谷川麗はせがわうららの場合】その壱


 ――四月某日


(早く! 早く! 早く! 早く! )


 ただいま~、と言いながら、玄関を入ると同時に焦げ茶色のローファーを土間へ脱ぎ捨てると、直ぐ目の前の階段をバタバタと駆け上る少女。

 よほど急いで来たのだろうか。上下に揺れるふんわりとしたミディアムボブの乱れ髪から、わずかに光るものが飛ぶ。


(あーもう、三十分も過ぎてるじゃん!)


 二階の自室に駆け込むなり、学校の制服を脱ぐ間も惜しんで人差し指を伸ばした先にあるのは、ノートパソコンの電源ボタン。

 〝うららの部屋〟と書かれたドアプレートが、勢い良く開閉されたドアの向こう側でカタカタと揺れている。


(はあ~、こんなに走ったの、小学校のマラソン大会以来だよ!)


 今ではもう、アニマラ(アニメマラソン)くらいしかしてないけどね!

 ……と独り言ちながら、パソコンが立ち上がるまでの間、急いで制服と、汗で湿ったブラジャーもベッドの上に脱ぎ捨てる。

 代りに着たのは、いつも部屋着にしているスウェットの上下。

 ようやく落ち着いて、机の前の回転椅子に腰を下ろす。


 デスクトップの左側に並ぶアイコンから『ラスト クレイモア オンライン』と書かれた大剣マークのアイコンを選んでダブルクリック。

 画面が黒く代ると、中央に十字架のような形をした両手剣クレイモアのグラフィックが浮かび上がり、NOW LOADING・・・の表示に切り替わる。


 長谷川麗はせがわうららが今ハマっているMMO(多人数型オンライン)ロールプレイングゲームだ。

 今日の午後四時から八時間の予定で、経験値とアイテムドロップ率が三倍という、年に数回しかないスペシャルイベントがスタートしていたのだ。


 麗のような普通の学生が、現実リアルはドロップアウトしていそうな廃プレーヤー達と肩を並べて最前線でプレイするのは難しい。

 プレイ時間が物を言うこの手のゲームの特徴だ。

 それでも、出来る限りイベントを利用して効率よくレベルアップをしていけば、いろいろなパーティーに参加して難関クエストを攻略することも出来る。


 今日はこのために演劇部の練習も休んできた。

 どうせ、イケメン上級生のBL(ボーイズラブ)を妄想するためだけに入った部活だ。

 麗本人はただの小道具係だし、一日くらい休んだところで部の活動に特に支障は無い。


 まだイベント終了までは時間があるとは言え、この手のイベント時には熾烈しれつな狩場争いが発生する。

 多くのプレーヤーが、より効率よくモンスターを倒して経験値を稼げる場所に殺到し、パーティーを組んで狩りをするのだ。


 麗がメインキャラとしてプレイしている〝踊り子ダンサー〟は、攻撃力・防御力が低いため、メインで育成する人は多くはない。

 しかし、各種支援技能サポートスキルが充実しており、スキルを使うための魔力消費も少なく持久力があるので、希少性も相俟あいまってパーティーの需要は高い。

 魔力の消費が少なく持久力がある点も魅力だ。


 とは言え、イベント時はプレイヤー数も多いため、人気の狩場ではパーティーに入れるまでにしばらく待たなければならないのが普通だ。

 早くログインするに越したことはない。


 ロード画面が終了し、メニュー画面が現れると待ち侘びたようにせわしなくマウスを動かす麗。

 彼女がメインで活動してしてるジャパネスタサーバーにポインターを合わせる。


 街並みは中世ヨーロッパ風で、よくあるファンタジーRPGの趣だが、日本地図をモチーフにしたワールドマップが採用されているのが特徴だ。

 クリックすると、画面はいつもログアウトしている街の噴水広場に…………切り替わるはずなのだが、一向にブラックアウトした画面から先に進まない。


(どうしたんだろう? 人数が多すぎて鯖落ち・・・(サーバーダウン)でもした?)


 やきもきしながらマウスのセンターホイールをカリカリと動かしていると、モニターにぼんやりと浮き出てくる、見慣れないグラフィック画面。

 黒いノート?のような物が斜め上視点クウォータービューで表示され、その上に、恐らく麗のキャラであろうと思われる踊り子が乗っている。


(何これ? )


 不正なプレイが発覚すると、ペナルティのログイン制限を受けている間、おりのような場所に閉じ込められるグラフィックが表示されると聞いたことがある。


(これもその一種?)


 しかし、不正な遊び方をしたような記憶は、もちろんない。

 何らかの不具合かと思って運営のホームページを確認しようとしたが、ESCエスケープキーの反応がない。

 画面が最小化できず、ステータスバーも表示されていないので、ブラウザもメーラーも起動できない。

 タスクマネージャーの起動も試してみたが、駄目だった。


(こうなったら最後の手段……電源落とすしかないか?)


 そう思って電源ボタンに手を伸ばしかけるが――――

 こんな画面が表示される状況がパソコンの不具合に起因するものだとも思えず、考え直して手を止める。


 もう一度、マウスを動かしてみる。

 踊り子のキャラクターも、その下に敷かれている(?)黒いノートにも、ポインターが指マークに変わる部分はない。


(もう! なんなのよこれぇっ!!)


 イライラと時計を見ながらマウスを滅茶苦茶に動かしていたその時、一瞬、画面の右下付近でポインターの矢印マークに変化があった気がした。

 もう一度、ゆっくりとその辺りをなぞってみる。


(あった!)


 画面の右下隅、約一センチ四方の部分で、マウスのポインターが指マークに変わる。特に何の変哲もない、周りと同じ黒い画面だ。


(こんなの、よく見つけたな、私……)


 どうせ他に何もできないし……と、恐る恐るクリック。

 突如、パイプオルガンのような音色ねいろの奇妙な旋律が部屋中に響き渡り、びっくりして椅子から腰を浮かせる。


(ボリューム、でかっ!)


 音量を下げようと慌ててキーボードに手を伸ばしたが、しかし、その不思議な効果音(?)もすぐに止む。

 間をおかず、画面の黒いノートがゆっくりと開きながら踊り子を覆い隠し、モニター一杯に見開きの状態で広がった。


 モニターに顔を近づけ、画面内のノートに記された文言に目線を走らせる。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ようこそ、世界改変のページへ。

 これより、あなたが求める理想の世界を構築するための質問を開始します。

 中断された場合は、理想世界の住人たる資格を失いますのでご注意下さい。

 また、最後までお答え頂いても、住人資格を得られる保障はございません。

 ご了承いただけましたら【開始する】をクリックして先へお進み下さい。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


(なんなのこれ? 新サーバーのβ版ベータテスターでも募集してるのかな?)


 意味は分からずとも、この状態を抜け出すには、電源を落とすか先に進むしかない。


(やるにしたって、何でよりによって今日なのよっ!)


 時計を見ると、帰宅してから既に三十分が経過していた。

 イライラしながら、麗は【開始する】を左クリックする。


 途端に、画面一杯に表示される、質問項目とチェックボックス。

 質問は全部で三十項目だったが、左下に小さく表示されているページ数を確認すると、1/14とある。

 全部で十四ページ――つまり、全て同じようなレイアウトだとすれば四百項目以上の質問があることになる。


(これを全部答えろと!? アホかっ!)


 再び時計を見て眩暈めまいを覚える。


(これ、絶対イベント開催中に終わらないでしょ……)


 麗は一旦机から離れると、スマートフォンを片手に大きなクッションの上で横になり、メッセンジャーを開く。

 メッセージの送信先は、ゲーム仲間の黒崎初美くろさきはつみだ。


「LCO(ラストクレイモアオンライン) スタート画面おかしくなった」


 初美から、直ぐに返信が来る。


『今 パーティーの空き待ち中! あのノートみたいな画面? わけわかんなかったから 一回電源落としたら消えてたよ』


 ゲームが正常に出来てるということはサーバーダウンではないらしい。


(やっぱり、電源を落とすのが正解だったか……)

 

「そっちでは 何か噂になってる?」

『何人か見た っていう人がいるくらいかな。麗 まだその画面のままなの?』

「うん てか クリックしたら変なアンケートページに飛ばされたw」

『あれ クリックできたんだw』

「うんうん 何かのアンケートみたい 四百項目以上あるっぽいwww」

『なんじゃそりゃwwwwww イベント期間中に 嫌がらせじゃん』

「多分 内容みると 新サーバーのベータテスター募集っぽい」

『へー! 私もそっちやってればよかったかなー 人数多過ぎて狩りできん(^_^;』


 β版とは、新しいゲームサービスが開始される前に解放されるテストプレイ用のサーバーのことだ。

 人数を限定してプレイしてもらい、サーバーへの負荷やゲームの不具合をチェックした上で本サービスに移行するのが一般的だ。

 通常、β版のプレイデータの全部、または一部は本サービスにも引き継がれるため、β版のプレイはネットゲーマーの間でも人気のプレミアムとなっている。


(今からLOGINインしても混んでそうだし、大人しくアンケートこれやってようかな?)


 気を取り直して、再び机の前に座る麗。


(えーっと、最初の質問は、私が主に活動してるサーバー?)


 ジャパネスタのチェックボックスをクリックする。


               ◇


 麗の話を聞きながら、俺たちの体験といくつか共通点があることに気付く。

 世界改変。

 黒いノート。

 リリスも、机の上から麗の話を興味深そうに聞いている。


「じゃあ、元の世界では、黒崎さんとはゲームを通じて知り合ったんだ?」


 俺の言葉に麗が、んっ? と言った面持ちで小首を傾げる。


「んー? 同じゲームをしてたから仲良くなった、ってのはあるけど……知り合ったのはもっと前からよ」

「そうなんだ。どういう知り合い?」


 麗と黒崎が、不思議そうな表情で顔を見合わせる。

 これ、最近よく見てた表情だ……。

 俺が頓珍漢な質問をした時の、華瑠亜や立夏が見せる顔と一緒だ。


「どうもなにも……クラスメイトじゃない。船橋第二高校、二年B組の……」


 クラスメイト? 黒崎が?

 もう一度、黒崎の顔をマジマジと見る。

 目が合い、黒崎が少し顔を赤くして慌てて目を伏せる。

 顔も名前も、全く覚えがない。


「全く……覚えてないんだけど……」


 俺の言葉に、二人とも驚いたように目を見開くが、しかし、直ぐに麗だけ何かに気付いたような表情に変わった。


「私の事は、覚えてる?」

「そりゃ、麗は覚えてるよ。勇哉と話してるのも結構見かけたし……」

「私が……勇哉くんと?」

「あ、ああ……ゲーム仲間だったんだろ? その、L・C・Oとか言うやつの」

「勇哉くんがL・C・Oやってたなんて、初耳よ?」


 ええ!?

 一体、どうなってるんだ?


 少しの間、麗は頭の中で何かを整理しているようだったが、やがて何かしらの結論に辿り着いたかのように二、三度小さく頷く。


「なるほどね……なんとなく、解った気がする」

「何が?」

「まあいいわ。その話はまたあとで。さっきの続き、話すわね」

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