12.テイマーになりたかったの

「私も、テイマーになりたかったの」


 ……ん?

 ぼんやりとしていたため、不意に聞こえてきた立夏りっかの言葉に、直ぐには反応できなかった。

 我に返り、考え事をしていた脳みそを慌ててこちら側へ引き戻す。

 日傘の蛇の目に催眠効果でもあったのだろうか。


 返事がないのをいぶかしんだのか、一度振り向いて、ちゃんと俺が付いて来ているのを確認する立夏。


「あ、ああ……そうなんだ?」


 二人っきりの時に立夏の方から話しかけられたことなどほとんど記憶にないので、すっかり油断していた。

 昨日の帰りはそれに近かったが、それでも最初に声を掛けたのは俺だったし。


「お兄さんの影響?」


 再び前を向いた立夏に聞き返す。

 会釈をするように、小さく前に動く日傘。

 頷いたようだが、後ろからではよく見えない。


「お兄ちゃんっ子だったから、私」


 だから、テイマーについてもあれだけ詳しいんだな。


「どうして、去年……十年生の時にテイマー専攻にしなかったんだ?」

「ステータス検査……。カリスマが最低だったから。これじゃあいくらテイマーの洗礼を受けてもテイムできるようにはならないだろうって」


 カリスマは確か、テイムの成功率に影響するんだっけ。


「レベルダウンならまだしも、まったくテイムできないんじゃ話にならない」


 確かに、テイム自体できない立夏から見れば、俺の悩みなんて大した問題には映らないのかもな。

 そこまで考えて、俺もハッとする。

 ああ、だから立夏は……。


「ごめんな。俺みたいなのがテイマーなんてやってるんじゃ、かなりチャランポランに見えただろ?」


 やりたくても出来ない人から見たら、テイマーやってるくせに召喚の手順も解らないとか、そりゃ怒りたくもなるわ。


「べつに……そんなことはない。ちゃんと、一生懸命やろうとしてるのは解るから。ただ……」

「ん?」

「テイマーのことだけじゃなく、まるで別世界から来た人みたいに基本的なことが解ってないことがあるから……それがすごく不思議」


 マズいっ!


 まさに別世界から来てるんだけど、さすがにいろいろボロ出し過ぎだよな。

 早くこの世界に慣れて、一般常識くらいは身につけないと拙いよな。

 キャンプの時、うららにも似たようなこと言われたし……。


「不思議、って言うより……なんか、見てて心配になる感じ」


 ああ、だからこの買い出しにも付き合ってくれたのかな?


「キャンプの時の縦笛は……お兄さんのお下がりか何か?」


 このまま話してると、思わず本当のことを口走ってしまいそうだったので、話題を変えることにする。


「ううん……私の」

「でも、テイマーは専攻しなかったって……」

「私がテイマーやりたがってたの知ってたから、九年生の時の誕生日プレゼントに、兄が買ってくれたもの」

「そ、それじゃあ……大切な思い出の品じゃん!」

「思い出の品ではあるけど、どうせ使えないし、大切なってほどでもない」


 いや、そんなはずはない。

 使う使わないの問題ではないだろう。

 大切な人から貰った物っていうのは、それだけで特別なはずだ。


「ゴメン! 無くしちゃって……ほんとゴメン」


 思わず、立夏の背中に向かって頭を下げた。

 立夏は、振り向いて少し慌てたように否定する。


「ほんとに、紬くんが気に病むことじゃない。あの時は仕方なかったし、それ以上に大切なもの、守ってくれたし……」

 

 その後は、俺も立夏も、また黙って可憐の家まで戻った。

 しかし、会話を交わす前までの心地よい沈黙ではなかった。

 少なくとも俺にとっては……。


 別の世界から来た人みたい……と言われたことも気にはなったが、それよりも心に引っかかったのは、やはり縦笛のことだ。

 自らお兄ちゃんっ子だったと言うくらいだから、やはりお兄さんのことは大好きなのだろう。

 縦笛を借りた時、新品のように使用感のなかったのも、話を聞いて納得した。


 そもそも、俺がもっと早く六尺棍の意味に気付いていれば、あの縦笛だって借りずに済んだし、当然、無くしてしまうこともなかったはずだ。


               ◇


 午前中にお菓子を頂いたりしたので、昼食は少し遅めになったが、とても美味しかった。

 サラダやベイクドポテトなど野菜類も豊富だったが、可憐かれんが意外にも肉好きということで、ビーフシチューにローストチキン、ソーセージと肉料理が多めだった。


 俺と立夏が買ってきた食材も使われてはいたが、それ以外の物でもあれだけ用意できるのなら充分な気がした。

 もっとも、お手伝いさんがいるような家の感覚では、体裁上、足りないなりに有り合わせの物だけでちょこっと……というわけにはいかないのかも知れない。


 食事の後は、一時間ほど雑談などをしながらティータイムを過ごし、帰途についたのは午後三時頃だった。

 明日の打ち合わせは、再び可憐の家に午後一時に集合ということになった。


 帰りも立夏と二人きりだったが、話すことが見つからず無言のままだった。

 立夏の方も、いつもの自然な無言ではなく、俺が何か心に引っかかっているような居心地の悪さを感じたのだろう。


「ほんとうに、気にしなくていいから」


 駅で別れ際に、それだけ言い残して帰っていった。

 そんな、空気を読んだ発言をするのも、立夏にとっては非常に珍しいことだ。


 いや、俺の立夏に対する印象の殆どは元の世界での記憶が基になっているが、この世界の彼女は、もしかすると少し違う性格になっているのかも……とも感じる。



 家に帰った後も立夏の縦笛のことが頭から離れず、結局俺の出した結論は「探しに行こう!」だった。

 このことでずっとわだかまっているくらいなら、とにかく出来る限りの事はしよう。

 今頃トゥクヴァルスに戻っても見つかるかどうかなんて解らないし、仮に見つかったとしても、借りた時のようなピカピカの縦笛には絶対に戻らない。


 でも、あの笛が、あの時どこにいって、今どうなっているのか。

 自分に出来る限りのことをして立夏に伝えない限り、彼女に面目が立たない気がする。


「明日、トゥクヴァルスに行くぞ!」

「な、なに、藪から棒に?」と、リリスが目を丸くする。

「縦笛を探しにいく」

「立夏ちゃんの? 気にしなくていい、って言ってたじゃん」


 眉根を寄せて俺を見上げるリリス。


「お前はそうやって言葉通りにしか捉えないから、黒ノートの設定からこんな片手落ち……どころか両手落ちの異世界を作っちまうんだよ。行間を読め、行間を」

「ここを作ったのは、ノートから出てきたポンコツドラゴンね」

「おまえも傍で見てたんなら同罪だろ、ポンコツアドバイザー」

「紬くん……言ってはいけない言葉を言ってしまいましたね? 伴侶をポンコツ呼ばわりするなんて、ひどい!」

「誰が伴侶だよ」

「実家に帰らせて頂きます。さようなら、ポンコツむぎくん」


 そう言うと、いつものクッションまで歩いていってふて寝を始めるリリス。

 リリスおまえの実家、そこかよ?

 ま、いいや。お腹が空いたらまた起きてくるだろう。


 とりあえず、そうと決まれば、明日の約束は断らなきゃいけないな。善は急げだ。これを済まさずして、立夏と顔を合わせる気にはどうしてもなれない。


 今日交換した可憐の番号に早速コールしてみると、お手伝いさん――文子さんが出たので可憐に替わってもらう。


「ああ、可憐? 紬だけど……明日、どうしても外せない用事ができてさ。悪いけどミーティングは欠席していいか?」


 決まったことに後から文句言ったりはしないから、と付け加える。

 どうせ、文句を付けるほど詳しい知識もないしな。


『それは構わないが、欠席は紬だけか?』

「うん、そうだけど……なんで?」

『いや、なんとなくだけど、立夏も一緒なのかと思って』

「なんだよ。可憐まで紅来くくるの真似か?」

『そうじゃない。ただ、今日、買い物から帰ってきてから少し空気がおかしかっただろ、お前たち?』


 なんだ、可憐も気付いてたのか……。

 まあ、可憐にだけは一応話しておくか。


 今日、立夏と話したことを可憐にも説明する。


『なるほどな……みんなで、手伝おうか?』

「いや、いい。そうなればどうしても立夏の耳にも入るし……あいつには黙ってて欲しいんだ」


 言えば絶対に、そんな必要はないと反対されるはずだ。


「だいたい魔物の傾向も解ったし、一人でもなんとかなるよ」


 いざとなればリリスもいるしな。


『そう言うことなら、確かに、立夏にとっても大切な形見だろうしな……』


 ん? 形見?


『いや、形見なんて言うと亡くなったみたいな言い方になるから駄目だな』

「な、何? どういうこと?」

『もしかして、お前、知らないのか? 立夏のお兄さんのこと』

「何か……あったの? 立夏のお兄さんに」

『去年の年明けすぐ、魔力変換塔に大規模な魔物の襲撃があっただろ? 守備隊だった立夏の兄さん、その時の精神攻撃が原因でまだ意識が戻ってないらしいんだよ』


 高等院進学前の出来事だから、私も人伝ひとづてに聞いただけなんだけどな……と説明を続ける可憐の声がやけに遠くに聞こえる。


 マジかよ……。


               ◇


 通話器を戻すと、可憐は少しの間考えて、再び通話器を持ち上げる。


「もしもし? 石動可憐いするぎですが……少し、綾瀬紬あやせの事で話しておきたい事が……」

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