08.サラマー

「どうなってるんだよ? さっきから〝サラマー〟だらけじゃねぇか」

「俺だって解んねーよ。ランクEって聞いてたし……★3が大量湧きするなんて想定外もいいとこだって」


 先頭を歩く剣士風の青年――稲葉虎鉄いなばこてつのぼやききに答えたのは、隣を歩く楯兵ガード安藤衛あんどうまもるだ。

 鞘にも収めず、抜き身のまま握られた虎鉄のサーベルには、すでに何頭か斬ったあとなのだろう。ドス黒い血が幾重にもこびりついている。


「それ、さっさと拭かないと錆びるぞ」


 朱に染まった虎鉄のサーベルを指差しながら忠告する衛の声を、しかし、軽く首を振りながら聞き流す虎鉄。


「こう次々とじゃ、もう面倒くせーよ」

「まあ、そうだよな。これ、完全に観窟ミスだろ……」


 衛も眉をひそめながら視線を前方に戻す。

 照明石のおかげでかなり先まで見通せるが、先ほどから続出しているサラマーのスピードを考えれば油断はできない。

 ……と、二人の後ろから若い女性の声が響く。


「あ、そこ! 左側、落とし穴!」


 おっと! と言いながら、左を歩いていた虎鉄が慌てて右に寄る。


「やっぱ、盗賊シーフ真奈美まなみが先頭になるべきじゃね?」


 そう言いながら振り向いた虎鉄の視線を睨み返すのは、茶髪をサイドポニーで纏めた、やや色黒の小柄な少女。

 淡褐色の大きなつり目はエゴイスティックな少女の性格を物語っているようだ。


「嫌よ。さっきも、あのサラマーとかいう雌犬に噛みつかれそうになったじゃない」

「その前に助けてやったじゃねぇか」


 サーベルを目の前に掲げながら虎鉄が答える。


「虎鉄の剣じゃなくて、標的固定フィックスターゲットのおかげじゃん……。それに、接近動線がわたしの側だったら多分、間に合ってなかったわよ!」

「まぁ、最悪噛みつかれたって、治癒術士ヒーラーもいるし……」

「あのね! いくら後から治せるったって、痛い思いするのは嫌に決まってるじゃん!」


 真奈美と呼ばれたシーフの少女が、眉根を寄せながら頬を膨らませる。


「やはり……リタイアしたほうがいいんじゃないですか?」


 そう言ったのは、真奈美とは別の女性の声。


「はぁん? ティーバに引っ越して腑抜けになったか、伊呂波いろは?」


 そう言いながら虎鉄が、真奈美の隣を歩く赤いケープ付きワンピースの少女――いや、男の娘・・・を睨みつける。


 東宮伊呂波とうみやいろはだ。


「やだなぁ先輩。ボクは前から腑抜けですよ!」

「自慢することかよ! ったく……荷物くらい持ったらどうだ?」

「えー……頭数合わせだって聞いたからオッケーしたんですよ?」

「そりゃランクEだったらの話だ。どう考えても、判定ミスだろ」

「女子に重い荷物を持たせるなんて……心は痛まないんです?」

「おまえは男子だろーが!」


 と、その時――


 前方から、足音もなく猛スピードで突っ込んでくる二頭の黒い魔犬。

 洞窟犬ケイブドッグよりも小型だが、敏捷性はかなり高い。

 細身ながら、狼のように長めの体毛で覆わているのもケイブドッグとの相違点だが、何よりも特徴的なのは、胸部についた人間の女性が持つような二つの乳房。


 サラマーだ!


標的固定フィックスターゲット!」


 楯兵ガードスキル発動と同時に、衛の周囲を旋回し始める魔犬。

 直後、虎鉄のサーベルで撫で斬りにされた二頭の胴体から鮮血がほとばしる。


「ったく、次から次へと……」


 そう愚痴る虎鉄の視界に、さらにゆらりと現れた魔犬の影。


「まだいるぞっ!」


 一、二……五頭!?

 サーベルを正眼に構えなおす虎鉄。

 その切っ先の向こう側で、虎鉄たちへ向かってその身をはしらせる五つの魔影まえい


「あいつら……わざと二回に分けて攻撃を!?」


 衛も、五角形剣楯エスカッシャンの裏側に仕込まれたショートソードを引き抜く。

 またたく間に距離を詰める、俊敏なサラマーの群れ。


「まさか! 標的固定の再発動可能時間キャスティングタイムを狙ってきたってのか!?」


 言いながら虎鉄が、目と鼻の先まで迫っていた先頭のサラマーを一刀両断。

 返す剣で二頭目の首もね飛ばす。


「わかんねーけど! こんな襲撃の仕方、初めてだろ!?」


 衛もショートソードを突き出し、飛びかかってきた一頭の喉元にやいばを突き立てるが――

 引き抜くのに手間取り、その間に、残った二頭が二人の脇をすり抜けて後衛に襲いかかる。


「しまっ……!」

「狙いは後衛か!」


 慌てて振り向く前衛二人の視線の先で、牙を剥くサラマーを前に、両手で頭を抱えた真奈美がしゃがみ込む。


「きゃああああああっ!」


 真奈美の悲鳴が響き渡ったその瞬間、隣の伊呂波へ飛びかかっていたサラマーが何かに弾かれたように後方へ吹っ飛び、もんどり打って虎鉄と衛の間に落下した。


「!!」


 すかさずサーベルを突き立ててとどめを刺す虎鉄。

 最中さなか、その視界の端に映っていたのは、足を広げ、腰を落して正拳突きの構えをとる伊呂波。


 間髪入れず、拳を引く反動で身体を逆回転させる男の娘。

 パッと広がる赤いワンピースの裾が、伊呂波を囲むように深紅クリムゾンレッドの楕円を描く。

 その中心から鋭く伸びた細脚が、今にも真奈美の頭に牙を突きたてようとしていたサラマーの脇腹をえぐり、宙に跳ね上げた。


 中段回し蹴り!?


 駆けもどった虎鉄が、落下するサラマーを薙ぎ払うように宙で切り捨てる。


伊呂波おまえ……いつの間にそんな体術を」

「うーん……ごめんなさい」


 虎鉄の質問に、なぜか両手で胸を抑えながら謝る伊呂波。


「いや、別に、責めてるわけじゃないけど……」

「まだ、運動しながら幻術を維持できないんですよぉ。おっぱい、ぺっちゃんこになってるでしょう?」

「知らんがなっ!」


 不意に、最後尾にいた治癒術士ヒーラー、兼荷物持ちポーターの大柄な青年が、後ろを振り返り、くぐもった声でぼそりと呟く。


「送り犬……」


 ヒーラー……修治しゅうじの声に、パーティーメンバーが一斉に振り返る。

 一点に集まる皆の視線。

 全身から白煙のように妖気を立ち昇らせながら、白い狼の様な魔犬が静かに佇んでいる。


「大丈夫。送り犬は群れを作らないし、視線を合わせてる間は襲ってこない」


 衛が、エスカッシャンを構え直し、皆を落ち着かせるようにゆっくりと説明する。


「真奈美。階段部屋、どこか解るか?」

「こ……この先の左の部屋を入って、さらに奥が階段……」

「トラップは?」

「まだ解らないけど……大きな魔法効果マジックエフェクトは感知できないし、大したトラップはないと思う」

 

 探索眼サーチアイの発動で緑に光る真奈美の眼を見ながら、虎鉄が小さく顎を引く。


「よし、伊呂波! 送り犬から視線を外さないように、階段部屋まで後ずさりで進め。荷物も持ってないんだし、それくらい……できるよな?」

「う――ん……ちょっと待ってください」


 胸の前で両手を合わせ、印を結ぶ伊呂波。


「どうした?」

「いま、おっぱいを作り直しますので……」

「あとでやれっ!!」

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