08.宝具の色

 だが、しかし……この宝具の色は一体……!?

 九割以上の確率で宝具の色は無色透明だと聞いていたので、いつの間にか、頭の中でも無色の仙珠のイメージが出来上がっていた。


 しかし、目の前に現れた八個の仙珠はどこまでも深いプルシアンブルー。

 低確率だがイレギュラーで赤や青の宝具が現れる……というのは聞いていた。

 そして、色付きはノーマルの無色仙珠よりも価値が高いということも。

 赤か青、どちらかがとてつもない相場だったはずだが……。


「ど、どっちだっけ?」

「な……なにが?」


 と、聞き返してきた華瑠亜かるあ声もややうわずっている。

 一瞬、放心しかけたのは俺だけではないらしい。


「あ、ごめん、えっと……色付きだとノーマルより価値が高いんだよな? 赤と青、確かどっちかが五百万ルエンくらいで売れるんじゃなかった?」

「蒼珠の方だね。つまり、青い方」と答えたのは紅来くくる

「ただ、五百万っていっても、過去に出現したのはたった一回で、それがたまたま五百万ルエンで売れたってだけだから……相場と言えるかどうかは微妙だけど」


 なるほど……。

 でも、赤い方――紅珠でも、相場は百万ルエンだと華瑠亜も言ってたよな。ってことは、少なくとも蒼珠はそれ以上の価値があるのは間違いない。

 そっと隣の華瑠亜の顔を覗きみると、両目のルエンマークが踊り狂ってわけが分からない表情になってる。


「じゃ、さっそく、やってみようぜ!」と、声を上げたのは勇哉ゆうやだ。

「やってみる? ……何を?」


 華瑠亜が、ハッと我に返って聞き返す。


「何を、って……つむぎの使い魔を進化させるために、お宝を取りにきてたんだろ?」

「…………」


 たっぷり寸秒の間のあと「あ、ああ、なるほど!」と、華瑠亜が拍手を打つ。


「じゃあ紬、さっさと出せよ、その……猫の使い魔。ブルーだっけ!?」

「お、おう……」


 勇哉に促されるままウエストポーチを開ると、飛び出してきた携帯口糧レーションがぼろぼろと床にこぼれ落ちる。


「ちょ、ちょっと! 気をつけてよね!」と慌てて拾いにいくリリスを横目に、ポーチの奥からファミリアケースを取り出した。


「ちょ、ちょっと待ったあ――っ!」


 魔石でケースを叩こうとした俺の腕を慌ててつかんだのは……華瑠亜だ。


「ちょっと待って、紬!」

「な……なんだよ!?」

「お、お……落ち着きなさい、紬!」

「おまえもな」

「売れば五百万にもなるかもしれないのよ!? ここにいる八人で山分けしたって、一人六十万ルエン以上よ!?」

「もし分けるなら、毒島にだって分けてやらないと……」

「こ、ここにいない人は、ノーカウントよ……」


 ケチくさっ!


「と、とにかく、ここでブルーちゃんに使っちゃうのと換金するの、どっちが得なのか、よ――っく考えた方がいいと思うの」

「そんなこと言ったって、今回のダンジョン攻略も、華瑠亜おまえが『ブルーに耳寄りな情報が』って持ってきた話じゃん」

「そ、そりゃそうなんだけどさ。まさか色付きが出るなんて思わなかったし……」


 レース賭博といい、色付き宝具といい……予想外の展開続きで完全に目的が金儲けに変わってしまってる。


「まあ、俺にとっても五百万ルエンは魅力だし、もし色付き宝具なんて出たらブルーにはあげられないかもなぁ、とは思ってたんだけど……」

「じゃ、じゃあ……!」

「いや、でも、そもそもさ、ブルーの進化に使ったからといって、この宝具が消えてなくなってしまうものかな?」

「……って、言うと?」


 もう一度、祭壇の上の八個の仙珠を見る。

 一つ一つは、直径七~八センチ程度の硬質の珠だ。材質は恐らく、藍水晶のようなものだろう。ぶっちゃけ、なかなかの体積だ。

 子猫サイズのブルーの中へ、物理的に収まるとは到底思えない。


「紅珠を進化に使った記録なら数例あったけど……込められたマナパワーだけを進化に使って、器である〝八房の仙珠〟は残った、って書いてあったね」


 紅来が説明する。

 こいつはほんと……ものしり博士だな。


「じゃあ、こうしよう。この宝具はみんなでゲットしたものだし、全員の決を採って使い道を決めたらどうかな?」

「う、うん……そういうことなら……」と、華瑠亜も諦めたように頷く。

「暗号を解いたのはそこのあんちゃんだし、そもそも俺たちは取得権を放棄してるんだから、使い道はおまえらの好きにしな」


 すぐにそう言ったのは兵団チームのシーフ、貝塚かいづかだ。

 その言葉に、ひじりさんや寿々音すずねさんも頷く。


「先生は……生徒達みなさんの決定を尊重します」と、優奈先生。

「俺もどっちでもいいけど……宝具は残るっつ~なら、進化に使ってみてからでもいいんじゃね?」と、すぐに勇哉も続く。

「私は、たった・・・五百万ルエンの話なら、その〝進化〟ってやつを見てみたいな」


 金貨五十枚を〝たった〟と切り捨てる紅来お嬢様。


「メアリーも、古代同胞ノームの英知の結晶を見てみたいです」


 この子は、もともとお金になんて興味なさそうだしなぁ。


「私は、ブルーちゃんがもっと速く走れるようになるなら、進化させたい! 宝具が残るなら、ステーキハウスも行けるでしょ?」と、リリス。


 その程度しかパワーアップしないと分かっていたら、リスクも犯さないけどね。

 まあ、なにはともあれこれで、仮に俺と華瑠亜が換金派に回っても進化派が多数になったわけだ。


 それにしてもみんな、意外とお金には無頓着なんだな……。


「じゃあ、とりあえずブルーを進化させてから、ってことで……決まりだな?」

「う、うん」


 華瑠亜も小さく顎を引く。

 さすがに、この結果を見てもなお異を唱えるほど空気が読めないわけじゃない。

 レースの投票券もあるし、八房の宝珠だって〝器〟は残るらしいし……そのあたりである程度のご褒美が保証されているのも判断材料にはなっているのだろう。


 華瑠亜の首肯を確認してから、改めて右手のファミリアケースを持ち直す。

 心の中で呼びかけながら、左手人差し指の月長石ムーンストーンでファミリアケースをこつんと叩くと――


 青く輝く光球が飛び出し、ふわりと祭壇の上に載るように停止する。

 いつもなら、ここからすぐにブルーが現れるはずなのだが……。

 今回はさらに輝きを強めながら、祭壇を包み込むほどの大きさにまでみるみる膨れ上がる。


 寸刻その状態が続いたあと、光がゆっくりと収縮し、祭壇のすぐ横でなにかの輪郭を形成してゆく。

 この形は……人型ひとがた!?

 光が消えると同時に中から浮かび上がったのは――お、女の子!?


 真っ先に目に飛び込んできたのは、胴の部分に巻かれた帯と帯締め。

 そんな、黒い着物のようなトップスにミニスカートを組み合わせた変則和装。

 腰に吊るされた、白地に青の模様が入った猫半面が目を引く。


 スカートから伸びているのは、黒のニーハイソックスに

包まれた華奢な右脚。

 それと変わらぬ装いであろう左脚は、半身だけのおくみに膝まで隠されている。


 足元は、江戸時代の花魁道中おいらんどうちゅうで履かれていたような上げ底の下駄。

 但し、それを含めても背丈は百五十センチほどだろうか?

 戦闘メイドモードのリリスたんとほぼ一緒だ。

 腰の後ろに佩いた太刀の長さが、身長に比して非常にアンバランスに見える。


 こ……この和装少女が、ブルーなのか!?


 真っ青な薄花桜うすはなざくらのロングストレートだけが、そう思った根拠ではない。

 決定打は、その上でぴくぴくと動いている青い大きな猫耳だ。

 もちろん、コスプレ用のカチューシャに付いているような紛い物の耳じゃない。

 間違いなくあれは……本物のブルーの耳!!


「獣人……進化……」


 兵団プリーステスの寿々音さんが、驚きを隠すことなく呟く。


 特殊な進化、とは聞いていたが、まさかこうくるとは!

 どうするんだよこれ? ファミリアケースに戻せるのか!?

 寿々音さんの呟きで我に返ったように、引き継いで説明を始める紅来。


「紅珠で、使い魔が人語を話すようになった、って記録はあったけど……まさか蒼珠の方では、獣人進化をさせてくるとはねぇ……」

「ブルーちゃん……メスだったんだ?」


 問題はそこじゃない!

 ……的な勇哉の呟きだったのだが、その直後――


「おなごといわすわけではありんせん」


 しゃ、しゃべった!!

 唐突に口を開いた猫耳ブルーに思わず目を見開く、が……。


「な……なんだって?」

「おなごと……いわすわけでは……ありんせん」


 気だるそうだった半眼をさらに細めて、猫耳ブルーがもう一度、今度は噛んで含めるような口調で言い直す。

 多分〝女というわけではない〟といってるんだろう。


 この言葉遣い、聞いたことがあるぞ。

 確か、くるわ言葉ってやつだ。

 下駄だけじゃなく、言葉遣いまで〝花魁〟なのか!

 なんでベイビーパンサーが花魁に進化してるんだよ!?


 ……なんていう野暮なツッコミは、まあ、しなくてもいいだろう。

 しょせん、この世界の基になってるのは有名RPGゲームの世界観だし、あざといキャラクターメイキングくらいで今さら驚きもしない。


 ただ――


「女じゃないって……どうみても、その格好……」

物怪もののけ男女なんにょの別はありんせん 。わっちの場合は、人化じんかの姿がたまたまおなごの見た目なんでありんす」

「ね、ねんのため聞いておくけど……ブルーで、いいんだよな?」

「ええ。間違いなくブルーでございんす。ぬし様にはよい名をつけていただいて、ほんに感謝しておりんす」


 そういうと、軽く会釈をする猫耳娘。

 再び上げた頬に紅が差し、ようやく小さな口元に微笑ほほえみが浮かぶ。

 伝統衣装風トラディショナルな和装に思わず構えてしまったが、よく見れば顔つきはかなり幼い。


 ふわふわのメレンゲのような、キメの細かいミルク色の肌。

 童顔でありながら、どこか妖艶な面持ちにも見えるのは、きりりと整った眉と、垂れ気味の大きな瞳が見せるコントラストのせいかもしれない。

 古式ばった廓言葉と相まって、とてもリリカルな香りが滲みでている……。


「ちょ、ちょっと、紬くん?」と、肩の上からリリスが髪を引っ張る。

「イテッ……な、なんだよ?」

「分かってると思うけど、こんなポッと出の女剣士なんかになびかないでよね? 使い魔の序列は私の方が上なんだからね!」


 ほんとに剣士なんだろうか?

 っていうか、この猫耳、女ですらないと言ってるし……。


「また序列の話かよ。あれだけメアリーに泣かされたくせに、おまえも懲りないなあ」

「な、泣いてないもん! と、とにかく、なびくのは私にだけでいいからっ!」

「いつ俺がおまえになびいた!?」

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