09.泣いてないもん!

「な、泣いてないもん! と、とにかく、なびくのは私にだけでいいからっ!」

「いつ俺がおまになびいた!?」


 リリスの言葉にメアリーも、聞き捨てならないとばかりにズイッと前へ進み出る。


「そうですよリリっぺ。なびいた具合で言えばメアリーの方が遥かに上なので」

「はあ? 洞穴の中のこと言ってんの? 接吻あんなの、ただの契約行為じゃん! バディとしての年季が違うのよチビっ子が!」

「どの口でメアリーをチビっ子と……。そもそも年季といっても、たかが一ヶ月じゃないですか。そんなの、ほぼ同時みたいなものですよ」

「同時じゃないわよ! 一ヶ月だって先輩は先輩よ! そんなんじゃ、人間界の厳しい縦社会に馴染んでいけないわよあんた!」


 おまえもな。


「とにかく、なびいたポイントで序列を決めるなら、間違いなくメアリーの方がリードしてますので。適当なこと猫耳に吹き込まないでください」

「い……いつからポイント制になったのよ! わ、私にだって紬くん、いっぱい食べ物くれるもん!」

「メアリーのは一兆億ポイントですよ? リリっぺの湿気しけたポイントと一緒にしないでください」

「し、湿気た、って……」

「この際ですから、パパにはっきり序列を決めてもらったほうがいいと思います」


 どの際だよ?

 新しいメンバーが増えるたびに序列争いとか……頼むから、勘弁してくれ。


「じゃあ、紬くん。私とメアリー、どっちが序列一位の使い魔に相応しいと思う? ポイントだけじゃなくて、ちゃんと向き不向きも考慮して答えてよね!」

「っていうかおまえら、そもそも使い魔に向いてね―よ……」

「とりあえずさ、序列のことはあとにして、先を急がね?」


 ぐるりと壁を見回しながら、珍しくまともな意見を述べる勇哉。

 百五十メートル先の天井まで上る螺旋階段だ。

 確かに、上るだけでもそうとう時間がかかるだろう。


「ここを優奈先生おっぱいと一緒に上るなんて、なんの罰ゲームですか……」


 メアリーも天井を見上げながら溜息を漏らす。

 確かにそうだ。優奈ゆうな先生、上れるのか!?

 手すりもなにもないし、転んだら……死ぬぞ?


「ブルーちゃん、おっきくなって、早く走れるようになるだけでよかったのに……」


 リリスの適当な呟きに、しかし、生真面目に頷く猫耳娘。


「問題ございんせん」


 言い終わるやいなや、青く発光したかと思うと、すぐに元の猫型に戻る。

 ……い、いや、猫は猫だが、元のベイビーパンサーではない!


 ベイビーから一気に大人に成長したような、しなやかな暗青灰色スチールブルーの肢体と、緑色の瞳。

 だが、特筆すべきはその大きさだ。

 全長三メートル以上はあるんじゃないか!? 元のキラーパンサーよりでかい!

 形容するならさしずめ、巨大なロシアンブルーといったところか。


「でかっ!!」


 チームのほぼ全員が異口同音に叫ぶ中、ブルーがリリスを見据える。


「お乗りになりんすか?」


 しゃ……喋れるのか、猫の状態でも!?


「い、いや、いいかな、もう……。私向きじゃなくなった気がする……」


 ブルーの突然の成長に、さすがのリリスも気後れ気味だ。

 もちろん、リリスだけじゃなく驚かされたのは俺も一緒だが……。

 進化の結果、ブルーはどんな使い魔になったんだろう?

 通常進化なら、立夏りっかが以前、ヒールパンサーだのピンクバンサーだのと教えてくれた記憶はあるが――


「ブルーは今、なにパンサーになるんだ?」

花魁おいらんパンサーでありんすぇ」


 花魁パンサー……。って、そのまんまじゃん!

 なんだか一気に、なんでもありな感じになってきたな、この世界。

 

 獣耳×和装×ありんす言葉……設定過剰でわけ分からんが、能力はなんなんだ?

 腰の後ろに佩いた長物から察するに、やっぱり剣士的な何かなんだろうか?

 ……とりあえず詳しい検証はあとにして、これなら優奈先生を乗せて歩けそうだ。


 そんなことを考えつつ、俺も首を回して長い螺旋階段を仰ぎ見る。

 とりあえず今はダンジョンからの脱出が先決だ。


「ちょ……ちょっと! なによこれ!?」


 突然、窟内に響く、戸惑ったような華瑠亜の声。

 振り向くと、漆黒・・の祭壇から仙珠の一つを持ち上げる彼女の姿が目に入る。


「文字が消えてる!」


 くるくると仙珠を回して確認しながら叫ぶ華瑠亜。


「も……文字?」

「仙珠の文字よ! それに……色も消えてるし、バラバラになってる!」


 確かに……。現れたときは、輪になって数珠繋ぎに繋がれていたように見えたのだが、今は一つ一つが分離している。しかも、色も無色透明だ。

 進化で、マナパワーとやらを使い切った影響か?


 と、不意に仙珠の一つがコロコロと床に転がり落ちる。

 ガシャン! と派手な音を立てて、粉々に砕け散る仙珠。


「ちょ、ちょっとこれ……ただのガラス玉じゃない!」

「そ、そうみたいだな……」

「なに落ち着いてんのよ! いくら宝具の器が残ったって、こんなんじゃ五百万どころか、五万にすらならないわよ!」

「な……泣くなよ!」

「泣いてないもん!」


 目を擦りながらブルーに駆けよる華瑠亜。

 太さが鉛筆ほどもありそうなブルーのひげを、両手で掴んで左右に引っぱる。


「ちょっと! どうにかしなさいよブルーちゃん!」

「よ、よしなんし……」

「おいおい、人の使い魔になんてことを……」


 いやいや……問題はそんなことじゃない。

 なんだあの祭壇の色・・・・は?


 最初に見たときは、周りの石材と同じ琥珀色の凝灰岩だったはずだ。

 しかし、いつの間にか祭壇全体が真っ黒に変わり、さらに周りから立ち昇るように黒い粒子が溢れ出ている。

 そう……まるで、以前バクバリィで須藤に見せられた〝操霊石くりょうせき〟のように。


「おい……その祭壇……そんな色だったか?」


 俺の声に、華瑠亜もようやく祭壇の異変に気づいて目を見張る。

 台座から溢れ出たのち、引き合うように空中で集まり、徐々に巨大な輪郭を形作っていく謎の闇粒子。


 あれは……なんだ!?

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