05.使役者ぎるど
「今日行くのは、
テーブルに着きながら、リリスの質問に得意気に答えるメアリー。
「いよいよ、パパとメアリーのケッコンが正式に認められる日なのです!」
「いや違うから」
黒いインナーに黒いシースルーを重ねた、涼しげな装い。
初美がよく着ている服だが、とても似合っている。
「みんな、おはよ~」
母がトレーに、木製のカップ二つと、焼き菓子を入れた籠を持ってくる。
メアリーの前にはミルク、初美にはカフェオレ、リリスには焼き菓子だ。
更に、二階からパタパタと誰かが降りてくる足音がする。
おはよう、と言いながら、いつも通り俺の対面の席に座る雫。
俺も、おはよう、と挨拶をしながら出来る限り普段通り振舞おうとするが……。
どうしても、昨夜のことを思い出して意識してしまう。
あんな話を聞いたから、というわけではないが、改めて、しみじみと雫を眺める。
あごのライン辺りまで伸びた黒髪のスレートボブ。
黒い宝石でも埋め込んだような涼やかな目元。
真面目そうに、すっと筋の通った隆鼻。
淡い梅の花を連想させる、子供のようなピンクの唇。
決して目を引くような派手さはないが、日本的で控えめな美人顔だ。
改めて、客観的に見ると……端的に言って、可愛い方だと思う。
親父には似ていないから、本当の母親が相当美人だったのではないだろうか。
「なぁに?」
雫が俺の視線に気づく。
「い、いや。なんでもない……」
慌てて雫から目を逸らすが、何でもないはずがない。
何か、今まで、あまりにも当たり前だと思って疑うことすらしてなかったことが覆されたような感覚。
本来の星占いは十三星座で見るものだと言われて調べてみたら、双子座だったと思っていた俺が、実は牡牛座だったと知ったときのショックに似ている。
社交的な反面、永遠の愛は信じない双子座のつもりで高校まで過ごしてきたのに、今さら、一人への愛に一途で根気のよい牡牛座だと言われても……。
しかし、俺と雫に血の繋がりがないという事実から受けた衝撃は、あたりまえだが牡牛座なんかとは到底比べ物にならない。
もしかして、
……とも考えたが、しかし、言われてみれば、思い当たる節はあった。
母の再婚は俺が一歳の頃だと聞いていたが、それだと最初の父親が死んで一周忌も済むか済まないかの時期ということになる。
妹が生まれた時期を考えると、出来ちゃった婚の可能性も高い。
あり得ないことではないが、母の性格を考えるとどうも違和感はあった。
それに、俺が四、五歳の頃、
妹を連れて出かけていた親父が帰って来ただけの記憶だろうと、大して気にも留めてはいなかったのだが……。
俺が聞かされていた再婚の時期は、俺たちに異父兄妹だと思わせるための嘘で、本当はもっと遅かったのかも知れない。
「お兄ちゃんたち、今日はどこか行くんだっけ?」
「ああ、うん……
「じゃあ、私も途中まで一緒に行こうかな? ティーバまで出るんでしょ?」
そう言えば、場所を聞いてなかったことを思い出してチラッと初美の方を見ると、二、三度小さく頷いている。
どうやらティーバで合ってるらしい。
「ああ、うん……そう。ティーバまで!」
「今日は、メアリーとパパのケッコン記念日になるのですよ!」
「だから違う、っつ~の!」
しかし、雫はニコニコ笑ってメアリーに話しかける。
「そっかぁ。それは楽しみだねぇ。何かお祝いしなきゃね?」
「ほんとうですか!?」
「うんうん。帰ってきたら、何かお菓子でも作ってあげるよ」
「やったあ! ありがとうございます!」
テーブルの上で、なぜかリリスもガッツポーズをしている。
ああ、でも、今日は華瑠亜んとこのハウスキーパー頼まれてたんだっけ。
「そう言えば、今日は夕方からバイトがあるから……少し遅くなるかも」
「そっかぁ。じゃあ、お菓子は明日かな」
客観的に見ればとても可愛い妹が、実は血が繋がっていなかった……なんて言うドラマみたいなシチュエーションだ。
ドラマのようにいきなり異性として意識するわけではないが、それでも何か、昨日までとは明らかに違った緊張が俺の脈拍を早めている。
この世界の十四歳の俺は、事実を知った時、どういう気持ちだったんだろう?
部屋を別にすることを寂がっていた、と言うことは、血が繋がってるかどうかとは関係なく雫のことがとても好きだったんだろうな。
もちろん、仲の良い兄妹として。
恐らく、今の俺のような複雑な感情はまだ芽生えていなかったんだと思う。
しかし、部屋を別にしたいと言った雫はどうだったんだろう?
血が繋がっていなかった、ということが、雫にとってはかなり大きな衝撃だったのではないだろうか。
今は乗り越えているようだが、事実を知った時は、今まで兄だと思っていた男性に対する、警戒心や恐怖心のような感情が芽生えたのかも知れない。
「コーヒー、お代わりは?」と、キッチンから聞こえる母の声。
「ああ……うん、何かスープでも貰える? お腹空いてきた」
「そう……じゃあ、みんなまだ起きたばっかりだけど、朝食にしても大丈夫?」
「むしろ、ばっちこ~い!」
元気に答えるリリスに続き、メアリーと初美、そして雫も頷く。
「じゃあ、ちょっと待っててね。一〇分くらいでできるから」
母の声を聞きながら、ふと、
俺がこっちに転送されたことで、じゃあ、あっちの母から実の子供はいなくなったということか。
今までは、まだ雫がいたから……というのがどこか救いになっていた部分もある。
しかし、雫は実子ではなかったのだ。
もちろん、
しかし、それでも――――
急に、申し訳ない気持ちで一杯になり、胸が苦しくなる。
「お兄ちゃん……どうしたの、涙……」
「え? あ、ああ……ゴメン。昨夜、あんまり寝られなくてさ……なんか、今になって急に眠気が……」
涙を拭きながら、苦笑いで誤魔化す。
雫の部屋で、一晩中ボ~っとしながらほとんど寝られなかったのは本当だ。
とりあえず、ウジウジ考えてたって仕方がない!
事実は事実として受け止めるしかないし、俺と雫の血が繋がっていないからって、これまでと何が変わるってわけでもない。
雫だって難しい時期を乗り越えて、今はすっかり普通に接してくれてるんだ。
◇
「じゃあお兄ちゃん。また夜に」
「うん。くれぐれも、気をつけてな」
「なに? くれぐれも、って……」
ティーバ駅の前で、雫がクスクス笑う。
デニムのショートパンツからスラリと伸びた、やや幼気だが張りのある細い脚。
ショート丈のレースアップTシャツを合わせただけのシンプルな装いながら、さり気なく露出させたおヘソが若々しい健康美を際立たせている。
血の繋がり云々はおいておいても、やっぱり普通に可愛いだろ、こいつ!?
「何て言うか……ちょっと、肌を出し過ぎじゃないないか?」
「ん? なに? 心配してくれてるの?」
「そりゃあ……まあな。
「ふ~ん? いつもそんなこと言わないのに、今日に限って?」
私服の雫と出かけるなんて、
「いつも思ってるんだけど……今日はちょっと嫌な予感したんだよ」
「はいはい。可愛い妹の事が心配なんですね~、お兄様」
再び、悪戯っ子のように雫がクスクスと笑う。
「大丈夫よ。この後、モエちゃんと待ち合わせだし、帰りも遅くはならないから」
モエちゃん……確か、
中学生のくせに薄っすら化粧もしたりして、俺の腕にもベタベタ触りながら、お兄さん、お兄さん、と馴れ馴れしく話しかけてこられたことを思い出す。
そう言えば、胸だけがやたら成長してたよな、あの子……。
顔立ちは可愛らしい子ではあったが、正直、あまり印象は良くない。
無遠慮にズケズケと距離を縮めて来るような相手は、双子座が苦手なタイプだ。
まあ……実は牡牛座だったらしいが。
「じゃあ、初美さん。お兄ちゃんをよろしくね!」
「解かったにゃん!」
クロエの声に合わせて初美も頷く。
遠ざかった雫が、振り返ってもう一度手を振り、角を曲がって姿を消すのを見届けると、俺たちも反対側に向かって歩き出す。
ティーバ ――――
フナバシティもそれなりに大きな都市だが、ティーバ州の州都でもあるここ、ティーバはそれ以上の規模だ。
街道には頻繁に魔動車が往来し、その間を縫うように行き交う多くの歩行者。
道沿いには大な建造物が連なり、衛星都市のフナバシティよりもさらに重要な機能を果たしていることを伺わせる。
メアリーにとってはさしずめ――――
「なんですかここは? 魔法の国ですか!」
……ということらしい。
とは言え、ずっと地底の世界しか知らなかったメアリーにとっては、どこを見ても概ね似たような感想になるなのだろうが。
一〇分程歩くと、一際目を引くゴシック様式の巨大な建造物が見えてくる。
近づくと、建物を囲む生垣の中に『ギルドホール』と彫られた横長の石柱。
せめてギルドホールくらいはカタカナじゃなく、『GUILD HALL』とか雰囲気を出してもらってもいいと思うんだが……まあ、解かり難いよりはいいか。
開放されている正門からホール内に入ると、真っ先に目に映る、床に敷き詰められた赤いカーペット、天井を支える荘厳なアーチ、そして、そこから吊り下げらた、いくつもの豪奢なシャンデリア。
メアリーにとってはさしずめ――――
「なんですかここは! 魔法のお城ですか!!」
……ということらしい。
メアリーが両手を広げ、キャッキャ言いながら広いホールを走り回る。
どこかで見たことがあると思ったら……そう、ア〇レちゃんだ!
尤も、今日のメアリーを見るまで、そんなことしてる子供なんてリアルで見たことはなかったが……。
「
「この先……もう少し奥に行ったところにゃん」
ギルドホールにはさまざまな職業のギルドが入っているらしく、初めての人は館内マップで確認する必要がありそうだが、初美が知ってるなら任せておこう。
相変わらず話すのはクロエだが、以前ほど緊張した様子は初美からは感じられなくなっていた。
ここ最近、話す機会も増えたし、オアラでもだいぶ人慣れしたのかも知れない。
「前から聞こうと思ってたんだけど、初美の使い魔って、クロエだけなのか?」
「もう一匹いるにゃん。シェードという闇精霊にゃん」
「へぇ!……よく解らないけど、強いの?」
「武器に闇属性を付加するのが得意にゃん。因みに、クロエよりブサイクにゃん」
「戦闘補助みたいなものか……」
ブサイク情報は、初美じゃなくてクロエの意見だろうな。
最近気づいたんだが、初美の考えだけじゃなく、会話の中にクロエ独自の意見がちょいちょい混ざってる気がする。
「どうせ初美ん、武器持ってないから使えないにゃん」
「でも、他のメンバーの武器に属性付与したりはできるんだろ?」
「闇属性は強力だけど、付与された方のMP消費も激しいから相手を選ぶにゃん」
「ふ~ん……。なんでそんな精霊、わざわざテイムしたの?」
「テイムしたわけじゃにゃいにゃん。賞品にゃん」
「賞品!?」
使い魔って、何かの賞品で貰ったりすることもできるんだ?
もう少し詳しい話を聞こうと思った時、クロエが前方を指差す。
「あそこが、
◇
申請は、予め用紙を用意していたこともあり、あっけないくらい直ぐに済んだ。
申請用紙を提出すると、オーバルフレームの眼鏡を中指で上げ直しながら、生真面目そうな受け付けの女性が記入漏れなどがないかざっと内容を確認する。
一分も待たずに「結構です。申請を受け付けました」と言われ、それで終了だ。
え? これで終わり? と、後ろで待っていた初美の方を振り返るが、特に
「もっと、亜人のことについて根掘り葉掘り質問されたりするのかと思ってた」
「ここは申請を受け付けるだけだからにゃん。内容に問題があったり、聞き取りが必要ににゃった場合はまた、呼び出しがあるにゃん」
「そうなのか……じゃあ、まだ正式に使い魔として受理されたわけじゃないんだ?」
「でも、とりあえず申請だけ済ませておけば、何か問題が起こるまでは普通に使役してて問題はにゃいにゃん」
その時、ホールの方から「いってぇな、コノヤロウ!」という、男性の大きな怒声が聞こえてきた。
急いで事務所の外に出てみると、すぐ目の前で、色黒の大柄の男が仁王立ちで下を見下ろしているのが見えた。
その視線の先には――――
尻餅をつき、真っ青な顔で男を見上げながら小刻みに震えるメアリーの姿。
彼女の傍にいたブルーが、俺の顔をみつけて駆け寄ってくる。
しかし、そんなブルーには構わず、メアリーの睨みつけながらさらに言葉を続ける大柄の男。
「ん? おまえ、人間じゃねぇな? 何で亜人のガキがこんなとこにいやがる!?」
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