第四章 オアラ洞穴 編 ~潜入前夜
01.紬の本命は
「結局のところ、紬の本命は誰なんだ?」
目だけを女子たちの方に向けながら、俺の耳元で囁いたのは
「何だよ、結局のところ、って……」
「だって
いつの間にか……と言うよりも、ダイアーウルフ戦での負傷が大きな転機だろうな
というか、思い返してみれば、チーターチーターって煩かったの
「だからってなんで、誰が本命なんて話になるんだよ」
二年B組D班の
ぶっちゃけ、モデルクラブの遠足か何かと
先ほどから、男性客を中心に車内がソワソワした雰囲気になっているのも頷ける。
最初は女子の近くで一緒に座っていた俺たちも、そんな視線に居心地が悪くなり、離れたこの席に移動してきたのだ。
「正直あれ、うちのクラスのベストセブンを揃えたような面子だろ」
鼻の穴を大きくしながら囁く勇哉。
そりゃそうだろうな。あのうち六人は、元の世界の
残る一人の黒崎初美も、黒髪を胸元まで伸ばした
「あの中にいて何も感じないなんて言ったら
普段は勇哉の言葉など聞き流していることの多い
「確かにレベルは……高い」
麗と初美が家に来た日から四日が経っていた。
夏休みのダンジョン課題のため、D班プラスアルファでオアラへ向かっている途中のウィレイア車内。
昨夜、オアラのさらに北の地域で大きな地震が発生したとの報があり、余震の恐れもあったため計画を延期しようかという話も出ていた。
が、これだけの人数でスケジュールを再調整するのも難しいということで、学校からの確認には予定通りの日程で返事をしたらしい。
その代わり、優奈先生が引率として同行することになったのだが……。
もともと来たがっていたみたいだし本人は大喜びのようだが、トィクヴァルスでの様子を見てきた俺には、一番気懸かりな人物が追加されただけに思えてならない。
男子メンバーは、俺の他に勇哉と歩牟の二人。
課題の洞穴探索は仕方ないとしても、寝泊りの場面まで男子が俺一人ではさすがにしんどいと思い、仲の良い男子メンバーにも声を掛けたのだ。
女子の半分にも満たない人数だが、それでも男子が俺一人だった場合の所在無さを考えれば、快適度は雲泥の差だ。
宿泊予定の横山家の別荘は充分な広さがあるということで、紅来もメンバー増員については快諾してくれて助かった。
「いやほんと、俺の中で
意気消沈したテイムキャンプからすっかり立ち直った様子の勇哉が、満足そうに何度も頷く。
元の世界での期間も含めて勇哉との付き合いはかなり長いが、これほどご満悦の表情はちょっと記憶にない。
俺の株がD班の女性メンバーのおかげで高騰したのはややか心外だが、まあ、今回はそんな些事には目を瞑っておこう。
「で、本命は?」
「続くのかよ、その話……」
「そりゃそうだよ。万が一本命が被ったら友情にヒビが入りかねないからな」
「勇哉の本命と被ったらどうすんだよ?」
「俺は、あの七人の中なら誰でもいいから」
ああそうですか。
「俺は後でいいよ。特に本命とかないし……勇哉から決めれば?」
「いいのか? 太っ腹だな!」
それはいろいろ成就したあとに言ってくれ。
「歩牟は? どうだ?」と、今度は歩牟に質問を振る勇哉。
「俺は優奈先生一択だな」
即答する歩牟に、勇哉もさもありなんと言った様子で頷く。
「
「
「分かる分かる。確かに、他の女子より五年長く生きてるだけのことはあるよな、あの胸は」
まったく人の話を聞いてないな。
そもそも、五年で急激に胸が大きくなったわけでもないだろう。
「俺はやっぱり……可憐かなあ」
女性陣を値踏みしながら勇哉が呟く。
ハリウッド映画なんかに出てくる、被疑者の素顔を暴こうとしているFBIの心理分析官もかくや……といった真剣な眼差しだ。
「胸、腰、脚……プロポーションのトータルバランスは、間違いなくトップ!」
画家のように、両手の人差し指と親指で作ったフレームに、可憐の均整の取れた肢体を収める。
「だがしかし! 決め手はやっぱりあのクーデレなんだよなぁ。キリッとしたクールビューティーに叱られると、ゾクっとして癖になるんだよ」
こいつ、実はM男か?
「あの声で、照れながら『あ~ん』とかされてみ? 破壊力無限大だぞ?」
されてみ?って……おまえだってされたことないだろ?
可憐が勇哉の指フレームに気付いて、蔑むように目を細める。
あんな眼差しも、勇哉にとってはご褒美なのかもしれない。
「じゃあ、勇哉は可憐ってことでいいんだな」
「いや、そうとも限らない」
勇哉の指フレームが、可憐から隣の紅来に移動する。
「胸に限れば、優奈先生を除いてトップは紅来のDカップ、次点で華瑠亜のCカッププラス……ってところか」
「おい勇哉。とりあえずその指フレーム、止めとけ。怪しまれてるぞ」
歩牟が
……が、人差し指を左右に振りながら、チッチッチッ、と舌を鳴らす勇哉。
「解ってないな歩牟は。わざと怪しませてるんだよ」
わざと?
俺も思わず勇哉の方を見る。
「ここで男三人、コソコソ品定めしてたって何の進展もないだろ。どう思われようが、とにかく君たちを見てますよ、ってサインは送っておくんだよ」
「それで嫌われたら意味ないだろ?」
歩牟のもっともな懸念に対しても勇哉は自信たっぷりに首を振る。
「この程度のことで嫌われはしないし、嫌われないことだけに気を付けてりゃいいのは一握りのイケメンだけだ」
「じゃあ、俺たちは何に気をつけるんだよ?」
「凡人が恐れなきゃいけないのは嫌われることじゃなく、無関心でいられること」
この分野にかけてはほんと、FBIの分析官並みかも知れないぞこいつ。
「とにかく、まずは相手に自分の存在を意識してもらう。
この話題じゃなければ、なんとなく名言っぽい。
「華瑠亜のツンデレツインテも、すぐに人をいじりたがる紅来のサドデレポニーテも、草食系の俺とは相性抜群なんだよなぁ。……どちらも捨て難い!」
草食系? 新しいギャグか?
と言うか、可憐はどこいった!?
「デレデレって言ってるけど、勇哉、あいつらのデレ、見たことあんのか?」と、歩牟。
「俺の体験の有無なんて関係ねぇよ。見りゃ解る」と、勇哉が舌打ちする。
この分野における勇哉の『見りゃ解る』は、妙に説得力ある。
勇哉の指フレームが、初美と話している……と言うか、初美に一方的に話しかけている麗を捉える。
「唯一の眼鏡っ子、麗も外せないよな」と、さらに続く
「しかも、ただたんに眼鏡ってだけじゃない。踊っている時の麗の姿は、思わず
麗は、この世界では
ダイアーウルフ戦――銀色に輝くアッシュヘアーをなびかせながら華麗なステップを踏む麗の姿は、勇哉の言う通りまさに幻想的な美しさだった。
中身はBL好きの腐女子だが。
「そして忘れちゃいけないのが、ダンデレ立夏!」
「何かまた、マイナーなデレが出てきたな」
歩牟の指摘に、両手を頭の上に乗せて大袈裟に驚いてみせる勇哉。
「なに言ってんだよ。ダンデレは今や、四大デレの最後の一枠を争うデレだぞ!」
他の三大は何だ?
「ダンデレのダン、って何のダン?」
「ダンディーとだんまり、二説あるが、まあ似たようなもんだ」
ここまで来たらもう、全員分聞いとくか。
「じゃあ、初美は?」
「初美? 誰だよ?」
「黒崎初美だよ」
「ああ、黒崎か! ってか
「あ、ああ、この前ちょっと、麗と三人で話す機会があって……」
ふ~ん、と、やや怪訝そうな表情を浮かべたものの、それ以上気に留める様子もなく勇哉が続ける。
黒崎についてはほとんど口をきいたことがないから掴みきれてないんだけど、と前置きをした上で――
「恐らく恥ずかしがり屋枠だな。普通に見りゃハジデレだろ。ただ、ああいう子が、中身は意外と肉食系だったりするんだけどな……」
ハジデレか。
うん、さすがだ。合ってる。
初美が肉食系ってのは、ちょっと想像できないが……。
「わたしは何デレ?」
ポーチの中から顔を出したリリスを、勇哉が見下ろす。
「あ~リリスちゃんは……あれだ、アホの子枠か、腹ペコ枠だな……」
「はぁ!? 何それ!? デレは??」
「ま、俺はこんなもんかな。次はおまえが選ぶ番だぞ、紬!」
リリスの抗議を無視して勇哉が俺に訊いてくる。
……と言うか、結局勇哉の本命は誰だったんだよ?
その時、だいぶ乗客もまばらになった車内を、
「あんた達、さっきからまた、ろくでもないこと話してるでしょ?」
そう言いながら、俺と勇哉の間にお尻をねじ込むように座ろうとする。
慌てて、少し横にズレてスペースを空ける俺と勇哉。
Tシャツの上からでもわかる、紅来のいかにも重みのありそうなふっくらとしたバストを前に、勇哉の鼻の下が伸びきっているのが見える。
トレードマークの
この世界では香りの付いた洗髪料はかなり高級品らしいが――。
確か、元の世界では両親揃って県議会の議員か何かだったはずだ。
こっちでも県議会議員ってことはないだろうが、これから向かう別荘といい、可憐と同じ高級住宅街の自宅といい、かなりのお嬢様なのは間違いないだろう。
「で? 私たちの中で誰が一番人気だったの? どうせそんな話でしょ?」
紅来が新しい玩具を見つけたような表情で、俺と勇哉の顔を順番に覗き込む。
「今のところ、みんな同点だな」
「あんたたち三人なのに、どうやって同点になるわけ?」
勇哉の答えに、紅来が不思議そうに聞き返す。
「歩牟が優奈先生に一票。他の六人に俺が一票ずつだ」
なんじゃそりゃ?
しかし、そんな勇哉の答えに、紅来も特に突っ込みもせず俺の方を向く。
「ってことは、最後は紬の一票次第ってことか」
そう言って紅来がニコリと笑う。
あー、なるほど。
もう紅来が何を言い出すのか大体分かった。
「それじゃあもう、一位は決まったようなもんじゃん」
「決まった? 何で?」
紅来の言葉に、勇哉だけでなく歩牟まで身を乗り出して彼女の方を見る。
「だって、残りの一票、
紅来が悪戯っ子のようにクスッと笑う。
こう言う小悪魔的な微笑を浮かべる時が、紅来の一番コケティッシュな瞬間だ。
勇哉は何て言ってたっけ、紅来のこと――。
そうそう、サドデレ?
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