11.キラーパンサー

「そう言えば、キラーパンサーがどうとかって……なんの話だったんだ?」


 紅来を見送ったあと、可憐かれんが話を戻す。

 噂話ゴシップに興味がないのもあるだろうが、実際にテイムキャンプに参加していた者としては聞き逃せない単語だろう。


「ああ、うん。あのキラーパンサー、何かの拍子でいつの間にかテイムできちゃっててさ……」

「ほう!」


 可憐がチラリと、テーブルの上のリリスを見る。

 もしかして可憐は、メイド騎士リリスたんモードのこいつを見てるのか?

 だとしても、こちらから敢えて切り出す段階ではないよな。

 別に隠しているわけでもないが、俺自身、まだ他人に話して聞かせるほどはっきりしたことが解っているわけじゃない。


「で、召喚テストをしてみようと思ったんだけど、一応★5だし、諦めていたら……立夏がここで出してもいいんじゃないかと」

「大丈夫なのか?」


 可憐が立夏に念を押す。


「うん。平気」

「立夏がそう言うなら、大丈夫だろう。出してみれば?」

「いいのかよ本当に。あれだけ苦しめられたんだぜ? 見るのも嫌じゃないか?」

「それはそれ、これはこれ。テイムしてるなら自動的に使役契約も結んでいるんだろうし、基本的に危険はないんだろ?」


 う~ん、現世界こっちの人はみんなこうなのかな?

 確かに、戦ったモンスターにいちいち嫌悪感を抱いてたらテイマーなんて職業は成り立たないだろうけど。


「わかった」と、そこで、俺は重要な事に気がついた。

「ところでさ……召喚って、どうやるんだっけ?」


 さすがに、立夏と可憐が目を丸くする。


「ごめん、実は……ステータス適正からなんとなくテイマー選んだだけで、よく解らないんだよね、テイマーのこと……」

「今、専用武器は持ってる?」


 立夏が、少し怒ったように眉根を寄せながら口を開く。

 僅かとは言え、立夏がこんな風に感情を表に出すのは珍しい。


「う、うん」

「じゃあ出して」


(おれつえ~)


 多分、聞かれても二人に意味は解らないだろうけど、なんとなく恥ずかしくてヒソヒソ声になる。


「ほう。武器体納できるのか」


 可憐が関心した様子で呟く。


「ぶきたいのう?」

「体の中に武具を収納する術だよ。魔力に余裕があれば職業問わずできるが、召喚魔力コールコストがかなり大きいので、使う人は限定的だな」


 なるほど。これも、膨大な魔力の賜物たまものってわけか。

 六尺棍が現れたのを確認して、立夏が説明を続ける。


「それで、あのパンサーの名前を強く念じながらファミリアケースを叩いてみて」

「名前? ……なんてまだ考えてないぞ?」

「なんでもいい。紬くんあなたの好きな名前で。ただ、なるべくいつも同じ名前にしてあげた方が、慣れるのも早い」


 名前か……青い色だから、とりあえずブルーでいいや。我ながら短絡的だ。


 ブルー!!

 念じながらケースをコツンと叩いてみる。

 すると青白い光が飛び出し、俺の前で強く輝いたかと思うと、目の前で一匹の青い猫になった。


 ニャァ~、という、ただの猫としか思えない泣き声がテラス内に響く。

 体長は三十センチ程。子猫より一回り大きいくらいのサイズだ。


 ちっさ! 何これ? キラーパンサーは?

 呆けた表情のまま立夏を顧みる。


「ベビーパンサー。★1ね」


 無表情で説明する立夏。


 ベビー?

 もしかして、テイムしたやつはレベルダウンするっていう仕様?


「テイムに成功しても魔法適正ちりょくが低いと、テイム後のモンスターのレベルが大幅にダウンする」


 知力……確か、塩崎信二しんじの記憶によれば、俺は最低ランクだったな……。


「あなたはカリスマが高いようだからテイムの成功率も高いだろうけど、知力が低いのでテイムしたモンスターは地道に育てる必要がある」


 そう言うことか……。

 ちゃんと育てないと、チートテイマーにはなれないってわけか。

 と言うか、地道な育成って時点でもう、狡猾チートでもなんでもない、通常プレイじゃねぇか!


「でも、悪いことばかりじゃない」

「そうなの?」

「進化前に戻ることで、進化の方向を新たに選び直すことも可能。キラーパンサーじゃなくても、ヒールパンサーとかピンクパンサーとか、この段階からならいろいろ選べる」


 なるほど……自分好みに育てられる楽しみはあるということか。

 と言うか……ピンクパンサー? ク〇ーゾー警部か?


「★2以下のモンスターは耐久力が弱すぎて直接テイムすることが困難なので、知力の低さを生かして初期モンスターのテイムを商売にするテイマーもいる」


 へぇ~。

 なんだかんだ言って、立夏ってすごくテイマーに詳しいよな。

 お兄さんがテイマーってだけでこんなに詳しくなるものなのか?


「じゃあ、戻すときは?」

「モンスターの名前を叫んだ後に、戻れ! って言う」


 ふむふむ。


「ブルー! 戻れ!」


 俺の命令に合わせ、ブルーが再び光の玉のようになりケースに戻る。


「青いからブルーって、あまりにもあれじゃないか?」と、呆れ顔の可憐。

「あまりにも……あれね」と、立夏も無表情で呟く。

「ほっとけ! ……で、どうやったら成長させられるんだよ?」

「とにかく一緒に過ごすこと。戦闘中はもちろん、日常生活でも、一緒にいればいるほど成長の機会も増えるし、こちらの言葉も理解してくれるようになる」


 要は、普通にペットを飼うのと一緒、ということらしい。


 なるほどな。

 ゲームみたいにガンガン戦闘して経験値を稼ぐ……ってわけでもないんだな。立夏に聞いてなかったら、その辺で地道なレべリングに励むところだった。


「そうそう、私の謹慎の件もあってもっと後でもいいと思ったんだが……明日辺り、夏休みの課題についてミーティングしないか?」


 夏の課題?


「一応、紅来にはさっき話したし、他のみんなにも連絡はとってあるんだが……立夏と紬はどうだ?」

「私は……大丈夫。夏休みは暇だから」

「俺も、大丈夫だと思う」


 と言うか、課題の意味がよく解らないのだが……まあそれは、集まった時に話を聞いていれば自然に解るだろう。

 紅来の名前も出てたし、班単位で何かしらの課題があるんだろうか?


「班長を差し置いて仕切るのもどうかと思ったんだが、紬の体調も万全じゃなさそうだったし、謹慎中で暇だったんで……」


 珍しく、ばつが悪そうに言葉を選ぶ可憐。


「いやいや……全然オッケー。寧ろ、頼むから仕切ってくれって感じ」


 そっか……班長は俺だったんだ。すっかり忘れてた。

 すっかり、D班イコール可憐班みたいな錯覚に陥っている。


「そもそも俺、みんなの連絡先すら知らないし……」


 すると可憐が、サラサラとメモ用紙に数字を書いて渡してくる。


「これ、私のコールナンバー」


 立夏からも同じように「これが私の」と番号を渡された。俺の方も、二人に番号を書いて渡す。

 これで、紅来と合わせて、ようやく三人と連絡を取れるようになったわけだ。


「今日、お昼はどうする?」


 可憐が、俺と立夏の顔を交互に見る。


「決めてない」と、立夏。

「俺も、特に予定はないけど……」


 俺達の返事を聞いて、可憐が卓上ベルをチンと鳴らす。


「よかったら食べていかないか? 親は仕事でいないし、気は遣わなくていい」


 そっか、親のことすっかり忘れてた。考えてみりゃ夏休みなのは生徒だけで、大人にとっては普通の平日なんだよな。

 程なくしてお手伝いさんが姿を現す。


「昼食は、文子さんの分も含めて、四人分頼めるかな?」


 お手伝いさん――文子さんという名前なのか。

 可憐の指示に頷く文子さんだったが、買い物は午後からの予定だったらしく、四人分だと少し食材が足りないらしい。


「買い出し、俺が行ってくるよ。文子さん? も、下拵ごしらえとかあるだろうし……この辺りも少し見学してみたくて」


 見学をしてみたいのは本当だ。この世界に来てからまだ一ヶ月程度だし、今は機会があればなるべくいろいろな所を見て回りたいと思っている。

 特にこの辺りは隣駅の街だし、土地鑑を補う上でも重要だ。


「私も買い出し、手伝う」


 立夏も席を立つ。

 頼まれたのは多少の肉と野菜くらいで、手伝いを要するほどの量でもないのだが、この世界の買い物にもまだ不慣れだし、立夏がいてくれるなら助かる。


「そうか。私は一応謹慎中だしな。文子さんの方を手伝ってるよ」


 可憐と文子さんはキッチンへ向かう。


「リリスは……待ってろ!」


 この組み合わせでリリスを連れて歩くのはもう懲り懲りだ。


「紬くんがいないと透明になっちゃうんだからね。早く帰ってきてよ!」


 テーブルに置いたポーチの中にリリスがいそいそと入って行く。おやつの後の、お昼寝タイムらしい。


 立夏と二人で表に出ると夏の日差しが容赦なく襲ってくる。直ぐに、可憐から借りた日傘を広げる立夏。

 ホワイトとグレーの組み合わせで、薄っすらと蛇の目のような渦巻き模様が描かれている。


 一緒に入る? と言うように、立夏が少し傘を持ち上げて小首を傾げるが、断った。雨傘ならともかく、日傘で相合傘と言うのはあまり聞いたことがない。

 昨日と同じように、俺は立夏の少し後ろで、彼女の後ろ姿を見ながら歩く。と言っても、今日見えるのは日傘の模様と足元だけだったが……。


 特に会話はない。立夏と二人きりの時の、これが平常運転だ。

 市場は駅を挟んで反対側で、徒歩十五分くらいの距離だったが、ほとんど住宅街を抜けていくルートだったので道中は静かだった。


 買い物は、元の世界のようにスーパーのような店舗はないので、市場の出店を一軒ずつ回る必要はあったが、買出しの量が少ないので直ぐに終わる。

 もちろん、こちらの世界の買い物慣れた立夏の無駄のない順路取りのおかげも大きかった。正直、もし俺だけで来ていたら倍以上の時間が掛かっただろう。


 帰りも、来た時と同じように住宅街の静かなルートを二人で黙って戻る。立夏の少し後ろから、彼女の日傘をぼんやりと眺めながら歩くのも同様だ。

 違うのは、来るときには空だった買い物鞄の中身が少し増えたくらいだ。


「私も、テイマーになりたかったの」


 ……ん?

 ぼんやりとしていたため、急に話し始めた立夏に直ぐに反応できなかった。

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