06.リリスたん

「リリスたんだってば……」


 そうだったな……おまえはリリスたん・・・・・だ。

 声も、髪型も、髪の色もリリカたんとは違う。

 身長だって二十センチもないだろう。


 頭が朦朧として、アニメの〝リリカたん〟と目の前のリリスを混同してしまう。

 なんだか無性におかしくなってくる。


 なんだよリリスたんって……。

 おまえは結局、何者なんだ?


 ふと、何かを持っている感触が両手から伝わってくる。

 見れば、あの折れた杖だ。

 後ろの木に寄り掛かりながら、両手の杖をスキーのストックのように使ってなんとか立ち上がる。

 木に打ちつけられた時に打撲でも負ったんだろう。全身が痛む。


 もしかしたらまた、肋骨にヒビでも入ったか?

 でも……まだ動けるぞ!


「こら、怪物ばけもの! 女子の尻なんか追っかけてんじゃねー! おまえの相手はこっちだ!」


 特に、何か意味があったわけではなかった。

 無意識のうちに、折れて二本に分かれた杖を繋げてみる。


 見た目だけでも、一本にして威嚇しようと思ったのかもしれない。

 途端に、接合部から眩しい青い光が漏れたかと思うと、そのまま固定された。


 真ん中からは――折れていない!?


 古ぼけた一本の杖。いや、棒と言った方がいいか?

 長さは俺の身長より少し長いくらいだ。

 いつの間にか接合部には、幅五~六十センチほどに渡って、グリップのように白いテープが巻きつけられている。


 なんだか見覚えのある形だぞ?

〝メイド騎士リリカ〟の中で、主人公であるリリカのご主人様が使ってた六尺棍ろくしゃくこんにそっくりだ!

 とりあえず、リーチがある分、縦笛よりはマシだろう。


「おい怪物! こっちを見ろコラ!」


 この杖にこんな秘密があったなんて!

 もしかしてこれが、ノートの精が仕組んだ最強チート武器か!?

 俺は手にした六尺棍おれつえーで、思いっきりパンサーの背中に打突だとつを叩き込む!  


 ――ビクともしない。


 もうどうでもいい。

 とにかく、俺のために集まったみんなが俺の前で死んでいくなんて!

 この先、俺が死のうが生き残ろうが、そんな後味の悪い記憶を引きずるなんてまっぴらゴメンだ!


 その時、誰かが後ろから俺の肩をつかんで横に押し退けようとする。

 ん? 後ろにまだ誰かいたっけ?

 そっか、麗が助けを連れて戻ったのか!


 振り向いた俺の目の前にいたのは――

 リリス……!?


 エプロンドレスとホワイトブリムに、白いニーハイレースソックス、そして、黒いエナメルの上げ底ハイヒール。亜麻色でゆるふわウェーブのボブヘア。白黒モノクロの衣装の中、左右に着いたハート形の髪飾りと首元の赤いリボンが目を引く。


 間違いなくいつものリリス――。


 ただ一つ違うのは、身長が普通サイズになってることだ。

 でかっ!

 背丈は、百五十センチ前後といったところだろうか?


「もう大丈夫です、ご主人様。退がっていてください」


 ご主人様? 何言ってんだこいつ? 頭、大丈夫か?

 それじゃあまるで――。


 呆気に取られる俺を横目に抜剣するリリスたん。

 魔物に向けられたレイピアの刀身が、雨に濡れて鈍色に煌く。

 なんだか、いつもより雰囲気も頼もしくなっている。


 と、次の瞬間、アニメのリリカたんを髣髴とさせる神速の縮地で一気に距離を詰めたかと思うと、パンサーの胸元に無数の剣閃を突き立てる。

 虎のような叫び声を轟かせながら、鮮血を撒き散らすパンサー。


 鋭い爪でリリスたんに反撃を試みるが、素早く左右に動いて狙いを絞らせない――どころか、左右から激しい刺突しとつ幾閃いくせんも突き入れる。


 全身から鮮血を噴き出し、堪らず後退あとずさりを始めるパンサー。

 なおも、リリスたんの流れるような攻撃が続く。

 まるでパンサーの周りをダンスでもするかのように華麗なステップで旋回し、四方八方からレイピアを突き刺す。


 降る雨さえも避けているかのような、ふわりふわりと軽やかに揺れ広がるエプロンドレスの幻想的な美しさ。

 スカートの裾が波打つたびにしなやかな太腿があらわになり、下着まで見えそうになる。


 ……が、幾重ものパニエがギリギリの所で発揮するブラインド効果。

 あの白いヒラヒラ、邪魔っ!!


 しなる無数のレイピアの残像が、まるでパンサーを切り刻む旋風かまいたちのようだ。


 ついに、体を支えられずにガックリと折れ曲がるパンサーの両後脚。

 そんなパンサーにレイピアで狙いをつけてリリスたんが詠唱する。


乙女の拘束メイデンバインド!」


 パンサーの動きが完全に止まる。

 振り向いて俺に微笑みかけるリリスたん。

 俺の中で、リリカたんとリリスたんが完全にシンクロする。

 メイド騎士リリカと全く同じセリフが、リリスたんの口から告げられる。


紬くんごしゅじんさま、封印を」


 俺はふらふらとキラーパンサーに近づくと、折れ杖おれつえーで軽く殴る。

 直後、パンサーの体全体が青い光に包まれ、数センチの光の玉にまで圧縮されたかと思うと、そのまま俺の鞄の中に飛び込んだように見えた。


 なんなんだ、一体?

 まるで本当に、リリカたんのご主人様になったような気分だ。


 何が起こったんだろう……?

 でも、考えるのは後だ。

 とにかく今は、もう、眠りたい……。


「だ、大丈夫ですか、ご主人様!?」


 駆け寄ってきたリリスたんが、崩れ落ちそうになる俺の体を慌てて抱える。


 リリス……たん……。


 何か叫んでいるようだが、世界の音から孤立しているような感覚が俺を包み込む。

 降りしきる雨の中、意識が俺の体からスルリと抜け落ちた。


               ◇


 ああ……頭が重い。

 経験はないが、全身麻酔の後に目覚める時はこんな気分じゃないだろうか。

 ゆっくり瞼を上に押し上げる。


 ――知らない天井。


 ではなく、いつもの俺の部屋だった。

 どうも最近、すっかりファンタジックな景観に慣れ過ぎて、元の世界のままの自室の方に違和感を覚えるようになってきた。


 少し頭を動かすと『メイド騎士リリカ』のブルーレイボックスが見えた。

 部屋にはテレビもデッキもあるが、電気がないのでブルーレイももう見られない。

 未練がましく取っておいたが、さすがに家電製品は捨ててもいいかもな。

 リリカたんを捨てるのはさすがに忍びないので、あれくらいは持っていよう。


 ――というか、リリスの方・・・・・はどうした?


 記憶が混濁してるが、確か、リリスが大きくなってリリカたんのようにモンスターを倒して、俺に封印させて……って、果たしてあれは事実だったのか?


 慌てて起き上がってぐるりと部屋を一瞥する。

 頭は重いが、体の痛みはもうない。


 リリスは――すぐに見つかった。

 いつものクッションで、いつものチビメイドの状態で横になっている。


 そう言えば、このメイド服はどんな仕掛けになってるんだろう?

 もしかして、リリスの体の一部として認識されている半物質エクトプラズムのようなものなのだろうか?

 ……自分で言ってて意味がよく分からない。


 なんだかご都合主義の極みみたいな設定だが、リリスとともにメイド服が大きくなった記憶が本当であれば、なんとなくそんな感じじゃないかと思う。

 ……というか、俺は一体どうやってここまで戻ってきたんだ?


 ベッドから立ち上がろうと腰を浮かせたところでフラつき、もう一度ベッドに片手を突く。異常な喉の渇きと空腹感。


 リリスを見下ろすと、スカートが捲れ、瑞々しい太腿があらわになっている。

 いつもの無防備な寝姿だが、トゥクヴァルスで見た妖艶な剣舞がフラッシュバックする。


 正直……見たいぞ、スカートの中!

 ほぼ無意識でスカートの裾を摘む。


 そう言えば、最初に見つけた時も同じようなことしてたな、俺……。

 もう、一度やっちまったもんは、二度も三度も一緒だろ!


 そう思って指に力を入れるが――いや、待て待て!

 そんな、サスペンスドラマの殺人犯みたいな理論に騙されちゃダメだ。

 あの時はてっきり精巧なフィギュアくらいに思っていたからな。

 今のリリスのスカートを捲ってしまったら、ただの変態じゃないか!?


 ……まあ、一般人から見たらフィギュアのスカートを捲るのも変態の一種だとは思うが、ギリギリのところで理性が俺を押し留める。

 スカートから指を離し、リリスのほっぺをツンツンしてみる。


「や……やめてよ……(ムニャムニャ)」


 寝言を言ってる。もう一度……ツンツン。


「もう……女夢魔サキュバスなんてめてやる……(ムニャムニャ)」


 サキュバス? なんのこっちゃ?


「おぉい、リリスぅ、起きろぉ」


 いまいち、声にも力が入らない。

 起こすのも悪いとは思ったが、外は明るいからどうせ昼寝だろう。

 とにかく一刻も早く俺が気を失っていた間の経緯いきさつを聞きたい。


 あの猫の化け物は本当に倒せていたのか?

 みんなは無事だったんだろうか?

 特に、ひどい骨折をしていた信二は心配だ。


 繰り返されるツンツンで、リリスもようやく目を覚ました。

「ん、んん……あ、紬くん、おはよう」

「昼間だけどな」

「私は昼寝だけど……紬くんはもう三日も寝てたんだからねっ!」

「三日!?」


 確かに、キラーパンサーとやらの体当たりで、しこたま全身を打ったことは覚えている。

 ……が、それにしたって三日も寝込むほどのダメージだったのか?


「他の……みんなは、どうなった?」


 恐る恐る、聞いてみる。


「みんな無事よ」


 ふぅ……よかったぁ!

 思わず安堵の吐息が漏れる。


 俺が……というより、リリスがキラーパンサーを倒した後、俺と信二以外は休憩所まで戻れたはずだが、結局みんなで救助が来るまで待っててくれたらしい。

 俺はともかく、骨折した信二はそのまま放っておける状態でもなかったしな。

 信二の怪我も、レスキューパーティーの~司祭ビショップによる再生魔法リジェネレーションのおかげで、骨だけは現地で正常に再生されたらしい。


「で、よく分からないことがいくつかあるんだが……」

「うん?」

「なんでおまえ、巨大化したんだ?」

「巨大化じゃなくて、あれがもともとのサイズよ」と、頬を膨らませるリリス。

「そうなのか……って言うかおまえ、全然自分のこと話さないから、それすら分からなかったじゃねぇか」

「だって、元に戻ることがあるなんて分からなかったし……私はリリス。今はそれでいいの」


 なぜリリスはこれほどかたくなに自らの正体について口をつぐむのか?

 リリスが人外の存在であることはもう理解しているし、既に相当現実離れした状況にも陥っている。

 今さらリリスの正体を聞いたところで、なにか不都合が生じるとも思えないのだが……。


 まさかリリスが、この世界を作り出した黒幕だというわけでもあるまいし!?


「で、元のサイズに戻ったのは、なんで?」

「私にもよく分からないんだけど……恐らく、あの折れ杖おれつえーがきっかけだと思う」


 無意識に作り出した〝六尺棍・・・〟のことを思い出す。


「杖をくっつけて一本にしたことか」

「うん。あれを出した途端、紬くんの魔力がどんどん流れ込んでくるようになったの」

「で……元のサイズに、ってこと?」

「まあ、そうね。多分あれ、紬くんの魔力を解放するための道具なんじゃない?」


 確かに、そう考えればいろいろ説明も付きそうな気はする。

 不自然に高かった魔臓活量。

 折れた杖。

 チビ&能天気メイド。

 結局これは、三点セットだったんだ。


 リリカたんがモデルなら最初から通常サイズのメイドにしてくれよっ!

 ……と思わないでもないが、リリカたんならともかく、百五十センチのリリスにウロウロされてもなんだか鬱陶しい気もする。


 とにかく、杖を繋げて魔力を解放することで、チビメイドが本来のサイズに戻って戦う……簡単に言うと、そういうシステムなんだろう。

 ついでに、能天気な性格も大きくなっている間は直るようだ。


「ってことは、お前のあの強さを見る限り、もしかして俺も最強テイマー!?」

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