07.【立夏】七月十三日・お見舞い(前編)
塩崎くんが入院中の施療院……二日連続で来てしまった。
昨日はみんなと一緒だったからよかったけど、今日は私と塩崎くんの二人きりになるのね。
……やっぱり帰ろうかな。
昨日と同じように、開けっ放しになっている病室の入り口の前で立ち止まり、ドアの影からそっと中を覗いてみる。
あれ? 先客?
ベッドの横で、こちらへ背を向けて腰掛けているのは……。
紬くん!?
昨日、紬くんが二日間も眠ったままだと聞いて心配したけれど……。
もしかしたらそろそろ、目を覚ましてここへ来るんじゃないかな、という淡い期待を抱いていたのは確か。
でも、まさかそれが、現実になるなんて!
トゥクヴァルスで私が意識を失ったあと、どうやってみんなが助かったのか、はっきりと覚えてはいない。
みんなの話で分かったのは、最後にキルパンサーと戦ったのが紬くんだったということ。結局、私に向けた魔物の
せっかく助けたのに!……とは思ったけど、あのままだったら私の命はなかったかも知れない。今は素直に感謝しよう。
さっきまで、ともすれば帰ろうかとさえ思っていた気持ちもすっかり消え失せ、自然と病室へ足を踏み入れる。
二人で一体、何を話してるんだろう?
もしかして……私のことだったりして!?
『……それより、勇哉の凹み方がヤバわ』
『ああ、確かに、そうかもなぁ』
ふぅん……どうやら川島くんのことを話していたみたい。
どうでもいい話題だった。
「おっ!?」
私に気が付いた塩崎くんが右手を挙げ、紬くんもそれを見て振り返る。
「また、来てくれたんだ」
ベッドに近づく私に、最初に話しかけてきたのは塩崎くん。
「あの日、同じチームだったのに、私は何もできなかったし」
「そんなの気にすんなって言ったろ?」
「大丈夫。そんなに気にしてない。夏休みで暇だから」
「そっか」
私の答えに、塩崎くんが微笑んで――。でも、紬くんは、そんな私と塩崎くんの顔を複雑な表情で交互に見ている。
紬くんと目が合い、笑顔を作ろうとしたけど……やっぱり上手く笑えない。トゥクヴァルスではあんなに自然に微笑むことができたのに。
私が近づくと、立ち上がって自分の座っていた椅子を私の方へ差し出してくる紬くん。
お礼を言って腰掛ける。当然紬くんは、奥にあったもう一つの椅子に座り直す……と思っていたんだけど――、
「じゃあ、俺はそろそろ……」
そう言って、ベッドの袖机に手を伸ばす。
その先には、空のバスケットの中でお昼寝をしているリリスちゃん。
紬くん、もしかして、もう帰る気!?
気が付けば、帰ろうとする彼の左手首を無意識のうちに掴んでいた。
あれ? なんで私は紬くんの手なんか掴んでいるんだろう。
意識が戻った紬くんを見ることができて、安堵して……今日はもう、それだけで十分だと思っていたのに。
「なに? 私が来たからって、逃げるみたいに」
思わず口を
何を言ってるんだろう、私。
でも……とにかく、もっとあなたと話をしていたい。
二人とも、少し驚いたような表情を浮かべている。
それはそうだよね。これまで一度も、こんな風に誰かを引き止めたことなんてないんじゃないかな。
自分の行動に、私自身が一番驚いている。
でも、次に紬くんの口から発せられたのはさらに驚く言葉!
「っていうか
聞いた瞬間、
なにをトンチンカンなことを言ってるんだろう、この人は。
そんなことに気を使って、帰ろうとしていたの?
「えぇ? 俺と立夏が!?」
「全然違う」
塩崎くんと私の声が重なる。
紬くんの……ちょっと鈍感というか、ズレた感じのところまで兄さんそっくり。
「そ、そうなんだ……。立夏一人で見舞いなんて来るから、てっきり……」
頭を掻きながら、紬くんがもう一つの椅子に座り直す。
なんとか、紬くんが帰るのは阻止できたみたい。
……けれど、何かモヤモヤする。紬くんは、私と塩崎くんが付き合ってたいたとしても平気なんだろうか。
「立夏は……え~っと、怪我とかは、大丈夫だった?」
「うん」
紬くんが探るように訊ねてくる。
「そっか……。駆けつけたとき、立夏、気を失ってたから……」
あなたが
塩崎くんの前だし、
ただ――、
よく覚えてない……という私の答えを聞いて、紬くんが明らかに安堵の表情を浮かべる。
どうして?
塩崎くんに知られたら困る……それだけ?
もしかして、あなたにとっては、私との
ああ、やっぱり、胸がモヤモヤする。
……ううん、違う。
イライラする。
なぜか分からないけど、無性に、イライラする!!
気をつけないと、知らず知らずのうちに紬くんを睨みつけてしまいそうなので、バスケットの中のリリスちゃんを眺めて、少し
そういえばあれ、昨日私がお見舞いに持ってきた
あんなにたくさんあったのに、塩崎くんが全部食べちゃったのかな?
「じゃあ、今度こそ、もうそろそろ……」
紬くんが、おもむろに立ち上がる。
窓の外にたなびく茜色の雲。気が付けばもう夕方になっていた。
明日はどうやら、可憐の家にお見舞いにいくことにしたらしい。
紬くん、何時くらいにいくのかな? 帰りに、訊いてみよう。
「じゃあ……私も……」
紬くんと一緒に、私も腰を上げた。
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