18.寝惚けてる!?

 立夏りっかさん? 寝惚けてる!?


 Tシャツは――さすがに着ている。

 汗をかいたから脱ぐなどと言っていたが、着替えは持ってきていたらしい。


 しかし、安堵したのも束の間、続けて目の当たりにした立夏の下半身に思わず鼻血が出そうになる。

 慌てて壁側に顔を戻したものの、今見た扇情的な映像が脳内で勝手に反芻される。


 下半身……下着だけだったぞ!?


 男性用なのか大きめのTシャツなので、立っていればミニのワンピースのようなシルエットになるのだろう。

 しかし、ベッドで寝てしまえば、パンツにTシャツだけという、悩殺ファッション以外の何物でもない。


 なんだこの状況はっ!? どうしてこうなってる?

 背中越しに、立夏が横になって寝息を立て始めるのが分かる。

 これだけでも自分で聞き取れるくらい心臓が高鳴るが、不意に寝返りを打ったかと思うと、後ろから俺の首に腕を回してくる立夏。


 ひゃうっ! なにごとだ!?

 俺も、頭こそ布団に包まってはいるが、さすがに今は夏の夜だ。

 体には掛けずに抱き枕のように布団を抱え込んでいたのだが……そんな俺の背中を、さらに立夏が抱き枕のように抱え込む。

 ここまで密着されれば、背中越しに、控えめな立夏の胸の膨らみもしっかりと感じられる。


 ……いや、胸の膨らみどころの話じゃない!

 ブラジャーも着けていないため、乳房の先の葡萄の粒のような感触まで、敏感になった背中がしっかりと感じ取る。

 さらに、俺の足に重ねるように、後ろから立夏が小気味よい太腿を絡めてくるという完璧な押さえ込み。

 首、胸、太腿……背後からの抱擁における完璧な三点ホールドの完成だ。


 俺だってもともとは……というか、今だって中身はごく普通の十七歳の男子高校生だ。

 心臓も下半身も、相当まずい状態になっているとしても、誰が責められようか! いや、責められまい!

 と、その時、再び誰かが部屋に入ってくる気配。


「あれあれ? 雪平さん? まだ戻ってないの?」


 優奈先生の声だ! トイレ、二人で行ってたのか!?

 俺も、助けを呼ぼうと必死で声を出す。


「しぇ……しぇんしぇい……」


 いつの間にか喉がカラカラに渇いていて、声が擦れてしまう。

 そんな声が聞こえたのかどうか、上で寝ている立夏には気が付いたようだ。


「あらあら、雪平さん……寝る場所、違うわよ」と言いながら、立夏の肩を揺する。

「うん……んん~」と、眠たげな立夏の喘ぎが耳元で聞こえた。


 何度か肩を揺らされてようやく立夏も気が付き、もそもそと起き上がってゆっくりと梯子を下り始めた。


「家ではいつも、上なので……」と、ぼんやりとした弁明が聞こえる。

「うんうん。あんな状態で綾瀬くんが目を覚ましてたら、大変だったわよ?」

「うん……」


 しっかり起きてるんですがっ!

 その後、再び下段から二人の寝息が聞こえ始めた後も、俺が数時間寝付けなかったのは言うまでもない。


               ◇


「ふぁぁぁぁあ~」


 大きな~欠伸あくびをしながら涙目を擦る。

 今日、何回目の欠伸だろう……。


「十五回」

「え?」

「欠伸の数」


 立夏おまえは、几帳面なエスパーか!?

 帰りの船電車ウィレイアの中、長椅子に俺、立夏、優奈先生の順に並んで座ってる。


「昨夜は、よく眠れなかった?」


 立夏の向こう側から、覗き込むように俺の顔を見る優奈先生。


「ええ、まあ……」


 様子を見る限り立夏はまったく覚えてなさそうだが、あんな悩殺ハプニングの後ですぐに寝られる男子高校生などいるはずがない。

 ホッとしたようなもったいなかったような……そんな悶々とした気分のまま、あのあと何時間過ごしただろう?

 いつ寝たのか覚えてないが、気が付けば、朝は立夏に起こされるまで爆睡だった。


「昨夜もその前もあまり寝られなかったので……」


 言い訳をするように説明する。


「なになに? 悩み事があるなら、先生、いつでも聞くよ!」

「ああ、どうもありがとうございます。どっちも翌日には解決しましたから、大丈夫です」

「そんなの……悩みなんて言わない!」


 なぜか優奈先生が膨れっ面になる。

 たまに先生らしいことがしたいだけなんだろう。


「そう言えば、昨日のミーティング、行き先は決まった?」

「オアラ洞穴」


 立夏が、前を向いたまま答える。

 夏休みのダンジョン課題については、昨日優奈先生に説明してもらって、だいたいのことは理解している。


「オアラ洞穴……どこそれ?」

「北東の方……口で説明するのは難しい。後で地図で見て」


 まあ、そりゃそうか。


「日程は決まったの?」

あなた・・・が大丈夫なら、来週の月曜日から四日間」


 よかった。フルネームは直ってる。


「俺は予定もないし、いつでも大丈夫かな。帰ったら可憐に連絡しておくよ」


 優奈先生が懐かしむように目を瞑る。


「先生も何度か行ったなぁ、オアラ」

「有名なんですか?」

「洞穴、って言うより、海水浴目的だねぇ」


 海水浴……オアラ海水浴場……北東……。

 まさか……大洗海水浴場? また茨城!?


「どこに泊まるの? また、キャンプ場?」

紅来くくるの別荘」


 それを聞いた優奈先生が、いきなり身を乗り出して激しく食いついてくる。


「ええっ! タダ!? いいなぁ~、先生も行こうかなぁ、一応D班だし……」


 ポーチから顔を出して話を聞いていたリリスも目を輝かせる。


「えっ! 海に行くの!? 私も、ママさんに水着作ってもらおうかなぁ」

「いや、目的は海じゃないと思うぞ……」


 とりあえず……勇哉たちも誘ってみるかな……。

 さすがに、男一人じゃ何かとしんどい気がする。

 そんなことを考えながら、俺はいつの間にかウトウトと眠りに落ちていた。


               ◇


「ちょっと! 何やってんの、あんたたち!?」


 ん? なんか聞いたことのある声だな。俺、いつの間にか寝ちゃったんだ……。

 右の壁に頭を押し付けていたせいか、右肩と額が痛い。


 ふと、左腕の重さに気付いて横を見ると、俺にもたれかかっている立夏の頭が見えた。どうやら立夏も眠ってしまったらしい。

 それにしても……立夏ってこんなに重いのか?

 立夏の向こう側を見ると、優奈先生も立夏にもたれかかっている。

 二人分か!


「ちょっと? 紬? 聞いてるの?」


 目の前で仁王立ちになっていたのは、見覚えのある茶髪のツインテール――華瑠亜かるあだった。


「お、おう……華瑠亜か」


 まだぼんやりとした頭で、口元のよだれを拭いたあと軽く右手を上げる。


「華瑠亜か、じゃないわよ! ミーティングにも来ないでこんな所で!?」

「別に、ずっとここにいたわけじゃないよ」

「そりゃそうだろうけど……なにこの組み合わせ?」


 しなだれかかる立夏と優奈先生を見ながら、華瑠亜が眉をひそめる。

 あ~、説明めんどくさっ。


「う~んっと、落とし物を捜しにトゥクヴァルスに行ってたんだけど、心配した先生が付いて来てくれて、それを心配した立夏がさらに合流して……って感じ」

「……意味不明なんですけど?」

「いいよ。俺にもよく分からないんだ……」


 一昨日の夜、一人でトゥクヴァルス行きを決めた時は、俺だって帰りにこんな状態になってるとは予想もしてなかった。


「そっちは? 買い物?」

「うん……オアラの課題の準備でね、水着とかいろいろ」


 水着は課題の準備じゃないだろ。ったく、どいつもこいつも……。


「そうだ! 紬、午後ヒマ?」

「まあ……今のところ予定はないけど……」

「じゃあさ、一緒に麗の家に行かない?」

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