10.【立夏】七月十四日・可憐の家 <その③>

「そう言えば昨日、二人でえっちぃ話、してたしね」


 り……リリスちゃんまで!?

 そう言えばリリスちゃん、使い魔だけどずっと表に出てるもんね。

 まずいなぁ……昨日の帰り道の会話、全部聞かれてるんだよね、きっと。


 案の定、紅来くくるがグイッと紬くんに迫りながら、ここぞとばかりに追及の姿勢をあらわにする。


「何それ? 昨日も立夏と紬、会ってたの? って言うか、えっちぃ話!?」

「紅来! 距離っ!」


 紅来の両肩を掴んで押しやる紬くんと、すぐに戻ってくる紅来の激しい攻防。


「なんだよ、えっちぃ話って。教えろよ~」

「昨日、信二の見舞いにいって偶然会っただけだよ。えっち云々うんぬんってのは、このバカメイドの勘違いだから。……なあ、立夏?」


 紬くんの問い掛けになんとか頷き返したけれど、さらにリリスちゃんが追い討ちをかけるように、


「なんか、あれが初めてだったとかナントカ……そんな感じの内容だった」

「おまえは黙っとけって言ったろ、リリス!」


 リリスちゃんが、テーブルの上でぺロリと舌を出すのが見えた。

 使い魔がマスターに嫌がらせを?

 一体どういう教育をしてるんだろう、紬くん……。


 結局そのあと、自宅から呼び出された紅来は天を仰ぎながら悔しそうに帰って行ったけれど、あれは絶対、合宿でも追及してくるだろうな……。

 今から気が重くなってきた。



 その後、紬くんに、テイムキャンプで偶然テイムできたという例のキルパンサーを見せてもらったけど、やっぱりテイムに伴ってかなりランクダウンしていた。

 確か紬くん、魔法適正ちりょくの判定はかなり低かったはずだから仕方がないか。

 カリスマ判定が低い私から見たら、テイムできるだけでも羨ましい。


 合宿のことなど、今後はいろいろ連絡を取り合うことも出てくるだろう……ということで、私と可憐もそれぞれ紬くんと通話番号を交換。


 よし! これでやっと、私も華瑠亜と同じ条件になった!

 ……って、なんで〝よし〟なんだろ……。


「今日、お昼はどうする?」


 可憐が、私と紬くんの顔を交互に見る。

 紬くんはどうするのかな?


「決めてない」と私が答えると、

「俺は、特に予定はないけど……」と紬くんも続いた。

「よかったら食べていかないか? 親は仕事でいないし、気は遣わなくていい」


 可憐の言葉に、私と紬くんは顔を見合わせたあと、同時に頷いた。


              ◇


 可憐からから借りた日傘を差して、私が歩くすぐ後ろから、紬くんも付いてくる。

 自宅謹慎中の可憐は、家政婦の文子さんと一緒に昼食の準備をするというので、私と紬くんで足りない食材を買出しにいくことになったのだ。


 因みにリリスちゃんは、おやつのあとのお昼寝タイムでお留守番。

 ほんとに、なんなんだろ、あの使い魔は?


 夏の陽差しが照りつける石畳の住宅街。

 表通りの喧騒とは切り離された静かな時間が、私と紬くんを包み込む。


 ……って、静かすぎない!?


 心配になって振り返ると、紬くんも気づいて少しだけ微笑んでくれた。

 ちょうど日陰が途切れて、炎天下、額にじんわり汗を浮かべた紬くんはなんだか辛そうに見えて――。


 思わず、大きな日傘をちょこんと持ち上げて首を傾げてみせる。本当は『一緒に入る?』と訊きたかったんだ。

 でも、言葉が上手く出てこなくて。

 それでも意味は伝わったようで、大丈夫大丈夫、と両手を振って断る紬くん。


 そうよね……雨傘ならともかく、日傘で相合傘なんてあまり聞いたことがない。

 そう思い当たって思わず頬が熱くなり、そのあとは二人で無言で歩き続けた。



 帰り道――。


 相変わらず私の背中を見ながら、紬くんが後ろから付いてくる。

 彼の持つ買い物鞄が少し膨らんだ以外は、来た時と変わらない静かな並み足。

 普段なら、なんとも思わない、いえ、むしろ心地よい安閑。


 でも、なぜか今日は、あなたと少し話してみようという気持ちになった。

 可憐の家で、たくさん話すことができたからだいぶ慣れてきたのかな?


「私も、テイマーになりたかったの」


 前を向いたまま話しかけてみる。……けど、返事がない。

 あれ? ちゃんと付いてきてる?


 振り返ると、キョトンとした表情で私を見返す紬くん。一拍おいて――、


「あ、ああ……そうなんだ?」


 私から話しかけることなんてかなり珍しいから驚いたのかもしれないけれど……それにしても、驚きすぎじゃない!?


「お兄さんの影響?」


 再び歩き出した私に合わせて、紬くんも歩を進めながら尋ねてきた。


「兄さんっ子だったから、私」


 英春兄さんに憧れて、一昨年までは私もテイマーになる気満々だった。

 ところが去年……十年生の時の適性検査でカリスマ値が最低だと判定されて、テイマーを諦めたのだ。

 カリスマはテイムの成功率に関わるため、私の能力ではいくらテイムを試みても成功しない。

 そのことを紬くんに話すと――、


「そっか……ごめんな。俺みたいなのがテイマーなんてやってるんじゃ、かなりチャランポランに見えただろ」


 あ、なんかこの流れ、まるで私が紬くんを責めてるみたい?

 全然、そんなつもりじゃないのに。


「べつに……そんなことはない。ただ……」

「ん?」

「まるで別世界から来た人みたいに基本的なことが解ってないことがあるから……それがすごく不思議」


 そう、紬くんに対して最近感じていた漠然とした憂慮。

 不思議、って言うより……なんだか、見ていて心配になる感じ……。


「え~っと……キャンプの時の縦笛は、お兄さんのお下がりとか?」


 紬くんが、なんとなく慌てた様子で話題を変える。

 あまり話したくない話題だったのかな?

 そういえば紬くん、兄さんが一生目覚めることのない昏衰状態であることも知らないんだっけ。


「ううん……私の」

「でも、テイマーは専攻しなかったって……」

「私がテイマーやりたがってたの知ってたから、九年生の時の誕生日プレゼントに、兄が買ってくれたもの」

「そ、それじゃあ……大切な思い出の品じゃん!」

「思い出の品ではあるけど、どうせ使えないし、大切なってほどでもない」


 残念な気持ちがないと言えば、嘘になる。

 でも私は、本当に、心の底からあなたを責めてなんていない。


「ゴメン! 無くしちゃって……ほんとゴメン」

「ほんとに、紬くんが気に病むことじゃない。あの時は仕方なかったし、それ以上に大切なもの、守ってくれたし……」


 そして、あなたも、死なずに戻ってきてくれた。

 なんとなくだけど私は、あの笛があなたを守ってくれた気がするの。


 英春兄さん……紬くんを守ってくれて、ありがとう。

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さきゅばす☆の~と! 緋雁✿ひかり @TAMUYYN

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