09.【立夏】七月十四日・可憐の家 <その①>
今日のコーディネートは、先日買った白地のフレアワンピース。
水色のセーラーカラーが可愛くて一目で気に入ったんだけど、ハイウェストのデザインなので、小さな私でもスラリとした立ち姿になるのも気に入ってる。
部屋を出たのは朝の七時。
トゥダヌーマから、
一瞬、そこで降りて待とうかとも思ったけど、夏休み中だし確実に自宅から出掛けるとも限らない。やはり、待ち合わせなら目的地のヤーワンの方が確実だ。
そう……今日は紬くんが可憐の家にお見舞いに行く(かもしれない)と言っていた日。
何時に出掛けるのかも、それどころか本当に行くかどうかさえ確認していないけど、でも、これはあくまでも待ち合わせ。
待ち伏せじゃない。
ヤーワン駅に着いたのは八時頃。
これから、いつ来るかもわからない紬くんを待つわけだけど……。
階段を下りて駅前広場を一瞥すると、たくさんのベンチもあるし空いているベンチもいくつか見つけることができた。けれど、駅からは少し距離がある。
紬くんが私を見つけてくれればいいけれど……。
目の悪い私は彼を見落とすかもしれないし、やっぱり、階段を降りてすぐの、この場所が待ち伏せには最適だろう。
……じゃない、待ち合わせ!
それから、待つこと約二時間。いい加減、足の感覚もなくなってきたころに、ようやく待ち望んでいた声が人混みの中から聞こえてきた。
「立夏!?」
――紬くんの声!
喧騒の中でも、彼の声だけはっきりと聞き取れる。
こういうの、なんて言うんだっけ?
そうそう、カクテルパーティー効果?
顔を上げると、よう、と手を上げながら近づいてくる紬くんの姿が見えた。
白いポロシャツに、
あのウエストポーチには恐らく、リリスちゃんが入っているのだろう。
近づいてきた紬くんも、私のつま先から頭のてっぺんまでしげしげと眺めながら口を開く。
「今日は、なんて言うか、いつもとだいぶ雰囲気が違うね。もしかして……」
うんうん。今、一番お気に入りの服を着てきたのだから……。
正直、褒められなくてもガッカリしない、と言えば嘘になる。鈍ちんの紬くんでも、さすがに何か気づいたみたい。
「もしかして、デートの待ち合わせ?」
……なに言ってるんだ、こいつは?
デート?
デートって……他の男の人と待ち合わせでもしてると思ったの?
待ち合わせをしてたのは、あなたとでしょう、紬くん!
「違う!」
「そ、そっか。もしそうだったら、話してるの見られたらまずいと思ってさ」
「……いないから」
「え?」
「彼氏とか、そういうの」
「あ、ああ、そう……なんだ」
紬くんが安堵の息を漏らす。……ように見えた。
あれ? もしかして、私がフリーだと知ってホッとしてるのかな?
それとも、とりあえず今は、気を使わなくて済むと安堵しただけ?
一緒に可憐の家へ行くつもりで待っていたことを伝えると、さすがに驚いた表情を見せる紬くん。
それはそうだよね。
時間も決めていない一方的な待ち合わせだし、何時間待つことになるのか……そもそも会えるかどうかすら分からない待ち合わせだ。
他人から見れば、ストーカーの待ち伏せだと思われても仕方のないような行動。
「一応聞くけど、本当に可憐のとこに行くだけ? もしかして俺に何か話でも?」
「特に、何も。夏休みで暇だから……」
私にも、よく分からない。
ただ、なんとなく、紬くんが可憐の家に行くと聞いて、とにかく一緒に行かなきゃって思ったの。
なぜそう思ったのか? もう一度、自分の心を顧みる。
ただ単に一緒にいたい……という理由ではなさそうだ。
はっきりとは分からないけれど、戦闘実習の前後からなにか紬くんの纏っているオーラというか、雰囲気が変わった気がするの。
どこか、儚げで、危うげな……この世界に馴染んでいないような――。
そんなことあるはずはないのだけど、記憶を無くしている部分があるんじゃないかと感じることすらある。
もしかすると変わったのは紬くんではなく、私の方かも知れない。
でも、どちらにせよ、今の紬くんはなるべく一人にしない方がいい……一緒にいてあげた方がいい……そんな風に思えて仕方がない。
兄さんを失った時のような例えようのない喪失感と、そして無力感を、もう二度と私は味わいたくはないの。
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