第31話 幼馴染は告白する
「ルッツの『洗礼』成績のこと、聞いたわ。まだ公開されていないみたいだけど、みんなに知られたら『神の種』って言われるクラスだってことは、私にもわかる。あまりにも身近で気付かなかったけど、ルッツはすごい人だったんだね」
まあ、すごいらしいな。だがそのすごさは、俺の努力によるものではないから、微妙な気分なんだよな。昭和生まれの俺は、天から授かった価値より、努力して勝ち取ったものを、尊いと感じてしまう気質なんだ。
「そんな人を、王室が囲い込みたくなるのは、よくわかるわ。てか、そうしないとルッツの身が危ないよね」
やっぱり俺の立場は、そんなにやばいのか。まあ、おかしな能力があるにせよ、俺の戦闘能力は女性のそれと比べればカスみたいなもんだ。そんな状態で「種」だけには希少価値があるってわかったら、拉致られて搾られ放題なんて未来図も、容易に目に浮かぶ。
「だから、ベアトリクス王女殿下との結婚が国にとってもルッツにとっても最良よ、フロイデンシュタット家にとっても、王配を出すことは末代までの名誉。だから、おめでとう」
なんか、拍子抜けだ。俺の知っているグレーテルは、こんなに物わかりがいい奴じゃなかったはず。きっとこの後、何かがある。
「私ね……ずっとルッツと一緒にいられるんだと思ってた。こんなに小さかったころから遊ぶ時もお茶するときも、いつも隣にルッツがいて……それが当たり前になってた。特別頑張らなくたって、ルッツは私に寄り添ってくれる、根拠もなく、そう思いこんでたんだ。私が母さんを説得できさえすれば、きっと優しいルッツはハノーファー侯爵家のお婿さんに来てくれるって」
おいグレーテル、今とても怖いことを言ってるんじゃないか? 俺が「無い」と決めつけていた未来を、君はずっと胸の中で温めつづけていたというのか?
「だけどもう、それは無理になっちゃった。いくら侯爵家に迎えると言ったって、王女殿下の配偶者とは比較の対象にもならない。そして、ベアトリクス様はぶっきらぼうだけど、すごく真っ直ぐで、いい方なの……尊敬している彼女と張り合うなんて、私には出来ない」
そうだよな、ベアトは二つ上……グレーテルは高位貴族令嬢の中でも齢が近いし、その武勇と魔法はすでに名高い。親交を結んでいたとしても不思議じゃないか。好きだった男がある日突然、敬愛する「お姉様」の婚約者だと突然発表されるとか、ドラマのシナリオとしては面白い……その「男」が俺じゃなかったらだけどな。
「だから、ルッツは未来の王配として、恥ずかしくないように勉強しなきゃね。ベアトお姉様とともに民の暮らしを守り、国を栄えさせる責任があるんだから。まあ、外敵討伐は、私とリーゼ姉様でなんとかするわ」
これが、この世界の面白いところだ。王配の役目は、女王の内政や儀礼を輔佐することであって、一旦戦が起こればあとは強き女性たちにお任せなんだよな。まあ、補給や兵站くらいはやるんだろうけど。そんなどうでもいいことを頭に浮かべる俺にはお構いなしに、グレーテルの独白は続いていく。
「そしてルッツには、一番大事な役割がある。それは、ベルゼンブリュックを統べる王家の者としてふさわしい魔力を持った王女を、ベアトお姉様との間に儲けること」
まあ、そうだろうな。俺を護るためとかなんとか理由付けはされたけど、結局は王家から優れた子を出すため、勘繰れば叛意ある貴族家からそういう子を出させないために、俺の種付け相手に制約を掛けたかったんだろう。そして気が付けば、グレーテルは王女を「ベアトお姉様」と呼んでいる、まあ数少ない親友みたいだし、普段はそう言ってるんだろうな。
「建国した頃の王家は、図抜けた魔法使い集団だった。だけど長い統治の間に王家の力は衰えたわ。今や王族が持つ魔力はAクラスかBクラスが普通、Sクラスは女王陛下と、ベアトお姉様だけ……お寒い状況よ」
Sクラスであればグレーテルをはじめ、高位貴族の中にも幾人か存在する。そして国内唯一のSSクラスも王族ではなく、「英雄」と言われる母さんだ。母さんは女王陛下大好きだからまだ良いが、魔法がすべてに優越するこの世界で、王家の力が貴族たちに劣後するのは、極めてマズい状況であることは、ようやくここの世界規律を雑把に理解している程度の俺でも、よくわかる。
「ルッツには、果たさないといけない重い責務がある。ベルゼンブリュックを支える高位貴族の跡継ぎとして、私だってそれをよく理解しているわ。わかってる、わかってるんだけど……私は自分の夢を、あきらめることができないの」
おい、お前の夢って……まさか俺を婿にするとかいう、ちっちゃい未来図のことか? だけど王女と結婚する俺に、それは無理なんじゃないか? それとも、王家に反旗を翻して、婚約者を奪い取るとかいう物騒なことを言わないよな……こいつの性格ならやりかねないから怖いんだ。ちょっとビクビクして彼女の目を見返せば、そこからは透明な雫がとめどなくあふれている。俺のビビりに気付いたのか、グレーテルはその涙も拭わないまま、口角を上げて笑顔をつくった。
いったいこいつは、これからどんな怖いことを言い出すのだろう?
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