第213話 迎賓館?

「そこの樋からお湯が漏れているわ! すぐ直して!」


「はいっ、奥様! 直ちにっ!」


 相変わらず少女らしい高めの声で、大事な俺の幼馴染が男どもに凛々しく指示を飛ばしている。なんだか命令された方の男がやけに嬉しそうな顔しているのが、なんだかなあ。


 今日の彼女は木こりクイーンではなく、温泉リゾート建設業の現場監督だ。


 もともと帝国人たちは温泉に狂喜していたけれど、ベアトを始め、バーデンを訪れたベルゼンブリュック人も、野趣あふれ開放的な雰囲気の中で湯に浸かるという体験を、なかなか気に入ってくれそうだ。最初は裸になることを頑強に拒んでいたグレーテルも、今や俺と二人の露天風呂を、いたく楽しんでいる。


 そんなわけで、まずはバーデンを訪れる貴族や大商人を接待するための、迎賓館とは言わないまでも温泉宿を建設すべく、帝国の男どもに働いてもらっているというわけだ。


 もともと帝国に豊富な森林資源があることもあって、捕虜の兵たちの中には木造建築や建具製造に長けた者が多かったのだ。派手な活躍は女性たちに任せるとして、彼らの経験を活かさない手はないよな。男たちも自分の身につけた技が認められたとあって、妙にやる気を出しているみたいだし。


 迎賓館と言っても王都の貴族屋敷みたいな、石造りの重厚かつ広壮な建物をぶったてるつもりはない。元世界の南国リゾートよろしく、客室はすべて離れの平屋ログハウス。


 もちろん俺たちが初期に建てたものと違って、帝国人たちが技を競って一分の隙もなく組み上げ磨き上げ、手作りの温かみ溢れる家具を運び込み、王都から取り寄せた羽根布団がキングサイズベッドの上に敷かれ……もちろん半屋外のテラスには露天風呂がしつらえられ、源泉から木製の樋を延々繋いで引き込んだ湯を、贅沢にかけ流している。そしてやはり平屋建てだが横に広く築いた本館にはダイニングと、ちょっとしたパーティもできる広間をこさえてあるのだ。


 魔銀鉱山のあがりと、ベアトが農産を爆増させてくれたお陰で、こういう余分な贅沢もできるようになったけど……いずれは王都から小金持ちを呼んで、まさに保養リゾートとして使えるような施設にしたいもんだと、夢が膨らむ。


 おっと、思考がそれた。今日わざわざ「奥様」グレーテルまで陣頭指揮を執って仕上げを追い込んでいるのは、三日後、この温泉迎賓館に最初の客が訪れるからだ。それはグレーテルにとっても俺にとっても大事なひとで……俺はそのお客様と、かねてよりの約束を果たすため、この温泉迎賓館に招待したってわけなのだ。


「準備はよさそうね。リーゼお姉様の反応が、楽しみだわ」


「うん、ありがとう」


 そう。いよいよ……俺は実の姉さんと、子作りをするんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「一同! 領主シュトゥットガルト侯爵に、敬礼!」


 女性だけの軍隊が、びしっと一斉にポーズをとるのはなかなか絵になる。そして、その先頭に立つのは、リーゼ姉さんだ。髪を無造作に束ね、キリっとした表情でその透明感あふれる美貌を俺にまっすぐ向けてくる彼女は、相変わらずかっこよくて、綺麗で……ようは大好きだ。


 国軍の各部隊は、定期的に地方領、特にバーデンのような辺境にある領地を巡回している。それは表向き魔物や盗賊の跋扈を抑える手段のない地方貴族を助け、それらを討伐するのが目的とされているのだが……実際のところは国軍の精強さを見せつけ、叛乱を起こす気をなくさせる示威行動が主たる狙いだ。


 まあ、女王陛下が我がバーデン領の忠誠に疑いを抱くはずもなく……怪しい貴族どもを先日のあれこれで一掃した今、軍がバーデンを巡察する意味は、単にその順番が来たからに過ぎない。


「シュトゥットガルト侯爵ルートヴィヒ閣下、第一魔法部隊、定期巡察に参りました。これよりご依頼のありました魔物討伐と、国境方面の偵察活動を行います、ご許可を」


「遠路はるばるご苦労であった、よろしくお願いする。支援できる物資は木材と食糧くらいしかないが、遠慮なく代官に申し付けてくれ。駐留地は街の南側開拓地を用意しておいた」


「侯爵閣下のご協力に感謝します」


 びしっと踵を揃え、もう一度敬礼をしたリーゼ姉さんが。その口許をふっと緩め、優しげな目になった。


「ルッツ……もうすっかり、侯爵様が板についたのね。堂々としていて、びっくりしたわ。そしてますます、かっこよくなって……」


「そう……かな? 姉さんにふさわしい男に、近づけたかな?」


「貴方はもう、神が私に遣わしてくださった、理想の男性よ。私……貴方のものにしてもらうために、今回は来たんだからね」


 何かと控えめだったはずの姉さんが、超ど真ん中のストレートをいきなり放ってきた。この二年ちょっと、本当に前向きになって、自信にあふれて、皆に慕われて……そして綺麗になった姉さん。俺の大事な、とても大事な家族。


「うん、リーゼ姉さん、待ってた。俺のものに……なって欲しい」


 俺はどきまぎしながらも、もちろんウェルカムの答えを返した。姉さんの頬に血色が差し、茶色の目に光が満ちた。

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