第212話 グレーテルの予感

「ふうん……ベアトお姉様がそんなことをねえ」


「うん。どうしても森人に会って、ファニーのために教えを乞うんだって」


 俺たちは、いつものように食後に杯を傾けている。もっとも妊娠が分かって以降、グレーテルが口に運ぶグラスの中身は、ワインから葡萄のジュースに変わっているのだけど。


「お姉様は、そこまでフランツィスカ殿下のことを思い詰めておられたのね。まあ、お気持ちは理解できるわ……私だって、この子の未来を拓くためだったら、魔の森を全部伐り払うことも厭わないだろうし」


 いやいや、皆伐とか絶対にやめてね。バーデンの民には怖い森であるとしても、森人みたいにそこで平和に暮らしている者たちが、いるんだから。もちろんある程度森を開拓させてもらうつもりだけど、俺は森と共存していきたいんだ。


「魔の森に挑むのなら、もちろん私がベアトお姉さまとルッツを守るわ。この子を産んで、戦える身体に戻ったらね」


 そんなことを言いつつ、普段きっつい目つきをこの時ばかりは緩め、優しくお腹を撫でるグレーテルだ。その掌をゆっくりと滑らせては、何か小さくつぶやいている。


「お腹の子に、魔力を注いでるの?」


「……それなんだけど。前にも言ったみたいに、魔力を注ぐどころか、お腹から魔力があふれてきて、こうしているとどんどん力をもらえる感じ、なんか変なのよね」


「でもほら、俺の種を受けたら皆、お腹の子がクラスアップするじゃないか。だからそう感じているだけなんじゃないの?」


「違うわ」


 グレーテルが、緩んでいた目をもう一度キリリと直して、俺に真っ直ぐ向けた。


「アヤカとも何度も話して……そして考えたわ。でもやっぱり、彼女が三度も体験したそれと、私が今感じているものとは、はっきり違うのよ。ルッツと触れ合って、魔力をチャージしてもらっている時と、同じような流れ方なのだけど……アヤカははっきり否定したわ。子供から受ける魔力と、ルッツから受けるそれは、その強さも速さも、全然違うんだって」


 そんなこと言われてもなあ。俺には魔力の流れなんて感じ取れないから、全くわからないけど……いや、もしや?


「ねえ。俺から魔力を受け取るときと同じって言うことは……子供が男の子って可能性は、ないかな?」


 そうさ、お腹の子が男だったら、俺のモバイルバッテリー能力が遺伝している可能性があるよな。そうなれば、いつでもどこでも高速充電フルチャージ対応じゃないか。自信満々に名回答を披露したつもりだったのだが、グレーテルは静かに、首を横に振った。


「お腹には、間違いなく女の子がいるわ。だって、この子が宿ったのを自覚したその時から、私の魔力は明らかにひとクラス以上上がっているんだもの。魔法の使えない男の子が宿ったら、それはあり得ないでしょう?」


「あ、そうか……」


 う~ん、確かにそうだなあ。魔法が使えない男には魔力クラスなんて概念もないのだろうし……やっぱり女の子なのか。それに……魔力クラスが上がってしまったであろうグレーテルには今回の妊娠がおそらくラストチャンス……どうしても女の子が欲しいだろうしなあ。俺がそんなことを考えたのがわかったのだろうか、グレーテルが口角をきゅっと上げた。


「ううん、私はこの子が女でも男でも、同じように愛せるわ。侯爵家の跡継ぎがどうとか、国のために働けるかとか、そんなのどうでもいいの。大好きなルッツと私の……やっと、やっとできた愛の結晶なんだから。力の限り守って、鍛えて、そしていっぱい褒めてあげるつもりよ」


 いや、適当にしておこうね。既に勇者級の強さになったグレーテルが本気で鍛えたら、まともな子供なら、死んじゃうよ。


 そういえばグレーテルは妊娠で、ひとクラス「以上」強くなったって言ってたなあ。今までの種付けじゃ、Bクラス以上の母親に宿った子は全部ひとクラスアップだったけど……グレーテルはSクラスから、もしかしてSSじゃなく、SSSクラスになってる可能性もあるってことなのか? それって、怖くね?


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌朝もグレーテルは「きこりの女王」業務に出勤だ。そろそろお腹も目立ってきたのだから力仕事は避けて欲しいのだが、本人は気にする様子もない。


「お腹にこの子が宿ってからは、身体的な力をまったく使っていないからね!」


 そうなのだ。グレーテルのやることと言えば森の縁に立って、魔銀の斧に魔力をたっぷり注ぎ込んで、地面の高さで軽く一振りするだけ。その一振りでプラチナ色した光束の扇が森の木々に向かって広がって……彼女が小さく息を吐いた時には、百本近い樹木が、根元のあたりで綺麗にすぱっと両断され、ゆっくりと倒れ始めるという寸法なのだ。一日二~三回ほどこれをやるだけで、男どもが運搬や加工をやりきれないくらいの伐採ができる……確かにお腹に負担はかからないよな、魔法万歳だ。


「どう見てもひとクラスじゃ済まないほど、魔法の威力が増してるのよ。過去のSSクラス光魔法使いの伝記をひもといても、これほど豪快な業はできなかったみたいだし。そして……アヤカと魔力比べをしたら、たった今は私の方が上回っていそうなのよね」


 え? アヤカさんは俺の子を三人孕んでそのたびにクラスアップし、今やSSS相当になっているはず。その上って何なの?


 なんだか俺、グレーテルの出産が怖くなってきたぞ。大丈夫なのかなあ。

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