第129話 ただいま攻略中

「はぁ……っ。そうね、初めてのときとは、まったく違うものだったわ」


 ベッドの上で並んで寝転びつつ、◯塚スターのようなキリッと整った顔を緩めたアデルハイド嬢が、優しい声でささやく。良かった、時間を十分かけて、できるだけ丁寧にした甲斐があったというものだ。


「そんなに違いましたか?」


「ええ、もう全然。前のあれは苦しいだけだったもの」


 一回目のお相手は、スタッドブックの数ページ目、Sクラスとされる種馬氏だったのだとか。だけどその種馬氏はこの世界の常というべきか、スケベ大国の現代日本では当たり前のようにするべき事前準備のあれこれにまったく興味がなく、ただ目的だけ短時間にちゃちゃっと果たしてハイ終了だったのだという。そして肝心の目的は……不受胎。まさに踏んだり蹴ったりだったのだそうだ。


 それからポツポツと、彼女が自分のことを話してくれる。宰相も務める侯爵家に生まれ、天性の魔力も風属性Aクラスと申し分なく、幼い頃から学びや鍛錬にも努力を怠ることなく抜群の成績を収めて……それでも彼女の前にはいつも、二歳年上の姉が立ちふさがるのだ。王立学校でも血のにじむような努力を重ね「開校以来の才女」と賞賛されるようになっても、母親である宰相が彼女を見る目は変わらず、いいとこ出来の良いスペア程度の認識であったのだという。


「姉上様は、それなりには能力のある方なのですか?」


「残念ながら、だめね。頑張ってできないのなら悪く言いたくはないけど……姉さんが努力している姿は、ここ数年で何回見られたかっていう程度で……」


 そしてその姉はスタッドブック「昨年の筆頭」種馬であるアルベルト卿とつがって、めでたく懐妊し出産。王立学校卒業後は、就職先を決めず長い産休育休を取っているのだとか。この世界の貴族女性は育児を乳母や執事にゆだね、自身はさっさと職務に復帰し稼ぎまくるというのがスタンダードだが、この方にとって育休は言い訳のようで、育児は使用人に任せつつあちこち遊び回っているらしい。


「まあ姉様が働こうが働くまいが、私はどうでもいいのだけど……」


 後継者の姉に子が生まれたことで、侯爵家の中で次女アデルハイドに対する扱いが、極端に粗雑さを増してきたのだとか。これまで「良く出来たスペア」とされてきた彼女が、姉に跡継ぎが生まれたことで「もはやスペアとしても不要なのに出来が良い、ヘタをすると姉の立場を窺いかねない邪魔者」に変わったということらしい。


 学費や身の回りのものを揃える費用まで削られ、邸でも本宅から粗末な離れに移されて……まあ完全にいらない子扱いになっているのだ。そんな扱いをされても家を出ることをためらう彼女の様子を見ていれば、この世界の貴族階級に「お家第一」価値観がいかに強く染み付いているのかを改めて認識させられる。もちろん侯爵家当主や後継者の姉は、妹への冷遇は当然のものとみなしていて、待遇に不満を抱いて出ていくかもなどとは、露ほども想像していないのだとか。


「だったら……ベアトは貴女を側近に強く望んでいます。きっと十分な待遇を用意するでしょう、俺は貴女がベアトと手を携えて、王国を良い方向に導いてくれたら素敵だと思います」


 俺の言葉に、彼女は頬を少しだけぽっと染める。やっぱり「する」前とは、反応が違うよな。うん、もうひと押しするか。


「それに、家門に対する忠誠は、無償で絶対のものとは、俺には思えません。貴女の能力をきちんと評価し、それに見合う仕事と待遇を与えてこそ、得られるものでしょう。アイゼンベルク家にそれができていないならば、それを与えてくれる者に主君を変えるのは、自然なことだと俺は考えるんですが。『良禽は木を択んで棲む』って言いますよ」


「いい言葉ね。だけどその格言、どこの国のもの? 私は大陸中の格言は全部知っているつもりだったけど……」


 しまった、思わず元世界の言い回しを使ってしまった。稀代の才女は当然、それに疑問を持つだろう。怪訝そうな顔をする彼女に構わず、俺は強引に話題を変える。


「そ、そう……俺との子作りは悪くなかったんでしょう? だったら『賭け』はベアトの勝ちじゃないですか。ベアトのもとで働いてくれるんですよね?」


 俺の言葉に、彼女は切れ長の大きな目を驚いたように見開いて……だけどすぐにその目を細めて、いたずらっぽく笑った。


「ええ、『悪くはなかった』わね。でもこのたった一回で男は『いいものだ』っていう命題を認めるわけには行かないわね、まだ賭けは決着していないわ」


 あ、さすがこのお姉さんは才女、すでに心はベアトに傾いていても、じらして好条件を引き出そうというのだろう。何が欲しいのかな……実家から独立するための爵位や領地か。領地だったらバーデンにいくらでも余ってるからあげるけどなあ。


「私が欲しいのは、そんなんじゃないわよ」


 しまった、無意識に思考を口にしてしまっていたらしい。年を取ると独り言が多くなるんだよなあ。こればかりは身体が若くなっても治らない。じゃあ、アデルハイド嬢が欲しいものって何だろう。


「言ったでしょ。『この一回で』負けを認めるわけには行かないの。だから『負けました』って私が言うまで、明日も明後日もここに通って。それがベアトリクス様の命令なんでしょう?」


 はあ? それって「もっとして!」ってことなの? それならば。


「もちろん受けて立ちますよ。でも、明日まで待つ必要はありませんね」


「えっ?」


 切れ長の目がまた、大きく開く。俺はその目をまっすぐ見つめながら、彼女に口づけるべく、そのショートカットの頭を引き寄せた。

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