第128話 男役っぽい才女と……

「始めまして、アデルハイド・フォン・アイゼンベルクです」


 軽く膝を曲げて挨拶しながらも、強い眼光が俺を射抜き続けている。グレーテルの殺人光線みたいな視線をしょっちゅう浴び慣れていなかったら、思わず逃げ出していたかもしれない。元世界では見たこともない濃い紫色の髪をショートカットというかほとんどメンズカットにして、はっきりとした目鼻立ちとすっきりとした顎の線、シャキッと綺麗に伸ばした背筋なんかは、白いパンツスタイルの印象と相まって、◯塚の男役を彷彿とさせる。思わずオス◯ル様と呼びたくなる俺だけど……宝◯と違って、彼女は限りなくノーメイクに近い。化粧なしでこの凛々しさだ……さぞかし女性にも、モテてるんだろうなあ。


 だけど、さっきから俺を見る彼女の視線はやや挑戦的な光を帯びて、とても好意的とは言えないものなのだ。


「フロイデンシュタット家四男ルートヴィヒです。才女と謳われるアデルハイド嬢にお会いできて光栄です、どうか私のことはルッツとお呼びください」


「あら、侯爵に叙せられたと言うのに、跡継ぎでもないただの小娘にも丁寧なお口のきき方をなさるのね? じゃあルッツ様、私のことはベアトリクス様から聞いているの?」


「いえ、ほとんど何も。ベアトは、いつも言葉が足りない方なので。アデルハイド様のお相手を務めよと、ただそれだけ命じられて参りました」


 俺の間抜けな返答に、彼女はちょっと首を傾げつつ、呆れたようなため息を吐く。まあ気持ちはわかるよなあ、ベアトの説明不足は今に始まったことじゃないが、今回はまた極めつけだもんな。


「そっか、貴方は巻き込まれただけってわけか。ごめんね、ちょっとベアトリクス様と、賭けをしていたんだ」


「賭けって何でしょう?」


「男とあれこれするなんて下らないって私が言ってるのに、彼女は素晴らしい男もいるって言い張るのよ。私が実体験に基づいて、男との……なんて全然良くなかったって言ってるのに、彼女はしたこともないのに一生懸命男の良さを訴えるのよね」


「はぁ……」


 なんだかこの会話に、頭が痛くなってきたぞ。女子校的なノリなのかも知れないが、女同士のそういう生々しいエロ話を、男の俺に話してほしくないっていうかなあ。


「それで、ベアトはその『素晴らしい男』が俺だと?」


「そうよ、包み込むように優しくて、女性の扱いも丁寧で、夜のあれこれも上手なんだって。まあ夜の……ってとこには『聞いた話では』って注釈が付いていたけどね」


 そりゃあベアトとはまだ、いたしてないからな……って、問題はそこじゃないわ。


「それでね、ベアトリクス様が仰るのよ。私にルッツ様との種付け機会をくれる、それで男はいいものだって証明して見せるんだって。で、殿下が正しいことを私が納得できたら、私の大事なものを寄こせって」


「大事なもの?」


「一生の忠誠を、だって。侯爵家を見限って、自分の側近として仕えろって……めちゃくちゃだよね」


 確かに、めちゃくちゃだ。中世的なこの世界では、血の絆は絶対に近いはずなのに。実家と対立している派閥のトップであるベアトに仕えるということは、これまで十七年築いてきた人間関係を全部ぶっ壊して、身一つで来いって言っているのと同義だもんな。


「なるほど。確かに無茶なことを言ってますね」


「でしょ〜」


「ベアトも、それはわかっているはずです。それでもそんなことを口にしたのは、何が何でも貴女が欲しいからでしょう」


 俺の言葉に、うぐっと息を呑むアデルハイド嬢。そうさ、もちろん彼女だってわかっているはずだ、ベアトが男とのあれこれが良いか良くないかなんて興味がなく、ただ優秀で信頼できる仲間を痛切に求めているだけなのだと。


「そこまで評価してくれているのはとても嬉しいけど、あくまで私はアイゼンベルク家の女なの。それを裏切ることなんて……」


「できませんよね。ですがアイゼンベルク家は、稀代の俊英と評される貴女の才能を、正しく評価し、それを発揮する場を与えてくれているでしょうか? 貴女が家を思うほどには、お家はあなたを愛してくれていないのでは?」


「そうかも……知れないわ。だけど家を出るなんて、そんな簡単なことじゃないのよ」


「そうですね、辛いことだと思います」


 これ以上追い込んでも、いいことはない。感情だけは受け止めて、あとは彼女が思う通りにしてくれればいい。この女性は理知的なひとだ、ベアトの申し出に心惹かれているのは、間違いないのだから。


 俺は、黙って彼女の目を見つめ続ける。そのまま十分くらいは経ったのだろうか……そらされていた視線が、ようやく真っ直ぐ、俺に向く。


「わかったわ、私は貴方とする。そして、それが素晴らしいものかどうか、吟味させてもらうわ。ベアトリクス様の仰ることが本当だったら……私は家を捨てて殿下に従う。だって、賭けに負けたってことだものね」


 そう言って、彼女は微笑んだ。さっきまでの憂いなど忘れたかのように、キリッとした凛々しい笑顔で。

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